第11話 戦闘員の非日常4


「さて、仕事だ」


 ある雨の日。基地に呼び集められた俺と揚羽に作戦の指示が出た。


「今回は以前言ったからの依頼だ。場所はここ。この会場に今月末、日曜に行われる催しを潰して欲しいとの事だ」


 研究棟中央、魔王の玉座もとい休憩室。映像を切り替える事で様々なシュチュエーションを用意出来るこの空間は、今は空間中に幾つものディスプレイが開かれる一種の電脳空間であった。足元には現場近郊の地図が表示され、胸元に表示されたモニターでは、ある催しの前情報が示されていた。


「ふ……れ・あ・い・広場?」

 ポップな字体で書かれた名前を、揚羽が一字一句丁寧に読み上げる。単純に読みづらかっただけかもしれない。


「数十種類のわんちゃんやねこちゃんとふれあう、出張パーク。うさちゃんも居るよ……」

 その下のキャッチコピーを俺が読み上げた。


 成程。の言いたい事は解った。しかし頭が痛い。


「今作戦では明確に敵対意思を示し、警告を行う様に強い要望があった。その性質の為、仮の組織を名乗り、行動に当たる事になった。命名は先方に一任。それがこれだ」


 ディスプレイが入れ替わる。


 赤の平和レッドピース。名前の下には所信表明が記されており、血を流すことを恐れない平和へのうんたら~。要するにテロ宣言である。実行するのは俺たちなのだが。


「どうも本格的に私たちを下部組織か何かと勘違いしているようだね。まぁ今回はこの名前で行くとして、組織の行動の今後を考えると偽装は必要だ。以後ずっと彼らの名前で行動する訳でもないしね」


 組織はただ名目を借りている訳ではない。それでは只のボランティアだ。慈善活動をしても何のメリットもない。組織には組織の未完の目的があり、須らくその行動は目的に沿わねばならず、今までの作戦、また今回の作戦もまた、何れかの利を得るためのものだ。ましてや今作戦は先方の強い要請により無理矢理実施に至るものであり、今回は資金援助の形を取った、とフレイは説明した。そして、暗に程なく切り捨てる、と言いたいようだった。


「人足は以前説明したように今回は私が出て賄う。それに伴って、この現場の状況がネックとなるね」


 足元の地図がストリートビューに切り替わる。海浜公園であり、植物や建物、段差と遮蔽物は少ない。


「いつものように一般人を追い散らしたとなればかなりの視認性だ。合わせて変装を施す必要があるね」


「届いたばかりの新装備をいきなり改造かよ」


 目下の敵、平警備保障が新たに使用したビーム状の格闘武器に対して、俺たち戦闘員の装備は強化される流れとなっていた。装備自体は既に存在しており、輸送するだけと言うことで基地には既に納入が成されている。その新装備のお目見えが、今作戦となる訳だ。


「尚、今作戦にはGH型は投入しない。未だに調整が難航している。従って旧来のR型のバリエーションを試験実施とす事となった。この為、恐らく実働時間は非常に短くなると予想される。二人は引き際を間違えないように」


 今回の作戦から、今まで雇用してきた戦闘員のアルバイトを中止する流れとなっていた。従って作戦に投入する戦力はRと呼ばれる魔物と、揚羽と俺、フレイとフレイが投入するという人足が五名の、合わせて九体となる。弱小起業並の人足だ。


「以上。質問は」


 それから細かい打ち合わせ、というかすり合わせを行っていった。「へーき、へーき」と受け合うフレイ、「大丈夫だろ。それは俺がやる」と次々に業務を抱え込んで最終的にえらい事になっている揚羽。打ち合わせは難航した。




 当日。


 その存在の登場に、誰もが息を飲んだ。

「聞けっ! 愚かなる大衆どもよ!」


 とあるフェスタの行われる海浜公園。園内に設けられた屋外ステージの最も高い位置に在り、居丈高に声を張り上げる。


 海風に、肩ほどに伸びる赤い長髪とマントがなびき、ハリウッドスターが身につけるような際どいVストリング。各所に装備したアクセは黒いブレスレットから鋭い棘を生やしていた。


