Re:第二回転 赤き炎のフォマルハウト

「たい焼き、けっこう美味しいじゃない!」

「うん、とくにパセリジャム味。えいよーまんてんな味がして、ぼくはこれ、すごく好きだ」


 あれから、本当に駅前のたい焼き屋さん──店名は〝鯛だったものが転がっている〟店──を訪れたぼくらは、たい焼きを大量に買い占めた。

 というのも、一個だと193円というすごく高いお値段なのだけど、二個買うと345円にまけてくれるサービスが実施中だったのだ。

 四つだと555円。

 十個かうと、なんと驚きの913円で、ほとんど半額である。

 値段に見合った美味しさでもあり、ぼくらはほくほく顔で、お店を後にした。

 そのまま、商店街をぶらぶらと散策する。

 六花ちゃんがスマホを眺め、驚きの声を上げた。


「あ、すごいわ、これ。なんか全国でゆる邪神がスマホから飛び出したんですって」

「選ばれし子どもたちは、ぼくらだけじゃなかったんだね」

「は? なにいってるの? 子どもはみんな、選ばれし子どもたちなのよ!」


 ……ん? ひょっとして、すでに小さい変化が起きているのか?

 もとの流れでは、六花ちゃんは選ばれた人間が増えたことに、すこし嫉妬していたはずだ。

 だとしたら、これはよい兆候なのかもしれない。

 ぼくが、そんな安堵とともに、チョコミント味の白たい焼きを口に運んだ時だった。


「見つけたぞ!」


 背後から、ハスキーな声が聞こえた。

 ゆっくりと振り返ると、そこには肩で息をつく、小さなメイドさんがいた。

 メイド。

 といっても、ファッションメイドだ。

 古式ゆかしく、奥ゆかしい、ヴィクトリア・ヴィクトリアしたハウスメイドではない。

 なんかその辺にいくらでもいる、煽情的な衣装と、ブリムすら身に着けていない似非メイドである。

 しかも、だ。

 よりにもよって髪が赤い。眼には赤のカラコンを入れている。論外である。

 幼い顔を、濃い目のお化粧で整え、憎悪を燃やすそのメイドさんは、因縁をつけるようにして、六花ちゃんをにらみつけている。

 一方、六花ちゃんは首をかしげていた。


「どうしたの?」

「いや、なにかね、このメイド……見覚えがあるような……ないような……」

「僕を見忘れたっていうのかい六花!?」


 六花ちゃんの様子に衝撃を受けた様子のメイドさんは、そう叫んだ。

 次の瞬間には、その双眸に浮かぶ憎悪の炎を、より濃いものへと変えていた。


「見ていたぞ! 君のツイート!」

「あ、ストーカーだわ。これは間違いないわ。タイーホしてもらいましょう。だれかー、地獄の番犬デカマスター呼んでー」

「ち・が・う! 僕は、僕はね、ストーカーじゃないんだ! 君のインチキツイート見つけて飛んできた、正義の戦士なんだよ!」

「ガランチャランガラン!」


 意味不明な効果音を自らの口から発しつつ、スマホのライトをつけて逆光を状態を作り出し、まるで自分が大きな影絵のようになったような演出をする六花ちゃん。

 ごめん、本気でなんのネタかわからない。


「西の空に、明けの明星が輝く頃、ひとりのメイドが君を断罪する。それが僕なんだよ、六花ぁ!」

「あ? なんだこのちんちくりん? なれなれしくひとの名前呼ぶの、やめてもらえる?」

「──え?」


 六花ちゃんの毒舌に、気勢をそがれ、唖然となるメイドさん。

 六花ちゃんは、容赦なく追い打ちをかけた。


「出門部院さんでしょう? 百歩譲っても、スーパー六花大納言様々畏み畏み申し上げます──ぐらい、へりくだってもらわないとこまるのよ。ジャーマネ通してちょうだい、ジャーマネを」

「六花ちゃん、へりくだるの意味、知ってる?」


 少なくとも、そういうことではない。

 そして、ジャーマネとはいったい……

 ぼくらがそんな、名状しがたい会話を交わしている間、メイドさんはうつむいて、プルプルと肩を震わせていた。

 やがて、


「……うそつき」


 メイドさんが、蚊の鳴くような声で、そう呟く。

 次の瞬間、その顔が跳ね上がった。

 表情は、怒りにまみれていた。


「六花の嘘つき!」

「なんですとー!? あたしは当代きっての正直者よ!」

「アザトースを引いたとか、すぐわかる嘘自慢しやがって、ゼッタイ許さないぞ!」

「ん、んー? あれは、こいつが勝手に──」

「問答無用! 君の嘘は僕が暴く! 僕が君を成敗する! ズバッと解決、ズバット参上してみせる!」


 ちょっとなに言ってるかわかりませんね。


「さあ、出門部院六花! 僕と──SAN値バトルだ!」


 メイドさんは、そういうと、スマホをこちらへと突き付けてきた。

 似非メイドさんの啖呵を受けて。

 にやりと、六花ちゃんの口元がゆがむ。

 一陣の風が吹き抜け、彼女の髪を逆立てた。


「六花ちゃん、こーゆーのは乗ったら負けだから……」

「いいえ、幼馴染。これは……あたしの喧嘩よ! ノーコンテニューでクリアーしてやるわ! はいやー! カモン、サモン、銀の鍵の門! ニャルさま、いざ、御降臨しませい──!」

「にゃぐー」


 六花ちゃんの影に、三つの燃える瞳がぱちりと開き、そしてそれは姿を現した。

 揺らめく輪郭を持つ、三つ目のコウモリ。

 ニャルラトホテプ──〝闇にさまようもの〟!

 絶対無敵、公式からしてチートと呼ばれるそのゆる邪神を前にして。


「……ふっふっふ」


 赤い髪のメイドさんは、不敵に笑ってみせたのだった。


「そうだと思ったよぉ、六花! 君はニャルラトホテプが大好きだものねぇ……! だから、僕はこいつを引き当てたんだ──永久の狂気よ、尽きることない炎熱よ、いま一つになりて、姿を現せ! フォマルハウトより来たれ、生ける炎……!!」


 刹那、商店街にいたすべての人が、灼熱に身もだえた。

 ぼくもまた、ちりちりと肌が焼けるほどの熱量を確かに感じた。

 メイドさんの髪が空中に大きく広がる。

 まるで燃え上がるような髪の毛──その中央から、それは現れる。

 ゆらゆらと。

 ゆらゆらと。

 不確かに揺れる、赤い炎。

 その真ん中に、眠たげな眼がひとつ、ついている。


「げぇー!?」


 その姿を見て取り、六花ちゃんは、女の子としてやばいぐらい感じの、狼狽の声を上げた。

 そりゃあ、そうだろう。

 これの拙さは、ぼくだって知っているのだから。


「現れ出でよ──これが僕の相棒──クトゥグアのクトさんだあああああああああああああ!!!」

「ふぉー!」


 にゅろーんと、単眼を見ひらいた〝生ける炎〟──ニャルさまの天敵、絶対の宿敵──クトゥグアは。

 とても楽しそうに、炎をまき散らすのだった。




 Re:NEXT ROLL ── きゅーそくせんとー

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