第7話 戦闘員の非日常3

 そこから暫くの意識は曖昧だ。


 脳裏に浮かぶように不鮮明なのに解る映像が断片的に。これは誰の記憶だろう。いや、記録?


 そしてたまに聞こえる声。



 何とか持ち直したようだね

 おーおー、何だ結構頑丈だな

 さて情報として記憶しておいてくれ。先の現場の結果だ。君たちが撤収した後、敵勢力はかつてない新兵器を実戦投入した。それがこの映像だ

 なんだこりゃぁ

 片刃のエネルギーブレード、みたいな感じかな。この凹んだ部分でエネルギーを滞留させている。電気かレーザーか、今のところは不明だが、少なくとも威力は確かだね

 あのバケモノをスッパリか

 これによりGH04は行動不能。生命活動は僅かに残っていたが、タイムオーバー。処分した

 GH04か。この分だとGHシリーズはとんでもないバケモノになるんじゃないか

 求められているのは兵器だ。管理出来ないんじゃ仕様もないだろう

 最もだ。そもそもこっちは無差別兵器が目的じゃないからな

 威力はまぁ十分、後は報告にあった肉体の変容と、やはり管理運用の問題さ。なまじっかこのプライメイト型は設計段階で無駄に知能を売りにしている。これが暴走するとなると手強いだろうね

 当面はコレの研究を進めるのか?

 悩むね。おや、目が覚めたようだ



 ……目? いや、まだ目は開いていない。


 朧な意識が覚醒してゆく。どうやら今まで耳元で反省会をされていたらしい。メ。目の開き方は、どうやるんだったっけ。


「おお、おはようさん」


 どうも其処は何かの研究室のようだ。医療室、というには見渡す限りにゴチャゴチャと設備が敷き詰められ、無秩序に大小様々な管が壁一面に這っている。


「来るのは初めてだったな。ようこそ、組織の研究所へ」

 そこで俺は台に乗せられ四肢を拘束されていた。


「研究所」


 予想はしていたけれど明言はされなかった為意識していなかったが、やはり無い訳ないよなぁ、悪の組織の秘密基地。

 此処で魔物を創っていると言う訳か。そんな場所で俺は一体何を。


「闇医者に駆け込むには重篤だったから、こっちって訳だ」


「あー、そういえば」


 記憶を辿る。揚羽が仕掛けた爆発によって、俺の腹には大穴が空いたのだ。その元凶は今台の脇でヘラリとしている。

 この場合は感謝をするべきなのだろうか。


「この場所なら少なくとも設備は整っているし、いざという際は非常手段が取れるからね」

 相変わらずの出で立ち、フレイは言う。洗濯とかしないのだろうか。


「ひじょう、手段?」


「こんなんとか」


 言うと揚羽はその左腕を掲げて見せる。ニカっと見せつける白い歯茎が憎らしい。


 見上げる天井に白色電球が眩しい。


「左腕……なんで」

 揚羽の左腕。バケモノに毟り取られ爆発した筈のものだ。その筈の腕は確かに目の前、揚羽の身体についている。爆発したと言う事は生身ではないのか。だから直った。あるいは予備を取り付けたのか。


 機械の腕。サイボーグ?


 重症。研究室。サイボーグ。まさか、


「っ?!」

 その考えに行き着き、俺は慌てて自身の身体を見ようと身体を起こす。しかし四肢をがっちりとベルトで固定され、思うように身体が持ち上がらない。


「ちょ、うわ、嘘、マジかっ」

 バタンバタンと身を起こそうとして引き戻される。最悪だ。改造人間だ。


「落ち着きなさい」

 と、フレイの手が額を押さえ込む。押し戻された台の上は案外とクッション性が良く、俺の頭部がズブリと沈み、包み込まれた。


 泣きたいような笑えるような、変な高揚感があった。


「最悪だ。俺はこのまま組織を抜け出しバイクに跨って終わらない戦いの始まりだぁ」

 脳内ではあるBGMが流れていた。初代である。


「何の話をしてるんだい。

 サイボーグ化はしてないから安心していいよ」


 フレイの声は随分と落ち着き払っている。呆れたような、少し笑っているような。


「って事は片腕だけギミックアーム?それはもっと最悪だぁ」

 いや、どちらかと言えばそれは揚羽か。


「それもしてない。そもそも腕無くしてないでしょう」


「悪い悪い、冗談だ。っとそうだ、もうコイツの拘束解いていいのか?」


 力と技の、いやあるいは野生の、というかそれはどうでも良い。


 雑念を払う。兎も角として俺は研究所に運び込まれ処置を受けた。そして恐らく今現在痛み等を感じていない事からほぼ完治している。


「ん。あー、傷は塞がってるけど。勝手は止めておいた方がいいな。此処の連中は神経質だ」


 それから、「直ぐに寄越す。最終チェックが終わったら拘束も外れるから、もう少し我慢してくれ」言い残すとフレイと揚羽は出ていった。



 残された室内。一定のリズムを刻む電子音と、とても小さく震えるファンの駆動音。


 半分解ってはいたが、ハッキリした事が今回は多い。まず組織。疑いつつあったがやはり間違いなく頭の可怪しい集まりだと言う事。トラウマにでもなったか、光景がハッキリと思い出せないが、今回の作戦で遂に死傷者が出た。いや、言外にはそれ以前から幾人かは死者を出していただろう事は仄めかしていた。


