第4話 独りのヒーローに


「平和を願う営みの!」

 倉庫の入り口。差し込む後光によってシルエットと映るその者は高く声を上げた。

 何かしらのポーズであるのか、両手を肩の高さ、大きく広げる。


「影に潜んだ悪事を暴き!」

 深く腰を落としつつ、上体を九十度回し込む。


「胸を晴れ! お天道てんと様が御覧ごらんじる!」

 両の手が勢い良く、一つ一つのポーズを決めていく。両手が高く上がり、開かれた手の平が空を掲げた。


 その一連の動作はさながら速度を早めた太極拳である。


「……わぁぉ」


 ヒーローものの大前提に、変身中、名乗り中の攻撃は禁忌とされる風潮がある。


 勿論、ひねくれた俺はそんなものがあろうものなら容赦なく茶々を入れる心づもりであったのだ。


 しかし、いざ目にしてみると、動かないものだ。身体が。

 呆然というか、呆れというか、何というか見ていて恥ずかしい。


 そういった意味で、彼女、そう彼女は勇者であった。


「観念なさい! その罪状、刑法226条の2 人身売買罪!

 ブレイブ・ジャッジの名にいて逮捕する!」


 胸元に腕をクロスさせたキメポーズ。

 両肩のアーマーに備えられたパトランプを灯らせた。


「ワァオ! やったね、こういうのを待っていたんだっ」

『フレイ、変声機!』

 地声のまま声を荒らげるフレイにニズヘッグ怪人の声に切り替えるように呼びかける。


 回転する赤色灯に照らされ、そのフォルムが映る。

 フルフェイスのメットは防毒マスクも兼ねているのか口元が大きく突き出し、頭部には一条のアンテナ飾り。白を基調とし黒のラインを走らせている。


『おい、なんでこんな地方にが居るんだよ』


 身体を覆うのはフルアーマー状の防具で、特殊部隊というよりは未来の兵士を思わせ、各防具が白く磨かれ光を反射する。

 また胸元はこだわりなのか無駄に乳房の形状を主張するデザインで、声と言い、ブレイブ・ジャッジとやらが女性なのが良く解る。


「……て、あれ?」


 名乗りを完遂したブレイブ・ジャッジだったが、場を一瞥いちべつすると状況の相違に気がついたようであった。

 大分若い声で、拍子抜けした声はなんとも愛嬌がある。


『どうします、フレイ。撤収しますか』

 呆然自失から立ち直り指示を仰ぐ。

 少なくとも、現れた彼女は味方でも、不幸な第三者でもない。刑法を口にした、警察関係者なのは確かだった。


「まぁまぁ、少し興味がある。

 ――ゴホン」

 フレイはすっかりブレイブ・ジャッジのとりこであった。怪物に戦闘員、高らかに前口上を述べる正義の味方に胸を踊らせるなんざ、特撮好きも大概である。


『あちゃぁ……ちょっと周り確認してくるわ』

『お願いします……』


 苦労人揚羽がコンテナ上から姿を消す。過去の経緯からも、というよりは当然の事ながら、単独行動はまず考えられない。追加の増援か、既に周辺に配置済みか、いずれかの包囲が引かれていると想定するのは当然だった。


「にゃんだ貴様は! 警察のモンきゃ!」

 既に手遅れながら声をニズヘッグに切り替え、ジャッジの前にその姿を表す。


「んな!? バ、バケモノ!!」

 

 フレイに代わりコンテナの入り口に移動する。中の子どもたちは訳が分からず、未だに動けないでいた。


 一方のジャッジはその名乗りから察するに、此処で取引をしていた密売組織の摘発の為に派遣されていたようだ。

 つまりニズヘッグの存在は完全に想定外と言う訳だ。

 

「ちょっと! しゅにーん! しゅにーん!! バケモノ! バケモノが居るんでけど!! 助けてぇ!!」

 ジャッジは誰もない背後に向かって呼びかける。

 やはり他に誰か居ると考えるべきだろう。


「ワシを無視するんでねぇぎゃ! 答えるぎゃ! 貴様は何処のモンだぎゃ!」

 警察なのは想像に難いし、彼女は既に一度名乗っている。尚もニズヘッグが問いかけるのは、多分もう一度名乗らせる為だろう。


『フレイ、この子らはどうするんですか。時間切れで考えていいんですか』


『あ、うーん、そうだね……うん、まぁそれでいいよ』

 すっかり意識をヨソに向けてしまったフレイは興味なさげとばかりに答える。

 これで、変に心を痛める事も無くなった訳だ。


 俺はヘルメットの首元を操作し変声機を切り替え、コンテナの中に向き直る。


「状況が変わった。君たちは此処で大人しくしていれば、警察に保護されるだろう」

 それだけ告げて、再度変声機を切り替えた。

 

