第29話 言い訳
これは言い訳だ。
それは組織の決定であり、他に最良とされる手段が思いつかなかった。
半怪人による精神的影響がほぼ無いと仮定した場合、真っ当な若干十数歳の子供に親を自ら殺すという経験はあまりに重い。
平然を装えたとしても、それはどこまでも纏わりつく、言い方を飾るならばそう、罪の十字架。
殺した筈の影が、心に住み着き囁く。幻肢痛の様に、亡くしたものはいつまでもシクシクと痛むのだ。
無論、俺は親を殺した事はない。しかしそう簡単に物事が振り切れない事ぐらいは解る。過去はいつまでも尾を引き、逃げる者を追う。
だからその手段は講じられた。
これによりサクラの憎悪の矛先は下手人へと向けられるだろう。揚羽か、あるいは命令したフレイか、組織まるごとか。
だがそれでも彼女の心に拭えない傷を残す事は、避けるべきだと判断された。
そしてまた、俺は己の手を汚す事を避けた。
「ああ……ああああああ……うあああああああああああ!!」
蔓に抱られ物言わぬ姿に変じた母親。つい今しがた、その手で痛めつけ、殺意を口にしていた相手に縋り、サクラは声にならない声を上げる。
杖を収納し、揚羽へ視線をやる。
粛々と左手を元へ戻し、揚羽は平然と視線で俺に次の行動を促した。
続きは戻ってからだ。懐から注射器を取り出す。
だが一手遅かった。
興奮するサクラの声に触発され、大量の草が室内にいよいよと侵食を始め、見る間にサクラと母親の姿を包み込んで行く。暴走だ。
「っ、急げ!」
急かされるまでもない。効くかどうか、生え伸びる植物には止まれと念を飛ばしながら、今にも手が届かなくなりそうなサクラに右手に握った注射器を振り下ろす。
プシッと空気が抜ける音。ペン型注射器は確かにサクラの首元へ届いた。
次の瞬間、サクラの姿は丸と緑の檻に覆われて消えていった。
「おいっ!?」
「いや、刺しましたよっ」
問答を続ける間も、あれよあれよと緑は絨毯よろしく広がっていき、足を取られまいと後退する俺たちはついには室外へと追いやられていく。
サクラの力が解けないと言うことは、鎮静剤が効かないか、既に増殖がサクラの手を離れ進行を始めているかのどちらかだ。
極度の興奮状態に陥るとアドレナリン分泌が鎮静効果をも押し切ってしまう、なんて話も聞くが、サクラに打ち込んだものは怪人にも使用する協力な代物である。身体構造で言えば半怪人の彼女が打ち勝てるものではない。だがしかし目の前に今も続く植物の異常増殖が、何の能力の干渉も無く続くとも思えない。
どちらにせよ、打つ手に掛けるのは事実であった。
揚羽の刃で打ち払おうとも、無数と迫る草の前には暖簾に腕押しだ。
「ど、どうしましょ」
「どうするったって、そりゃお前……」
部屋から追い出され、通路を追われ、心なしか棟を包む全ての植物がざわめき立っている感覚もする。少なくともこの場に留まっても益が無いことは確かだ。
サクラを連れ帰らねば為らぬのは確かだが、無闇に突っ込んでもあの鬱蒼と蠢く檻に囚われるのは火を見るより明らか。
いっそ植物なので燃してしまえれば早いのだが、しかしその中心に居るサクラが無事で居られる保証も無い。
いずれにせよ、独断で事を判断するにはリスクが高すぎた。
「逃げるぞっ」
「戦略的、ですね」
まずはフレイの判断を仰がねばならぬだろう。
報連相なんて社会用語が無能の証明と揶揄する意見も散見する昨今であるが、しかして餅は餅屋。事、異能の事となればフレイの意見を聞かぬ訳にもいかないのだ。
そんな言い訳を心中に、俺は一目散へと階段へ走る揚羽の背中を追った。
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