第6話 戦闘員の非日常2

 後悔が先に立つ事はない。


「ギ……ギギ……」


 今も昔も、多くの人が悔やんで、なのに後世に活かせない業。危険は常に感じていた。だから常に保身を第一に考えていた。生きたくないなりに、生きようと足掻いていた。


 いや、それが悪かったのだろう。


 目の前に迫る巨躯。血走った眼が見下ろす。鼓動が激しく、どんどんと寒くなっていく。視界がボヤけ、色を失っていく。


 振り下ろされた野太い腕。揚羽が左手で受け止めようと身体を滑り込ませ、吹き飛ばされた。ガギャリ と歪な音が脳みそを揺さぶる。


 黒く巨大に映る魔物。全身を包む体毛を逆立たせ、むき出しにした牙の隙間から低い唸り声が漏れる。その手には、千切られた腕が握られている。


 意識が明滅するに合わせるように、痛みが再び襲ってくる。


「グルァアアアアアアアアアアア!!」

 魔物が天に吠えた。





 話は数日前まで遡る。


 呑気に休日を決め込んだは良いものの、俺はロクな情報を得られぬままに時間だけは過ぎ、第五回目となる実験は実施の運びとなった。別口で動いていた揚羽にも収穫はなく、フレイは止む無く実験の段階を上げる判断を下したそうだ。

「せっつかれては居るしね。仕方ない」


 情報の整理の為に集まることとなった場で、フレイは髪をかきあげ零した。


「まぁ大体は今までと同じ流れで大丈夫な筈さ。ただ、凶暴性は上がると思うから、両名とも留意して」


 凶暴性だけなら。俺は高を括っていた。攻撃力の面で言えば何度か被害を負ったヤツもいたが装備の防御力で何とかなっている。恐らく最大の武器となる爪を耐えられるのだから、気をつける事は魔物との距離だろう。いっそ完全に魔物が敵と接敵するまで建物越しくらいに離れていれば問題ないくらいに考えていた。


「ならばいっそ、次の実験は随伴を俺だけに絞ってはどうだ。回収の手間がイタズラに増える気がするぜ」

 と揚羽。激しく同意だ。俺を含めた素人衆は居ない方が楽だろうな、と考える。


「うーん、聞いてはみるがねぇ」


 フレイは顎に手を添えて何とも微妙な表情で答えた。以前の話からも感じられるが、フレイに命令を下すヤツは相当に融通が効かないワガママな性格のようだ。


 結論から言えば、これもまた否であった。


 いつも通り実施しろ、とのお話らしい。


 そして本日、状況の少し前。戦闘開始となった。


 現場はまたぞろオフィス街。毎度場所こそ違うがセメントジャングルのセレクトはお決まりだった。何よりも自分の為に、より安全な手段を講じなければならない。俺は揚羽に掛け合って流れを提案した。


 意識しなければならない事は、まず一般人を散らす事。疑問は数多あるが、さておく。そして無差別な攻撃を行う魔物から自方の被害を抑える事。

 これは撤収時の難易度にも影響する。かつ、魔物と敵対象が交戦状態となったら援護を行い、最終的には魔物が倒れるのを待って撤収。この魔物が倒れるという前提にも引っかかるものがあるが、仕方ない。


 そこでまず魔物の投下よりも早く戦闘員を展開し段階を進める事とした。


『状況開始』


 揚羽の通信が入り、戦闘員部隊は街中へ踊りだした。今回も寄せ集めの集団である

戦闘員たちに先んじて、揚羽が最も手近な者に警棒を叩きつけた。この時スタンガンは使用しない。逃げてもらわねばならぬからだ。従って頭部への攻撃も禁じられている。


 まさに茶番である。いっそ敵側、ヒーローサイドの為に用意した出来レースなのかもしれない。道化と言う訳だ。であればこの格好も納得が行くと言うものだ。


 習って俺も走って警棒を振り回す。


 悲鳴がそこかしこで上がっていった。


 ケッタイな風体で統一した十数人が人を追いかけ、暴行。人を散らすだけならば、まずこれだけで済む。無論乱立するビルにも大勢の人が残ってはいるし、道には車が走っている。流石にビルを占拠して回る訳にはいかず、大概は勝手に避難してくれるか、怪物が投下される頃には封鎖された区画外となる。車は轢かれない範囲で積極的に襲う方針だ。


