Re:第十一回転 表彰台は、いちばん上にいこう!
「準優勝。チーム・マスターガーチャー!」
「胸躍るベストな戦いだった! ノーデンスがなぜかロストしてしまい、思うところはあるが……私はマスターガーチャーだ! すぐに彼を取り戻し、再び君たちの前に帰ってくることを約束しよう! そのときは、改めて雌雄を決するぞ、少年!」
授与された賞状にたいして、マスターガーチャーが完璧なスピーチを返す。
彼女はどこまでもさわやかな笑顔とともに、表彰台の二番目に甘んじている。
そして、ぼくらは──
「優勝。チーム・クトゥルフ・ファイターズ!」
ぼくらは、表彰台の一番上から、会場を見渡していた。
「あなたたちは、くーちゃんの召還公式大会において目覚ましい活躍を示したことを称し、ここに表彰します。おめでとうございます」
「よくってよ! もらっておいてあげるわ!」
朱里子さんから手渡された賞状と、トロフィーを掲げる六花ちゃん。
割れんばかりの喝采が、ぼくらに寄せられる。
呀太くんはローアングルから写真をたくさん撮られて赤面し、六花ちゃんはここぞとばかりにキメ顔を見せる。
ぼくだけが、どうしたものかと頭を悩ませていた。
ぼくの目的は、六花ちゃんにガチャを引かせないことだった。
もちろん、彼女は我慢などする性分ではない。
次善の策は、〝這いよる混沌〟の排出率を下げることだったのだが、この大会の優勝者は、R以上確定ガチャを引くことになっている。
最悪なのは、先行実装されたゆる邪神──つまりこれまで未実装だった神性が排出されてしまうという点だ。
六花ちゃんは豪運の持ち主だ。
間違いなく、この条件なら〝這いよる混沌〟を引き当てるだろう。
もはや手段は問えない。
ぼくは意を決し、スマホからくーちゃんを召喚した。
しかし、頼りにしていたくーちゃんは、満腹になったからか、健やかな寝息を立てて眠ってしまっている。
かわいい。
これ以上なくかわいい。
目が細いし、ぷにぷにだし、尊い。
「それでは、副賞の授与を行います」
ぼくが魅了されている間にも、状況は最悪に向かって突き進む。
タナトスさんが歩み寄ってきて、笑顔でぼくらの肩に手をおいた。
記念撮影だ。
ぱしゃぱしゃとフラッシュが焚かれる。
それが終わると、彼女はぼくらのスマホに専用のケーブルをつないだ。
朱里子さんが、大きく頷く。
「それでは、優勝したチーム・クトゥルフ・ファイターズの三人には、R以上確定、そして試験実装された、新しいゆる邪神も入っているスペシャルガチャを引いて戴きます! また、本日から新しい召喚方法が加わりました。排出されるゆる邪神のレアリティを飛躍的に上げる召喚方法──大召喚! 彼らには、そのテストもこなしてもらいます!」
大召喚。
100枚のエルダーサインを利用して、200倍の確率でガチャを引くシステム。
まずい、このままではあのときの再現だ。
「よーし! それじゃあ、あたしからガチャを引くわよぉー!」
六花ちゃんが、やる気満々といった様子でガチャを引く。
回る虹色の光。
砕け散る100枚のエルダーサイン。
無慈悲な、六花ちゃんの報告。
「SSR──キターーーーーーーーーーーーーーー!!!」
彼女は勢い良く、天へと向けて両手を突き出す。
ぼくは天を仰いだ。
ダメだ。デバックできなかった。
ぼくは彼女を、救えなかった──
「いや。よくやってくれたヨ、少年ボーイは。これが、これこそが予定通りの、本来のフロートチャートなのだからネ」
「──え?」
囁かれた言葉に思わず顔を向ければ、すぐ隣でタナトスさんがいやらしく笑っていた。彼女はすいっと、六花ちゃんを指さす。
慌てて、六花ちゃんを見る。
彼女のスマホは──闇を放っていない。
そこから現れたのは──
「にゃー」
……なんか、目が三つある、黒い猫だった。
「これはあああああああ! 前々から実装する実装するとうわさが出ては消え、出ては立ち消え、ついに権利的にアウトなんじゃないかとプレイヤーの間でまことしやかに囁かれていたニャルラトホテップの超絶レアな別形態……! 割と友好的なニャルさまこと〝黄昏なる黄金猫〟!!」
「色々問題があったのだけど、なんとか実装できたヨ! 新しく〝ウルタール〟の名前を与えてみたから、よかったら使ってあげてほしいナ!」
「さすがよ! さすが郁太・T! ファンの心がわかっているわ……! あーんニャルさまよいしょ本書かなきゃ! タイプ・ウルタールとタイプ・スフィンクスが戦うやつー!」
いったいどんな奇跡が起きたのか。
あるいは、タナトスさんが本当に
六花ちゃんが引き当てたゆる邪神は、〝這いよる混沌〟ではなかった。
それは、まったく新しい形のニャルラトホテップなのだという。
混乱しているぼくを、六花ちゃんが手招きする。
呼ばれるまま、六花ちゃんのそばに近寄ると、彼女は少しだけ紅潮した顔で、
「ありがと」
ぶっきらぼうに、そういった。
ステージでは、呀太くんがガチャを回し始めた。
「か──勘違いしないでよね。これはマスターガーチャーに勝ってくれてありがとうってことよ! リベンジっていうか、なんっていうか……そう! 知ってるでしょ、ニャル倒し教? あの双子の邪神は、どっちもニャルラトホテップだったから……」
「……あ!」
そうか、ニャルラトホテップを倒したことで、当選確率が上昇したのか。
そして、この場には、MMRの人たちが持っていた〝宝箱〟がない。
これは、明確に前回と違うことだ。
だから?
