第32話 灯れ勇気の赤色灯


 思うに。


 この我らが属する悪の組織は地盤が固まっていないのだ。


 だから、最高幹部同士で思想のすれ違いをそのままに組織を走り出した挙句に衝突したり、こうして末端でも個人の感情からアクシンデントが起きたりするのだ。


 いくら戦力増強の最中とは言え、せめてこう、教育というか方向性に一貫性を持たせるというか。最高意思が下部に浸透していないから個人レベルのトラブルが当然の様に存在し得るのではないか。


 例えば、目の前で今正に同胞に殺意むき出しに迫る存在であるとか。


『あー……あれは、おこ、かねぇ』


『おこですね』


 いや解るが。ソレをすれば半ば洗脳である事は。宗教めいたモノが色濃く出た、ある種短絡的な思想遂行に走ろう事は想像するに難くない。


 しかし現場レベルでこうも容易くイレギュラーが頻発するのでは、仕事にならないのではないか。

 と言うのが職業戦闘員としての見解である。


 だが同時に一個人、同じく半怪人のA10としては、SNS文化で云う所の「それな」に近い、同情とも少し違う共感は確かに抱くのだ。


 兎角人間は面倒で、大人も子供もお姉さんも総じて面倒臭さの塊である。


 二度に渡る反抗期に思春期。凡そ大人になると喉元過ぎた熱さ宜しく忘れてしまう言いようのない感情のうねり。そして根源に近い欲求。何を与えられても決して満ちる事のない不安に震える胎児。


 それが大人になれば消えるかと言うとそうでなく、忘れたフリと慣れによる摩耗で、妥協を是とする社会にあって、尚もすり減る日々を送るだけで、そこに常に餓えと不安は付き纏い多くの者は満たされる事を知らない。現世に置ける地獄の餓鬼である。


 ワタクシを探し足掻いた思春期を経てたどり着いた大人の世界は、だがしかし個を否定するもので、口を開けば愚痴と不満と馴れ合いで、ポカリと開いた穴は享楽を持って埋めんとせんが為に、よりその暗さを増していく。


 誰もが今に言い知れぬ不安と不満を抱いて、手に届く全てを欲するのが現代に置ける地獄の構図である。


 サクラもまた、満たされぬが故に餓え、恨もうとも殺意に身を焦がそうとも、それでも親の愛を求めていたのだろう。狭い世界に生きる子供にとって親は絶対の、イコール世界である。

 外の世界へと飛び立たせるのが親の役目であろうが、しかしサクラの親はそれをする事なく、未だ乳飲み子に等しい精神のサクラを追い払った。かくて、群れを成す生物の中で親に見放された子供は捕食者のエサとなる。それでも親を求め、サクラは餌食となり、尚も庇護を求める屍となり、


 そして虚ろな眼のまま、その眼前で親とのくびきを断ち切られた。


 組織として、サクラを手駒として運用する予定の群れとしては、恐らくそれは後顧の憂いを立つ最良の手段であっただろう。恨みツラミは長続きするものではない。


 だがそれは理屈で、感情ではない。

 凡そ納得出来るものではないだろう。


 いくら憎く思う親でも、他者に殺されてはいそうですかバンザイと切り替えられる子供はまず居ない。

 帰る場所。生活。お金。将来。汎ゆるものが親にぶら下がり成り立つ現代の文化で、感情を抜きにして去勢は張れども即座に独り立ち出来る子供はどれだけ居るか。さもなくば身を売り粉にし、結局は屍同然から這い蹲るしかない。


 サクラの世界はあの時、崩壊したのだ。


 泣くな。喚くな。そう言うだけ無駄である。


 つまり俺たちは至極真っ当な恨みを買っている訳であるが、しかし俺たちも一個人ではなく組織の歯車であり、同時にまた一個人であるから、おいそれと湧き出る恨みに焼かれてやる訳にもいかない。