「ギッ! ギギィ!」


 ふと目をやると、一人の戦闘員が倒れ込んだ男を執拗に攻め立てている。所詮は碌でもない人間の寄せ集めである。興奮した勢いでやらかす、これもまた良くある光景であった。無論クソだとは感じているが、俺は責める口を持たない。


『そこのお前、止めろ。コンクリに詰めるぞ』

 揚羽が制止に入る。実際、文字通り言葉が通じないので揚羽が止めるのでなければ、よく判らなくなるのだ。


「ギ……」

 肩を掴み、制止する。


 そんな一コマもありはしたが、周囲は興奮の坩堝だ。暴力に溺れているのか、事態に未だ混乱したままなのか、奇声と悲鳴とクラクションと。


 今までがそうじゃなかった訳ではないが、今日の露払いは念入りにと打ち合わせしている。

 凶暴性が増したという魔物が例えば目につく限りを襲うようなものであれば、今度こそ被害者が出る事だろう。

 組織が未だに何の話題にも上がらない理由がそこにあり、組織の狙いも恐らくそこなのだ。


 つまり組織はこの茶番を望んでおり、社会、警察も故に大した対応を講じない。ある程度のやり取りを過ぎては爆発すると解ってしまっているのだから。故に、この段階の行動は必要に応じての事であり、そう考えると戦闘員を使う理由の大部分かもしれなかった。


 人を追いかけ回し、殴り、時には車のガラスを叩き割り、いっそ火炎瓶でも仕えばよりそれらしい。


 そんな暴動まがいの行動を繰り返し、どれくらいが経過したか解らない頃、遠くサイレンの音は俺たちの耳に届いた。


 揚羽は周囲を見渡す。開始地点からは大分移動して、それなりに開けた交差点である。見上げる歩道橋にも人は確認出来ず、目につく車も大方破棄されている。


『状況をシフト。実験を開始する。各員速やかに近隣の建造物の一階に侵入。内部に人が残っている場合は追い出せ。余計な行動は慎めよ』


 次の安全策。投下される魔物に発見される対象を、敵に限定する。情けない行動ではあるが、一般市民の次に、散開し退避するのだ。


 そこそこ寂れた街とはいえオフィス街の一角。空き地なんてものは残っておらず、隠れる場所には苦労はしない。テナントビルの一階には各種店舗。パーキングなら車の影に入るだけでも良いだろう。俺も適当なテナントビルの階段部に侵入する。脇の店舗スペースには他の誰かが入って居た。


 それから数分。恐らく内部から追い出された人を警戒しての事だろう。


『報告。交戦対象を視認。実験起動開始を乞う』


 ノイズ混じりの報告が入る。好奇心か、俺は階段を登り中二階の踊り場から階下を覗き込んだ。


 轟音。乗り捨てられたトラックの荷台が破壊され、大きく穿たれた穴から、今回の実験対象が姿を表す。


『実験体GH04の起動を確認。敵対対象に誘導を開始。

 各員、まだ動くなよ』


 ズシャリ、アスファルトを振動させる重い一歩。黒い体毛に覆われた巨躯の類人猿。そのフォルムはゴリラに良く酷似していた。だがそれ以上に、ビチャリ、ビチャリと、身体の各所から覗く赤い亀裂。そこから垂れ、時に吹き出す液体が、何よりも此度のバケモノの異形性を強烈に印象付けていた。


『報告。実験体GH04に異常を認める。身体の各所に断裂有り。体液の漏洩。指示を乞う』


 バケモノ、実験体GH04と呼ばれるソレから数ステップ、距離を図りつつ揚羽がせわしなく通信を繰り返す。


 何だ、何が起こっている?


