楽園16 遠い昔の恋

 田端二等兵の葬儀が終わり、四人は船に戻り簡単な食事を済ませた。

 翔は、魚を口にした時、昨日まで向かいに座っていたはるみが作ってくれた干物を何回も噛んで味わった。なぜなら、それはもう彼女の形見だからだ。

 博樹とカトレアもそれは同じだった。

 森で採ってきたバナナや芋は、甘く拓斗が笑っているように思えた。

「拓斗のやつ、バナナだったらチョコをつけて食べるのが好きだったな。あいつ、昔好きだった恵美さんていう従姉の姉さんに夏祭りでご馳走しようとしたら、浴衣にこぼして大目玉喰らっていたな」

 博樹が思い出したように言うと、麗子も翔も少しだけ笑う。

拓斗とこの旅で出会って仲良くなったが、そんな話は聞いたことがなかった。しかし、恋愛漫画のワンシーンみたく意外と受けた。

「私も中学生の時に、仲良しな女の子たちと夏祭りで隣の男子校の子たちが声をかけて来てくれたわ。博樹くんと翔くんみたくかわいらしい、優しい男の子たちだったわ」

「麗子さん、その人とは恋に発展したの?」

「初耳だわ。麗子の過去の恋バナなんて」

「旅館の夜に話そうと思っていたけど、こんな時に言うのも悪くないかしら、ちなみに、博樹くん似ている名前で博幸くんっていう同じ年よ。ハンドボール部でエースをしていたわ」

ただ、麗子の好きなった人はその後、後輩の妹さんと付き合うことになって、彼女の前から消えた。

「最近、風の頼りである大手電子メーカーの技術者として、栃木の岩舟って町の工場で働いているって聞いたわ。後輩くんの妹さん、いえ、現奥さんと可愛いいお子さん二人とマイホームを建てて暮らしているみたい!」

博樹と翔、カトレアが顔を合わせて言う。

「私なら、男の子だったら、麗子と付き合うわ」

「俺も、元彼の立場なら麗子さんと別れる選択肢は無いよ」

「まったくだな」

ありがとうって、三人に礼を言う。

「羨ましいな。私、身体が大きいかったから、クラスメートや同僚に巨人女とか八尺様とか言われてからかわれていたよ」

カトレアの身長は、小学六年生の時点で177cmあり、女子の中で大柄で目立ちやすかった。だから、幼稚さがある男子たちによくからかわれていじめられていた。女子たちにも仲間外れにされて楽しい思い出がなかったといってもよい。

だが、いつも幼馴染で家が隣同士で仲良しだったはるみが守ってくれた。いじわるな相手をぶっ飛ばしてくれたり、泣かしたりしてはるみはいつも豪快に笑う彼女は救世主だった。

「はるちゃん、よく、それでご両親や先生に叱られていたけど、私を庇ってくれたの。だから、私はどんな漫画のヒロインよりもはるみちゃんが大好きだったわ」

「かっこいい」

「はるみさん、水泳の先生より警察官や自衛官が似合っていたかもしれないな」

「はるちゃんはならないわ。だって、私を最初に好きになってくれたおんなじ町内に住んでいた「護くん」がそうだったから」

カトレアには、護くんと言う三歳下の男の子がいたが、どういうわけか他の子と違いカトレアをいつも褒めて、いいように言っていた。

「カトレア姉ちゃんは、背が高いからパリコレに立つんだよとかバレーやバスケでオリンピックに出て金メダルを取るんだよとか、周りの子に冷やかされたら、僕が一緒にヴァージンロードを歩くんだって」

「成長期の男の子あるある」

「護くん、いい人ね」

「彼、ご両親が離婚してママと二人だけで暮らしていたの、だから、私が彼のお姉さん代わりだったんだ」

しかし、運命は残酷だった。

護の母がその後、病気で亡くなり、小学五年生だった彼は埼玉に住んでいる祖父母の家に引き取られた。

「カトレア姉ちゃん、僕が大人になって、おまわりさんになったら僕と結婚してね。彼は泣きながらそう言って電車に乗ったわ」

「おぉ、熱いね」

「護さんは、今は埼玉で暮らしているの?」

「ええ、秩父の町にいるわ」

カトレアは笑顔だが、その先は言わなかった。

なぜなら、初恋相手の護くんは秩父の祖父母と同じお墓に入っている。

三年前、高校卒業後に埼玉県警の警察官として所沢の交番に勤めていたが、東京へ逃亡しようとしていた半グレグループの女性リーダーを逮捕しようとした時、彼女が隠して持っていたナイフで通りすがりの外国人家族を人質にしようと襲いかかろうとした所を助けようとして…

「麗子さんたちすごいな。俺も浅草に住んでいた二つ下の子と半年付き合っていたぜ。剣道部の後輩が同じクラスの子を紹介してくれたんだ」

半年前まで、博樹は二つ下の女子と付き合っていた。彼女は浅草では名のある老舗のパン屋の一人娘美路みろだった。

部活帰りに美路が作ってくれた手作りのカレーパンやサンドイッチを近くの公園で食べるのが日課のデートと呼べる時間で幸せを感じていた。

「だけど、俺が受験シーズンに入る前にいきなり俺を避けるようになった。ラインの既読スルーや留守電ばっかりで、家のパン屋にも買いに行っても会わせてもらえなかった」

「博樹くん、その好きだった美路さんとどうして会えなくなったの?」

麗子の問いに、

「一度だけ、閉店した後にこっそり家の近くを通って調べたんだ。そしたら、家族と一緒にボーイフレンドらしい男とその家族で楽しそうに夕飯を食べているのを見たんだ。後輩に話したら、同じクラスの男子で美路の幼馴染だったらしいんだ。親同士も仲が良いらしいんだ。相手の家は銀座の有名な和菓子店に勤めている職人で、幼馴染も将来は菓子職人の学校に行ってから、店に入る予定だったらしい。だから、最初から俺とは遊びだったんだ」

