Re:第十五回転 殺神考察(前)

 一文字違えば、支配者だったのに。


 ──網戸さんは、そういった。

 以前の格好とは違う。

 真っ黒な影のようなコートを身に着けて、顔色は、白いを通り越して、青白い。

 そんな彼がぼくと、ぼくの足元にいるくーちゃんを睨みつけながら唾を飛ばした。


「みつけたのじゃ! 夢見る世界の中枢核! 世界法則の因数の源! わしらが奉ずる旧き神々を封印し、利用し、養分として、この狂った世界を生み出した邪悪の根源め!」


 背後の二人が激しくクビを振る。


「みよ! わしらの神は、正しき旧き神の筆頭は、このように矮小な姿へと零落してしまったのじゃ! 古代アトランティスの戦士たちは、もはや神の名さえ忘れてしまっておる! おお、偉大なる〝C〟よ!」


 彼が指さす先にいるのは、くーちゃんだった。

 タナトスさんが、眉をしかめる。


「前回のフローチャートにて吾輩を元凶扱いしただけのことはあル。まったくもって論理が壊滅しているではないカ。かつての世界は、君たち野蛮なfanaticが引き起こした神意大戰プロヴィデンス・ロストによって滅亡しタ。ゆえに、双方向での理解とともに、やさしい夢を望んだのはどちらかネ? 旧き神、エルダーゴッドは、承認したのダ。自ら望んだのダ。でなければ、このように脆弱な姿に堕ちることなどありえナイ。なにより少年ボーイは──」

「黙れ! 汚らわしい時空の支配者め! わしらは正しいのじゃ! 絶対的に正しいのじゃ! 弱いものは正しいのじゃ! きさまらがfanaticよ! 狂信者め! 悪逆の徒め! 圧制者は悪なのじゃ! じゃから、じゃから、じゃから」


 その眼が渦を巻く。

 正常であるという狂気に歪んでいく。

 ぎゅっと、ぼくの服の袖を、六花ちゃんが掴んだ。

 ぼくはその手に触れた。

 ……シチューと同じだった。

 網戸さんが叫ぶ。


「這いよる混沌! ニャルラトホテップ! やつがわしらを貶めた。正常な世界を破壊し、この狂った人間しかおらぬ、人間と邪悪がともにある狂気のるつぼを作り上げたのじゃ!」

「冗談ではないネ! あれは純粋に世界の敵だトモ! ひとりで悪辣を愉しんでいるだけサ」

「否じゃ! わしらもおかしく、おかしくなっているのじゃ! だから、だからだから──これで、世界を閉ざすべきなのじゃ!」


 かみ合わない会話。

 支離滅裂な。

 どこまでも狂気的な。

 ある種、無意味なまでの頑迷さをもって。

 網戸さんは、わめきたて続けた。

 背後の二人は、案山子のようにただ不気味に立ち尽くしている。

 ゆっくりと、ぶつぶつとつぶやきながら、老人は、それを取り出した。

 宝箱。

 小さな黒い箱。

 それはかつて、なかったことになった世界で、ニャルラトホテップを招いた触媒。

 シャイニングトラペゾヘドロン。


「いま、いまこそ! わしらの宿願を渡す時なのじゃ! 閉じる! 閉ざす! 閉める! ──! 間違った世界を、正しい世界に! いまこそ、いまこそ!」


 開く。

 宝箱が、軋みながら。

 なかから現れたのは──輝く多面体ではなかった。

 それは〝鍵〟だ。

 無数の異様な文様が刻まれた、非ユークリッド幾何学的な形状の。

 〝銀の鍵〟。

 彼は、それを振り上げ──


「まずは! ニャルラトホテプの使者から封神するのじゃあああああああああああ!!!」


 ぐるりと、両方の眼球を明後日の方向に巡らしながら。

 奇声を上げ。

 六花ちゃんへと、躍りかかった。


「や、やめ──」


 恐怖に凍り付く彼女へ、銀の鍵が振り下ろされようとして。


「──ごめんね、六花ちゃん」


 ぼくは、六花ちゃんがいなくなるのなんて、いやだから。


「え──」


 彼女の体、突き飛ばされる。

 振り下ろされた銀の鍵は、狙いをたがえて、ぼくへと落ちる。


 時計の長針と、短針が揃うような音を立てて。

 ぼくの心臓に、銀の鍵は、突き刺さった。


 網戸さんが、狂気の哄笑を上げる。

 背後の二人が、拍手喝采をささげる。

 六花ちゃんが悲鳴を上げて。


 タナトスさんが、目を閉じた。


「現在時刻を記録せよ──クロック・クラック・クローム。汝はいま確実に美しい」


 その言葉を聞き終えることができないまま、ぼくは鍵によって閉ざされた。

 小さな箱の中に、折りたたまれてしまったのだった。

 意識は、無窮の暗黒のなかへと、落ちていく。

 取り返しのつかない、終焉へと向かって──




 Re:NEXT ROLL ── 繋いだ手は放さないから

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