『通告。状態は想定の範囲内。最悪の予想だがな。

 状況は継続だ』


『……了解した。状況を進展する』


 路に降り立ち、バケモノは肩で荒い呼吸を繰り返す。どうみたって既に手負いだ。凶暴性というのは、こういう事なのだろうか。


「おぃコルァ! てめぇらガンバリすぎなんだよ!」


 此処からでは視認出来ないが、平警備保障の五名もまた動き出した。相変わらずのオープン通信。外部スピーカーからの苛立ち全開の声。気持ちは判る。生死を分けかねない事件が起こるにはあまりに短いサイクルだ。


 頻度で考えるなら、確かに魔物の交換もサイクルとしては異常だ。どのような造り方をすればこの、数日・十数日というスパンで魔物を排出出来るのだろうか。あるいは数体のストックがあると考えるべきだろうか。


から! 今までと感じが違う、気をつけなよ」

「ゴリラっぽいぞ!」


 魔物の変化は一目瞭然。警戒を強めたようだ。接敵はまだなのだろうか。

 半分好奇心、命令無視だが状況を明確に確認したい欲求が生まれる。


『繰り返す。まだ出るな』

 と、心を見透かされたかのように揚羽から通信が入る。その声はピンと張り詰めているのが通信越しにも感じ取れた。


 タイミングの良すぎる通信に一瞬ドキリとしたが、考えてみれば何も俺一人に向けられたものではない。戦闘員の中には俺よりも迂闊なヤツは多いだろう。


「構うかよっ、殴りゃ倒れんだろっ」

 最もだ。


「あ、こら!」

 ガン、鉄板、いや車の天板だろうか、弾く音がする。動いた。


「ぅるあ!」


 来る。開始だ。指示は。


 落ち着けたばかりの心臓が再度早鐘に変わる。落ち着け。いつものように後ろで。


 しかし俺の立場は扇動者だ。周囲の状況は。先走った者はいないか。逃げた者はいないか。そっちのけでサボっているヤツはいないか。揚羽はどうしている。


 網膜が絞られる感覚、というのだろうか。きゅぅー、と音が聞こえるかのように集中力が視界の中央に定められる感覚。思考を遮り、視界が鈍り、時間が長くなる。鼓動が耳に煩くて、身体のアチコチが小刻みに跳ねるのだ。


『……待機だ』

 ザッ、とノイズを走らせた後、聞こえたのはあり得ない指示だった。


 ガシャン!フェンスだろうか、ガラスが割れる音ではない。


「ギ!」

 思わず声が出そうになって、こちらからの通信が出来ない事を思い出す。不便だ。


 状況が見えない。早く、早く。


 いや、早く終わらせたいのだ。とっとと逃げたいのだ。


「ガァ! んにゃろうがぁ!?」

「落ち着けっ何かおかしいよ! 雑魚共がいない!」


 アチラさんも状況がおかしい事に改めて気がつく。当然だ。今まで以上に異形の魔物、そして状況。


 静まり返った街に、遠いサイレンが響き、魔物の足音が重く震える。


 ドガン、バキッ、バヂヂッ、合間を縫って聞こえる不協和音。間抜けに歩行者の進行を知らせる歩行者用信号。喧噪の消えた街が、これほど静かに聞こえるものだろうか。


 ドガァン、重く激しい音。ドギャ、地に響く振動。車でも吹き飛ばしたか。


 やがて、聴覚に遠く悲鳴と、カン、カン、鉄が響く音。流石の状況にビルに残っていた連中が避難を開始したようだ。


「警棒折れた! 予備! 予備くれ!!」

「無いよっ!」


 状況を進めると聞いた。但し、僅かに、と。


 フレイは言ったのだ。そう。凶暴性が増すだけだと。


『何をしている』

 フレイの声。


『危険が高い』


『……敵の状況は』


『苦戦している。……連中も危険だ』


 聞き取れる声からして、彼らもまた混乱し始めている。現在を除いて二度程の戦闘ではあるが、彼ら平警備保障の面々は難なく魔物を打ち倒してきた。妨害する俺たち戦闘員を跳ね除けて。


 たった一つ、段階を進めるだけでこうも状況は悪化するのか。


 あの場に、戦闘の場に、足手まといだとしたって、俺たちが居ないのに。


「熊野は下がれ! 連絡を!」

「っらぁああああああああ!」


『……各員に通達。立ち位置が変わった事により敵勢力の背後を突ける。

 敵さんを後ろから殴りつけるだけで良い。魔物には近づくな』

 告げる揚羽の声は心なしか暗かった。


 しかし場を見つめ続けていた戦闘員たちの張り詰めた緊張は既に暴発寸前なまでに限界で、


「ギイイイイイイイイイイイ!」

「ぎぎゃ! ギャギャギャァ!」


 興奮。混乱。自棄。様々なものが混ざり合っているだろう。迷々と雄叫びが上がった。バラバラと視界内の建物から数名の戦闘員が踊り出し、駆け出す。


『落ち着け! ブチ殺されるぞ!!』

 思わず張り上げた声に、通信音が不協和音を発する。



 遅れて降り立った街並みは、散々たる有様だった。


 ビルはガラスが砕け、店内のあらゆるものが倒れ、物を散乱させている。またコンクリートの外壁には穴、ヒビ、何なのか解らない破片が突き刺さっている。道路には幾つか、ひっくり返った車がそこかしこで煙を立ち昇らせている。僅かな間に結構な被害がもたらされていた。