博樹は言葉を詰らせた。

翔が、彼の肩に手をかける。

「俺も同じだ。この旅に出ようと考えのも、父さんが亡くなって家庭が苦しくなったんだ。学校とバイトを行き来するだけの毎日で心の中ではつまらないと思っていたんだ。オーストラリアやアメリカの地平線をバイクで旅したいって目標があったからがんばれたんだ。だけど、ずっと支えてくれた娘がいたんだ」

翔がバイト中にたまたまバイク屋にやって来た客の女性に、中学時代にクラス担任で学校でも評判だった美人教師が来たのだ。

「イズミ先生?」「横田か、久しぶりだな」

星野泉イズミは、彼より十歳年上だった。さばさばした性格の上、グラビアアイドルみたいな美貌とスタイルの持ち主だった。

何回か店で会い話す度に、仲良くなり、店長に内緒で休みの日にも会う仲になっていた。そして、ツーリングをしたり、カフェでデートするようになった。そこで、父が亡くなり、家庭のが苦しい事や小さい妹や弟の進路の事や進学にするか就職するかを相談したりした。時に息詰まったら、市民プールに誘ってもらい泳いで気分転換にも付き合ってくれた。

イズミ先生の担当は体育で、今でも現役バリバリのスポーツウーマンで、かつて夏のプールの時間は男子生徒たちの憧れの的だった。

「横田、お待たせ」と長い髪を後ろで束ねて、紫色のハイレグ水着は妖艶で美しかった。

「お前だけに、特別サービスだぞって言いたけど、おばさんの水着姿は毒かな」

「いいえ、先生、美しいです。この前のワインレッドのもよかったですけど、今日も美しいです」

そして、たくさん泳いで気分をスッキリさせた翔は、期末試験に学年一位を取った。

「翔くんも、いい思い出があるじゃない」

「私たちより、四つ年上でそんなかっこいい女性いないよね」

麗子とカトレアも聞いていて、少し笑みが目立つ。

「だけど、告白しようと決意してしたんだ。だけど、イズミ先生にはフラレた。先生、実家が長野のペンションをしていて、オーナーしていた親父さんが病気して出来なくなって、後を継ぐ事になったんだ。ご両親は、いい年だったから、地元の有名な建設会社に勤めていた同級生の男性との縁談を纏めてくれていたんだ。だから、カトレアさんの幼馴染の話、共感したんだ」

別れの日、翔は他の友達と同じように泣きながら、先生を駅のホームで見送った。その時、世界の絶望と言うより、シンデレラが魔法が解けて元の少女に戻るような気持ちだった。

「何だよ。旅に出たのも傷心を癒すためだったのか?」

「まあな。だけど、また先生に再会したら、麗子さんやカトレアさんみたいな美人の彼女かお嫁さんを見つけて、幸せになりましたって胸張って言いたいぜ」

「前向きでかっこいい」

「その意気よ。翔くんなら、その先生が教えてくれたんだから、きっと、もっといい女性と出逢えるわ」

皆からエールをもらい、翔は気持ちが強くなった。なぜなら、すぐ近くに好きな人がいるからだ。

話しているうちに、日没を迎えた。

やがて、夜になり月が夜空に星たちを引き連れて現れた。

翔は興奮が収まらないのか、窓から夜風を浴びながら星空を眺めていた。

「昼間たくさん話したから、麗子さんたち気持ちよく眠っている。あれだけ、話したからな」

「あぁ、俺もたくさん話せて楽しかったよ」

ちなみに、博樹にこっそりと昼間のイズミ先生との隠した思い出を話した。

「市民プールに行ったと言っていたが、その前にも、中二の夏休みにこの場所みたいな海水浴場に友達と二人で泳ぎに行ったんだ。そこで、イズミ先生も学校の他の女性の先生たちと二人で来ていたんだ。川野和枝カズエ先生って言う英語の先生なんだけど、アメリカの大学を出た帰国子女なんだが、この人もスタイル抜群の美人先生なんだが、イズミ先生は青のビキニで和枝先生はエメラルドグリーンのビキニだったんだ。海の家でたこ焼きとラーメンをご馳走になったんだけどな」

「この色男!!」

「まあ、俺も美路と二人で湘南の海水浴場に行ったんだ。美人がいっぱいだったが、俺は美路をすぐに見つけたぜ。華奢で子供みたいな可愛いい顔をしていたが、パッションなオレンジ色のビキニをしていたからな」

「よお、モテ男」

「アハハ」

月明かりに照らされる海、拓斗たちの悲しみを一時だけでも忘れられて明日への自分たちの生きる時間を繋げたいと思えた。

「俺らも休もう」

「そうだな。お休み」

「お休み」

博樹と翔はそのまま横になり、床に付いた。

星空と潮風が踊る夜、静かな静寂の中眠る四人、それぞれは話していたかつての恋愛相手たちを思い出しながら、夢世界の一時の再会を楽しんでいるようだった。

その時、砂浜を二つの歩く姿があった。

そして、静かに船に向かっていた。








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