第十八回転 当たるまで引けば無料なんでしょ?

 MMRの三人を家から追い出すのに、ぼくはそれなりの労力を割かなければならなかった。

 さんざん主義主張を並べ立てた彼らは、去り際になって、


「若人よ、きみもソシャゲなんて無益なものに手を出してはいかんぞ! あれは邪神の生け贄になる第一歩じゃからな! これは若人にとって小さな一歩じゃが、将来の若人にとっては大きすぎる転落人生の──」


 ……と、なにやらいろいろ言っていたけれど、ぼくはよく覚えていない。

 ただ、ハゲればいいのにとだけ、ぼくは願っていた。


「やっと……ふたりっきりだネッ!」


 そんなことを言いながら、大きく手を広げてくるタナトスさんを蹴りだすときには、くーちゃんにも手伝ってもらった。


「いいかネ! 現在時間を記録するんダ! クロック・クラック・クローム! このままいけば必ず世界は収束すル! 細心の注意を払うんダヨ。偽りに惑わされたとき、命運は決スル。因果律は回転数がすべてではナイ。言祝ことほぎと呪詛のろいは、しっかり見分けるんだヨ!」


 そうして、彼女もまた、意味不明な助言を残して去っていった。

 後始末のため、ちゃぶ台の上を片づけていたぼくは、ふとそれの存在に気が付いた。見覚えのある、金属でできた宝箱が、ぽつんと置かれていたのである。

 たしか、網戸さんの所有物だったはずだ。

 忘れものだろうか?


「ま、いいや」


 眠かったぼくは、宝箱を放置し、さっさと寝床に向かったのだった。


§§


「ビックニュースよおおおおおおおお!!!」


 翌朝、六花ちゃんのけたたましい咆哮で、ぼくは目を覚ました。

 眠気眼を擦りながら起き上がると、六花ちゃんが鼻息を荒くぼくを見つめていた。


「おはよう、六花ちゃん」

「ええ、おはよう──じゃない! ウェルカムようこそじゃぱりぱああああ!!!」

「どうしたの、そんなに朝からメートルあげて?」

「その表現を、ぜったいに小学五年生は使わないから注意なさい……じゃなくて!」


 彼女は地団太を踏んでみせた。

 ちょっとだけ、かわいいと思った。


「それで、六花ちゃん、どうしたの?」

「平然と聞くわよねあんたは……本当に淡々と……」

「話したくないの? だったらぼく、もう少しくーちゃんと寝るけど……」

「くー?」

「あーわかった! わかったから! ほら、スマホを開いてみなさいよ!」


 よっぽど勿体つけたかったのか、非常に不満そうな顔で、彼女はそう促してきた。

 ぼくは不審に思いながらも、スマホの電源を入れる。

 くーちゃんの召還から、通知が来ていた。


「えっと……『深夜の大型アップデートに伴うお詫びと、期間限定神性のピックアップについて』……?」

「この瞬間を待っていたんだー!」

「え?」

「ならば、海賊らしく頂いていく!」

「いつから海賊になったの、六花ちゃん?」

「ダメじゃないか! 死んだはずのギャグを掘り起こしちゃ……!」


 ぼくが好きでやってるんじゃない。

 いい加減にしてほしい。


「つまり、これはどういうこと?」

「かねてから実装する詐欺を繰り返していた大型企画──〝極大召喚〟が実装されたのよ!」

「極大召喚?」

「通常、くー召のガチャは、エルダーサイン一枚を消費して行うわ。この一枚を得るために、血のにじむような努力か課金が必要になるのがくーちゃんの召還なのだけど! 今回はなんと、エルダーサイン一〇〇枚をいっぺんに使うことで、当選確率を二〇〇倍にする召喚が実装されたのよ!」

「???」

「なんでわかんないのかしらね……例えばあたしのゆる邪神〝闇をさまようもの〟はSSRスーパー・スターリー・レアで、排出率は0.0001%……これが、エルダーサインを一〇〇枚ぶち込むことで、0.02%の確率で召喚できるようになったの!」

「……ごめんね、六花ちゃん」


 素人考えだけど、それは一〇〇回ガチャを回したほうが当たるんじゃないの?

