楽園3 彼女たちの最初の出会い           

(はぁ、毎日毎日デスクで書類や画面とにらめっこで退屈だわ)

麗子は小さくため息をつき、心の中に溜まっている不満を溢した。愚痴を言いたくもなる。

葉月麗子は二十四歳の都内の上場企業に勤める会社員で、入社時は丸の内のオフィスに勤めていたが、今はここ板橋の子会社で部長をしている。仕事が出来る人によくありがちな上司や同僚とのあらぬ不倫や二股の噂が立ち、重役に呼び出され査問にかけられたが、入って二年足らずの小娘の言い分など誰も聞かず、課長から昇進と言われながらも体よく左遷されたのだ。しかも、ここはいわゆる窓際部署で仕事も単調なものばかりでおもしろみがなくどこかの刑事ドラマのように「人材の墓場」と揶揄されている。

昨夜も左遷した元上司に仕事のミスや部下への指導がなっていないと散々怒鳴られ、かつての同僚たちに横で嘲笑われたのだ。

しかし、麗子はめげたり、拗ねたりしない。

なぜなら、来週の今日は夏季休暇でリフレッシュに喧騒な都会を離れて潮風が吹く海辺の街へ旅行に行くのだ。

(今週を乗りきれば、来週からは南国の風が私を呼んでいる)

麗子の心はウキウキしていた。

本当は、ハワイかグアム辺りに行こうかと考えていたが、仕事の関係であまり遠出は出来ず、沖縄の海や北海道の避暑も考えたが、たくさんの旅行客で混雑するのが嫌なので、港町にあるモダンな旅館をネットで見つけて行くことにしたのだ。

妄想にふける麗子、しかし、目の前の仕事を終わらせなければ始まらないと気持ちを切り替えてデスクに向かう。

「部長お疲れ様です」

「失礼します」

定時になり、他の社員たちは帰り出したが、麗子はまだ片付けるないといけない書類があったので残業だ。これも管理職の務めと割り切り、「お疲れ様」と返して、書類作成を続ける。

皆より一時間遅れで麗子も仕事が終わり、戸締まりをしてオフィスをあとにする。

「やっと終わった。プールでも寄ろうかしら」

多忙な毎日の彼女が、最近見つけた癒しスポットは自宅の新宿にある会員制の24時間営業のスポーツジムでビルの中にある。

麗子の白い雪のような肌とスラッとしたスタイルは制服の上からではわからないが、ふくよかな胸元にマロンブラウンのカラーの長い髪を後ろで束ねると青色の競泳水着に身を包み、白のスイムキャップと黒の水中ゴーグルを頭に装着して、「バッシャ」と勢いよく水中に飛び込んだ。

バタフライで優雅に進む。それは

学生時代水泳部のエースで都大会やインターハイで優勝した実績を持つ凄腕のスイマーだ。

彼女が泳いでいるその姿を見つめる一人の女がいた。

六往復ほど泳いだ麗子はコースから上がり、ベンチに腰かける。

ペットボトルのスポーツドリンクのキャップを開けて、ゴクゴクと飲む。

「ぷはー、ひと泳ぎした後はこれだわ」

誰もいないので、大きな独り言を言っても恥ずかしくない。麗子のストレス発散はこうした形で行われている。

「早いわね」

麗子に誰かが声をかけた。黒い髪を同じようにポニーテールにした濃い緑色の競泳水着に着た体格の良い目がキリッとし、マリンスポーツをしているのか太陽の恵みをたくさん浴びたのか、小麦色の肌をしたスポーツウーマンの女性だった。

「あなたは?」

「申し遅れたは、私の名前は恵本はるみよ。よろしくね。葉月麗子さん」

「なぜ、私の名前を知っているの」

はるみは、麗子の名前を知っていた。

しかしら初対面の麗子は彼女のことなど知らない。取引先の方かそれとも学生時代に同じ学校だったのか少し困惑した。

「このプールで、インストラクターをしていて、レッスン後によく泳いでいる貴女を見かけて、管理をしている同僚から名前だけ教えてもらったの。どう、泳がない?」

はるみが、麗子を知っていたのは、いつも豪快だがどこか繊細で優雅なバタフライをする彼女に惹かれていたからだ。

その挑戦とも受け取れる誘いに麗子の答えは「いいわよ」と即決で返事をした。

中央に設置された時計が午後九時になったら、スタートして、得意な泳ぎで先に一往復したら勝ちと言うシンプルなルールだ。

麗子とはるみはそれぞれのコース台に立ちキャップとゴーグルを整え、時間になったのを確認してプールに勢いよく飛び込み、水面を進んだ。










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