戦闘員の日常
和平 心受
戦闘員の日常 0
起
第1話 戦闘員の日常1
日当ウン万円。
言うまでもなく危険な仕事である。あるいは
数多あるオイシイ話。誰もが胡散臭さを感じるそういった求人は、今も昔も絶える事なく存在し続けている。
供給があると言う事は逆説、需要があると言う事である。例え魂を売り渡すが如き所業であっても、それが過去行われたという前例の証明は、絶える事のない事実が物語っている。
悪の秘密結社の戦闘員。この仕事もそうだ。
二足歩行の爬虫類。より人間に近い姿勢の恐竜。
いやはやそれは空想世界に出てくるリザードマン。
そんな化け物が真っ昼間の町中で大立ち回りを演じている。
周囲には既に一般人の姿は無く、いつもなら雑踏に溢れるビル街の一角に、聞こえるのは化け物の雄叫びとサイレンと、剣戟の響き。
場は既に混戦の要を呈しており、化け物を中心に黒い装備に身を包んだ十数名が入り乱れる。
一方は俺たち戦闘員。某秘密結社宜しく統一された装備の戦闘員が十余名。
対するはこれまた黒っぽい装備の、恐らく特殊部隊だろう連中が四名程である。彼らとの見分け方は装備の差の他に胸と背に㈱平警備保障と描かれた部隊名である。
手にはそれぞれ
が、あくまで俺ら戦闘員との話しであるし、見た目だけの問題。
「キィ~~~~~~~ッ!!」
何度めかの交錯の末、仲間の一人が胸元に斜め一文字の火花を散らし弾け飛んだ。
ケッタイな断末魔は、仕込まれたボイスチェンジャーのせいである。
平時は一般社会で生活せざるを得ない狭っ苦しい日本の中で、些細な個人情報から社会的な死に至るのは容易である故の配慮だ。
「ギィッ!!」
覆面に仕込まれた変声機は意図的に、常時この戦闘員の様式美的な雄叫びに変換するようにセッティングされている。
そうしたささやかな企業努力と同時に、俺たち戦闘員には戦闘不能時即座の撤収と装備の返還が労働規約に盛り込まれている。これは最重要とされており、戦闘員は死ぬ事が許されていない。
地に倒れた仲間は全員が全員、共に名も知らない日雇い労働者である。従って仲間意識は薄く、倒れた仲間を救う素振りも見せないのが我らだ。
引き続き迷々に仕掛けてはを繰り返す。
更に、だ。
シャァアアアアッ
低く鋭い鳴き声を上げ、化け物が腕を振り、戦闘員の一人を吹き飛ばす。
そう、化け物には俺たち戦闘員を仲間だと判別する知性が無いのである。
化け物はそのまま㈱平警備保障スタッフへ凶悪な鉤爪を振るう。大人の指程の長さもある鉤爪がギャギャッと耳をつんざく音を響かせ、次いで受けた警備員の胸に火花が散った。
「萩野っ」
慌て、残り三人がロッドをバケモノに打ち下ろし、数打、タコ殴りにする。バチッ、バジッ、と強烈なスパークが怪物の鱗に覆われた表面を焼いていく。
荻野と呼ばれた警備員は息も絶え絶えと身を起こそうとしたが、戦闘員仲間に追い打ちを食らった。身を起こそうと空いた腹に、走り込みながらの蹴り。
防具同士が激しい金属音を上げ、衝撃に身体を転がせる。気づいた警備員の一人が化け物の包囲から転換し、そいつが振り下ろしたロッドにまた一人の戦闘員が悲鳴を上げて地に伏した。
そんなやり取りを観察する俺は、既に意識を撤収の方向へとシフトさせている。
血気盛んに突っ込んでいく彼らと違って、俺は経験者である。
この後の顛末、いやこの現場の業務終了のカタチを知っているのだ。
「立てるかっ」
駆けつけた一人が荻野とやらに手をかし、そこに更に戦闘員が殺到する。俺は後方に紛れつつ巻き込まれないように立ち回る。
終了とはすなわち、化け物の敗北であり、その結果は織り込み済みである。
ギ、ギギギ……
