楽園58 若き夫妻の記憶
さて、はるみと拓斗は予備の地下通路を作っていた。
「はるみさん、掘れたね」
「う〜ん、疲れたわ」
背伸びをするはるみ。小麦色の肌と長い髪が風と一緒になびき、甘い匂いがしてふくよかな胸元が踊る。拓斗は顔を赤らめて、
「お疲れ様です」
はるみに伝える。
脱出通路の中心から下段までに小さな穴を掘り、アイランド号に行けるようにしてある。
「長い仕事だったね」
「うん、でも、はるみさんがいてくれたから完成したんだよ」
はるみが微笑む。
次は、皆で畑の周りに堀を作る。
深さはかなり深く掘らないといけないが、ユンボなどがないので手作業で掘らねばならないので、また、時間がかかる。
皆はどうしたものかと悩んでいた。
「そうだ。麗子さん、前に見つけた日本軍の基地、あそこに何かいい道具が眠っていないかな?持ってきた野戦砲みたいに」
「ああ、あそこね」
拓斗と麗子が見つけた零戦や一式陸攻や紫電改が眠る日本軍の基地、もしかしかしたら、何かいい武器や道具があるかもしれないと、だが、ここからだと、ティラノサウルスたちが潜んでいるかもしれない木々がうっそうと立ち並ぶジャングルを突破しなければならなかった。
「そうなると危険だな」
「何かいい方法はないのかしら?」
皆でまた思案する。
十八歳の若者三人と二十四歳の美女三人、穴掘りを深くする重機やたくさんの人手が必要になる。さあて、どうしたものか…
やはり、地道に基地まで歩くしか無いのか…と考えていた時、拓斗が“ギシ、ギシ”と茂みの向こうから音がするのが聞こえた。まさか、ティラノサウルスかギガノトサウルスが自分たちが戻ってきたので、今度こそ食べてやろうと隠れているのかと恐ろしいことが過ぎった。
全員で身を固めあう。
だが、それは違うかった。
「あれは」
「菅野大尉の愛機」
そこにあったのは、こないだ海底から地上に帰還した菅野大尉の紫電改だった。おそらく、恐竜たちに口にしても鉄の塊とわかり捨てたのだろう。
「これを飛ばせたならな」
拓斗が独り言を呟く。飛行機が目の前にあるのに飛ばすことが出来ないなんてと悔しく思っていた。しかし、全員が素人、飛行機なんて構造もわからないし、ましてや海底に七十年も眠ていたものに命を吹き込むなんて、不可能に近かった。
「拓斗が考えたこと、不可能じゃないわ」
皆は“え?”とはるみの顔を見る。
「ジュュー」
器用にはるみが溶接していく。隣では拓斗が同じように森で見つけた飛行機の残骸の使えそうな銅板をきれいにヤスリで磨く、錆などをできる限り落としてピカピカにしていく。翔はナットでボディーを締めていき、麗子とカトレアは操縦席のシートを直していく。
船倉の奥にあったガスバーナーをはじめコンプレッサーなどがあり、使用出来るのを確認して作業にあたる。
「はるみさん、すっげー。俺はバイクはいじっていたけど、飛行機の修理が出来るなんて、かっこいい」
翔が称賛する。
「おじいちゃんの漁船の整備手伝っていたから、溶接ならガスに電気と免許も取得しているわ」
はるみの祖父は、漁師になる前は船大工をしていたので溶接や解体、発動機整備を彼女は教えてもらっていた。また、はるみの兄も大学でジェットエンジンの研究をする技術者なので、兄からも多少教えてもらったのだ。
(おじいちゃん、お兄ちゃん、見ていて、貴方達みたく立派に整備して見せます)
心の中で二人に誓った。やがて、拓斗が追加に材料を持ってきた。
「はるみさん、翼の持ってきたよ」
「はい、置いといて」
「あいよ」
まるで、夫婦で居酒屋か食堂でも切り盛りしているかのようだった。
「麗子さんも、手慣れているね」
シートをミシンも使わず丁寧に縫う麗子、すごい神業だ。
「ふふ、コスプレイベントの衣装を作っていたから、簡単よ」
麗子には、休日にイベントで仲間とコスプレをして撮影会や併せをする趣味があり、自身のなりたいキャラのコスプレの衣装は専門店で購入したり、ミシンを使って作っている。
「麗子さんのコスプレした写真見てみたいな」
「本当だわ」
「ふふふ」
ちなみに、彼女がコスプレしたのは恋愛アニメの主人公やラブコメのヒロイン中心だ。
「カトレアさん、翼はこう?」
「そうよ。ああ、もう少しだけ長くてもいいわ」
