第三章 そしてまた、悲しみのない、R以上確定ガチャへと

呑み込まれていく、無残な廃課金者

Re:第一回転 そのままニューゲーム

 ──その日、世界のSAN値は反転した。

 ──反転したまま、イレギュラーを認めた。


§§


会神かいしんの、一撃ぃ……!」


 ドスの利いた声で、六花ちゃんが勝鬨を上げる。

 ぼんやりとしていた意識が、彼女の存在を認めて、確固たるものへと遷移せんいする。

 ぼくという根幹を形成する人物。

 その幼馴染の楽しそうな笑顔を見て。

 ぼくは──


「ちょ、なんて顔してるのよ!? 初心者なんだから、負けたって当たり前でしょう?」

「…………」

「う、うう……悪かった! あたしが大人げなかったわよ! その……ちゃんと手加減してあげればよかったわね……あんたはそーゆーの、嫌いだと思ってたから……」


 なにを勘違いしているのか、六花ちゃんは必死にぼくをフォローしてくれる。

 手加減が好きか嫌いかでいえば、好きだが。


「す、すきなの!?」

「嫌いじゃない」


 まあ、そんなことは些事だ。

 肝心なのは、いまの状況である。

 この時間軸は……たぶん、くーちゃんとニャルさまが、初めてSAN値バトルを行った頃だろう。

 六花ちゃんがニャルさまを手に入れた、ほとんど直後まで、ぼくは時間を遡ったことになる。

 いや、遡った……というのは厳密には違う。

 タナトスさんに言わせれば「セーブしていたのがそこだった」ということらしい。

 わからない。

 最近はわからないことだらけだ。

 ぼくは、手元で、ぐてーっとなっているくーちゃんを抱き上げ、尋ねてみた。


「くーちゃん、どこまで覚えてる?」

「くー、くー?」


 なるほど、かわいい。

 ……よし、回復した。

 どうやら先ほどまでのやり取りは、夢ではない。

 ぼくはタナトスさんから託されたのだ。

 この世界をデバックし、バグを取り除くという願いを。

 過去に戻るという奇跡を。

 よくはわからないが、間違ってはいないはずだ。

 なぜなら──



RARE:C

NAME:くーちゃん

IDENTITY:いまだ目覚めぬもの

LACE:クトゥルフ


SKILL:

くとぅるふの呼び声Lv1:(クトゥルフ眷属邪神群を召還する)

夢見るままに待ち至りLv1:(同色のメダルを砕くたび、コンボ倍率が倍)

CoC Lv0:(



 あの、謎だったスキルCoCに、説明文が追加されていたからだ。

 タナトスさんは言っていた。


「天の道を行き、すべてをつかさどる……そのスキルもまた、本来ありえないフローチャートだ。未実装の、初心者救済用スキルさ。きっと、そのスキルが君の行く末に光を射すだロウ。あとは任せたヨ、少年ボーイ」


 彼女の言葉が本当なら、やはりぼくは過去に戻ってきたのだ。

 なんのために?

 ──決まっている。


「くーちゃん、頑張ろうね」

「くー!」


 触腕を振り上げ、背中の羽をピコピコゆするくーちゃん。

 やる気は十分なようだった。

 よしと、ぼくもまた、気合を入れる。

 だけれど、いったいどうすれば、六花ちゃんが〝這いよる混沌〟を引いてしまう未来を回避できるのだろうか?

 ……わからない。


「えっと」


 ぼくが黙考していると、それをどう受け取ったのか、


「じゃ、じゃあさ! ちょっと気晴らしに行きましょうよ。駅前においしいたい焼き屋さんができたの!」


 六花ちゃんが突然、そんなことを言い出した。


「全身を宇宙刑事みたいに武装した、アルティメットたい焼き職人アーエーックス! が、手ずから焼いてくれるんですって! しかもタピオカベースの白いたい焼きで、クリームも選べるの!」

「おいしそうだね。じゃあ、いこうっか」

「素晴らしいッ! これはじょうの上の上ですねッ!」


 なにかよくわからないけど、六花ちゃんは必死だった。

 ぼくは頷く。

 そうだ、ジーっとしてても、ドーにもならない……


「あ、その前に……ほら、見てみて! ニャルさま引いたことついったーにあげたんだけど、もう一万リツイートいっていて──ちょ、なにすんのよ!?」


 ぼくは無言で彼女のスマホを引っ手繰ると、おもむろにその呟きを削除した。


「アザトースを引きました、と」

「あんた、なに嘘っぱち書いてるのよ!? ちょっと待って、あたし、聞いてない!」

「まあまあ」

「まあまあじゃない! ゴルゴム絶対ゆるさねぇ! あたしの判決を言い渡す──あんたのおごりよ! 審判の時は、トキめきクルセイドなの!」

「はいはい」


 六花ちゃんの怒りは有頂天だったけど、あきらめてもらうより仕方なかった。

 ぼくは、そうしなければいけないと悟っていたのだ。

 これはバグだ。

 あってはならない行いなのだ。

 ぼくにはわかる。


 なぜなら、ぼくは──デバッカーになったのだから。




 Re:NEXT ROLL ── 赤き炎のフォマルハウト

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