 日が、陰ったようだ。薄暗く包まれた景色に、燃え盛る炎が鮮明であった。


「……」


 もっと、遠い日の事だと思っていた。


 目に映る風景は、まるきり脳裏に浮かぶ限りの戦争の縮図だ。


 フレイは先の先、辿り着く最悪が戦争だと言った。ならばこれは何なのだろう。


『ああ、もう、これだからっ』


 それでも状況は動いた。さて、此処で膝を抱えて蹲ったらどうなるだろう。踵を返して逃げ出したらどうなるだろう。


 フレイの姿が浮かぶ。か細い女性の姿を取っているが、何故だろう、底知れない恐怖を感じる。すぐ其処に恐ろしい兵器を持つであろう揚羽が居るにも関わらず、だ。


 ドガン! 視界の済に空を舞う車の姿。ゆるやかに回り、弧を描き、落ちる。ひしゃげる。爆炎。


「固まって!こ、こいつらヤバイよっ」

「っは、げっ、……クソっ」


 目をやればやたらめったらと腕を振るい、目につく全てを殴り飛ばさんとするバケモノ。それに対峙し、かつ背後を狂乱の戦闘員に襲われる四人の塊。輪の外周で、逆に戦闘員を張り飛ばしているのは、揚羽だろう。


 輪の中に入らなければ。そうして、身を隠さなければ。


 呆然と立ち尽くす自分に気が付き、俺はぼんやりそんな事を考えながら、輪に向かって歩きだした。


 深呼吸。いつも通り。今まで危険が無かった訳じゃない。死にたくなるようなストレスなら、人間社会で既に受けている。何のことは無い。


「ギグッ、ギャィイ!」


 改めて向き直る。轟と土煙を上げ驚くべき速さでバケモノは駆け、振り下ろす掌で敵の一人を吹き飛ばし、駆け抜けた先で戦闘員の一人を体当たりで更に吹き飛ばした。


『下がれぇ!』


 戦闘員の群れの中に躍り込んだバケモノ。咄嗟に動ける者は居なかった。グリンとバケモノの顔がこちらに向いた。目が合った気がした。


 ビヂヂヂヂヂッ


 瞬間、バケモノと俺の間、バケモノに最も近くに立っていたソイツの首がグルンと廻る。


 支点となった首の丁度真ん中から、幾筋かの裂けた筋が踊って見えた。


 大きな異形の掌が頭部を鷲掴み、そのまま真上に引き千切る。


 バチュン、泡が弾ける音がした。


『緊急っ、一人やられた! 撤退の許可を乞うっ!』

 制止した世界で、ただ揚羽の声だけがした。


 寸分遅れて、頭部を失った人だったものは、赤い液体を吹き出す噴水となった。


『車を回せっ! 収集がつかなくなるぞ!』


「な、なんだよ……」


 バケモノが手にした球体をこともなげに放り出す。ポーン、遠くへ、綺麗な放物線、撒き散らされる液体。やがて立ち尽くし噴水と化したオブジェクトは数度痙攣すると、力なく崩折れた。


「なんだよこりゃあよおおおおおおおおおおおおお!」

 その叫びが、制止した時間を動かした。更なる狂乱の始まりだった。


「一旦下がった方が良くない!? ヤバいよ!」

「下がってどうするよ!」


 戦闘員が蜘蛛の子を散らし、警備保障の四人もまた距離を詰めあぐねていた。バケモノはスーツの上から、戦闘員一人の首を捻り千切ったのだ。大凡警備保障の連中と戦闘員のスーツの性能は同じだろう。


