第2話 戦闘員の非日常1

 そしてこんにちは悪の戦闘員人生。


 結果から言えば、多少の譲歩は引き出せた。


 諦めて腹をくくった俺は、現実社会に置けるバイトリーダーだってここまで早い昇進はないと切り出し、また俺の性格の問題から比較荒れくれ者が揃う現場での指揮能力は見込めない事、また身体能力に置いても期待は望めない等を熱心にアピールし続けた。

 

 あまりに自分を卑下し続けた為に悲しくもなったが、自分の身を守る為だ。


 この期に及んで、と言われそうなものだが誰が好き好んで身の破滅を望むものか。浅学非才の落ちこぼれに、一歩間違えば社会的死を招く大役は死刑執行代となんら変わるところはないのだ。


「解った。仕方ないね。当初の予定通り本部から一人、君たちの中に紛れて貰うとしよう」


 あの後ほどなく店じまいの時間となり、店長には断りを入れ片付けをそこそこに店を出た。外で待っていたフレイは帰路の中、少しだけ眉をしかめてそう零した。


「当初の予定? なら、初めからそうすれば良かったんじゃ」


 思わず言葉尻に怒気が交じる。夜も老け、住宅街に人気は少ない。


「んー、まぁ、色々あってね。本部が渋っていたのさ」


「そもそも、俺たちの存在ってあまり意味があるとは思えないんですけどね」


 少し頭に血が上り始めているのかもしれない。俺は少し口が軽くなってきていた。というより慣れてきているのか諦めがついて腹が括れたのか。


「と、言うと?」

 フレイが興味を惹かれたのか、ニヤけ顔で聞き返してくる。


「露払いって言ってましたが、しかしあのモンスターは試験だか実験だか、過去三回全部最終的には倒されて挙句爆発。つまり破棄みたいなものでしょう?俺たちが居たって遅いか早いか程度の違いしかない。更にいくらスーツを支給されたからと言って大半はド素人の俺たちです。一応なりと正式に訓練を受けた連中とじゃ大した効果も望めないと思うんすけど」


 イライラからついに口調まで崩れかけてきていた。もしかしたらこの時諦めていたのは、自分の死なのかもしれない。


「確かにね。まぁ半分はウチんとこの趣味? 拘りみたいなものなのだよ。だから本部からも協力的な回答は貰えなかった訳さ」

 趣味ときた。最悪だ。


「ほら、君は日曜朝の特撮というのは見たことあるかい?」


「成程、そういうノリですか」


 ふざけるなと叫びたかった。予想通りの戦闘員扱い。しかも理由は特撮でそうだったからと来たもんだ。


「怒るなよ。もう半分は真面目な理由さ」


「へぇ、そうなんですか」


 最早溢れ出る怒気は抑えようもなかった。


 それでも感情任せな行動に出る訳にはいかない。今も死神の鎌は喉元に当てられ続けている事に違いはなかったのだから。何とか何とか我慢し続けるしかないのだ。


「で? その真面目なもう半分の理由というのは?」


「それは、まだ秘密だ」


 涼しい顔で受け流す。食いつこうと俺が口を開けると、しかしフレイは二の句を継げた。


「それ以上踏み込んだ内情を知っては、いよいよ逃げられなくなるよ?」


 覗ける横顔。始終細めていたフレイの目がギョっと見開き、俺を見据えた。


「ま、現状のままでも逃げれるかどうか知れないけれどね」


 飲み込まれるかとも感じたその目は、あっという間に元の細目に戻り、軽口のような気軽さで付け加える。


 深度の問題と言う事だ。現状の俺の立場は次回から実行犯。しかしこれ以上突っ込むと主犯格になる、と。後が無いのは変わらない。しかし最悪を迎えた後に、恐らくその違いは響くであろう事を予想した俺は、そのまま押し黙った。


「コチラ側に来てくれると言うなら歓迎しよう。どうだい?」

 答えは変わらない。否だ。首を横に振る。


「まぁいい。では次回からはリーダーが付くから、君は彼を手伝ってやってくれ。

 というか次回もちゃんと参加してくれよ?」


 そこまで言うとフレイは立ち止まり、俺が振り返る頃には既に踵を返して歩き去っていこうとしていた。


 ――これが一週間程前の話である。


 そして今日は以前より大分サイクルが早いが、四度目の実験日であった。そして件のリーダーとの初顔合わせの日でもあった。


 今回から俺の携帯に直接参加の指示が来る事となったが、本来は怪しいフリー媒体の求人にちょこんと掲示されるのがこの仕事の求人である。まぁ良くある高収入を謳うような媒体である。従って揃う面子はたかが知れるという物だ。


