楽園52  傾城たちの儚い思い

氷壁に眠る王者たちを眺める六人。

冷気が身体と心を強く打つ、「かつては俺たちみたいに動き回っていたんだろうな」博樹が氷に手を当てる。

何もないような洞窟にすごい秘密が隠されていたんだと思うと胸が言いようもしれない「歓喜」に熱くなる。それは、この楽園、いや、王国にはまだまだたくさんの秘密があるからだ。

「奥にはまだ何か秘密があるかもしれないわ」

はるみが、さらに進もうとするが、油が無くなりはじめ、寒さが奥に行くほど寒くなってきた。これ以上は危険に感じ引き返すことにした。

「壮大だったな」

「ええ、まさか、あんな迫力あるものを見られて興奮したわ」

「氷壁の中に眠る大昔の栄光か、素晴らしいかったな」

六人は、博物館の展示品を美術館で絵画や彫刻などを堪能した帰り道みたいに感想を話していた。

あんなすごいものを見ることなんて一生見ることがない貴重な体験だと興奮が収まらなかった。テーマパークのアトラクションや劇場で映画や芝居のど派手なアクションを観るよりも記憶に、心に残った。

明日、もう一度準備を整えて探検しようと話した。

「なんだか、小学生の時に友達と公園の中にある森で探検したりしたことを思い出すわね」

麗子が言うと、誰もが子供の時はそんな記憶や思い出がある。

友達や好きな子と時間を忘れて楽しんだ。自分たちの未来に繋がる何かを作りたくって危ないことや怒られることもしたりした。それが、大きくなると自意識過剰に話をして、他愛もない人の時間の肴にするのだ。

王国に戻った六人は、トロピカルアイランド号から夕飯を運びだして、更に語り合う。

「何億年、何万年も彼らはあの氷の世界で眠っているのかな」

「タイムカプセルなんて、私たち人間が考えた名称だから、リアルになっているマンモスや恐竜たちはすごいわよね」

「その時代を生きたものしか知らない。本当の真実を知っているんだよな。世界中の博士や先生が喉から手が出るくらい欲しい情報がつまっているんだろうな」

その時、何か雅な音がした。

「おい、なんだ?」

「この音って?」

“ベンベンべ〜ンベ〜ン”と弦の音、そお、三味線だ。

「奥にあった」

なんと、拓斗と翔が三味線を見つけて弾き出した。かなり年季が入っているが、この船のかつての船長か船員が弾いていたのだろうか?

「はるみちゃん、おばさんから三味線習っていたよね」

「すげー」

はるみの親戚の伯母が三味線のお師匠さんをしていたので、彼女は稽古をつけてもらっていた。

「よく、怒られて泣いて帰ってきたよね」

「もお、言わないでよ」

はるみが頬を膨らませて怒る。すると、拓斗がはるみに三味線を手渡した。

「はるみさん、お稽古でなくて、普通に楽しむためだけに披露してよ。お座敷じゃないけど、軽くしてみて」

大好きな彼からのリクエストに、はるみが〜しょうがないな。〜と三味線を受け取り、撥を構える。

ひと呼吸を置いて、弦を撥で弾いていく。すると、雅な正月やひな祭りのような音が耳に鳴り響く。

さらに、麗子がこないだ森で見つけたお香のような美しい香りがする木の枝を置いた。

すると何かいい匂いが部屋を包む。

目を閉じると六人の前に楽園が広がる。それは遠く懐かしい和の古き良き世界が広がっていた。

朱色の格子窓に華やかな音楽が流れ、石畳の通路に灯された灯籠と頭上に輝くぼんぼりの灯りが星や月と一緒に輝きを放つ豪華絢爛な街だ。そお、時代劇に登場する吉原や島原のような遊郭の幻想世界だ。

刀を差してあるく博樹は浪人風の剣客のような出で立ちで石畳の道路を群衆にまぎれて歩く。

「博樹、待たせたな。いや、藤原の寛家ひろいえ殿」

翔が、烏帽子に太刀を差した平安鎌倉期の御家人の出で立ちで彼を迎える。

「ここでは、それがしは源翔左衛門しょうざえもんと申す」

「なりきっているな」

「はは」

笑い合う二人の前に宵闇に灯る行灯の周りを桜吹雪が舞う。

「拓斗は…?」

「ここだ。鬼神武将 三好拓海乃守たくみのかみはここぞ」

鍬形を輝かせた漆黒の当世具足姿で現れた。すると三重塔の楼閣に案内された。

「もうじき、始まるぞ」

楼閣の欄干から身体を乗り出し、眼下の道を練り歩く人影見つめた。そこには、黒山の人だかりを歩く三人の傾城があった。

「花魁道中だ。流石は傾城「晴海太夫」と「麗子太夫」と「洋蘭太夫」の三華さんかだ」

「桃源楼に入っていくぞ。きっと、いいところのお大尽様だ」

「きゃああ、美しいわ」

三本の高嶺の花、すなわち三華なのだ。

桃源楼に入る彼女たちを迎える三人の漢たち、三漢(さんかん)がお相手を迎える。

「さあ、月の世界へ」

最上階の大窓から外には巨大な白い満月が桜吹雪とともに夜空を彩る。

三味線や琴の音が一斉に豪華絢爛な郭の街に響き渡る。

かつて、花魁になるために、武士になるために修行した六人を、辛く苦しい時を乗り越えた者に天からご褒美が与えられたのだ。

そして、花唄とともに蓮の花が咲き乱れ、桃や梨、ぶどうの香りがする場所が眼前に広がる。

そうだ。ここは悦楽を永遠に楽しめる桃源郷だ。

「美味いな」

「ほんとうだわ」

泉の水は蜂蜜のように甘く、冷たさは喉の渇きを忘れさせてくれる。いや、渇きなど起こらないようなくらい美味しかった。

「ああ、なんて、素晴らしい音楽なのかしら」

「極楽浄土とは、このことだな」

聴こえてくる音楽は言い表せないくらい美しい旋律だった。弦が弾かれていく度にその音たちが生きているかのように耳から全身に伝わる。

「桃源と言われているだけに、この桃の味は柔らかく酸味と甘さがちょうどいい味を出している」

「梨にみかんもいいわ」

誰もが厳しく辛い現し世では、汗と涙を流し、時には血を流す思いや身を切られる思いもする。

だが、これだけは忘れてたり、捨てたりしてはいけない。誰にも必ず心から楽しめて嫌な思い消してくれる場所は作ることも見つけることも出来る。

それは、一人でも出来るが、他の誰かとも一緒に出来る。

だから、生命が輝き、思考が熱く動くのだ。

「そう、誰が決めたかわからないけど、私たちが王国を作れたように、傾城唄の三華と三漢は結ばれて六人は永遠に幸せに暮らしたと、桃源郷はないけど桃源楼でね」

はるみが三味線を置いて、皆に話した。

如来様ですら結末がわからないと伝わる郭の街であった三人の傾城と三人の武士たちが繰り広げた物語だ。

拓斗、博樹、翔、麗子、カトレアは一斉に拍手した。

拓斗など感動のあまり、涙していた。

「はるみさん、感動したよ」

「壮大な恋物語ね」

「まるで、私達の大先輩みたい」

はるみが置いた三味線の内部にこのように刻まれていた。

「桃源恋唄」と





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