 その責任を負えやしないのだ。


「な……アレはっ、あの時の行方不明の子供!?」


 そう言えば始めてサクラと会ったあの倉庫現場にはこのジャッジも居た。


「お前たち!! 罪もない子供を攫いあのような姿に……っ」


 外部スピーカーから朗々と伝わる苦虫を噛み潰すかのような怒り。


 その場に居たと言う事はつまり、残った子どもたちに関わる事もあっただろう。そして、一人の少女がその行方を眩ませた事。ニズヘッグが子どもたちを誑かそうとしていた事、知れていて当然である。

 そして彼女たちは正義で、俺たちは悪という基本ロジックに基いて思考するならば、さも俺たちが拉致に加担するかして子供一人を攫い怪人化させたと考えるのも、その場の思考としては在り来りであろう。


 彼女は、ジャッジはサクラのその後を知らないのだから。


 そして俺たちですら、果たしてフレイはどこからサクラの未来をそうする事を描いていたのか、知り得ぬのだ。


「もう許さないっ!」


 ジャッジの肩部アーマーに取り付けられた回転灯が灯る。ヘルメットのバイザーの奥でセンサーが強く光を放ち、ジャッジは全身から一つ、多量の排気を吐き出した。


『やっべ……』


『奴さんガチギレですね。いや、サクラもブチギレてますけど』


 前門の虎 後門の狼。義憤に猛り赤色するブレイブジャッジと復讐に目を晦ます異形化する花。共に、俺たち二人を狙って瞳をギラつかせている。


「殺してやるぁ!!」


 先に動いたのはサクラである。その猛りに応えるように周囲のアスファルトを破り幾本もの蔦、いや有機的に躍動する樹木が伸びうねり俺たちに迫る。

 最早四の五の言う間も無い。火をくれ。植物は燃してしまうに限る。


 足元から脅威の成長速度で足を取りにかかる植物を飛び躱し、俺と揚羽は正反対に距離を開かせる。獲物を一瞬見失った樹木は一旦その場で成長を止め蠢くばかりであた。


「ぇいやぁあああああああ!」


 運動能力に劣る俺は回避に際して身を崩し両手を地に付けるが、しかしジャッジはその標的に揚羽の方を選択した。俺と揚羽では能力を開放してしまえば見分けは容易で、かつ脅威度で言えば当然の選択である。

 獲物を腰にマウントしたまま、拳を振りかぶり肉薄する。スライドし放熱なのか鎧の各部から炎を思わせるエネルギーの放出を行い、心なしかジャッジの動きは鋭さを増していた。


「ビヒィッ!」


 赤色する拳は熱を纏って、顔面を捉えられた揚羽のヘルメットからは白煙が昇る。

 第二形態とでも言うべきか、炎を纏う立つジャッジの姿。


『っつ……A10、悪いがサクラの方頼む。こいつ結構やべぇ』


『了解です』


 俺が彷徨いていると足でまといなのか、それともジャッジとサクラのニ方向にまで手が回らないのか。何れにせよ指示に背く理由もない。不満も不安もてんこ盛りではあるが。


 杖を支えに立ち上がる。サクラの虚ろな瞳は俺でも揚羽でもなく、只俺たちの空間を睨めつける。

 正確に言えば彼女の親を殺したのは揚羽だ。が、そうさせたのは俺でもある。未だ血の滴りを肌に感じた事の無いこの手。今回もそうして、揚羽は汚れ役を買って出たに過ぎない。だから、俺も恨まれて然る存在ではあるのだ。


 まぁその恨みを向けられても、この脆弱な肉体は凡そ耐えられないので勘弁願いたいのは本音であるが。兎角、やる事はやらねば今後のみならず現在がピンチだ。


 態々出向く程だ。フレイに秘策があると信じ、その到着まで時を稼ぐ。

 俺は杖の先端を変異体となったサクラへと向け、腰だめに構えた。


 

 

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