楽園10  島に眠る過去

「早くいらっしゃい」

麗子が手を振って呼ぶ。

「麗子さん、ごめんごめん」

拓斗が、あとを追ってくる。

二人は、大きな岩の上に登り島全体を見渡す。

島はそんなに巨大な大陸ではないが、四国や北海道ぐらいの広大さでもない。長崎の対馬、沖縄の宮古島や西表島ともいかないが、森に覆われた大きな島だ。

しかし、人工の建造物は何も見当たらない。誰か住んでいれば食事や野獣よけに火を焚いて煙などがあがっているが何もない。やはり、ここは無人島なのか?

拓斗は双眼鏡でよく周りを見渡すと、ポツリと森の中に正方形の空き地を見つけた。

これは、何かあると二人は岩を下り、生い茂る木や草を船から持ってきた斧や鎌でかき分け道を造りゆっくりと進む。途中で疲れたので休憩する

「はい、お水よ」

「ありがとうございます。麗子さん」「拓斗くんって、こう言う草抜きとか農作業は好きなの?すごい慣れているわ」

「うち、じっちゃんやばっちゃんが農家しているから、休みになったら手伝いしているんだ」

麗子は、自分より六歳も若い男の子がすごくたくましく頼りに見えた。

彼女はずっと都内の港区生まれで育ちだから、土いじりなど休日のガーデニングぐらいしかないからだ。

だが、拓斗は田舎町の育ち、多少生活用品を買うのには不便があるが、車や工場の排ガスは都会よりはクリーンだし、自然が多いので悩みがあっても気持ちや身体を軽くしてくれる。

拓斗はかなり身体もがっしりし、体力もあった。

「麗子さん、そう言うば博樹とは昨夜何話していたの。彼、いい男だから、勉強もスポーツも成績がいいし、リーダーシップも優しさもあるからいい男でしょう」

親友を褒め称える拓斗に、麗子は微笑んで返す。

「あら、拓斗くんだって、優しいくてたくましいわよ。少なくとも高学歴だの、一流企業勤めだとか自慢しているプライド高いだけの男よりは格上よ」

お世辞なのか、社交辞令なのかわからないが、美女の褒め言葉は嬉しいかった。

「ありがとうございます。麗子さん」

だけど、好きな娘にも無視され、友達や家族とも険悪な気持ちで生活する毎日だが、こんなに褒められて嬉しくなった。

ジャングルを進む二人、麗子の髪は甘い香りがした。蜂蜜のようなメロンのような南国の甘い誘惑のような気持ちになった。何より年上の美女と居られるなんて映画のように感じた。

「拓斗くん、疲れていない?無理したらだめよ」

優しく気遣ってくれる麗子に、拓斗はよけに嬉しくなった。

「大丈夫ですよ」

こうして、二人は進んだ。やがて、広い空き地に着いた。

そこは、廃墟のようで、昔、人が何かしていた場所のようだった。

ボロボロの家、丸い蒲鉾のような形をした建物、トラックやタンクローリーみたいな車が朽ちて廃車になっていた。

何か工場のように思えるが、なぜ、こんなジャングルに?

「もし、会社なら連絡先とかないかしら?」

二人は廃墟に入れないか近づいた。

窓はガラスが割れたり、屋根は今にも落ちてきそうな状態だった。

ゆっくりと戸を開ける拓斗、ハンカチでマスクにしているが何年も掃除されていないからか、空き家特有の悪臭が辺りに漂う。

麗子は近くの机に置いているボロボロのノートに目をやり、埃を払い内容を確認する。

「古い書き方だわ。おそらく、昭和時代のものね」

麗子は父が書道の先生をしているので、筆跡や書き方は一通り教え込まれていた。

だから、これが昭和初期のものだとわかった。

「それって、昭和の一桁代」

拓斗の祖父母が昭和二年の生まれだ。

つまり、戦前と呼ばれている戦争が始まる前の世界のものだ。

窓の外にも、飛行機の残骸らしいものが三機ほど見えた。麗子と拓斗は外に出て、目を丸くした。

「これって、飛行機?」

「麗子さん、これはゼロ戦に一式陸攻、紫電改だよ。太平洋戦争の時に日本海軍で主力となっていた機体ばかりだよ」

なぜ、こんなところにと思う麗子だったが、拓斗はこう考えた。

「ここは、もしかして、日本軍の基地だったんじゃ、さっきの建物にあった古い日誌は報告書や戦闘記録とかじゃ、なによりも壊れた残骸がその証拠だよ」

麗子と拓斗は息を飲んだ。

もしかして、自分たちは楽園ではなく南洋に眠る墓場に踏み込んでしまったのでは…

拓斗と麗子は、そのまま何も言葉を交わさず、そこをあとにした。

かつて、未来や正義を信じて命を差し出し散っていた戦士たちの眠る場所を、土足で踏み込むのは無礼だと思ったからだ。それが若い二人にできる唯一の礼儀だと考えたから…。






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