 更に揚羽。何かしらの兵器を所持しているのだと思ってはいたが、まさか左腕そのものが兵器だった。サイボーグと言うヤツだ。あるいはアンドロイドか。何にせよまっとうな人間ではなかった。


 改めて認識し直す、というのも俺が正視を避けていたせいだが、いよいよ世界がキナ臭く変貌していくのだと感じた。否、変貌し始めていた世界が、俺の前で大口を開け始めたのだ。人工的に作られた魔物にサイボーグ。これはこの先何が起きても驚けないかもしれない。それこそ魔法でも出てこない限り。


 さて、果たして俺は本当にどうなったのか。腹に大き目の石が付き刺さり重体となり研究所に搬送した。まぁここまでは良いだろう。態々戦闘員を無事回収してまで事を荒立てまいとするくらいだ。とは言えそれも悪巧み、作戦の一環である事実から、決して安心する事など出来はしない。善意ではないのだ。フレイは否定したが俺の身体は改造されてしまって、いよいよ逃げ場が無くなった所で組織に取り込まれてしまう事は安易に否定出来るものではない。実際スカウトは受けている訳だ。


 だとしたらもしかして、強靭的な力が宿っているかもしれない。何せあり得るなら機械の身体だ。


「~~~っ」

 右腕に力を込めてみる。ベルトが手首に食い込む。痛い。


 違った。どうも本当に改造はされていないようだ。


「ふぅ」


 安堵が思わず口から漏れる。しかし、サイボーグ化、か。


 もしそうなったら、きっと少なくとも今よりは活躍出来るのだろう。活躍、と言って良いのかはさて置き。


 何をしても半端だった人生。成果を上げる事よりもミスを恐れて小さく縮こまってきた。力が無く、頭も良くなく、自身もない、勇気もない。あるいは、本当にサイボーグ化してしまえば、変われるのかもしれない。


「いあいあ」


 だがそうなったら後はテロリスト、いや兵器としての人生だ。人に疎まれ、呪われ、正義をかざす他の力に追い立てられるだけだ。そうなってまで力を手に入れる意味が解らない。