「高々霊長類ごときが他を管理し弄ぶなど傲慢にも程がある! よって我ら赤の平和レッドピースが鉄槌を下す!」


 申し訳程度に仮面舞踏会めいた仮面を付け、赤の平和レッドピース幹部、薔薇ローゼンは手に持った鞭を空に叩きつけた。


 決行はフェスタの行われる前日となった。ほぼ完成間近となった舞台の破壊による、催し開催自体への妨害である。当初は当日決行の流れが濃厚であったが、一般人の多さによる弊害、また当日お披露目されるであろう数多のペットたちの存在を考慮に入れると、この方法がベターだと納得の運びとなった。


 赤の平和レッドピース幹部、薔薇ローゼンに扮するは俺たちの上司、フレイだ。彼女は出発の直前にこの姿で現れフレイだと告げた。何の冗談だと俺と揚羽は訝しげた。それもその筈、


「さぁ! 我が下僕たちよ! 愚かな祭りなど潰してしまうのだ!」


 モデルさながらの長身。よく通る声は麗人を思わせる。露出の非常に多い衣装からは、各パーツが溢れんばかりのボリュームを主張してくる。


 方や俺たちの知るフレイは、長髪だが黒髪で、頭髪自体にはそれほどのボリュームがない。また大概細めている目は目尻が上がったキツネ目で、更に背はそれ程高くない。そして胸は無い。それがフレイだった。


 変装とか特殊メイクだとかではなく、まったくの別人であった。


 それでも信じて行動する事が出来るのは、彼女のキャラ故であろうか。意識すれば装う事は出来たとしても、人をおちょくる様に話すその姿に、何とか一応の納得を付けて俺たちは作戦に望んでいる。


 フレイの激に応え、未だがらんどうの舞台の袖から五名の戦闘員(赤)が現れた。


 決行は昼過ぎに行った。昼を遅れて食べる者が戻るかどうかのタイミングだ。繰り返すが実験行動に一般人の被害は無いものと想定されている。故に人が疎らな時間、現場への移動、移送、かつあまり暗くなると事故の可能性も考慮するとこの時間となった。


「ギィ!」

「ギギィ!」


 舞台上に現れた戦闘員がまず手近な舞台スタッフを襲い始める。フレイの姿にまず度肝を抜かれ、次いで現れた戦闘員(赤)に萎縮し、襲われ、壇上は混乱に包まれた。


 これ、もし当日やってたらショーに乱入する事になってたかもしれないな、と以前

見た催しのパンフにあった、売虎男V3&可憐治療少女のステージショーを思い出す。

 きっと純真なキッズたちは何も気付く事なく正義のヒーローを応援し続けるだろう。それはきっと、やり辛いし、あまりに非道すぎるのでやりたくはないものだ。


 野外ステージの最上部。フレイもとい薔薇ローゼンは胸元のピンマイクに高笑い、海浜公園にあまねく届き渡らせる。

 その傍らでピンマイクの音声を出力するスピーカーを保持し続けていた俺は、舞台からゆっくりと広がっていく混乱を観察し危機感を抱いていた。


 流石に人数が少ないと中々散らない。

『――報告。起動時間まで後僅かだ。状況はどうだ』


 揚羽は舞台近くに寄せられた資材搬入用トラックの一つに紛れ、搬送してきた魔物の監視任務についている。複雑な機材ごと移送する訳にもいかず、多量の麻酔を投与し起動時間は図られていた。


『報告。避難が思った以上に進んでない』

 今回から俺のスーツにも発信機が追加された。いい加減意思疎通の不便さに不満を抱いていた所であり、言葉を発せられると言う状況に何故だが安心を覚えている。


『まずいな。よし、俺も出る。少しハデに行こう。A10、お前も降りて参加だ』


『了解。いいですね、フレイ』


 傍らのボインバイン、もといフレイに伺う。


『解った。実験対象の起動はこちらで監視しておこう。揚羽、ほどほどに抑えてくれよ?』


 胸元のピンマイクを握り音を殺し、反対の手を口元へ運ぶ。フレイの通信機は今日、腕のリストに仕込まれている。


 日が陰り、遠くに濁った雲がうず高く見える。海風は冷たさを増し、時に突風となり高台に居る俺たちに襲いかかってきた。


 さて、俺は直下を見下ろす。

『どうやって降りよう』

 



