第33話 金剋木
と勢い込んだのは良いが。
『どうすりゃいいんでしょうねぇ』
『知るか! 手前ぇで考えろ!』
オススメは火だ。手っ取り早い。が、変異体と化したサクラごと燃やしてしまうのでは都合が悪い。また一度点けた火は制御どころの話ではないだろう。うまい具合に戦闘能力だけ削ぎ落として消化、などと都合良く行く保証もない。
何にせよまずはヘイト操作からだ。サクラの標的を俺に向けてしまわねばならない。
「ビィ!」
駆け出す。強化服のサポートもあり、凡そ人類の限界に近いスタート速度を得て変異体の懐へと迫る。周囲に乱雑に現れた植物は到底この速度には対応しきれず、一瞬にしてサクラの足元へと滑り込んだ。
間近にして見上げると、サクラの変異は確実に進行しており、既にその全長は二メートルを越えようとしていた。足元には太い根が広がり、足跡の代わりにアスファルトを突き刺し穴を穿つ。サクラの面影を残すのは上体のみとなり、その身体も木像のように変貌しつつあった。
杖の打撃は元より、植物に電気が有効とは考えにくい。だがあくまで本体がサクラとすれば、恐らくまだ人間もとい半怪人の身体構造はまだ残っている筈。ならば、
腹部辺りを目掛け電撃を放つ。一瞬の閃光。空色のワンピースの一部が焦げ付き、ボロリと焼け落ちる。
「が……」
ほんの僅かであるがその上体が跳ねるのを確認した。僅かに溢れる呼吸も濁り、確かな効果を認める事が出来る。
挑発とばかりに声をかけたい所であるが、同じエリアにジャッジが居るのでは迂闊な真似も出来ない。そうでなくとも、この場に存在するのがジャッジだけとは限らないのだ。
辛うじてその肌の血色を残すサクラの顔が、こちらに向け見下される。
「ざ……」
ざ?
ともあれ第1段階は成功。次いで距離を測り、ヘイトが移動しないよう注意をしながら配置転換、ジャッジとの距離を取る。
「このザコがあ!!」
酷い言い様である。否定は出来ないのだが、さりとてただ闇雲に暴走するガキに言われては流石に癪である。
まぁ腹を立てる程のものではない。ワンステップ後退。それまで俺が居た空間をサクラの足元の根が襲った。躱されたと見るや険しい形相、サクラの腕に伸びる蔦が一斉に俺を追撃にかかり、それと同時に足元のアスファルトが割れた。
慌てて移動。それまで俺が居た空間を伸びる雑草が覆い尽くす。小走りに変異体の背後に回り込むと、サクラはそれを上体で追い、捉えきれなくなるや根を足のように地面に突き刺し体を変えて追う。
このまま回り続けてバターになるのも有りかと思ったが、今はもっとジャッジから引き離す事を優先する事にする。
「ビヒッ」
杖の範囲ギリギリから殴りかかり、足元の根を叩く。凡そ有効と言えるダメージではなかろうが、ゴンと鈍い音を立てるとサクラはヒステリックに声を上げ、両腕の蔦ががむしゃらと反撃に向かってくる。
ヘイトは完全に奪えたと言える。蔦を回避し、
「ビッ!?」
――ようとした意識に反し俺の足は縺れ、迫る蔦の一本が俺の足首に絡みついた。足を取られ、俺は前のめり倒れ伏す。咄嗟の判断では杖を手放さないようにするのが精一杯で、ゴン、とヘルメットの中で脳みそがシェイクされる。
続いて幾本と蔦が俺の両足に絡みつき、どこから力が作用しているのか、逆さ吊りに持ち上げられるや、勢い良く振り被り地面へと叩きつけられた。
「ああっ!」
外傷は特にないが、兎角衝撃がキツい。意識がとびかける。
有効な攻撃手段に欠けるのか、蔦は再度俺の身体を持ち上げる。だが流石にいつまでもなすがままで居られよう筈もない。逆さ吊りのまま杖を両手、狙いを定める。
本体部への電撃が有効なのは確かだが、さてこの拘束を解くには胴体では少し弱い。ここは乙女には申し訳ないが顔面。
突きそのものに威力は不要。確実に狙いを定め、トリガーを押し込む。
「ぎゃあ!」
閃光の後、足を捉える拘束は解け俺は肩から落下する。
慌てて身を起こすと蔦の中から抜けた手が顔面を押さえ込み、しかし隙間から焼けただれ今も赤く発光する肌が覗ける。
プンと焼けた臭いは、樹木というよりは肉のそれ。
万事事が収まった際には、是非とも組織の整形外科技術に期待したい所だ。いくら鎮圧であれど、このままでは女の敵との誹りは免れない。
余計な手間とリスクを負ってしまった。
俺は当初の予定に立ち返り、サクラの視界に収まるように逃亡を開始した。
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