Re:第十四回転 おいしいシチューの作り方
「シチューはお好き? んああ、おっしゃらないデ。ますます好きになりますヨ! シチューはレトルトじゃありまセン。小麦粉から作る料理でス。一度は〝這いよる混沌〟におくれをとりましたガ、いまや巻き返しの時デス!」
普段からガラリと口調を変えたタナトスさんが、裸の上にエプロンを装着しつつ、そういった。
「ねぇ! ねぇ! あれ、本物の郁太・Tよね! 本物よね!」
そして、六花ちゃんは六花ちゃんで、よくわからないハイテンションだった。
「また会えるなんて夢みたいだわ! しかもプライベートで!」
そういえば、いつだった彼女は、タナトスさんのことを尊敬しているというような意味のことを、口にしていたような気もする。
支離滅裂な言動に失望しないあたり、本格的なシンパらしい。
全裸はセーフなのだろうか?
「なにいってるのよ。人間なんて、二面性の塊でしょ? そりゃあ、仕事だったら仮面の一つや二つ、被ってるわよ。プライベートなら、それが開放されて、多少ハイにもなるわ!」
そういう彼女も、先ほどまでの落ち込んだ様子はどこにもない。
それこそ、仮面をかぶったように──仮面を外したように、元気いっぱいだ。
「あんたもよ」
ぼくも?
「そう、あんたも、なんだか楽しそう。さっきまでのあんたは……なんていうか、まるで世界が終わりそうな顔だったわ」
「……そっか」
だとすれば、これはよい事なのだろう。
世の中は、きっと捨てたものではないのだ。
ぼくがそう考えていると、
「そのために吾輩はきたのだからナ! そうであってくれないと困るゾ!」
タナトスさんが、笑顔で言った。
「できるだけ、観客の夢見る世界の主役とは、顔を合わせないようにしてきたのだがネ──書割と主役ではやはり見合わないからナ──しかし、こうも事情が変われば話も変わル。正気の反転は織り込み済みだが、しかしいま、世界は存亡の危機にあるのだよ、少年ボーイ」
「それ、新作シナリオなの!? え? 新作シナリオの話!?」
「このとおり、この娘にとっては、これが真実であるのでナ……だから、少年ボーイ。この娘と、そして吾輩に協力して、シチューを作るのだ!」
うん、いつもの良くわからないやつを戴いた。
まったく理解できない。
「シチューを作る事で、この──」
ぼくは玄関のほうを指さす。
「このノックの音は、やみますか」
「騒音のようなこれは、やまないだろうネ。ニャルラトホテップが好き勝手やっているせいで、よほどネジくれているが、吾輩が調律している限りは、初めの決まりごとのとおり進む。そして、いずれこの娘は出門部院水母と会わなければならナイ。そうしないと、事象は因果数率の範疇から完全に逸脱し、観客は現実に引き戻されてしまうだロウ。それは不可避のイベントさ」
では、なぜシチューを作らなくてはいけないのか。
「それはネ!」
彼女は、珍しく優し気な笑顔で、こういった。
「みんな、おなかがすいているからだヨ!」
§§
小麦粉からシチューを作るのなんて、産まれて初めてだった。
ぼくはそもそも、野菜だってろくに切れない。
だから彼女たちが料理している間、ぼくはほとんど雑用の小間使いに徹していた。
「ちょっと、包丁はどこ?」
「ピーラーで皮をむけばいいんじゃないの?」
「ニンジンは栄養たっぷりだから、皮をむかなくてもいいの。それにあたし、ピーラーなんて使ったことないわ」
「少年ボーイ! 具材は均一な大きさに切るべきサ! なぜなら火の入り具合が変わってしまうからネ!」
「えっと、こう……ですか?」
「……これはパッチが必要だネ」
「あー! 味塩コショウなんていれないの! 食塩とホワイトペッパーを入れるのよ!」
「なにがちがうの?」
「見た目と味!」
「薄力粉と、バターと、牛乳……」
「そう、弱火で、練るのとは違うわ」
「どちらかというと、炒めるようにやるのだナ」
「これが、べしゃめるそーす?」
「ホワイトソースよ」
「ホワイトソースだナ」
「……ふたりは、なんのこだわりがあるの……?」
そういうあれこれがあって。
シチューは無事、完成した。
「ハーイ! バッチリミナー! バッチリミナー!」
「カイガン! コレ! シチュー夢中これが宇宙!」
「「完成!」」
非常に息の合った、ハイタッチを決めるふたり。
一方は小学五年生で、一方は全裸にエプロンの褐色メガネである。
ようこそ目まぐるしき謎空間へ……としか言いようがない。
「いいから! 早く食べましょうよ!」
「それがいいネ! あったかいシチューが待ってル! セキスイハイムだからね!」
「ふたりは、テンションがどうしてそんなに高いの?」
むしろ、なぜぼくがのテンションがこんなに低いのか? という視線を向けてくるふたり。
ぼくはため息をついて。
あきらめて。やっとあきらめて。
そして、スプーンを手に取った。
「それではミナサン」
「お手を拝借」
「手と手を合わせて」
「「「いただきます」」」
ぼくらは、シチューへと口をつけた。
「──! おいしい……」
驚きに、ぼくは目を開ける。
なんだろう、すごくおいしい。
これまで、食べたことがない味……違う、味はたぶん、安っぽい。だけど、なんだか、これは……
「少年ボーイ。それはネ、〝あったかい〟と、いうのサ」
「あったかい」
「その娘の想いが、これでもかと詰まっているんだヨ。あったかくないわけが、ないだろうネ」
「ああ……」
そうか、なるほど。
そういうことか。
だとしたら、それはぼくには、きっとわからないことだけど。
「美味しいね、六花ちゃん?」
「ええ、チョーイイネ! サイコーよ!」
その笑顔が、たぶん答えだから。
§§
食事を終えて、余ったシチューに封をして、支度もして。
そして、ぼくらは。
玄関を開けた。
扉のさきに立っていたものは。
戸口を叩き続けていたものは。
「失礼しますじゃ! 我々、MMRと申しますじゃが──やっと見つけたぞ、旧き神を拘束する怨敵め!」
網戸丁司さんと、その背後のふたりが。
目を真っ赤に燃やしながら、そう叫んだ。
彼はぼくを、怨嗟のまなざしで睨みつけていた。
足元のくーちゃんが、
「くー……!」
低く、唸り声をあげた。
Re:NEXT ROLL ── 殺神考察(前)
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