楽園4 プライドの衝突
「バッシャン」
水中を全身の力で進む麗子とはるみ。潜水艦から発射された魚雷のようにゴールを目指す。
(はるみさん、やるわね。でも、勝った勝負は勝つわ)
幼い頃から、水泳選手だった両親に鍛えられた麗子には水泳に対して強いプライドが許さないのだ。
仕事で左遷されても、同僚らに裏切られて嘲笑われても麗子は気にもせず、悔しくもなかった。そんな連中は言わせておけとばかりにしてきたが、両親と歩んできた水泳だけは負けたくなかった。それは自身の人生の全てを侮辱されるも同然だった。
「はるみさん、貴女には負けないわ」
思わず口に出た。
聞こえていないが、はるみも同じだった。
(あんたが、どんな水泳人生を歩んできたか知らないけど、私だってずっと水の中で生きてきたんだから)
彼女は関東の海沿いの町で生まれた。三姉妹の末っ子。
家から歩いてすぐに海があるので、太陽と潮の香りを浴びて育った。小学五年生から姉の影響でサーフィンを始めて、時間があれば波に乗っていた。中学も高校もサーフィンのクラブがないので普通の水泳部に所属したが、海に育てられ、鍛えられた彼女の水泳能力は極めて高くインターハイで優勝するほどだった。
五輪出場も期待されたが、ある事件が原因で水泳から遠いていたが、今のプールのオーナーの目に止まり、インストラクターとして若手の指導をする現在にいたる。
「だから、私も負けない」
麗子がターンを決めて、ゴールを目指す。
同時にはるみもターンを決めて、麗子を追い抜こうとする。
ゴーグル越しに二人のその瞳の炎が強くなり、身体の力も同じくらいどんどん強くなる。
(パーン)
ゴールの合図であるコースを強く叩く二人、結果は…。
「どちらが勝ちかしら」
麗子がゴーグルを上げて、隣を見ると、はるみもゴールしていた。
「これって?」
その時、パチパチと拍手が聞こえてきた。
「お疲れ様、二人とも引き分けだよ」
現れたのは、黒の水着を着た眼鏡をかけた女性だった。
「カトレア」
はるみが、彼女の名前を呼んだ。
「知っている人?」
麗子の問いに、はるみはカトレアと呼ばれた花の名前をした彼女の紹介をする。
「高校時代からの友達」
「如月カトレアです。本業は小学校で先生をしています」
しかし、自分やはるみくらいスレンダーなスタイルで、ふくよかなバストに艶のあるロングヘアー、教師よりもアイドルかモデルみたいに思えた。
「カトレア、見ていたの?」
「最初から見ていたわ。二人ともいい勝負ね。タッチは同時だったわ。ちゃんとスマホに証拠を残しておいているよ」
彼女が手に持っているスマホの液晶には麗子とはるみが同時にタッチしている写真が残されている。
紛れもなく引き分けだ。
プールから上がった二人は、互いの健闘を称えて握手を交わす。
「私が見込んだ通り、あなた早いわ」
「はるみさん、あなたこそ、私より早いわ」
「はるみでいいわ。麗子、もう一度勝負したいけど、決まりでそろそろ閉館しないといけなわ」
「はるみ、次は負けないわ。今度は私が勝つ」
二人の間にスポコン漫画のような友情が芽生えた瞬間だった。横で見ていたカトレアが間に割って入り「次は私も入れてね。三人で勝負しましょう」
はるみと麗子は微笑み「OK」と言った。
三人は固く握手を交わし、三人揃って引き分けなし、決着を付けると約束した。
シャワーを浴びながら体の手入れをしている時、麗子は二人にある話しを持ちかけた。
「はるみ、カトレア、二人とも来週の週末何か予定ある?」
「私、子供たちのスクールお休みだから、土日は休みよ」
はるみと麗子に挟まれて真ん中のシャワーを使っているカトレアは、シャワーが終わりカーテンを開けて答えた。
「土日は休みで予定無しだよ」
麗子は週末に一人で気晴らし旅行に行こうと思っていたが、せっかくの縁あって出会い
仲良くなったので、行こうと思っている旅行に二人を誘った。
「よかったら、三人で旅行に行かない。海沿いにあるモダンな温泉旅館なんだけど、近くには海水浴場やハイキング出来る自然公園があるのだけど、一緒に行かない?」
麗子の誘いに、二人はパアッと花が咲いたように微笑んだ。
「いいわね。行こう」
「キャア楽しみ、麗子ありがとう」
喜ぶ二人を見て、思わず言い出した自分も微笑んでしまう麗子だった。ついさっき、知り合ったばかりなのに、まるでずっと昔からの友達といるみたいで幸せな気持ちになった。
「ところで、泊まる旅館の名前はなんと言うの?」
はるみが麗子に尋ねる。
「白糸屋っていう。明治から続く老舗よ。けれど、料金はリーズナブルで格安の宿泊プランがあるのよ」
「へぇ、それはいいわ。早速ネット予約するわ」
「私もするわ。女の子三人の夏旅しようよ」
カトレアが自分たちのことを女の子などと言って、さらに爆笑した。働き盛りの年齢のいい年頃の女なら、さしあたり淑女(レディー)だろ。
「カトレア、あんたは昔からそうね。笑わせないでよ」
はるみが突っ込むと、カトレアは恥ずかしくなったのか、顔を赤くし、頬を風船のように膨らませて、はるみに(もぅ、ひどいわ。はるちゃんの意地悪)とポカポカと小さなグーで叩いてきた。
夫婦漫才みたいな二人のやり取りを見て、クスクスと麗子は笑った。
(面白いお友達が出来たわ)
出発の朝、麗子ははるみとカトレアを迎えに、愛車を二人が待つ高速の出入口近くにあるファミレスまで走らせた。
大好きなワインレッドカラーのポルシェのギアを慣れたて手つきで操作し、朝靄の国道を紅蓮の矢のように疾走した。
「はるみ、カトレア、待たせたわね」
「おはよう。今日からよろしくね」
「私、軽四しか乗らないから、高級車運転する人は格好良く見えるわ」
「私もバイクしかないわ」
「二人ともアクティブでいいじゃない。やはり、今もこれからも私たち女は行動的じゃないとダメよ。いつまでも王子様を待ってるだけじゃ、お妃様になれなくてよ」
つくづく気の合う三人は、笑いあった。
ファミレスで、モーニングを楽しんだ後は車に乗り、三人で流行りの音楽をカーステレオでガンガンにかけながら、高速を飛ばして行った。
「さぁ、楽しい夏は今から始まりよ」
だが、これは夏の大冒険になるなど誰も思わなかった。
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