 顔合わせという事もあり早めの集合を指示された俺はそれに従い、前にフレイが零していたように、今までとは違った場所へと赴いた。


「では紹介する。こっちは本部から派遣の、えーと、何だっけ、コードネーム」


「swallow――揚羽。の揚羽だ。知らない顔でもないのだからいい加減覚えて貰いたいものだが?」


  フレイの隣に立ち彼女を一瞥する男、の揚羽と名乗る白人。


「すまないね、人間にあまり興味はないもので。うん、善処するよ」


 白人にしてはそこまで大柄と言う訳でもない。それでも日本人基準とすれば長身に分類されるだろう。


「で、こっちはA10。先日スカウトしたばかりさ」


「宜しくお願いします」


 矛先が向けられたので軽く会釈しつつ応える。


 揚羽は細身ながら成程鍛えられているとひと目で解り、しかし犯罪組織の構成員かとは思えない整った顔立ちをしていた。勝手な妄想ではあるが、そういった連中は顔すらも筋張っている印象があるのは、創作物に毒されすぎだろうか。


「ああ、大まかには聞いている。災難だったな」


「災難?」


 正面から見下される形となる。揚羽は感情の篭もらぬ表情で続けた。


「平和ボケの日本であって、ウチの組織に関わってしまった事。そしてこの人に目をつけられた事。その二つ。


 同情する。お前は嘆いて良い」


「はぁ……どうも」


 恐らく慰めなのだろう。しかし救いは、どこから来たのか知らないが日本語が流暢であった事か。


「しかしA10ってのは呼びづらいな」


「んー?そうは言うが彼は名前を付ける程のものじゃないしねぇ。にしたいのかい?」


「やめてやれ」


 見たところフレイと揚羽の力関係が読みづらい。フレイが上位に居るようにも取れるが揚羽の言葉節にはちょくちょく馴れ馴れしさが見え隠れしているようだ。


 しかし疑問は先程から何度か上がっている虫という単語だ。最初は「虫の揚羽」が彼を示す名かとも思ったが、フレイの言を聞くにどうもというのはある種の区分であるかのようだ。


「判別が気になるなら今日のガキ共はBからの番号を振るけれど?」


「ああ、そうだな。こいつを万が一の捨て駒にしたくないならば、それが良いと思う。

 聞くが、他にAのナンバーで残ったのは居るのか?」


「そりゃ居るさ。ま、今回は不参加だと思うがね。というか前回の終わりに前のと揉めてたからね。ああ、そうなると彼らはちょっと危ないかな」


 面通しが終わったなら早いトコ開放して欲しい。何やら二人で会話を始めた対面で、俺は立ったまま途方に暮れていた。


「どういう事だ」


「いや、こっちの話さ。兎も角、まぁ他のAの参加者はもう来ないと思うよ」


「そうか。ならAはこいつだけと言う事だな、なあオイ、何かAで呼ばれたい名前はあるか」


 少し不穏なフレイの言葉を受けると、揚羽は上半身を少し乗り出しこちらに訪ねた。

 正直どうでも良いし勘弁して下さい。


「いえ、特にありませんし、あまり浮きたくないのでA10のままで……」

 何とか固辞しておいた。




 作戦決行1時間前。フレイ、揚羽と共に俺たちアルバイトの集合場所へ。


 其処は町外れの倉庫街の一つ、恐らくカモフラージュだろう。に使えそうな場所だった。程々にコンテナが山積されているが、凡そキャパの十分の一にも満たない。倉庫としては潰れているも同然の空き家である。


 崩れた着こなしのスーツ姿の数人と、服装もキャラも何もかもがバラバラな十数人の若者たちが薄暗い空間で息を潜めている。


「お待たせして申し訳ない。状況は?」


 彼らの区分は人材派遣業者と派遣労働者。但しど真っ黒の。言うまでもなくスーツが業者。つまりはフレイが依頼した暴力団的組織。無論、フレイの話を鵜呑みにするならば、であるが。