「アレがある! アレを使おう!」

「バっ!? おま!」

「だって銃なんてないじゃん!」


 言い合う四人。バケモノは今しがた崩折れた肉塊の腕を掴み、持ち上げた。

 もう死んでるのに。


「議論してる余地はないな。下がるぞっ」

「もしもし博士!? ヤバイ事態になってる! ストライクを!」


 ブラリ、ブラリ。込める力ももうなく、僅かに痙攣を繰り返す。身体が震えるのに合わせて、断面から残った血が吹き出る。ゴフゥ、呻き、バケモノは再度死体を地面に叩きつけ、更に両の手を叩き込む。二度、三度、四度。


『回収作業は開始の指示を出した。合流は出来る?』

『てんでダメだ! ばらっばらに散っちまってどうにもらなねぇ!』


『そう。多少は覚悟しなきゃならないね』

『敵対象も後退のフシがある! どうする!?』


 十数人といた戦闘員だが、視界内には数名程しか認められない。遠巻きに状況を見る者、腰を抜かしてしまった者、倒れ、身動きが出来そうにないもの。


 動けなかった。根拠は無かったが、動けば襲われる気がしていた。


『難しいね。野放しにはしたくないが』

『既に実験としちゃあ失敗しているだろ!』


『それはそれで詳細データは欲しいのさ。お前は戦闘員の撤収を指示しつつGH04の状況も注視。このエリア内に留めるように仕向けるんだ』


 一頻り死体を嬲り、口元から白い煙を漏らす。バケモノの顔が周囲を見回した。


『無茶言うなよ!』

『やるんだ。

 あ、後A10、生きてる?』


 落ち窪んだ眼孔に赤く濁った瞳。顔のあちこちにも亀裂が走り、真っ赤な肉をさらけている。再び目が合った。


『知るか! あ、居た、居るわ。無事……って訳じゃいかなそうだな! 逃げろ! 狙われてる!』


 上唇の辺りなどは既に皮が捲れ、歯茎が覗いている。遠目にも綺麗な歯並びでない事は解った。


 ズシン、一歩、また一歩。重い足取り。激しく上下する身体。剛毛に覆われた身体からは、先程の殺された戦闘員のように、各所から体液が吹き出していた。そしてまた一歩。踏み出した太い足。バクンと体毛を掻き分け、傷口が開いて見えた。バケモノは現在進行系で体表の裂傷を増やしているようだ。体組織の崩壊?いや、にしては、


『クソっ』

 そう、まるで、今なお巨大化し続けているような。


 目の前に迫った巨体は、遠目に見るよりも遥かに大きく感じられた。




 そうして、現在に至る。


『何をしてる! さっさと逃げろ!』


「ギ?」

 眼前に立ち塞がる揚羽は左腕をごっそりと千切られると、振り返り俺を思い切り蹴り飛ばした。


「ギ……ガッ……」

 茫然自失状態に腹に思い切り食らい、視界が集中線を入れたように流れる。


 瞬間、バケモノの手に握られた千切れた腕が、眩いまでに光を放つ。


 バグァン! 光り、弾け、轟音。爆炎となってバケモノを包む。


『これぞ正しく手投げ弾、ってな』

『投げてないじゃない』

『うっせ!』


 爆発の瞬間に低く地に滑り込んだ揚羽が身を起こしながら、してやったりと語る。千切れた腕が爆弾になるなぞ、いよいよもって揚羽がバケモノじみた存在だと感じられる。


『っと、大丈夫か。……って、おいお前っ』


 こちらに歩み寄る揚羽。俺を見下ろす位置まで来ると慌てたように声を荒げた。


『今の爆発の破片か、チクショ』

 屈み込み、俺の腹部に手を伸ばした。つられて見ると腹部には大きな石のようなものが生えて、


「ギ……ッ」

 意識した瞬間、激しい痛みが意識を支配した。


「ギャアガアアアアアアアアアアアアアア!」

 熱い。熱い熱い熱い。


『落ち着け、暴れるな! 場所が悪い、抜けないぞこりゃ。鎮静剤も、たぶんマズいな。フレイ!』

 何も考えられず、俺は手を足を振り回す事しか出来なかった。揚羽が残った腕で体ごとそれを押さえつけ、何処に居るのか天を仰ぐようにフレイを呼んだ。


『GH04は』

『暫くは大丈夫だ!』

『解った。そちらへ向かう。お前はザコ共のサポートっ』


 熱い。熱い、あつ……


 俺の意識は、そこで途切れた。


 あ、明後日バイトだ。


 そんな事を考えながら。

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