 だから、これで良いんだ。



「あ、っても君はもう半分魔物だよ」


 サラリとフレイに社会的死刑宣告を告げられたのは、それから暫く。研究員がゾロゾロと室内にやってきてモゾモゾと何かをやって、ようやっと拘束を外された後の事だ。


「んなっ?」

 しめやかに一般人としての在り方を納得したと言うのに、酷いオチだ。しかもよりにもよって魔物。


「どういう事だっ! 魔物って!!」

 思わず語気を荒げた。荒らげない方がおかしい。


「とは言ってもね。君、死ぬ所だったし。一応普通の手術で回復する方法は視野に入れてはいたよ。君の意思は尊重してきただろう、今までも。

 けど、無理だった」


 入ってきた時と同じように撤収していく研究員たち。完全無菌装備よろしくバイザー付きのマスクで顔を覆っている。


「まぁまずはそれを着給えよ」


 台の脇には病院で良く目にする患者衣が置かれ、俺は現在全裸であった。大人しくそれに従う。リンゴを齧ったばかりのように恥部を恥ずかしがっている場合でもない。


「で、その状態を打破する為にはこの手段しか無かった訳だね。生憎ここには人工臓器は用意していない」


「でもだからって!」

 留紐を力の限り絞り再び向き直る。


 体全体で訴えるように両手を下出に、何かを受け取るように差し出し、そこで一つの事に気がつく。


 俺の両手は人間のままだ。先程全身を見回した時だって、何もおかしい所は無かった。傷の後すら無かったくらいだ。


「……まさか、また冗談か?」


「いや。冗談で言える事ではないからね」


 フレイの顔を睨みつける。ポケットに手を突っ込み正面から俺を見据える彼女は、いつもの薄ら笑いを消していた。


「だから、君はもう、一般の病院には行ってはいけない。捕まって実験動物にされてしまうよ」


 またあの眼だ。半眼よりも細く、閉じているかのような瞼。長い睫毛で覆われたその先にある瞳は、見えもしないのに暗い色をしている事が解るのだ。


「っ、だけどなら何故、俺の身体はっ」


 負けじと去勢を張る。そうするしか出来なかった。怯えていた。


「うん、だがしかしそこから先は、君は嫌がっていた泥沼の入り口だ。聞きたいかい?」


 小首を傾げる。何のことは無いその仕草が、まるでガイコツが頭蓋骨を傾ける仕草に見える。死が、不吉な事がこの先にあると告げる案内人。死神のようだ。


「う……ぁ。し、しかし、バイトが」

 咄嗟に口を出たのがそれだった。確かに、今日が何日かは解らないがシフトがある。


「呆れたね。フリーターな割に勤務熱心じゃないか」


「きょ、今日は何日だ? 穴を開ける訳には……」


 それどころでは無いのに、それでも俺はしがみ付くのだ。日常に。あの無為な生活に。


「あれから一日。今は午後三時って所かな」

 たった一日。だとすれば今日のシフトは遠野君、もう一人のバイトの日だ。


「よ、良かった。たった一日……」

 ゆるく作った拳を胸に、荒い呼吸、痛みはしない身体で、痛むかのように身を折った。


 声は震えている。何の気持ちも篭もらない声。視線は定まらず、床を舐める。


「で、今日はバイトの日なのかい?」


 茶番には慣れっこか。問いかける声にも感情は篭もらない。それでも敢えて、その流れに付き合ってはくれる。まったく、優しいのか心底捻くれているのだか。


「……いえ」


「では、聞きたい?」


「……」


 俺の身体に起こった、いや仕掛けられた一大事だ。気にならない訳がない。だが最後の一線だ。


 それを聞くためには組織の重要な情報を知る事となり、残される路は仲間になる事。あるいは始末される事。よしんば逃げおおせたとして、一生と組織の影に怯えて暮らす羽目となる。はたまたその情報を敵に売り渡し、そして、この半分魔物にされたという身体を、調べられる。その先に人間らしい生活は最早望めないだろう。


 つまり、ほぼ手詰まり、か。


 あるいは希望的観測もあるが。期待は出来ない。きっと俺の身体は本当に、


「聞く。説明して下さい」

 どうなっているのか解らない、どうしていいか解らない。


 腹を括るしかなかった。


「改めて、ようこそ」

 組織へ、と言う意味なのか。フレイは目覚めた時に俺にかけた言葉を繰り返した。



「案内しよう。こっちだ」


 実物を見た方が早いだろう。告げるとフレイはそれまで俺がいた病室の扉を開いた。病室なのか手術室なのか実験室なのか解らなかったが、最早どうでも良い。


 ロクでも無い。それだけが予感であり、事実であろう。


 今までの短い人生の中で幾つも眺めてきた創作の世界が待っている。ブラウン管を越えて、液晶の向こうから。宇宙人が黒幕だろうか。悪魔が黒幕だろうか。


 今まで何度となく爆発四散していった魔物、その出生の秘密にも迫れる事だろう。きっと素晴らしい非人道的研究にお目にかかれる事だろう。今から胸が灼けるようだ。


「何処へ」


 ドアを抜けると一気に光量が落ちた。白くも見える壁は薄く緑がかり、綺麗に纏めようとはしているのだろうが所々にむき出しの配管が存在感を強めている。


「来れば解る、というテンプレは不要かな」


 両手を後ろ手に組み、先を行くフレイの背中は肩を竦ませ答える。

 つくづく人をあざ笑うかのような親切設計だ。


「言ったが、君の命を救う為に魔物を創るのに使用するあるものを使用した。最も君を魔物化したい訳じゃあない。前にも言ったが君の事は気に入っているんだ」


「じゃあ」


 比較早い足取りに、やや大股で追いかける。渡されたスリッパがペタンペタンと鳴る。安物か。


「私自身はあまり興味はないのだがね、まぁ受け売りだ。

 君に行った施術は初期の研究段階で作成された生命力に優れた類のものだ。故に能力的には期待出来なくてね。ロストナンバーと言うヤツだね。再生、自己増殖。今なお人間社会では研究が盛んな分野だ。確率すれば多くのヒトを救える。

 が、確率していない。我々の研究はそもそも、ヒトに近づける事は目的としていない。ヒトの代替えとなる細胞は必要としていない。

 故に、元々そういった能力チカラをもった種を進化に導きヒトを脅かす存在に押し上げる。方向性の違いだ。

 だから、君を活かす為に用いるには、どちらかをどちらかに近寄らせねばならない」


 通路を進み、曲がり、曲がり、やがて辿り着く。厳重な、幾重にも鋼鉄のロックが敷かれた扉。歪ながらも簡素な通路の奥に、存在感を全面に。無機質の存在ながらに威圧感を醸し出す。


「そして、我々の得手は」


 脇に備え付けられるパネルを操作する。一つ、また一つ、蒸気のような、油圧音をさせロックが一つ一つ解錠されてゆく。最後のロックが開き、扉はゆっくりと開かれていった。


「ヒトをバケモノにする事」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る