 昇った時と同じルートでエッチラオッチラ、網目状の柱を降りていく。間抜けな話だが、フレイも同様に昇ったのだ。


Expansion type2,二式展開 shooting control is auto.射撃管制をオート Exclude allbiological reactions生体反応を目標から除外に設定

 通信機の向こうで呪文が聞こえる。


 俺がまごついている間に、揚羽はスタッフを追い散らす列に参加した。


 新たな装備を赤の平和レッドピース仕様に急造した戦闘服(赤)。しかし外見はそれ程以前と違いはなく、胸にはしっかりと肋骨がデザインされていた。使用する兵装も同時に送られてきたが、これまた近接武器であった。


 以前使用していた電磁警棒とそうリーチの違わない、曲刀を模した武器。呼称はそのままカトラス。今でこそ間違って当てない様に素振りを繰り返して追い散らしているが、説明によればそれなりの威力が出るとの話である。


 足場の隙間から、一人、その身体から黒い何かを立ち昇らせる者が確認出来た。黒い触手のようなソレは僅かの間うごめくと、見る間に縮小していきそいつの左腕を覆う。更に腕に纏わり付くように形状を変え、やがて左腕を覆う大ぶりの手甲になった。


『よっと』

 そいつこそ揚羽であった。通信機から届く軽い気合。揚羽は変化した左腕を近場の自動販売機に向け、それを乱射し始める。


 ビス! ビスビスビス! 不思議な音を立て、断続的に揚羽の腕から発射される光る弾に貫かれる自動販売機。十秒程斉射を繰り返し、射撃は止んだ。


 直後、自動販売機は轟音と、缶ジュースを撒き散らしながら弾けた。


 それを見るや、遠巻きに眺めていた連中もようやっと逃げ出したのだ。


『おらおらっ』

 腕を空へ向け再度斉射。威嚇射撃なのだろうが、ギュゥンと発砲音が些か迫力に欠けるのが問題である。


『うーん』

 見上げるとフレイは腰に手を当て周囲を見回している。


『連中、来ないな』


 そう言われれば、と俺もパイプにしがみつきながら周囲に目をやる。逃げ惑う人々。あ、子供がこけた。すぐに親が気づき助け出す。サイレンが聞こえない。


『少し遠方に来すぎてしまったかね』


『土曜だから道が混んでんじゃないか』


『あるいは偽名を使った事で注意が逸れてしまったのでは?』

 揚羽は次いで近場に残った設営機器を片っ端から撃ち抜いていく。


『となると少し問題だな。標的てきが来ない事には魔物は起動出来ない』


『麻酔はまだ多少残ってる。追加するか?』


『そうだね。加減が難しい所だが、そうしよう。よっと』

 言うとフレイもまた骨組みの端まで来ると身を屈め、組まれた柱を降り始めた。半ば程に居る俺はその巨大なお尻バインを直視してしまう。


『俺がやるって』


『いいさ。機材を念入りに破壊しておいてくれ』


『というかフレイ、なんかこう、不格好です。飛び降りれないんですか』


 正視に耐えかね、俺も降り進める事に集中する。足場としては考えられていない作りなので、思うようにバランスが取れず難儀していた。


『いや、これ生身だし。飛び降りたら足折れるんじゃないかなぁ』

『生身?』

『そ』


 前の揚羽に尋ねた時にフレイは何かしらの力があると聞いている。しかし生身、つまり人間の身体で力が付く場合もあるのだろうか。


海岸こっち側は殆ど退避完了だ。

 オイ、コイツら木偶の坊になってるぞ?』


『すまないっ、今ちょっと降りるのに集中してるから、ねっ。後で回すっ』


 とやっている内に何とか俺は降りきった。取り敢えず反対側、街側に逃げ遅れが居ないか確認へ行く。


