楽園14 Q?

船首に佇む麗子と翔は、夜の海を見ていた。

もしかしたら、拓斗とはるみが帰ってくるかもしれないと思いずっと見ていた。

だが、時間は残酷にも流れていく。

麗子の長い髪を沖から吹く夜風が優しく包む。冷たいと思うが二人はもっと冷たい世界にいると思うと悲しみが“どっ”と襲う。

“すー”

翔が着ていた開襟シャツを彼女の肩に掛けてあげた。

「ありがとう」

「いえ、俺の方こそ、麗子さん、さっきはごめんなさい。博樹とちゃんと話せなくて、あいつと拓斗は、幼い頃からの幼馴染だけど、俺はこの旅で出会ったんだ」

「翔くんたちって、どこでであったの」

翔は、自転車で元の目的地の白木屋に一人で向かっている途中、たまたま休憩していた拓斗と博樹に出会い仲良くなり、目的地が一緒と知り、三人で行こうと言うことになり向かっている途中でここに来たと。

「翔くん、学校の友達と行こうとかなかったの?拓斗くんも、博樹くんも学校が違うのに、どうして、仲良くなれたの?」

翔は、少し暗い表情になった。

麗子は、そおと彼に近づき「何かあるの?」と尋ねる。

「俺…」

翔は、理由をぽつりぽつりと喋り始めた。

「俺ん家、お袋しかいないんだ」

翔の両親は、父親が二年前に交通事故で死去した。

それ以来、母親が小さな畑と工場の夜勤パートをしながら、翔と小学ニ年生の妹と十三歳年下の弟を育っている。

だが、生来身体が病弱だった母も最近は家業もパートも休みがちだ。だから、翔は学校帰りに地元のバイク屋、ファーストフード店などでバイトして生活費を稼いでいた。

幸い進路は卒業後に、隣町のバイクや車の部品工場の就職が決まり、来年の春からそこで働く。

「だから、18の思い出に少し自転車で、父さんの形見の自転車で遠出しようって考えたんだ。いつか行く、バイク旅の練習も兼ねて…」

目を潤ませて話す翔の顔を見て、麗子は涙が零れた。

「麗子さん、どうしたの?」

「ううん、翔くんは強いのね。お父様を亡くして不安な気持ちが強いのに、それでも、家庭のために働く貴方は立派よ。私、ずっと私立の学校でエスカレーター式だったから、大学まで簡単に進んだわ。今の会社も余裕では入れたから何も遮るものがないと思って生きて来たの。なんだか、自分が幼く感じるわ」

「生まれなんて、誰も選べないよ。麗子さんはいい両親に恵まれて、都内の一流企業に勤めているんでしょう。はじめて会った時に話していた。大手外資系企業「goodday」の系列で丸の内のオフィスなんて、かっこいいじゃん」

全世界に規模を持つ大手の検索サイト「goodday」は、インドに本社を置く巨大企業だ。麗子は大学院を卒業後にシステムエンジニアとして入社したのだ。華やかでやりがいのある仕事に就けて順風満帆な人生…とは行かなかった。

いざ、入った企業の中では陰湿な蹴落とし、セクハラやパワハラなどのいじめやハラスメントが日常茶飯事で上に報連相しても、取り扱って貰えず、中には密告と見なされて逆恨みされることもあり、とても、いいとは言えない。

いや、麗子はそれ以前からの私立の幼稚園から大学までの間、よく似た事があった。勉強やスポーツが出来るのはもちろん。親の仕事や家柄、容姿やスタイルなど、色々な形で派閥がありピリピリしていた。

しかし、翔には話したくなかった。なぜなら、これから未来あり努力している青年に嫌な現実は早すぎると思ったからだ。

「あら、私は自分の努力指数が少しだけで今の地位になれただけよ。だから、ほとんど、両親の肩書や力がないと何も出来ない幼い子供と一緒よ。翔くんや博樹くん、拓斗くんがよほど私より格上よ。だから、もっと、誇りを持って」

麗子の気高さに翔は一瞬心を奪われた。

自分とは住む世界が違うのに、なぜだろうか?

何億光年先から二人にプレゼントされる星光は自然と彼女を輝かせる。

その時だった。

「あれ、今水面に何かが写ったよ?」

翔が何か不思議な光と一緒に影のようなものが水の中に見えた。

「あら、何かしら?」

麗子もそれに気付いた。二人で海を覗き込む。すると“コツンッ”と船体に音がした。

いったい、音の正体は何なのか?




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