第31話 それでも


「ビヒィ!」


 ロッドの燃え盛るエネルギーの刃に胴を一文字に撫でられ、伝わる衝撃と腸が煮えるような熱に、吐いた悲鳴が変声機を通し奇っ怪な鳴き声となって発声される。

 それと同時に俺の身体は宙へと弾き飛ばされ、錐揉み回転、肩から住宅街のコンクリートに打ち付けられる。


「こいつらは只の雑魚……っ、怪人がどこかにっ!」


 形勢は一進一退よりやや悪い。主に俺が足を引っ張っている面が強い。いつもの事だ。

 それにつけても流石に技術の粋を集めたであろう、ジャッジは強力であった。一撃の威力は耐えられる範囲とは言え、重なるダメージに防御外套は確実に摩耗し強化服もまた度重なる衝撃に軋みを生じさせている。

 スーツの損耗は既に危険信号イエローアラートを放つに至っている。


『下がるかっ?』


『いえ……まだギリ……』


 足を引っ張っているとは言え俺もこれが初陣という訳でもない。人の後ろに下がって生きながらえてはきたが、場数はそれなりには踏んでいるし、死地も経験している。事、保身に関しては一日の長があり、何より能力がある。


 さんざ疑ってかかってこそいるが、この能力は能力で有れば使いようはあり、実質使えなくはないと思っている。俺に目掛け振り下ろされる必殺の一撃、その腕に干渉しズラしてしまえば良いのだ。強い集中を必要とするが、むしろ相手が勝手に避けてくれるのだから対個人であれば十分な手段である。


 だがジャッジはこの能力に対する耐性を持っているのか、それが通用しない。

 結果だけを言ってしまえばまぁ、俺がお荷物な事には変わりは無い。


 しかしかつてのジャッジに通用したこの技が、何故今のジャッジ、新堂マサキには通用しなくなったのか。目に見えないこの能力に気が付き対策を講じたとでも云うのであろうか。


 機能低下が手に取るように、身を起こす腕が重い。強化服の機能が停止した部位は、ただ重い機械をぶら下げているに等しく、ほうほうの体には頗る重荷に感じられる。


 カバーに入った揚羽が左腕を展開しジャッジの行動を封じている今のうちに、何とか邪魔にはならない立ち位置へと転じてしまわねばならない。撤収が基本戦略の俺たちがむざむざ戦闘不能の身体を戦場に晒すというのでは滑稽極まる。


 糸を自らの右手に伸ばし、腹に残る鈍痛に抗い集中する。過去数度の体感から、糸は部位そのもののダメージをある程度無視した挙動を取らせる事が可能だ。敢えて云うならば脳のリミッターを無視して、その部位を稼働させる事が出来る。


 人間が本来持つ筋力は従来脳のリミッターにより十全に発揮される事はない。一般に全開を発揮すると筋断裂、骨もその威力に耐えられないと言われる程だ。逆を言えば最悪そこまで無理が効くと云う事だ。

 最も、俺の場合は半分はダメージから来る筋疲労であろうから、何も骨を砕くまで酷使する必要性は無い。


 地面を押しやるように身を起こす。並行になった身体。頭上では絶え間ないやり取りが続いけられている。


『……ん?』


 ふと目を奪ったのは裂けたコンクリートから伸びる一房の雑草だった。どこにでもある光景。人が営みを繰り返す限り、老朽化が進み摩耗を繰り返す。その一側面。やがて致命的になれば、再度構築し直されるだけの道路。


 だがそれは気がつけばヘルメットの目元に迫る程に伸びていて、咄嗟に離した視界には、道路の亀裂が見る間に大口を開けていく様が広がっていた。


 その異常な侵食と成長は紛れもなく花の能力。


『揚羽っ!』


『ああ! こっちでも確認したっ』


 慌てて身を起こし周囲を見渡す。

 ほら、いざとなればこうも簡単に起き上がれるのだから、人間の身体というのは案外に強く図太いのだ。


 見渡す周囲に、しかし緑が侵食する風は無く、だが俺と揚羽の足元で今も亀裂を広げ生えゆく植物に、その力がピンポイントで現れているのだと解る。

 そして目が合った。

 

「殺してやる。殺してやる。殺してやる……」


 ずるずると、ワンピースのスカートから、ノースリーブの肩口から、伸びる幾本もの蔦を引きずり、項垂れた頭に睨め回すような上目遣い。


『サクラ……?』


 身体の凡そ半分を樹木の色に変色させ、垂れる頭髪からは所々と葉のような緑色が覗く。人の顔をしたバケモノ。ワンピースを纏った人面樹。

 サクラはゆったりと、俺たち目掛け重い歩を進めてきている。











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