 フレイが集めたと言う五人は、俺たちと合流した時には既にスーツを装着していた。固まって、落ち着きなく身体は不定期に揺れ、しかし一切の発声をしない。「ちょっとそこらでナンパしてきた」、彼女はそんな雑な紹介をしたが、真実の筈は無いだろう。そこいらで声をかけるだけで、戦闘員などというおかしな事に手を貸せる奴を五人も集められるなら、最初から怪しい求人など出していないだろう。


『よいしょ』

 思い返しながら歩いていたせいか、気がつくとフレイは降りきっていた。無茶苦茶早い。いや、俺が遅いのだろうか。


『さて』

 言うとフレイは手を彼ら五人へと伸ばした。見やると五人はそれを受け、こちらへと移動を開始する。


『お? しっかし、どうなってんだ、コイツ等』


『端的に言えば、操っているのさ』


 それが、フレイの力なのだろうか。


 細かく訪ねたい所だが、ボヤボヤしていたら直ぐに敵が来てしまう。腰に下げたカトラスを手に取り、俺はまばらに木々の生える公園を進んだ。




 それなりの範囲を回った頃だった。


「うあああぁん!」

 泣き声。しかもあげ方から察するに子供のものだった。


 大人のように言葉をハッキリと発音しない、ガムシャラな叫び。整理しきれない感情がごちゃまぜに、噴火するように吹き上げるように、叫びに変わる。


 会場からは大分離れた地点だった。散策路の木々が途絶え、芝生が生い茂る広場。付近には公衆トイレと、細い丸太を組んで建てられた休憩所。


 周囲を見渡す。頭部をすっぽりと多い、防御性能向上の為内部に幾重にも緩衝材を採用したスーツである。頭部も同様で、生身のように音を拾うには些か難があった。


『報告。芝生広場の地点で子供の物と思われる泣き声を確認。捜索に入る』

 簡潔かつ分かり易く、通信で報告を上げる。


『――連中は?』


『未だ見ず』

『そう。私も向かおう。発見したら何とか旨く、逃してやれ』

『了解』


 とは言え、外部出力音声は奇声しか発せない構造だ。どうしたものか。いやしかし今はそれを考えていても仕方はない。


 組織の方向として一般人には被害を出さない。それに個人としても、流石に動物や子供は何とかしたい所である。


 隠れる場所は少ない広場だ。しかし声を頼りに探し、隅まで辿り着くも見当たらない。トイレの中、裏。休憩所の中にも姿は無い。あるいはそういう罠かと思いかけた時である。


「ヒッ」

 覗き込んだ休憩所の背後に、その姿はあった。どうやら俺の接近を見て必死に声を我慢していたようだ。引きつるような声、歪んだ顔。涙と鼻水がめちゃくちゃで、顔中が濡れている。


「ギィ……」

 どうしよう。


 最終手段として口元を捲れば言葉は話せる。

 いくら技術の進歩が進みモンタージュ作成が効果を発揮しようとも、子供の記憶力ならあるいは間違えてくれるか。

 いや、記憶力はむしろ子供の方がずっと優れている。いくら混乱の中とは言え、万が一が考えられる。口元一つ晒すのも、命がけとなりかねない。


 悩んだ末、俺はカトラスを腰に収め、距離を取ったまましゃがみこんだ。出来るだけコミカルな動き方にしたつもりだった。


「びゃあああああああああああああああああん!」

 無駄だった。


 周囲を見渡すも他に人は居ない。どうにか一人ででも逃げてくれると良いのだが。


「ギッ、ギギギ、ギャギィ」

 手を振り何とかアピールを試みる。見ちゃいねぇ。


 いっそ連中せいぎのみかたが現れてくれないものか。


 立場としては色々アレなのだが、この状況に最も適したのは彼らであろう。


「何事か」


 しかし現れたのは痴女フレイ仮であった。


 

 

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