第四章 銀の鍵と、夢路への門

ポイント・オブ・ノーリターン

Re:第十二回転 たいへん! ママが来た!?

「グッドモーニング・エブリワン! おめでとう! 新しい朝の、誕生だッ!」


 ぼくの部屋に踏み込んでくるなり、意味不明なセリフを口にする六花ちゃん。

 今日は学校がお休みなので、惰眠をむさぼるつもりでいたのだけれど、どうやら彼女は許してくれないらしい。


「なーにいってんのよ小学五年生が? 子どもは風の子、外に出て遊ぶものよ! 少年よ、書を捨て街に出ろ!」

「……六花ちゃん、ソシャゲばっかりやってるよね?」

「なんちゃらGOみたいに外で遊ぶソシャゲもあるでしょ! 出門部院5つの誓いよ! あたしの行動指針、ずっと昔に教えたでしょう?」


 彼女はなにを当たり前のことをという顔をする。

 ああ、確かに聞いた覚えがある。


「ぷりーずりぴーとあふたーみー! ひとつ! アイサツは大事だ、古事記にもそう書いてある!」


 ……アイサツは大事。

 アイサツしないものは言葉も出ないぐらいシツレイ。


「ひとつ! 恥を知りなさい! ネヴァ~ギ~ブア~プ!」


 世の中にはやっていい事と、悪いことがある。

 諦めるとたらいが降ってくる。


「ひとつ! よく食べ、よく寝、よく遊び、よく戦え! これぞ生物の本質なり……!」


 食事と睡眠は基本。

 お腹が減ると、顔が濡れたのと同じぐらい力が出ない。


「ひとつ! 誰も聞かなかったからでは済まされない!」


 イッテイーヨ。

 特に連絡の行き違いは悲劇の元。待つんだGOー!


「ひとつ! 愛ってなんだ!? 躊躇わないことさ!」


 なせばたいていなんとかなる。

 涙とはあばよするべきなのだ。


「以上、六花の5か条よ!」

「出門部院5つの誓いじゃなかったの……?」

「いま改名したわ! 苗字は嫌いなの」


 まあ、そういうことなら仕方がない。


「それで六花ちゃんは、こんなに朝早くなにをしに来たの? くーちゃんと遊ぶ?」

「確かにくーちゃんは可愛いけど、あたしのニャルさま達ほどではないわ」


 言いながら、彼女は二柱のニャルさまを召還する。


「にゃぐー」

「にゃー」

「ね、可愛いでしょう?」


 六花ちゃん、渾身のどや顔であった。


「くー!」


 ぼくの布団から飛び出たくーちゃんが、ニャルさまのほうへ、てくてくと歩いていき、三柱で仲良く遊び始める。

 ネコとコウモリとタコがキャッキャウフフする光景。

 尊い。


「もう一回聞くけど、六花ちゃん。うちになにしに来たのさ?」

「なによ、理由がなかったらここに来ちゃダメなの?」

「そんなことはないよ。でもね」


 六花ちゃんがうちに来るというのは、それなりの理由があるはずなのだ。

 まったく無意味に彼女が現れるということは、ありえない。

 ぼくがものを考えるため、腕を束ねたとき、それは聞こえた。

 玄関のチャイム。

 インターホンが、ぼくを呼んでいた。


「待って」


 応対に出ようとするぼくの、上着の袖をつかんで、彼女が止める。


「この家に、あたし以外の誰かが来るなんて、珍しいことよね?」

「……そうだね」


 朱里子さんの訪問も、タナトスさんの襲来も、MMRの殺到も、なかったことになっている。

 それはなかった世界のはなしだ。

 ぼくの家にやってくるのは、出門部院六花、ただひとりである。


「……お願い。でないで」


 妙にしおらしく、彼女はらしくないことをいった。


「出たら殴る」


 まったくしおらしくなく、彼女は彼女らしいことをいった。

 ぼくは大きく肩をすくめ、ため息をつく。


「事情を説明して」

「その……あたしのママが、いま帰ってきていて──」


 彼女がなにか、すごく大事なことを言いかけたとき、ぼくのスマホが振動した。

 着信。

 番号は、知っているものだった。

 迷わず、ぼくはそれに出た。


『──久しぶりね。ちゃんと娘のこと、助けてくれてる?』


 大人びた声の彼女──六花ちゃんの母親、出門部院水母くらげは。

 悪戯でもするような調子で、こういった。



『ねぇ──盲目暗愚な創造神さん?』




 Re:NEXT ROLL ── ぼくの名は

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