Re:第九回転 ジャスト3分、いい夢見れたかい?

 ギリリ……と。

 六花ちゃんが奥歯を噛み締めるのがわかった。

 彼女は激情に突き動かされ、叫ぶ。


「マスター……ガーチャーァアアアアアッ!!」

「いかにも!」


 スマホを見ることすらなく操作しながら、マスターガーチャーは応じた。

 彼女の手の動きに合わせて、二枚貝のゆる邪神が、これまで見たどんな神性よりもすばやく、するどく、一切の余剰なく動く。

 彼女の側には、いちまいのメダルもなかったはずなのだ。

 だというのに、


 EXCELLENT! EXCELLENT! EXCELLENT! EXCELLENT! EXCELLENT!


 鳴りやまないメダルの獲得音。

 そのたびに、ガーチャーのゆる邪神は、銀色に、白銀に輝いていく。


「くっ、クトさん! 奴の動きを止めるんだぁ!」

「ダメよ、まもまも!」

「な、なんとー!?」


 その一瞬の攻防は、会場を盛り上げるには十分すぎた。

 クトさんの放った火炎が、マスターガーチャーのゆる邪神に絡みつくかに思えたとき、まるで見えざる手にはじかれたように霧散したのだ。

 二枚貝は、銀色ののホウキ星となって、光芒を引き連れながら飛翔する。

 六花ちゃんが、歯噛みしながら説明してくれる。


「あまりに高速度、そして正確に動くことによって、砕かれたメダルの粒子がゆる邪神へとからみつく現象があるわ。あれはそれを進化させた先にある技術──圧縮したメダル粒子が銀色に輝くことからついた、彼女の異名。それが──」


「そう、これが私! これがゆる邪神! これがノーデンス! 銀の流星だ!」


 さらに加速を続けながら、ガーチャーはメダルを砕く。

 気が付いた。

 技術だけではない。

 彼女の周りに確かにメダルはないが。

 


「出ましたー! ノーデンスのスキル特性とマスターガーチャーの超絶技巧が合わさって、初めて現実となる銀の流星! これには観客も大満足! グッズの販売も万々歳間違いなしですね!」

「ノーデンスの第一スキル〝銀の腕〟……おそらくレベルは10だネ。あれはどこまでも届く腕だヨ。一度発動すれば、フィールドにあるすべてのものに触れることができル。つまり、メダルなんて取り放題サ」

「そして第二スキル〝深淵の雷霆〟は、おのれの移動速度を時間経過とともに際限なく加速させるという代物です。レベル10ともなれば、スマホのバッテリーがはじけ飛ぶほどの処理速度スペックを要求しますが……」

「そのへんは、このあいだアップデートしたからネ。吾輩、優秀だからネ。そして第三スキル〝旧き神〟。これがもっとも恐ろしいのだけれど、レアリティーR以上のゆる邪神は、すべて行動にマイナス補正がかけられてしまうんダナ」

「そうなれば、あの速度に追従できるゆる邪神は……」

「ウン! 現状いないネ! レベル10なら完全フリーズだヨ!」


 そんな無責任な解説を聞きながらも、六花ちゃんと呀太くんは必死に戦っていた。

 二枚貝──ノーデンスにニャルさまが飛び掛かる。

 それを双子のチクタクマンが遮る。

 チクタクマンを、クトさんが燃やして足止めする。

 そのあいだにガーチャーはさらなるメダルを獲得する。

 さっきまであったはずのコンボの差は、あっという間に縮まっていく。

 獲得メダルの量も、もはや僅差だ。

 クトさんが第三スキルを発動。炎の精を大量に生み出して、なんとかコンボを続けるけれど、ノーデンスはその上を行く。


 BGMもCメロに入っていた。

 このままいけば、ぼくらの敗北は間違いない。

 だというのに──


「もえあがれ……もえあがれ……もえあがれ、ゆる邪神!」


 突如、マスターガーチャーが大声を上げた。


「これは遊びだ! 遊びなのだぞ、少年たち!」

「真剣勝負でしょうが!」

「きみは……そうか出門部院くんの愛娘か……そうだ、真剣勝負だ。だが、本質は遊びなのだ! 遊びだからこそ……!」


 全力でやらなくてはいけないと、彼女は言う。


「遊びに本気になれない人間が、なぜ現実に本気になれる! 好きなことのために必死になる事の、なにがおかしい! ギリギリまで頑張って、ギリギリまで踏ん張って、どうにも、こうにも、どうにもならない! そんな時だからこそ、真剣に燃え上がるのだろうが! ゆえに私は全霊を尽くす! 君達にも敢闘を求める! 敢えて言おう! この程度は限界などではないッ!」


「言ってくれるわね……あたしが、ニャルさまが……本気じゃないっていうの?」

「1年前だ! 覚えているかな、出門部院くん」

「忘れたことなんてないわ! あたしは、あんたに負けて──」

「いまなら、私に勝てるとは思わないのか……!」

「──ッ」


 謎めいた空間を介してされる電波な会話を、ふたりは心が丸裸で続けていた。

 言葉で殴り合う、まるで星間宇宙。

 マスターガーチャーが、エールを贈るかのように両手を広げ、告げる。


「すでに知っているだろう。私が全力で戦える時間は3分! そして試合時間は約5分16秒! 現在時間は4分48秒! あと、約13秒で私は戦えなくなる! だが、私はそれまでに第三スキルを発動するぞ。さあ、ピンチの、ピンチの、ピンチの連続だ! 見せてみたまえ……きみたちの本気とやらを!」

「やぁぁってやるわよぉおおおお!」


 咆哮した六花ちゃんは、流れるような動きでスマホの画面をなぞった。

 連鎖的にメダルを取得するためのテクニック。

 でも、それだけじゃあ足りない。


「この双子は、僕が抑える!」

「あらぁ、たいした自信ねぇー、彼氏様みたいー」

「正々堂々、我もお相手奉る!」


 呀太くんが汗を滴らせながら、ぎりぎりでチクタクマン二柱を拘束する。

 それでもまだ。

 まだ足りない。


「にゃぁぁぐううううううう!」


 ニャルさまが、聞いたことのないような雄たけびを上げ、


「ふぉー! ふぉふぉふぉふぉふぉーーーーー!」


 クトさんも爆炎のように燃え上がって。


 それでも──


「ジャスト3分、いい夢は見れたかな? 私は見れなかった。歯がゆいものだな」


 とても残念そうな。

 そして無慈悲な通告とともに、それは発動した。


「第三スキル開放──〝旧き神〟」


 二枚貝が、開く。

 なかから現れたのは、豊かなひげを蓄えた、銀色の腕を持つ神様で。

 そして──世界は色を失った。

 モノクロームの中、すべてが絶対的に静止する。


「……いあいあ」


 それまで、蚊帳の外でくるくると踊っていたくーちゃんが。

 確かにそうささやくのを、ぼくは聞いた。




 Re:NEXT ROLL ── 旧神の兆し

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