細かい事は知らないが、この化け物は実際それほどの脅威ではない。
腕の一振りで人間を肉片に変える事は容易い。拳銃で何度か撃たれた程度では死なない。無差別に獲物に襲いかかる獰猛な性質と、非現実的なフォルム。
だが、それだけだ。
決して打ち倒す事の叶わない存在ではない。むしろ射殺の許可さえ降りれば容易い程だろう。
猛獣を一回り、そのくらいの存在なので、電磁警棒でさんざ叩きのめされ化け物は既にかすれた声を絞り出すのが精一杯と身を丸めていた。そして、
目の前が閃光に包まれた。
平時はただのアルバイターをしている。
何度か社会人をしていた時期もあるが嫌気が差して辞めた。本名 天野悟 性別男。二十半ばにしてフリーターである。戦闘員として登録された番号はA10。
「いらっしゃいませー」
ニ日前になる。あの現場を撤収し、何度かそうしたように俺は事務所へ帰還した。
現場撤収後は各自自力での帰還となるので、俺が戻った時に事務所に居たのは恐らく数名程度だっただろうか。何やら言い争っていたようであるが関わり合いになるべきではない。即座に事務所を後にする。
というのも、どう考えたって怪しいし危険だろうし、考えるだけ無駄なのだ。
問題は、まだやるか、もうやめるか。そのどちらか。
間違いなく法に反している。足が付けばまぁお縄だ。
あるいは現場で命を落とす可能性は十二分にあるのだ。前回でこそ民間の警備会社が何故か相手であったが、前々回より前は普通に警察に囲まれて発砲されるような、事件であった。見た限り一般人に害した風は無かったが、どう考えても犯罪。凶器準備集合罪・騒乱罪・公務執行妨害である。
ドッキリか、狂言の一種であればどれだけ気が楽だろうか。
「ご注文がお決まりになりましたらお呼び下さい」
で、恐らく俺はもう何度かはあの仕事を続けていくだろう。
何せ金が無い。禄な仕事が無い。可能な限り働きたくない。
「おまたせ致しました、ご注文をどうぞ。
コーヒーをブラック。そちら様はミルクティーですね。以上で宜しいでしょうか」
低学歴無資格が付ける仕事には限りがあり、そして碌でもない。建設あるいは製造の作業員。トラックの運転手。クソみたいな営業。あるいはタクシードライバーか。ああ、飲食・サービス業もそうだ。そして介護といったところだろうか。
「畏まりました。少々お待ち下さいませ」
この職場も飲食業ではあるが、個人の店だけあってそれほど忙しくないのが嬉しい。これが居酒屋やチェーン店なんぞになってみろ。安く数をこなし人件費は抑えるもの、だ。ひっきりなしに動き回り、下らないクレームに頭を下げ、逆に上司からも嫌味と無茶ぶりと八つ当たり。
「オーダー入ります。ブラック 1、ミルクティー1、お願いします」
まぁそんな訳だ。手軽、ではないが数日分の稼ぎになるという理由で当面はこうして生きていく心づもりである。夢もないし。
危険なバイトで数日分の収入になるとはいったが、しかし家で閉じこもるのは精神的に辛いものがある。だから俺は週に何度かこの店のアルバイトを入れている。
此処は住居から程近く、条件は述べた通りだ。時給はお察しだが。
市街地を少し離れ、主要道から一本入り、決して流行ってはいないだろう客の入りに、やる気の無い店主である。最低限のメニューで、敢えて言わなくても趣味の店なのだ。
通常だったら近所の女子高生とかを雇った方が宣伝も兼ねていいだろうなとか思ったりもするが、そうでなかったからこそ此処の面接に受かったかもしれない。
そこは素直に運が良かったと感謝すべきだろう。
「お待たせ致しました。コーヒーをブラック、と、ミルクティーで御座います。こちら砂糖とミルクで御座います。ごゆっくり、御寛ぎ下さいませ」