「……おう、アンタがお客さんか」


 少しだけ雰囲気が緩まった。過去三度の経験からも推測出来る事だが、ここに集まった連中はまずある程度の危険は予測している。そして同時に警戒を強めている。業者の方は多少慣れがあるが、フレイの話では今回は業者を変えたらしい。その点で言えば業者の方もどんな相手が出てくるか疑ってかかっていた事だろう。


 そしてまず、フレイを確認して多少気を緩めてしまうのだ。何しろ見た目は只の華奢な女性である。


 薄暗い中ハッキリとは確認出来ないとは言え多少の光源はある。フレイは線の細い女性である。声もハスキー気味で、まず威圧的な発声をしない。これではまず甜められるだろう。


「話は聞いちゃあいたが、随分――」


「すまないけれど雑談している時間はあまり無いんだ。状況の説明をお願いするよ」


 業者の一人が肩を竦め一歩乗り出す所へ、フレイが遮る。


「それは後でにしよう」


 業者連中が少しだけ苛立ちを露わにするのが動作で見える。偏見ではあるがこういう手合いは大概が浅慮で短絡的だ。自分のペースでしか物事を進めたがらない。それを押さえつけられるのは力関係か利害程度であろう。


 ざわつくは労働者の中に紛れ込み、俺は周囲の観察に務める。こうなってしまったからには今まで以上に旨い立ち回りをすべきだ。


 集団の纏め役を強制されたとは言えリーダーは揚羽だ。俺は二人に掛け合い、内部扇動者として立ち回る旨を了承して貰った。何分初めてのケースであるし、打ち合わせ不十分な二人で指揮系統が分散しても良くはないと言い含むと、二人は以外とアッサリ了承してくれた。あるいは、既に俺の必要性はほぼ無いのかもしれない。


 さて、剣呑になりかけた空気ではあったが、業者側にも責任者は居る。一人だけスーツを着こなした者が前に出て来る。


「悪いな。

 オラ松、とっとと話を先に進めろ」


「へぇい」


 アイパーと言うのだろうか。小さく纏まったリーゼントにグラサン、口ひげ。反社会的集団にも服務規程ドレスコードがあるのだろうか。


「集まったのはコイツら十七人。数人程バックレてるんで実際3人足りねぇ。まぁ遅刻だろうよ」


「依頼した人数は二十人だったね。そこらへんは報酬の部分で対応して貰おうか」


 実際は俺を含めると十八人となる。面倒が起きても事だ、極力存在を隠す。


「ウチの連中を貸す、ってぇのは無しだったな」


「ああ。そういう契約だ」


「参ったな、それなりに損こく事になりそうだ」


「そうだねぇ。こちらとしてはあまり気にはしないのだけれど、信用問題というヤツだね。

 さて、リストの写しを貰って、とりあえず始業といこうか。例の荷物は何処だい?」


「そこの木箱の山だ。準備しておいた。車は4台、これは裏手にある」

 聞くとフレイは振り返り、後ろに居る揚羽に一つ頷いてみせる。揚羽が応え、こちらへ歩きだす。


 こうして出陣の準備がえっちらおっちら始まっていくのだ。


 ほぼ何の説明も受けていない労働者たちは、とてもアバウトな説明を受けスーツの着用を指示され車で現場へ送られる。ただ今回で言えば、救いは準備指示を出すのが業者ではなく関係者の揚羽だと言う事だろうか。過去三度よりかはスムーズに準備は進んでいった。


「んだよこれ。ヒーローショーかよ」

「おいおいマジかよ」

「聞いてねぇぞ、やってらんねぇー」


 大雑把な説明の内容はこうだ。とある実験の為、街中で暴動を起こす。実験対象は特定の敵対組織との接触に集中させる為、俺たちの役割はその周辺で余計な邪魔が入らないように妨害する事である。実験対象は凶暴でありコントロールの効かない状態で有る為、万が一を踏まえ用意した装備で身を防護して貰う。またこの装備は身元を隠す意味でもある。


 基本的には実験対象の周囲十メートル以上の距離を保ちつつ、妨害行為を行う事。また実験終了時に際しては幾つかのグループ毎に分かれて所定の逃走手段及び経路でこの場まで帰還する事。尚、脱落者が発生した場合は芋づる式に情報が露呈する可能性がある為、グループ内で相互扶助する事。支給した装備は状態の如何なく返還する事。等だ。


