承
第5話 戦闘員の日常4
翌日。
フレイの命令に従うのは癪だとは思いながら、俺は取り敢えずの行動を開始した。
とは言え、今日は喫茶店のバイトの日ではなかった。更に言えば俺は、基本コミュニケーション能力は高くない。否、低い。接客業をやっているからイコール、対人関係が得意な訳ではないのだ。繁盛していない店の接客はテンプレートと慣れが全てである。
なのでよしんばシフトの日で、都合よく彼ら五人が現れた所、せいぜい今までと同じく聞き耳を立てるのが精一杯だろう。積極的に仲良くなりに行く、などとんでもない。
したがって、とるべき手段は限られた。俺はノートPCの電源を入れる。
「……っと」
そう言えば結局、彼ら平警備保障の所在地すら調べるのを忘れていた。だが確か既に揚羽が調べたと言っていたが。
「んー」
身体を伸ばし、充電器に指してある携帯を取る。黒い、二つ折りの携帯。所謂ガラケー、ガラパゴスケータイである。爪を隙間に差し込み、振って開く。操作して開いたアドレス帳には、最近新たに追加された二つの名前があった。
何せ私物である。そして二人共コードネーム以外の呼び名を知らない。
だが揚羽に聞いて良いものか。そりゃ、聞くほうが一等早い。あるいは態々調べたと言う事は、揚羽は情報収集のスキルがある可能性もある。だとすれば揚羽に直接聞くのは早い上に正確。電話代も大したものではない。安い早い
だが、それでも、
「まいっか」
携帯を閉じ、卓の上に投げた。
揚羽に尋ねる事に対する懸念は多い。一つが、組織の命令で調べているであろう事。つまり情報の精度によって、俺はより組織の内情に近づいたと見なされる。
もう一つが揚羽の存在だ。いつか見た凶悪な兵器を使いいとも容易く迷いなくパトカーを貫いた揚羽。店で見た時は随分とおちゃらけて見せはしたものの、果たして心を許して良いものか。正しい感情として、もっと恐れておくべきではないか、と言う点。
更に、揚羽の
そして最後に、面倒くさい。
これ大事。
何で知り合ってそうたってないほぼ他人に態々電話をせねばならないのか。というか今日と言う時間に対して報酬は支払われるのだろうか。確認を怠ったのが悔やまれる。フレイに電話して交渉するのはもっと嫌だった。
従って、周り回って結局自分で一から自分で調べる事となった。
下手の考え休むに似たり、である。
ため息一つ、キーボードを叩く。まず調べるのは当初の懸念である所在地からだ。検索終了。所在地も間違いない。地図を開く。
「うげ」
本当に近い。一ブロックと距離がない。そして地図上には周囲に他に店らしい店がない。
○○ビル1F、従業員数は嘘か誠か百数名を記載している。だがこの場合気をつけなければならないのは内訳表記の有無である。雑な表記は平然とアルバイトやら、派遣業務がある場合は登録者数を上乗せして記載する。ストリートビューを表示して見る限りだと、事務所としての登録が所在地であり、恐らくそこには数名が詰める程度なのだろう。主な業務は警備業務の委託派遣であり、本当に末端の警備会社だと考えられる。
政府、ないしは警察がこの会社に俺たち組織の応対を投げたのだとすれば、いよいよ本当に政府の塩対応が見て取れよう。脅威にすら受け取っていないのだろう。
この小さなビルの一階分のフロアでは事務仕事が精々だと考えられる。フレイが懸念するような兵器を開発保管しているとはまず考えられない。よしんば、保管だけだとしても、ビームとはいかないまでも重火器を保管すると考えたら、あまりにおざなりだ。それこそ暴力団事務所レベルではなかろうか。
検索をやり直す。数ページ流すと、今度は会社の詳細にたどり着いた。タウンページレベルではあるが。
設立、資本金。目立った所は感じられない。創設者、現取締役は同名。名前を検索し直す。SNS乱立の時代、探せば案外個人情報の断片は見つかるものである。
が、開かれたページには同名のアカウントがズラリと陳列されている。世界の広さが縮まった事を痛感する。現実社会では同姓同名とお目にかかる機会はまずない筈なのに、ネットを介して見るとこれほどまでに存在が確認出来てしまうのだ。
そこは名前の付け方に一定の思惑が混じった結果ではあろうが、否定もし難い。独自性に走った余りに記名すら困難となったケースも聞くからだ。それを思うと、所詮人間、特定の範囲内の文化圏では、思考が偏るのも止むを得ない事だろう。
さて、情報を追加し的を絞っていく。別のタブで先程の会社情報を引っ張り出し、照らし合わせていく。あるいは、総当りを仕掛けてみる。
結果、明確な当たりはつけられず、しかし警察組織や政府関係との繋がりを持つ人物を特定するには至らなかった。まぁ、個人の限界であろう。特化した技術を持つわけでもない。
「んー、むぅーりぃー」
となれば矛先を変えよう。ニュース記事と、やはり此処はツイッターだろう。
ちなみに結果だけを言えばまったくの空振りだった。目撃報告、推論、幾つか言及するものもあったが大した反応もなく沈下していっている。無数の情報の溢れるネット社会では個人の裁量の比重が重く、そうそう情報が揉み消される事はない。しかし数多の人々は単純な刺激と娯楽を求める為にそこに存在しており、より興味を唆られる方向へ流れていく。
幾つかのデマ認定とカウンター方向の情報とで情報の性質はネタとして貶められ、やがて享楽のタネにされて薄れていく。娯楽場の日常。オオカミ少年を笑う大人という構図だ。
さてこの結果から予想されるケースは、まったく手付かずという間抜けな状況か、あるいは、流石に重要な情報の管理は徹底されているかのどちらかだろう。とは言えこれは仮説。
つまり、結局は、最も情報を漏らしやすいであろう彼らに張り付くのがベスト、と言う事だ。
繰り返そう。
下手の考え休むに似たり。
無力故にこそ、結局上の言いなりになるのが正しいと気付かされるのはとても悔しいものだ。
ましてやそれが、自分が最も取りたくない手法だと言うのだから、業腹である。
が、最低限出来る限りの事はやっておかねばならない。この件はそのままそっくり、自分の命運を左右する可能性があるのだから。
PC画面の時計を見やる。時刻は昼を回っていた。今からでも彼らの事務所の周りを散策する事は可能だ。
「腹減ったな……」
が、無し。
本日はお休み!
そして外食も無し。むしろ飯を用意するのもダルい有様だ。
朝から何も食べておらず、空腹が限界値を訴えている。だが経験上、空腹の山場を超えると案外それすらもどうでも良くなるケースを知っている。最大の悩みどころはソレであった。
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