第23話 チェイス


「よし、ではお帰り願おうか」


 改めてニズヘッグを装着したフレイが荷台後部ドアへ進む。何にせよこのまま公道レースを続ける訳にはいかない。揚羽は運転手、そして俺には杖以外の武器は無い。フレイに頼るしか無い訳だ。


 本来トラックの荷台には中から開ける為の機構は存在していない。その為外部へアプローチするには、つまり蹴破るなりする必要があった。そしてフレイはそうした。


 右手の鞭を一薙ぎ。閉所で操るには向かない遠心力を用いる鞭も、伸縮自在のニズヘッグの右手では場所を選ばない。破裂音を密閉空間に響かせ、片側のドアが吹き飛ぶ。そして地面にバウンドすると、旨い具合、追いすがるブレイブ・ジャッジの車へと迫っていった。


 まぁ期待は半分程だった。ドアは滅多クチャに跳ね回りジャッジの車へ迫るも、ハンドル一つであっさりと躱され一瞬にして視界の彼方へ消えていく。

 「だよね」小さくフレイは零し、ポッカリと開いた後部の縁へ手をかけると一気に荷台上部へと身体を持ち上げる。ドダンと天井から音が響いた。


「じゃぁ!!」


 早速とニズヘッグはスネークヘッドを放つ。済んでの所で躱され、鞭がアルファルトを砕き、捲り上げた。

 何か手伝った方が良いだろうか。俺は荷台の中を、解りきっているのに確認した。空っぽである。ダミーの空箱一つ無い。


 同時に、変に手を出してフレイにドヤされやしないかも心配であった。特撮好きを垣間見せるフレイは、むしろこの状況を楽しんでいるフシすらある。余計な横槍で顰蹙を買ってしまうと又候、経済制裁賃金未払いの憂き目に合いかねない。


 間抜けな話だが、ここは指示を仰いでおくべきだろう。


『フレイ、俺も何かした方が?』


 尋ねたものの、いざやれと言われて何をすれば良いのか見当が付かない訳である。そうなると何をすれば良いかを再度尋ねなければならないだろう。無能を証明するに等しいが、実際思いつかないのだから仕方がない。

 いや、確信があった。フレイは手出し無用を申し付けてくる筈だ。きっとこの状況を楽しむに違いない。


『ん。ちょっとあれ、糸を使ってみてくれるかい』


 が、予想に反してフレイからは行動までも含めた応援要請が帰ってきた。

 確かに、言われてみれば糸という手段が残っていた。物理的手段に囚われすぎていたのだと恥じると共に、やはり俺は己の能力、糸と呼ぶ不可視の力を今ひとつ信用していないのだと痛感する。


 腕一本、足一本程度しか操れない力に、どれだけの意味があるのか。

 たった一人で多勢を覆してみせる揚羽やニズヘッグを目の当たりにすると、この花の無い能力に自信を持てと言うのも無理な話なのだ。


 しかしともあれ、使えと言われたからには使わざるを得ないだろう。他にやることも無いのだから。


 絶え間なく音速の攻撃を繰り広げる荷台上部のフレイ。覗き見えるジャッジは意外にも巧みなハンドル捌き、尽くを躱して見せている。

 右へ、左へ。時に細やかに、時に大胆に。対向車線も使い、対向車を縫うように躱す。警官、ヒーローよりも、彼女にはソッチの方が才能があるように見受けられる。まるでそう、本当の正義の味方みたいだ。


 そう言えば初代はバイクレーサーだったな。


 そんな邪念も織り交ぜつつ、俺は荷台の中、右手をジャッジの操る流線型のスポーツカーへと向けた。白と青のツートンカラーに合わせたのか、青色のパトランプがやたらに眩しい。


 周囲は一車線の市街地。腕を操りハンドルを切らせては左右に立ち並ぶ商店に突っ込みかねない。狙うのは右足。アクセル。

 スポーツカーと言う事でマニュアル車だろうと目星をつけてはいるが、左足のクラッチを入れただけでは慣性で走り続けるだけで、同時に左手を操作しギアも操るでもなければエンストまでは引き起こせない。二箇所同時の操作までは俺の力では不可能だ。ならばいっそ右足をアクセルから放させブレーキを踏ませた方が余程話は早い。あるいはオートマチックでも、これならば同じだ。

 効果的で無いのは確かであるが。


『……んっ』


 意識を集中。額の辺りから、身体を伝わり右手へ。そして一本の糸が真っ直ぐ放たれるイメージ。

 信じる事。あるいは強く想像する事。どちらでも良い。信じなくても良いのだ。想像が出来れば、糸は創造出来る。

 俺の意識そのものの断片と言って差し支えない糸が、そして相手に触れた時、俺では無い意識が逆流してくるような違和感が流れ込んで、


 こなかった。


『ん?』


 失敗した? 集中出来ていなかった?

 もう一度イメージを繰り返す。

 焦るな。想像にだけ意識を集中しろ。


『……掴まらない』


 だが結果は同じ。

 やはりそんな力は存在しなかったのか。ただ偶然が起きていただけだったのか。脳内に逆流する手応えが一切感じられず、当然、ジャッジの運転する車の速度は落ちるどころか鞭を掻い潜り迫る勢いだ。


『やはりかい?』


『……え?』


『いや、実は私も先程から試しているのだけれどね、サッパリなんだ』


 俺と同種、いや、俺よりも圧倒的な効果を発揮するフレイの技が通じない。

 ならばずっと劣る俺の糸が通じないのは当然であるが、しかし、そんな事は始めてではなかったか。


『ちょっとイジるよ』


 告られると、途端俺の腕が上に持ち上げられる。脳の隅に異物が交じる違和感。フレイの技の介入だ。


『……うん。大丈夫。

 揚羽、片手ちょっといいかい?』


『んあ? あー、じゃあ左手で』


『っと、どうだい?』


『ああ、大丈夫大丈夫。肩が外れそうだから早く解いてくれ』


『――どうしたものか……』


 思案に耽る声がヘッドセットから漏れる。技は正常に放たれている。だのに、ジャッジには届かない。

 その間も絶えず繰り出される鞭の連撃。尽くを躱す紙一重のタイヤの悲鳴。


ブレス……いや無駄だろうな。いやぁ困ったねっ』


 困った事に、それを楽しんでいるのだから質が悪い。


『しゃぁねぇ、俺も手ぇ出すぜ』


 この場で最も応用が効く揚羽が名乗りを上げる。運転を片手間に何をするというのか、荷台から運転を代わってやれる事は出来ない。


『ってうおっ!?』


 一変、ハンドルがブレたのか車体が左右に振れた。バランスをモロに崩し俺は庫内にしこたま身体を打ち付ける。

 上部のフレイは振り落とされてやしないか。


『……あれは……?』


『何事ですっ?』


『見りゃ解るっ!』


 荷台で後ろしか見れない俺にどう見ろと。一瞬思ったが、直ぐにトラックはソレを超えて、俺の視界に異様を覗かせた。

 道の左右。丁度トラックだけが通れる程の幅を残し、アスファルトを裂き、蠢き伸びる無数の緑色のナニカ。

 息を飲む。

 言葉を失った。


 だが俺の驚きなど意にも介さぬだろうソレは、トラックが過ぎると直ぐ様を閉ざす様にしなだれ、そして続くジャッジの車を飲み込んでいった。


 


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