 どうあっても現場に直面すれば自体の危険度や犯罪行為は知られる。その場で統制が効かなくなるよりは事前説明は必用なのは判る。しかし当然、反発がこの段階に置いて発生するのも確かで。


「ってんじゃんぞるぉら」


 離脱を口にした一人が、背後から業者の一人、パンチパーマの派手なシャツ姿の男に肩を捕まれ振り向かされ、横っ面を思い切り張り飛ばされる。バチィ、と強烈な音が倉庫に響き、全員の注目を集めた。


 この光景もほぼ毎度の事だ。無かったのは一度だけ、確か二回目ぐらいだっただろうか。


 至極最もな心情であるので感想は控える。そしてこの一連の流れを持って、ようやっと準備が進むのだ。


「使い物にならないのなら始末をお願いするよー」

 と、遠くからフレイが告げる。


 胸ぐらを捕まれ、暴力団流の脅しをかけられ、

 それは他のメンバーへの牽制でもある。実際俺もこの光景を目の当たりにした為に参加せざるを得なかった訳だ。

 揺さぶられ、腹を何度も殴られ、耳障りな叫びを浴びせられ。その光景は大凡十分程続いた。そしてそれが終わると、彼はドサリと冷たいコンクリの上に身を沈めた。


「アニキ、一人脱落っすわ!」


 流石というか何と言うか、それまでの怒髪天ぶりとは打って変わりパンチパーマの男は平静と告げる。

 一方こちら側、労働者集団はあるいは半分お通夜ムードである。


「やりすぎだ、馬鹿。

 すまない、ご覧の通りだ」


「ああ、構わないよ。いつもの通りさ」


 応える二人も至極平静であった。やや遠くで打ち合わせを続ける。


「こういう訳だ。お前らの管理はこの兄さん方に一任してある。こうなりたくなかったら準備作業を進めろ」


 見本として装備を着用済みである揚羽は、口元だけ出して喋る必用があり、その少々間抜けな風体はあるいは飴と鞭を考えれば良い状況だと思えた。今がタイミングとしてはベストと判断し、俺は態と音を出しつつスーツに手をかけた。


 戦闘員のスーツは黒色の全身タイツ、あるいはダイビングスーツのような全身フィットするタイプである。各所に防護材が埋め込まれ、最終的にはクロスカントリーバイクのライダーのようなフォルムとなる。頭部は上半分のスカルマスク状の仮面であり、外からだと目元すら判別出来ない作りとなっている。武器は長さ五十センチ程の電磁警棒スタンロッド一丁のみなので、大凡身軽な部類であろうか。重さで言うと数キロ、恐らく十キロに届く事はないと思われる。


 俺に続いて数名が、また数名がとパラパラと着替えに手を付け始める。倉庫内の時計を見ると、大凡開始から四十分が過ぎていた。事前打ち合わせだとここから適当にグループ訳と言う話だったので、さて開始時間に間に合うか微妙な所だった。


