楽園8 洋蘭の花は甘かった

波音が耳に入り、翔は目を覚ました。

他の二人がいないことに気付いていた。女子二人がいないことも…。

「夜の海が静かだな」

「本当だね」

横を振り向くと、甘い香りとしなやかな髪があった。

「カトレアさん」

「波音が目を覚ましてくれたの」

二人は甲板に上がり、水面に光る月を眺めながら、しばし波音に耳に刻む。突如、足を踏み入れた異世界、だけど南国の、楽園の美しい世界、誰もいないこの場所で、二人だけ、

「カトレアさんって、漢字でなくカタカナで名前書くんだね。最初は洋蘭花かなと思ったんだ。外国人みたいにカタカナ表記っていかすと思ってね」

「ありがとう、嬉しいな。この名前だから、子供の頃からバカにされたきたの。でも、翔君は初対面だけど褒めてくれたから、嬉しいわ」

カトレアは、その時に名前の由来を教えてくれた。

「私の大好きだったおじいちゃんとおばあちゃんがね。新婚旅行でブラジルに行った時、向こうで洋蘭の花園を見たの。それで夫婦で心を奪われて子供でも孫でも女の子が産まれたら、カトレアのように美しい女性になれるようにカトレアって名付けようって」

「へぇ、アクティブなおじいさんとおばあさんだね。俺の翔って名前もじっちゃんが付けてくれたんだ。飛行機のパイロットにあこがれていたから、大空を、未来を羽ばたき、かけるような男になってほしいから名付けたんだ」

名前の意味を紹介して、微笑む。

星空を見ながら、二人は星空が入る歌を口ずさむ。

「それって、夜中に星を見に行こうって歌だよね。主人公の女の子は…」「踏切まで星空を探しに行く少年と少女をモデルにした歌よね」

二人の好きな歌は、夏の夜に輝く星空を見に行こうとする恋心を持った男女の思いを歌ったものだ。

しかし、どちらの歌も主人公は叶わぬ悲しい結末を迎えるものだった。カトレアの歌の女性主人公は好きな男子と近い距離なのに、結ばれない悲しい思いをし、成長した後も告白する勇気をもてなかった自分に悔し涙を流すといった内容だ。

翔の歌は、ある少年が仲良しの幼なじみたちと夏休みの夜に天体観測をしに踏切まで行く歌だ。暗い闇の中で探すと言う歌だ。大人になってもそれは好きだが、もう、好きな娘も友達もいなくなっていると言う内容だ。

「夏って、不思議だよね。ひと夏の恋とか言うように、思い出に残る恋が出来る季節」

カトレアは、どこか物憂げな顔をして言った。

さざなみの音と一緒に翔は静かに彼女を抱きしめた。

洋蘭ように甘い髪をなびかせる年上の人を、南国の風と一緒に抱いて二人の男女は…。

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