楽園54  亡霊たちの襲撃

拓斗たちが出発した後に話は戻る。

「はるちゃん、大丈夫かな?子供の時から超が付く怖がりなんだ」

カトレアが心配そうに言うと、博樹が

「大丈夫だよ。拓斗が付いているし、あいつもガキの頃、肝試し大会で幽霊見てびびりまくっていたからな」

「それダメじゃん。まあ、アイツにとっては通いなれている道だから心配ないけどな」

翔と拓斗は、いつも椰子の木の丘に見廻りに行っているので道順はだいたい把握している。

皆、夏バテの蒸し暑さも肝試しのおかげで少しづつ回復していた。やはり、マンネリ化するなら何かの刺激を見つけたら力がまたみなぎることもある。余談だが、肝試しは平安時代に花山天皇が息子たちに度胸をつけさせるために夜中に鬼の出る屋敷に行かせたのがはじまりと記録にある。

その時、何か巨大な地響きがした。

「何?」

「地震か?」

地震か何かと思っていたが、それはどんどん近くに近づいてくる。やがて、漆黒の闇の彼方からその姿を現した。

「ねえ、あの茂みの向こうに何かいない?」

カトレアが指差す方向に何かが佇んでいた。それは、パワーショベルみたいな形をしているが、この島にそんなものがあるとは思えない…

皆、ありったけのたいまつを灯しでカトレアの言う方を照らした。

“ガアー”

物凄い眼光と地の底から這い上がってきたかのような雄叫び、それは、

「アロサウルスだ」

「嘘でしょ…」

それは、昼間氷壁に眠ていたあの恐竜のアロサウルスだ。

「嘘だろう。アロサウルスが甦ったのか?」

「アイランド号に逃げましょう」

「いや、怖い」

だが、恐怖はこれで終わらなかった。

「ガァア」ともう一度雄叫びがした。見ると岩山の上に、恐竜時代にもっとも有名な恐竜がいた。

「ティラノサウル!!!」

「いやー、遊園地のアトラクションじゃない。本物の恐竜だわ」

「早く、逃げましょう」

「拓斗とはるみさんが…」

しかし、映画や漫画でも有名な二大肉食恐竜に、王者や皇帝と呼ばれる二匹に捕食されたら、まず、喰い殺される。

アイランド号に逃げ込むが、二匹の鋭い牙が木製の船を襲う。

“バキ、バキ、バキ”すごい音で船体を壊そうとする。四人は棒や鉄パイプを持って奥に隠れるが、船が壊されるのは時間の問題だ。

「怖いよ。食べられちゃうよ」

カトレアが泣き出す。麗子は彼女を抱きしめる。

翔と博樹が棒を構えて応戦しようとしするが、映画なんかでは機関銃を持った兵士があっという間に食べられて骨にされるシーンが脳裏によぎる。そうこうしているうちに”バリバリ“と壁が破られて、アロサウルスが顔を出した。

「ギイャー!!!」

バーチャルやアトラクションではない。六億年前に地上に君臨していた肉食恐竜が今目の前にいる。

「うわ」

「嫌」

「嘘、これで終わりになるの?」

四人が絶望した時、アロサウルスの顔が消えた。

“え?”となり、ゆっくりと顔を出して何があったのか確認する。

「わあ」

ティラノサウルスがアロサウルスに首に噛みつき、アロサウルスもティラノサウルスに爪を立てる。永き眠りから目覚めた二匹には太古の世界を生きた修羅の気持ちも蘇らしたたのだろう。

ただ、争うだけだ。

「みんな、大丈夫か?」

拓斗とはるみが、声をかける。

「二人とも無事だったか」

「はるちゃん」

「急いで」

二匹が争っている間に、アイランド号を沖に出した。壊れた箇所は上部だったので浸水の心配はなかったが、マストの帆が傷つけられて、風はあまり受けることが出来ない。拓斗と博樹が壁を修理し、翔とカトレアが帆を修理した。

麗子とはるみは櫓を漕いでできる限り沖に向かった。

「なんで、恐竜たちが?」

拓斗は、海岸沿いで暴れる二匹の肉食恐竜たちを見ていると、昼間考えていた謎がさらに深まる。

「怖かったよ」

「カトレアさん、もう、大丈夫だよ」

恐怖から助かったカトレアは大泣きしていた。翔が隣で慰める。

「ちょ、あれを見て」

はるみがなにかに気付き、修理したマストに登り、明かりで王国で暴れる二匹を照らす。

アロサウルスとティラノサウルスに猛突進をかます一体の姿があった。拓斗が暗視グラスの双眼鏡で確認するとそこにはもう一体の影が…

「ギガノトサウルス!!」

そこには氷壁洞窟にいたもう肉食恐竜がいた。

“ガァアー”

互いに噛み合う。切りあうと三つ巴の争いを繰り広げる。

やがて、風の流れに三匹の血の臭いが沖まで漂ってくる。それは鼻がもげるような悪臭だった。

「どうしよ。臭いがきついよ」

「こんな沖まで流れてくるなんて、そうだわ。島の反対側に行きましょう。私たちが最初に来たあの海岸へ」

麗子の提案で、一旦最初に六人がやってきた始まりの場所へ戻ることにした。だが、船は錨を沖合におろして停泊することにした。

万が一を考えて海から様子を伺うことにし、夜明けを待ってから次の行動を取ることにした。

「僕が警戒しているから、皆は先に休んで」

拓斗は、双眼鏡とランプに油を足して明かりを強くした。もしかしたら、また、何か襲撃があるかもしれないからだ。武器は漁に使う我流で作った銛と石器時代のように森に落ちていた枯れ木とロープで作った弓矢と漬け物石ぐらいの石を削り、太い枝で柄にした石オノを持って警戒に当たる。

海にも危険が潜んでいるかもしれないと思うと気が抜けなかった。あんなに蒸し暑かったのに、今は潮風が寒く感じる。あれだけの危険にあったのだから当然かと思うが、蜂蜜のスープで身体を暖めて冷静さを取り戻す。美味いと感じられるのは生きているからだと生かしてくれた天に感謝する。

“やはり、気になるな。なぜ、氷壁に眠っていた恐竜たちが甦ったんだ。他のマンモスやギガントピテクスたちも”

拓斗は意味深に考える。

だが、暗黒の海も夜空も雲も答えてはくれない。

船室では、女性たちが蚊帳の中で固まり眠り、博樹と翔も入口で警護をしていた。

「ごめんね。みんな」

カトレアが突然謝罪した。

「カトレア」

「私が寝れないので、皆が気を遣ってくれて、私、本当にわがままだわ」

「カトレア」

ぐすぐす泣き出す彼女をはるみと麗子が優しく寄り添う。すると、博樹が、

「カトレアさん、逆に俺たち感謝しないといけないよ。あのまま肝試しをせず寝ていたら、ティラノサウルスたちが襲撃してくるのに気付けなかった」

翔も蚊帳の前から、

「カトレアさんは、命の恩人だよ。あのままあそこにいたら、今頃、みんなで仲良く恐竜たちの腹の中だよ」

そこには、カトレアを責める者など誰もいなかった。

確かに、あのまま何もしていなければ、六人は翌朝を迎えられなかった。

カトレアは、その言葉で涙顔に少し笑みが戻った。






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