「で、逃げる時グループに別れるって話だったけど」


 一応は協力者の立場である。俺は喉元から頭部マスクをまくり、口元を開けて切り出した。ほぼ全員がスーツに着替え初めているのは確認したので、巻き進行をうながす形だ。


「そうだな」


 引き続き口元を覗かせる揚羽が応え、時計を見やった。


「これから搭乗する車が四台なので四つに分ける。お前とお前とお前とお前はコレを。そうだな、右足首につけておけ」


「ギィ!?」


 マスクをつけた一人が零す。口元までマスクを下ろすとボイスチェンジャーは強制的に発動する。


「あー、言っただろ。口元、めくれ」


「ギ?ギギィ」


 周囲から溢れる笑い声のような声も変換される為、一瞬ジャングルの森の中かと思う。あるいは魔物のコミュニケーションはこんな感じかもしれない。


「っふ、あ、な、何で俺なんすかぁ!」


 慣れない手つきでマスクを捲り、俺と同じくグループの目印に指名された男が訴える。


「適当」

 一刀両断する。


「あくまで目印だ。逃走経路とかはこっちで指示する」


 耳元をトントンと指でつつく。マスクの中にはイヤホンも内臓されているからだ。しかしマイクは付いておらず、今回は揚羽のみがマイクを装着する形である。


「真っ先に逃げ出せるから有利になったと思っておけ。で、振り分けは――」


 揚羽は四色のバンドをそれぞれに渡し、同時に適当に人員を割り振っていった。俺に渡されたのは黄色だ。


「おーい、準備おわったかーい」


 フレイが呼んでいる。出発の時間まで後僅かと迫っていた。





 そうして。


 いい加減慣れてきた戦闘。代わり映えのしない展開。


 作戦現場に到着するや所定の待機位置へ移動。投下される実験対象を待って行動を開始する。


『適当に武器振り回して一般人を追い払え。当てるなよ』


 イヤホンごしに指示が下される。疑問ではあるが俺たちの雇い主は殺人を禁じている。狂気の塊とでも言える怪物を放つにも関わらず、だ。しかし考えてみればこうして一手間かけているからこそ、俺たちが相手をするのは彼ら――


「動くな!」


 ややくぐもりながらも周囲一帯に届く大声量。いや、拡声器でも仕込んであるのだろうか。

 特殊部隊を一層重装甲にしたかのような装備一式に身を包んだ四人。既に追い散らし、人っ子の見えなくなった市街地に彼らは現れた。

 

 平警備保障の面々だ。


 そう、彼ら民間業者の相手で済んでいると言える。これが初期の頃は警察を相手にしていたのだ。


『よし、作戦第二段階にシフト。実験対象モンスターが対象に向かうように仕向ける。距離を取れ』


 一方通信での命令の更新が行われる。が、正直現場は未だに混乱の只中である。


 無理もない。怪物が出るとは明言されていないのだ。


 作戦初期の人払いでこそ進行は順調ではあった。しかし実験対象が投下され侵攻を進めるにつれ、それを目にした戦闘員には波紋が順次広がっていた。しかし此処で相互通信を防いでいる効果の一つは有利に働く。動じない連中も居るのだ。


「ギィィ」


「ギギッ!」


 そしてその動じない連中が命令に従う姿が、他の者達に前倣え精神として作用する。


 ゆらりと歩を進める怪物を遠巻きに、戦闘員の半数が囲うように、さながら鶴翼の陣形を描いた。


 シュー……シュー

 実験対象は前回同様、爬虫類型。とりあえずこれまた前回同様リザードマンと呼んでおこう。トカゲ、あるいはワニを二足歩行、いやさ二足歩行の恐竜の背筋を伸ばしたし両手を進化させた姿と言うべきか。人のように伸びた手に、三本指からは鋭い爪が伸び、脚部は趾行性動物の形状をしている。


 人類の理想を絵に書いたようなリザードマンである。そう、まるでそう創ったかのような。


 いや、そう創ったのか。改めてそう考えると恐ろしいものだ。


「またこいつかよっ」

「ボヤくな、行くぞ」

「いや、何か前回とは少し違うかも……」

「まぁ爆発してたしなぁ」


 恐らく外部スピーカーなのだろうか、バイト先に耳にしたものよりくぐもった声で口々にボヤき、迷々に武器を解き放つ。彼らの装備も同様に電磁警棒であろう。


 そういえば一人腰を痛めたとか聞いたな。予備は居ないのだろうか。


『A10、何か後方で数名やられてる臭い、確認してとりあえず近くまで回収してきてくれ』


 と、サボるなりに気合を入れていた所で別命が飛んでくる。本日初めての指名だ。

『残りは敵の後ろからブン殴れ。バケモノには近づくなよ』


 さて、泥仕合の開始である。


 俺はあくまでこっそりと、指示に従い行動した。


 とは言え距離にして百メートルもいかない所で対象は発見出来た。数は幸いにも一人のようだ。ビルに保たれかかり座り込んでいた。


 胸部に大きく裂け目が浮かんでおり、リザードマンの一撃である事は明白であった。流血の気配はなかった。スーツに仕込まれた緩衝材やらが旨く機能してくれたらしい。


 その余裕もないのか、装備品を脱いでいないのは関心だ。俺はマスクの口元をまくり、早口に告げた。


「これから現場に移動する。この状況では酷だと思うけど、はぐれると回収に漏れる」


 意識はあるようで、そいつは顔を上げると首を横に振る。多分だがギブアップの意思表示。だが、


「今周囲に警察が網を張っている。このままだと捕まるぞ」


 そして始末されるぞ、とまでは言わずにおいた。何より眉唾であるし。


 動く気力はないのだろう。俺はそのままそいつの脇に身体を滑り込まし、肩を貸す形で起き上がらせる。視線をやると目の荒い人の塊がわらわらとうごめいている。


 バチィ、塊の各所で火花が散る。


 そういえば毎度似たような怪物を繰り返し投入し、一体何の実験をしているのか。

 疑問は尽きる事はない。謎だらけであり、一度考えだしたら眠れやしない。しかし考えても仕方ない上、それを聞く事は躊躇われた。それは今以上に、俺の立場が取り返しのつかないものとなるだろうからだ。


