第二章 出るまで回せば無料ですか?

蒼い狗と時間の守護者

第十四回転 出門部院六花の憂鬱

「くー……」

「お茶がおいしいねー、くーちゃん」


 縁側にくーちゃんと一緒に腰かけ、ぼくは緑茶と日光浴を楽しんでいた。

 溶けたように大きく広がっているくーちゃんは、タコの一夜干しのようで奇妙な愛嬌がある。

 とても癒される。

 海産物バンザイ。

 そんな風に、ぼくが日常を謳歌していると、


「あるハスタの従弟いとこ♪ 魚介以上の奇怪な♪ 限りなく、タコに近い、クタニドじゃないわ♪」


 妙な節回しの歌を口ずさみながら、六花ちゃんが現れた。

 彼女は合鍵を持っているので、ここまで入ってくるのは、たやすいことである。


「どうしたの六花ちゃん? その歌はなぁに?」

「今度のアプデで、くー召に実装される〝クトゥクトゥ夢異海ゆめいかい〟という曲よ。MVが来ていたから、今のうちにリズムを身体に叩き込んでいるの」

「よくわからないけど……ザラメのおせんべい食べる?」

「ぬれせんべいはないの?」

「あるよ、はい」


 袋に入ったぬれせんべいを手渡すと、彼女はそれをもちもちと食べ始めた。

 この幼馴染は、こういった謎っぽい食べ物が大好きである。


「お茶は出ないの、お茶は」

「緑茶でいい?」

「ア茶かコ茶はないの? オーレでもいいわ」

「…………」


 六花ちゃんが意味のわからないことを口にするのはいつものことなので、ぼくはそれをそのままスルーし、来客用の玉露を煎れることにした。


「ところで、昨日の深夜に来てたくー召のお知らせは読んだかしら?」

「んーん、ぼくは読んでない」

「読みなさいよ! えっとね、かいつまんでいうと、シナリオライターの郁太いくた・Tというひとが、製作から外されたって話だったわ」

「すごいひとなの?」

「そりゃあもう!」


 差し出した玉露を奪い取り、彼女は一息に飲み下す。

 そうして、鼻息も荒く語りだした。


「彼は天才よ。くーちゃんの召還に実装されたこれまでぜんぶのお話と、キャラクターデザイン、それからスクリプトに、ミニゲーム、作曲までしていたマルチシナリオライターなの! 普通の人間に興味はありません! 超人だけ来てください! って感じで、くーちゃんの召還の運営にスカウトされたのよ」

「もう、そのひとだけでいいんじゃないかな?」

「実際、くー召は彼がひとりで作り出したようなものよ。でも、そんなひとが中核から外されてしまったの。ついったーで、とても三年です……って、リリースからの思い出を振り返っていたわ」


 残念そうに呟く彼女の様子を見て、どうやら先ほどの歌は空元気だったのだと、ぼくは気が付いた。


「六花ちゃんにも繊細なところがあるんだね」

「どーゆーいみよ!」

「お茶のおかわりは?」

「カキモチと一緒なら、いただくわ……」

「おなかがすくのはいいことだよ、六花ちゃん」


 ぼくは準備していた玉露と、数枚のかきもちを彼女のほうへと差し出した。

 六花ちゃんはそれをおもむろに、齧って、啜り、


「かきもちと玉露! ベストマッチ! イエイ! 味覚への挑戦者──サクサクグリーンティー!」


 と、元気よく。

 いつも通りの声を、あげたのだった。


§§


 その夜のことだった。

 六花ちゃんが帰り、ぼくがくーちゃんを抱いて、就寝しようとしていたころ。

 なにかが、部屋の扉をたたいた。

 ぺチリ、ぺチリという、どこか湿ったものがたたく音だ。

 ぼくは怪訝に思いながらも、くーちゃんと一緒に、カーテンを開けた。


「くひゅー!?」


 悲鳴を上げてぼくの頭の上へと退避するくーちゃん。

 かわいい。

 でも、くーちゃんが驚くのも無理はなかった。

 だって、そこにいたのは──


「吾輩はタナトス! 地球は狙われている……!」


 全身粘液まみれで、窓にほとんど全裸で張り付く、ツインテール褐色メガネの成人女性と。

 その頭の上に乗っかって、青いよだれを垂らし続けている、駄犬という名がふさわしそうな、なんだかよくわからないものだったからだ。


「ありていうに言わせてもらうヨ、少年ボーイ! 吾輩とこのティンくんの、食べ物になってはぁ、くれないかナ! ナ!」


 ぼくは、目を閉じ思った。

 ああ、わかった。


 このひと──変態だ。




 NEXT ROLL ── 時をかける全裸

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