第十六回転 MMR襲来

 カレーを三杯おかわりしたタナトスさんは、毛布にくるまって惰眠を貪り始めた。

 その横で、ティンくんも眠っている。

 ふたりのよだれは、畳をしとどに濡らしている。

 自由過ぎる組み合わせである。


「くーちゃんは、さっきのはなし、わかった?」

「くー?」


 首をかしげるくーちゃん。

 かわいい。

 ともかく、タナトスさんたちには、早めに出て行ってもらわなければならない。

 明日の朝には六花ちゃんがやってくるだろうし、彼女を破壊神みたいに語るタナトスさんとは、きっと相性が悪い。

 ぼくは、ふたりが出会わないよう努めなければいけないという気になっていた。

 あと五分ぐらい眠ってもらったら、水をかけてでも起こしてしまおう。

 そう思っていたときである。


 ぴんぽーん。


 と、玄関のチャイムが鳴った。

 夜半である。

 なんなら真夜中である。

 そんな時間の訪問者が、タナトスさん以外にいるなど、とても信じられないことだった。

 そもそも、この家に人が来ること自体、まれな事なのだ。

 幾分か迷いはしたものの、放置はできないと思ったぼくは、応対に出ようと腰を上げた。

 そのときだった。


「……いやぁ、これは出ちゃいけないやつだと、吾輩思うナ」


 いつの間に起床したのか、タナトスさんがべっとりとぼくの背中に負ぶさってくる。

 彼女は毛布を脱ぎ捨てており、再び全裸に戻っていた。

 そのふくよかな胸が、ぼくの背中でつぶれている。


「ティン」


 彼女が短く名を呼ぶと、ティンくんはのっそりと起き上がった。

 先ほどまでの駄犬状態ではない、妙にりりしい顔つきになっている。


「あおーん」

「ウン。時間に干渉したものではナイ。でも、このフローチャートは没案のはずダ。やっぱり狂っているんだナ」

「すみません、意味がわかりません」

「そもそも、ここは招き入れられなければ入れない場所ダ。だから、君がこれから会おうとする人物たちは、正しい意味での常識人だろうヨ。吾輩もネ、こうなったことは心苦しい。でも、これ以上の災禍を阻むには、これしかないのだヨ。。だから、もし彼らと話をするのなら、十分以上に注意することだネ。きっと会話が成立しないし、確実にフラグは立つ」


 それからもう一つ忠告だと。

 彼女はにっこりと頬笑み、こう言った。


「そのゆる邪神、スマホに戻しておいたほうがいいヨ?」


§§


 玄関まで行くと、ドアがノックされているのがわかった。

 素早く二回。そのあとに、ゆっくりと二回ノックされる。


「十回ノックすル」

「なんですか、その言葉」

「ノックが連続したとき、必ず口にしなければならない呪文だヨ」


 なぜだか無性に、ぼくはこのあと事件が起きても、東洋人が犯人ではあってはいけない気がしてきた。

 そんなことを考えている間にも、ノックは続く。

 ぼくはタナトスさんに視線で一度だけ確認すると、ドアを開けた。


「夜分にドーモですじゃ。我々、ミスカトニックミステリールポルタージュのものですじゃが」


 髭面のおじいさんと、やせぎすの背高せーたかのっぽと、それから鍛え上げられた肉体を持つアングロサクソンの、三人の男性が戸口に立って、こちらを見ていた。

 その中心人物らしい、髭面のおじいさんは、自らのことを網戸あみと丁司ていじと名乗った。

 そして、網戸さんは、全裸のタナトスさんに気を払うこともなく、ぼくへこう問いかけてきたのだ。


「若人よ、汝は神を信じるかのう? UFOは? UMAは? 超古代文明アトランティスで、神官としてともに戦っていた記憶はあるかのう!」

「あ、宗教の勧誘は間に合っていますので」

「待って! 待つのじゃ! ええい、閉めるでない! ……あ、扉を閉めないでください、若人 プリーズ、プリーズ! 我々は最後の決戦に備えて、勇者を集めているのじゃ!」


 ドアを閉めようとするぼくに、三人がかりで血相を変えて抵抗するMMRの面々。

 もし、この年齢になってまで、本気でそのようなことを考えているのなら、非常にぞっとしない話である。


「話は聞かせてもらったのじゃ! 人類は滅亡するのじゃ!」

「「ナ、ナンダッテー!?」」


 網戸さんの言葉に合わせ、なぜか後ろの二人が絶叫する。

 わからない、本日中、最大級に意味がわからない。

 ぼくは全力でドアを蹴りつける。


「アウチ!」


 妙にネイティブな発音で網戸さんが痛みを表明すると、その懐から、なにかが転がり落ちた。

 ひとつはスマートホン。

 そして、もうひとつは、小さな宝箱のようなもので──


「ここまでのこと、よく覚えておくんだヨ、少年ボーイ」


 ぼくの耳元で、誰かがそうささやいた。

 次の刹那、タナトスさんがスマホをどこからか(全裸なので、本当にどこからか)取り出し、くーちゃんの召還を起動した。

 そして、


「ヤア、親愛なるMMRのゆる邪神ハンター諸君! 老骨諸氏が探しているものなら、ここにいるゾ!」


 彼女は、ティンくんを、呼び出し、大声を上げた。

 網戸さんが、まるでそれまで彼女を認識できていなかったかのように、大きく目を見開き。

 そして、叫んだ。


「やっと見つけたのじゃ! この──fanatic!」


 ……長い夜は、まだまだ終わりそうにないなと、ぼくは達観するのだった。




 NEXT ROLL ── 邪神戦隊キョウシンジャー!

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