 ヤンチャな人材を集めた集団。支える男もまた筋肉質で、装備の重量も含めると結構なものだった。何とか歩けるそいつを運ぶのは、自ずと慎重なものとなった。


「会話は以上だ、行くぞ。物陰に隠してやるけど、装備は外さない事」


「ギ……ギギ……」


 口元のマスクを直し、可能な限り日陰を選ぶ。

 一人、二人、同僚が弾き飛ばされていく。ギシャアッ、リザードマンが大きく発し、跳んだ。



 戦闘は概ね予想の通りに運んでいた。


 過去の例に倣い俺たち戦闘員が粗方一巡吹き飛ばされ、脱落者、もとい後退指示が下された数が大多数となる頃には倒れた。


 ドスゥン、砂埃を上げ力なく前のめりに。大きな尻尾が身体を追うように空を撫でた後、沈む。


『よし、撤退準備! 全色そこの脇道へ入れっ!!』


 そして爆発四散するのである。

 揚羽が一際声を荒げ指示を飛ばした。移動先に指定されたのはビルの合間の狭い路地で、戦闘不能状態の味方を集めている箇所であった。


「ギッ」


 思わず声が漏れる。俺は誰よりも先に路地へ駆け込んだ。これも扇動者の役割だ。


「ギ、ギギッ」

「ギャギィ」


 背後にパラパラと残りが続いてくる。


 しかし改めて思えばこの立ち位置は美味い。ある程度の信頼から雑務として現場から離れられる機会もあり、扇動者としての立場から真っ先に動ける。これがもし逃げ遅れなんて事になれば、どう少なく見積もっても社会的には死ぬ。


 臆病で怠惰であると自覚している自分だが、死中に活と言うか、人生何がどう転ぶか解らないものである。


『よし、走れる者は立て! 動けない者は二名でサポート、撤収っ!』


 いや、いやいやいや。

 そもそも怠惰を拗らせた結果怪しさ満点のバイトなぞに手を出し、結果犯罪者だ。むしろ転落真っ最中かもしれない。


「ギッ」


 さて、最初に俺が助けたヤツはどいつだったか。お揃いの戦闘員衣装では判別もつかない。路地に座り込むのは十名程、とりあえず動けそうな素振りをしている者は腕を掴んで起こし、行動不可能な者を探す。


 爆音が響き、閃光が走り、空気が震えた。


『よし、行くぞ。ムーブムーブムーブ!!』


 時限爆弾でも埋め込まれているのか、バケモノの最後は決まって爆発だ。特撮で有りがちな展開とは言え、安全に撤収せねばならない俺たちには好都合なのは確かだった。


 数を数えている暇はないが目に入る範囲で取りこぼしはない。俺達は短い路地を抜ける。


『各自迎えの車に乗り込め!赤は――』


 殿の位置で揚羽が追加指示を出す。

 何点かの不具合、要救護者とそれを支えるのに二名のサポートを割り振った為に三人の塊がいくつか発生した状況等が生まれた為のタイムロスが発生しつつも、何とか適当に配分が決まった。だが――


「待てやオルァ!」


 割り振られた四つの塊で文字通り四散しようとする俺たちの背後から、怒声が上がる。


 思わず振り向く。悪い展開だった。さっきまで見慣れていた四つの姿がそこにあったからだ。


「全員動かないように! 拘束します!」


 装備の各所からは爆発の名残か、薄ら細い煙が立ち上る。しかし装備自体に大きなダメージは無いようで、四名の余力はまだ十分残っていると考えられた。


 追撃だ。

 今までで初めての事である。


 理屈としては最もな話だが、それまでは魔物が倒れたならば連中はその最重要危険度のバケモノの生死確認を優先し、次いでバケモノの確保に移行していた。そうして爆発によって道連れないし足止めされていた。しかしかれこれ四度目になりバケモノの最後が自爆であるパターンは既に周知のものとなり、連中は退避行動を取ったのだろう。となれば、余った余力は次点での確保対象となる俺たちに向けられるのは明白だった。