 ぼくがそう問いかけると、彼女は憐れむようなまなざしを向けてきた。


「いい? 簡単な計算よ。目当てのゆる邪神の排出率が、百万分の一だとするわね」

「うん」

「これを、一回の召還で当てようと思ったら、確率は当然0.0001%だわ」

「そうだね」

「じゃあ、二回なら?」

「えっと……0.0002%?」

「ブッブー! はずれー! 正解は0.0001999%よ! ちなみに試行回数を増すごとに、この数字は0.01%に漸近していくわ。でも、一〇〇回ガチャるだけじゃ、けっして〝極大召喚〟の排出率0.02%の壁を超えることはないの……つまり」

「つまり?」

「お目当てのゆる邪神を引きたかったら、いまガチャを回すしかないってわけ! しかも! 今回はこれまでお蔵入りになっていた邪神たちが、シークレットでピックアップ──ようは引き当てやすくなっているらしいのよ! 当たるまで回せば無料ってことなのよ!」

「おおー」

「運を掴めガーチャー! いまこそ刻は極まれりィィィ!」


 ものすごくいい笑顔で、彼女は恍惚としたガッツポーズをきめる。

 変な薬をキメているわけでは断じてない。


「というわけで、あたしはガチャを引くわ」

「あれ? でも、それだとおかしいよ、六花ちゃん?」


 この〝極大召喚〟とやらがアップデートで実装されたのは、夜中のことだ。

 つまり、昨日ぼくが、タナトスさんたちとわちゃわちゃしていた時間である。

 彼女はそのとき、すでにガチャを引くことができたはずなのである。

 この、スマホを限度額まで使い込む幼馴染のことである。

 二倍の確率で当たると言われて、我慢などできるわけがない。

 だというのに彼女は、


「えへへ……」


 困ったように、恥じらうように、頬を薄紅色に染めて、微笑んで見せる。

 ああ、違う。

 彼女は


「なんだか、あんたと一緒に引けば、当たりが引けそうで……我慢しちゃったのよ」

「…………」

「まあ、これも〝宗教〟なのだけれどね」


 そういえば以前、井坂さんもそんなようなこと言っていたような気がする。

 宗教って、なんだろう。


「ふふん! でも、我慢はこれまでよ! マジで本気で、いまからガチャを引いちゃうんだから……!」


 途端に彼女は元気になって、背中からめらめらと炎を出し、スマホをタップし始めた。

 ぽにょんと音がして、彼女の横にニャルさま──〝闇をさまようもの〟が現れる。


「願掛けよ。あくまであたしは、ニャルさま一筋だから! かぶってくれてもいいの……!」

「なるほど」

「それじゃあ、引くわ! そこで、ちゃんと見ててよね……!」


 揺らぐ瞳でこちらを見やる彼女に、ぼくは、しっかりと頷いてみせる。

 安心したかのように力を抜き、大きく深呼吸する六花ちゃん。

 思えば、この瞬間にすべてが決定したのだろう。


「じゃあ、やるわ。この日のために貯めたエルダーサイン一〇〇枚……ニャルさまのちから、お借りします……!」


 そして彼女は。

 出門部院六花は。

 〝極大召喚〟を、行ったのだ。


「──?」



 エルダーサインが光る。

 ──星辰は今、正しき位置を指し示す。


 びりびりと音を立てて、お札が砕け散る。

 ──旧き神の印は、盟約をもって破却された。


 稲光みたいなエフェクトがちかちかと瞬いて、とつぜん画面が真っ黒になった。

 ──ソレを賛美せよにゃるらとてっぷ・つがー

   ソレ礼賛せよしゃめっしゅ しゃめっしゅ

   ソレを甘受せよにゃるらとてっぷ・つがー

   大いなる混沌のために賛歌を歌えいあいあ・にゃるら・ふたぐん


 次の瞬間、虹色の光が瞬いて──

 ──にゃる・しゅたん! にゃる・がしゃんな!


 いつの間にかそこにあった箱が。

 網戸さんの忘れていったあの宝箱が──ひらいた。


 あふれだす、この世の終わりのような虚無の暗黒。

 その中核で、赤く、血塗られたような、無数の側面を持つ結晶体が、瞬くのをぼくは見た。



   ──   シャイニング輝く偏方二十四面体    ・       ──   トラペゾヘドロン




 刹那〝闇にさまようもの〟が、その三つの瞳を煌々と燃やし──

 粟立つような嘔吐感を伴う声音で、厳かに言い放った。


「『我は、混沌。這いよる混沌──ニャルラトホテップなれば』」


「うそ……嘘よ……だって、這いよる混沌は実装されていないはずで──」


 六花ちゃんの、呆然としたその言葉は、どこにも届くことなく呑み込まれた。



 そして、世界は暗黒に塗りつぶされて──





 NEXT ROLL ── 境界線上のデバックモード

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