楽園13 熱血漢の見せる甘顔
拓斗たちが行方不明になり、陸に上がった博樹たちは混乱していた。すでにあれから一時間近く経過していたからだ。
このままでは、じきに日没になってしまう。誰もが焦る気持ちを抑えきなかった。
「どうすれば、いいんだ」
いつもは強気な博樹が弱音を吐く、やがて、闇が辺りを支配し海は真っ暗になった。
麗子とカトレアも目を閉じた。
その時だった。
「見ろよ。海底から」
翔が海の変化に気付いた。それは、波間から何か泡がぷかぷかと浮いている。よく、神話で海や泉から女神が現れるかのように、しかし、それはすぐに消えた。
四人はそれを見て絶望した。
拓斗とはるみは、もう帰ってこないんだと…。
そして、気持ちを現せたかのように空は雨雲が支配し、頬に冷たい粒が当たりだし、辺りに大雨が降り出した。
四人に冷たさも耳に入る雨音すら響かなかった。
なぜなら、誰もが声を上げて泣いていたからだ。
船に戻った四人は、拓斗とはるみの荷物を悔しさと悲しさで目に入れるのが辛かった。
なぜ、二人を助ける事が出来なかったのか、無力な自分たちが情けなくて堪らなかった。同時に、
「拓斗の馬鹿野郎!!なんで、死んじまったんだよ。これから、たくさん今まで離れていた分時間を埋めて楽しもうって約束したのに…」
博樹が目に涙を浮かべ、壁を殴った。
“バン、バン”と力強く、何発も殴る。
「よせ、博樹」
翔が止めに入る。血だらけの拳を彼の顔に近づけて言った。
「俺も麗子さんも、カトレアさんもおんなじ気持ちなんだ。現実だから、受け入れなければならないんだ。子供みたいにするな」
「うるさい」
翔を乱暴に突き飛ばす博樹、カトレアがやめなよと注意する。
「止めないでくれ、拓斗は、あいつとは、あいつとは…」
カトレアにも八つ当たりしそうになった。
“パンッ!!”
博樹の左頬が赤くなる。麗子はキリっとした目で博樹を諭す。
「みっともない。皆、同じ気持ちなのに、叫んで、はるみと拓斗くんが戻ってくるの!!」
平手打ちをした彼女の瞳は濡れていた。
「麗子」
だが、心の中はもっと泣いている。
しばらく、四人の間に大きな溝が出来、沈黙が生まれた。
麗子は、無言で甲板に上っていた。翔とカトレアも後を追いかけるが、博樹はそのまま部屋に残った。
甲板に上がった麗子は、潮風に打たれながら泣いていた。友人の喪失よりも愛した魅力ある彼の情けない姿を目の当たりにしたことが一番辛かった。何よりも好きな人に手を出したことが一番…。
「麗子」
カトレアが慰めようとするが、しかし、今の彼女の耳には誰の言葉も入らないと考え、船内に戻った。
(はるちゃん、こんな時にどうしたらいいの?)
辛い時はいつもはるみが隣に居てくれた。そして、背中を押してくれた。
だが、そんな相棒はいない。
「拓斗」
奥では、自身と同じ立場になった博樹が声を殺して泣いていた。
(そうだ。博樹くんも翔くんも、私たちより年下だったわね)
それに気付いたカトレアは、彼の横にそっと近づいた。
いつも強い顔しか見せない彼だが、まだ、十八の社会や世界のことなど知らない若者なのだ。
カトレアは、そっと彼の頭を撫でた。
「花ちゃん」
「カトレア先生」
「花ちゃん先生」
カトレアの目に、教え子の子供たちの顔が思い浮かんだ。
“はっ”とした。
泣き疲れて眠ている彼はまるで、小さな子供のようだった。そうだ自分たち年上が守らねばならないのだ。
カトレアは、博樹に優しく耳元で囁く。
「博樹くん、今は何も気にしないで、心を休めてね。明るくなったら、また一から頑張りましょう」
そうすると、博樹の顔からひきつった悲しみの表情が柔らかくなり、カトレアは少し安心した。
がんばり屋な彼の一時の甘顔は、彼女の心の安堵を現したかのようだった。
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