カトレアと翔が翼を修理している。
翔のバイク屋の経験もそうだが、カトレアが横で教えている。
彼女の大学時代の友達や知り合いに、飛行機のパイロットやキャビンアテンダント、空港の整備士をしているので教えてもらったことがあるのだ。ちなみに、従姉はJAXAでロケット技師をしている。
「出来た!!」
「やった!!」
みんなで、バンザイをして喜んだ。
そこには、塗装はいまいちだが、七十年以上前に日本の空を護った防人、紫電改が蘇ったのだ。
「かっこいい」
「みんなで、協力したから出来たんだな」
「発動機も最初はボロボロだったけど、森の中に墜落していた別の戦闘機のが代用出来たから合格したのよ
拓斗が見つけた森の中に眠る戦闘機は周りを木々に囲まれていたからか雨風をあまり受けておらず、七十年以上経っても錆びていなかったのだ。
動くか皆で外して、埃を払い、アイランド号にあった油を差して、起動させた。
「ゴォォォ」と轟音を鳴らして、プロペラが回り出した。それを、菅野大尉機に装着したら、見事に当てはまり菅野大尉の愛機はこの世界に甦ったのだ。
早速、その基地まで行きたいのだが、飛行機の操縦なんて誰が出来るだろうか、カトレアは航空関係者はいるが自身は操縦したことなんてない。車と原付だけだ。拓斗や博樹も翔も原付きだけしかないし、麗子も車とミニバイクと、ジェットスキーとモーターボートしかない。
「弱ったわ。機体が直っても操縦出来る人がいないと無駄骨だわ」
このまま、今までの作業は水泡となるのか…?
「あの私、留学中に少しだけ飛行機を動かしたことあるよ」
はるみが小さく挙手した。
「はるみ」
「はるみさん、飛行機を、スッゲー」
「こんな、戦闘機みたいなのを?」
「ヘリとセスナ機ならね」
オーストラリアにいた時、はるみの元彼とヘリの体験飛行をした時に教えてもらったのだ。元イギリス空軍の爆撃機の乗員だったので、色々と知らないことを教えてくれたが、まさか、新しい恋の楽園でそれが役に立つとは思ってもいなかったが、彼女は教えてもらったことを全身に思い出して、操縦席に乗り込み操縦桿を握った。翔がエンジンを起動させた。
“ブ、ブルルンー”
轟音があたりに鳴り響く、はるみが行こうとすると拓斗が乗り込んできた。
「拓斗、危険よ」
他のみんなも降りるように促していたが、すると、無線機などを取り外し、もう一人乗れるスペースを作った。
「これで、もう一人乗れるでしょう。はるみさん一人を危険な所に行かすなんて出来ないよ。僕、待っているなんて出来ないよ。危険は二人なら分かちあえるでしょう」
「拓斗…」
その言葉を聞いて、他のみんなは、
「気を付けてな。二人とも」
「武運長久を祈るわ」
「無事に帰ってきてな」
仲間たちの言葉にはるみと拓斗は、「まかせて」
「必ず帰ってくる」
そのまま、二人を乗せた紫電改は宙に飛んだ。それは敗戦後の満州に散った若き夫婦のようだった。
「谷藤少尉と奥様の朝子さん夫妻みたいだね」
「何をした夫婦なの?」
はるみが拓斗に問う。
谷藤徹夫氏とその妻谷藤朝子氏は、昭和二十年八月、ソ連と言われていた頃のロシア軍が中国東北部にあった日本人が建国した満州国に一方的に中立条約を破棄して攻め込み、たくさんの日本人居留民や敗残兵を襲った悲劇が起こった。
その時、ソ連軍の侵攻を食い止めるために夫妻は一緒に特攻したのだ。
「谷藤少尉は二十四歳、朝子さんは二十六歳だったんだ。夫妻が食い止めたから日本人居留民の人々が日本に逃げる事が出来たんだ」
「私と同い年で、そんな勇敢なことが出来るなんて、凄いわ」
はるみの瞳から何か水滴のようなものが彼の顔に当たった。彼女の瞳を拭いてあげられないのが残念でならなかった。
だが、拓斗は何かに気付いて外を見るように言う。
「はるみさん、あれを見て」
目の前に巨大な、赤い夕日が輝いていた。
「きっと、谷藤夫妻も僕らが王国を守りたかったように、この美しい景色を場所を守りたかったんだ」
はるみが嬉し涙になった。
二人の若き夫婦は、遠き地で己の命と引き換えに大切な宝を守った夫妻に敬意を表した。
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