だから〝這いよる混沌〟は現れなかった……そういうことだろうか?
タナトスさんに視線を移せば、彼女は意味ありげに微笑んでいる。
六花ちゃんが続ける。
「あたしも、めでたく新しいニャルさまをお迎えできたし、すこしはあんたに感謝してあげようとってことなのよ!」
「そう、それはよかった」
「淡白ねぇ……そんなだから、あんたはそんななのよ」
「?」
「いいから。今度、あいちゅーんかーど奢りなさいよね?」
「ああ……それは、嫌だなぁ」
ぼくがすこしだけ迷ったあと、そう答えると、彼女はきょとんと目を丸くして、
「──あんたも、そんな顔をするのね」
まるで、母親のような顔で、微笑んだ。
ぼくは、肩をすくめてみせる。
ハスキーな悲鳴が、会場に轟いた。
「うえええええええええええええええ!?」
何事かと身構えると、呀太くんが崩れ落ちている。
駆け寄ると、彼のスマホには、
RARE:R
NAME:
IDENTITY:シ=スーのオオイなる種族の遺産
LACE:アイテム
SKILL:なし
:かつて世界を食べつくした種族が愛した特上握りずし。なんの肉かは秘密。
:ゆる邪神に食べさせると空腹値を軽減させ、また獲得メダルの量を増やす。
という表示とともに、なんとも名状しがたい色彩の、握り寿司のグラフィックが浮かんでいた。
え、なにこれ?
「おおー! 早速引いたネ! それは今回から実装されるサポートアイテムだ! どれもレア以上で、ゆる邪神に与えることでちょっとした効果が出るゾ。これで作戦に幅が出て、ゲームを有利に進められるナ!」
うきうきした調子で解説を始めるタナトスさん。
絶望に打ちひしがれた表情でそれを聞く呀太くん。
「え? え? でも、レア以上確定じゃ……」
「そう、レア以上確定。だけれども、ゆる邪神とは……一言もいってないよネ!」
「く──」
く?
「くそげーじゃないかあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
呀太くんのむなしい絶叫が、会場にどこまでも、どこまでもこだましたのだった。
§§
その後、運営側の粋な計らいにより、呀太くんは好きなだけガチャを引くことが許された。
どうやら彼も重篤な課金ユーザーだったようで、じゃぶじゃぶと、とんでもない量の紙幣を投入していたが、結局、呀太くんはSR以上のゆる邪神を当てることはできなかった。
無残な廃課金者が、ガチャの沼に飲み込まれていくのを、ぼくは見守ることしかできなかったのである。
「それで? あんたはなにを引いたの?」
「えっとね」
ぼくは、そっとスマホを見せる。
RARE:SSR
NAME:
IDENTITY:グリュ=ヴォ
LACE:アイテム
SKILL:なし
:最後の希望。
:渦動のなかで、破壊に抗する夢の欠片。
「……じみにSSR当ててんのね、アイテムだけど。なにかしら、金色のコンペイトウみたいにみえるけど?」
「六花ちゃんがわからないことは、ぼくにもわからないよ」
「こういうときは通報安定よ。詫びエルダーサインがもらえるかもしれないわ」
「うん、そうする」
ぼくはゆっくりと頷いた。
途方もない疲労感と、わずかな達成感が、ぼくの胸の大部分を占めていた。
終わったのだ、ようやく。
六花ちゃんと〝這いよる混沌〟をめぐる冒険は、無事に幕を閉じたのだと、そんな実感があった。
明日からは、また日常が。
普通の日々が、いつまでも続くのだと。
ぼくはそう信じて疑わなかった。
まさかそれが、〝彼女〟の手でぶち壊しになるなんて。
このときのぼくは、夢にも思わなかったのである。
Re:NEXT ROLL ── たいへん! ママが来た!?
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