 フレイが予想したように、親元へ戻され再度売り物扱いされるかもしれないが、そこまで干渉する義理も権利もない。そこから先の責任を負うのは、社会だ。

 あるいは、人身売買を嗅ぎつけてやってきた警察である。家庭環境にまで調査のメスを入れる事があれば、彼らが保護施設に入る可能性もあるだろう。


『――やっぱ囲まれてるな。人数は七人くらいで生身の刑事だ』


『フレイも拉致に関しては諦めました。逃走準備を始めたいのですが』


『てゆうか始めとくぜぇ、通信終了っ』

 状況が開始された。今日もまた撤退戦である。


 一方のフレイの方はと言うと、

「ちょ、ま、来ないで! しゅにぃん!!」


「質問に答えるぎゃあ!!」


 一向に押し問答を継続していた。

 フレイの背後に回り、開かれたドアの先に目を凝らす。モニタが自動で遮光補正から背景の輪郭を描き出す。

 内股になり慌てふためくジャッジの先、倉庫の外には一台のセダン。車体に隠れてもう一人の頭部らしき輪郭が見え隠れしているのを捉える。


『フレイ、なんかこう……貴方の期待しているものとは違うようですよ』


「ぐぬぬぅ、しかし! このワシの前に立ちはだかったからには覚悟をしてもらうぎゃ!」


 どう見ても、何故かはさておき、何事も経験とばかりに重装備で新人が独り囮役で突入させられただけの状況に思える。注意を引き、隙をついて別の刑事が時間差で突入する作戦だろうか。


『……あの防具さ、攻撃して大丈夫だよね……』

『さぁ、ハリボテでは無いと思いますけど』

『うーん、ま、いっか』


「シャシャっ! 喰らうぎゃぁ!」

 ニズヘッグが右手のスネークヘッドを振るう。五十メートルと離れたジャッジに向かい、鞭は元の長さの何十倍の長さに達し、一瞬にしてその身体を捉え、弾いた。

 装甲の表面を走る一条のスパーク。跳ね上げられるように身体が宙に舞う。


「ぎぎゃあぁ!?」


 登場時の快活な声からは想像もつかない叫びが、ジャッジから上がる。形振なりふりり構っていられない絶叫から、ダメージの大きさが伺えた。

『あ、これヤバいですよフレイ。むっちゃ効いてます』


「うはぁ……やっちまったぎゃあ……」


 うつ伏せるように身体をねじり地面に落ちるジャッジ。スーツのあちらこちらから煙を立ち昇らせ、身体を震わせる。

 やがて腕で上体を起こすが、その腕もダメージからか大きく震えているのが見て取れた。


 通信機から、揚羽のものだろう、杖の放つ電撃の音が立て続けに弾けた。


「い……」

 ジャッジが声を発する。何とか致命傷という程ダメージは負っていないようだった。


 次の瞬間、遠く確認していた車の影から人の上半身が乗り出し、銃声が鳴り響く。

「いだああああああああああいぃ! う゛わああぁあぁぁん! じゅにぃいいいいん!!」

 ブレイブ・ジャッジが、人目をはばからず駄々っ子のように泣き叫んだのは、ほぼ同時だった。


「にぎゃっ、と。銃だきゃ」


『はい、直視出来ませんが向こうに車と、その影に人影が。発砲はそちらからです』


 脇を過ぎ背後のコンテナに当たり跳ねる銃弾。俺たちが身動ぎしないのを見てとるや、更に三発。


「……期待外れだぎゃ」


『では、撤収しましょう。マジではよ』


 一発がニズヘッグに、もう一発が俺の外套を掠める。だが警察の標準装備する小口径では無論ニズヘッグの装甲を傷つける事も叶わず、銃弾はひしゃげ落ちる。


『揚羽、状況を知らせて』

 通信機を切り替え、踵を返す。

 座り込み動かないジャッジを視界の隅に確認しつつ、俺もそれに倣った。


『順調。すぐ近くで張ってたから多分逃走用の車にはノータッチだと思う』

 応える揚羽。発砲音と、電撃の音が交互に響く。


『うん、では行こうか。やれやれだね』


 フレイが余計な色気を出したせいでもあるのだが、しかし警察の包囲状況を鑑みるに接敵は恐らく避けられなかっただろう。俺は出かかった余計な一言を飲み込んでおいた。


 不自然なのが、高々人身売買にあのような奇抜な装備を持ち出した連中である。

 だが考えても詮無い事、とりあえず逃走に集中する。


 だがもし、既に組織の活動を見越して準備が成されており、どこかでその情報が漏れたが故にアレが投入されたのだとすれば……

『お?』

『ぶっ』


 フレイが声を上げ立ち止まる。思索に耽っていたため反応が出来ず、俺はその無骨な背中にそのまま突っ込んでしまった。


『A10、痛いじゃないか』

『すいません。しかし何事ですか』


 謎の棘の生えるニズヘッグの背中は、何気にスーツ越しでもそれなりにダメージを発生させた。外套部分で受けれなかった棘は、然程さほどの鋭角さも持ち合わせていないに関わらず、覗き込んだ強化スーツに跡を刻み、胸元にはしくしくと痛みが残る。


『いや、この子……』

 覗き見ると、ニズヘッグの真ん前に少女が立ち、怪人を見上げていた。


 年の頃は十四かそこら。小学生程でもなく、かといって高校生あるいは中学高学年程身体が成熟しきっていない。やせ細った身体が、発育状況の悪さも匂わせる。

 身に付けたシンプルな青いチェック柄のワンピースに、首元程の長さのボブ。装飾品の類は見当たらなかった。


「……」

 商品にされた子供の中の一人であろうか、その顔に覇気はない。感情の篭もらぬ瞳を、ただただニズヘッグの爬虫類の目に向ける。


「……んーと、何、来る?」

 変声機を切り替え尋ねるに、少女は小さく頷いた。


 俺は背後を伺い見る。

 未だ泣きじゃくるジャッジに、一人の背広姿が駆け寄り、その頭部にゲンコツを振るっているのが見えた。

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