 恐らく既に警察による包囲は敷かれている事だろう。そして背後からは追手。


『足を止めるな! 殿は俺がやる! 走れ!』


 矢継ぎ早に通信が入る。只でさえ行動不能者を抱え鈍足になっている俺が先頭なのだ。妙な仲間意識が芽生える程に染まっていない。指示に従うのに何ら抵抗はなかった。俺たち黄色チームは示された方角へ足を進めた。


 遠くからサイレンが聞こえる。


『――連絡、包囲の輪が狭まってるようだ。客員、迎えを合流させるので接敵したらこれを可能な限り排除してくれ。カーチェイスでは分が悪いからね。

 部隊長、状況は』


『正義の味方の足止め中っ』


 通信機にフレイの声で連絡が伝えられる。部隊長、殿を務める揚羽の姿はもう見えなくなっていた。バケモノが停止し安全度が増した事で警察が行動を活発化させたということか。


『急げ。最悪使っても構わない』


『っ! いいのかよ』


『状況が進んでしまうのは避けられないだろうがね。そう悠長にもしていられまい?』


『了解。んじゃ……』


 路地を抜け、また路地に入り、ビル街にポツンと有る公園を超え。


 次第に迫るサイレンに気持ちだけが焦りを増す。しかし人を抱えた状態では思うようには進まず、むしろ力んだ分だけバランスが崩れ、整える分時間のロストが増すばかり。


「ギャギィ!!」


 恐らく何かにブチ切れたのだろうか、一人がおぞましい声を上げる。


 接敵。

 つまり警察に追いつかれたら。

 

 指示では交戦し排除とあったが、負傷者を降ろしてでも戦うべきか。その間にもし手隙になった負傷者だけ確保されたらどうする。だが負傷者にかまけた分だけ戦闘能力が下がる訳で、スーツの性能は悪くないとはいっても素人だらけの集団で勝ち目は薄い。一応俺は経験者ではある。しかし揚羽に習って殿に躍り出るなんて事はまず無理だ。


 思考は堂々巡りを繰り返す。どうする、どうする、と。


 タイヤが滑る音が聞こえた。心臓が一際大きく跳ねた気がした。


「見えた! 乗れぇ!」


 キキィーッ、一車線程狭さの雑居ビルが散立する路地の先、十字路に現れたのは黒塗りのワゴン車だった。急ブレーキに車体が前のめりに浮き上がる。制動が間に合わなかったのか、少しバックして、後部ドアが勢い良くスライドし中から目出し帽を被った男が叫ぶ。


 助かった。


 後ろを歩いていた仲間が、我先にと駆け出す。無理もない、が。


「ギ……」


 左を支える俺と右を支えるもう一人。流行る気持ちを宥め合おうにも溢れる声は奇声である。


 サイレンが大きくなっていく。もうちょっと。


「前を塞がれたっ」

「バックだバック!」

「まだ残ってるじゃねぇか!」

「早く出してくれっ」


 いち早く乗り込んだクソどもは勝手にマスクを半脱ぎに叫び出す。


 半端な安心感からの緊急事態。目眩がする。視界が赤く明滅する。ドクンドクンと頭の中で鼓動が煩い。


「よし来たっ! 引っ張り込め!」

 ようやくの思いでたどり着く。肩にかけた負傷者を外し引き渡す。


 視界の端では今まさに迫りくるパトカーのフロントが、


『ぃよいしょぉっ!』


 外部からは奇声が。通信機ごしには間抜けた気合が。


 ドガガガガガガガ!

 上から降ってきたそれは一瞬でパトカーを串刺しに。幾つもの長い棘のようなそれは勢い良く地面に突き刺さり勢いで車体を浮かせた。慣性に従い進行する車体は甲高い音を立て、穿たれた穴を広げる。


「ギ……?」


『秘密兵器ってヤツだ。ホレ、さっさと行けっ』

 揚羽だった。一瞬でパトカーを串刺しにした黒い棘が左腕部に収束していく。告げるや否やパトカーの向こうにまた駆けていった。


 身体がグイを引き寄せられ、車体が激しく震えた。全力のバック。助手席に身体が押さえつけられる。


 その後は、意識が曖昧だった。

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