接客は大好きではないが不得手ではない。満面の笑みが浮かべられているかと言えば否だが、柔和な笑みにはなっていると思う。たぶん。
カウンターに戻る。向かいではこの喫茶店の店長である男が濡れた手を拭いていた。一区切りついたようだ。
「天野君、僕休憩いってくるから」
確か四十程だったろうか。口周りに髭を生やした細面の風体である。
「構いませんよ。何かあったら呼びます」
ちなみに言うとこの店長の休憩はほぼ中抜けに等しい。そういった含みを込めて返す。店長は少し眉を下げて小さく笑って奥へ下がっていった。
来客は二組。昼もとうに過ぎ、空はもうすぐ茜に染まろうといったところであった。
カウンターを覗き込み仕事を探す。半端な量の洗い物がシンクに残っていた。とりあえずこれから手を付けることにしよう。
平和です。暇を持て余す事のなんと素晴らしい事か。
本当に。先日化け物を守って大立ち回りをしていたなんて、まるで夢物語かのようで。
店のドアが開く。センサーが反応してメロディが鳴った。
「いらっしゃいませー」
何かにつけて変な拘りが出そうな個人店舗。カウベルが無いのは単純に店長の都合である。
「四名様ですか?空いてる席へどうぞー」
丁度カウンターの中に居た為、簡素に手振りのみで案内する。来店したのは男四人。体格が良く服装はラフ、あまり喫茶店という印象には無い面子に思えた。どちらかと言えば居酒屋かジャンクフードだろうか。
等とは表情に出さないように、かつ過剰に視線も向けず用意し水を届ける。彼らが着いたのは窓際の席の一つで、ガラスの向こうには家路を急ぐ人の群れが行き交っている。店内に流れる有線のBGMをかき消し、時折遠くからクラクションの音が響いた。
一通りの接客を済ませ席を離れる。店内には他に客はいない。
「つうか何だよあれよぉ」
苛立ちを隠そうともしない忌々しげな呟き。
「特殊対応班、とは聞いてたけどねぇ。まさか戦隊ヒーローやらされるなんてビックリだよねぇ」
「……」
冷や汗がブワッと出た。
いや。いやいやいや、違う。きっと違う。そう、きっとデパートの屋上のヒーローショーか何かの話しだ。
一瞬止まりかけた足を動かす。顔が強張ったものの振り返りはしない。きっと罪悪感や後ろめたさが自意識過剰に反応しているだけ。そう自分に言い聞かした。
心臓がバクバクと暴れていた。
「いやビックリじゃすまねぇよ。最後なんざ自爆だぜ、アーマー貰ってたから良かったもんの、やべぇって」
「ああ、そういえばあの装備すごいよね。爪も効かないし。まぁ、最後の爆発でオシャカになっちゃったっぽいけど」
ヤバイ。やばいやばいやばい。
こいつらアレだ、敵だ。いや敵と言うか件のヒーロー連中だ。何故此処に居る?何故これみよがしに大声でこんなトコで話してる?
俺は戻ったカウンターの外で、固まっていた。頭の中がグワングワンと回っている間隔。汗が全身から吹き出る。
「そだな。爪ってより装甲が、なんてぇの?攻撃受けた時に爆発する方がキツかったな。後吹き飛ばされて地面に激突する時」
「ああ、荻野そういや腰痛めたわなぁ。労災出るんか?」
やばい。殺される?ボコられる?いや拷問。拷問、そう拷問。いや尋問か。違いが解らない。ただ俺は連中の事を知っている。いや、全然知らないけれど顔とか、雇われた時とか。
カツ丼。そうじゃない。椅子に縛られて殴られるのだろうか。何十時間と寝かされずに追い込まれる、いや、電気椅子、生爪を剥がれたり……
ヤバ……やばいか?いや少しおかしいな。俺が化け物連中の一員だと解っているなら四の五の言わずに逮捕した方が早い。いや、態と泳がせて連中との接触を待つというのも考えられるが、にしても彼らが漏らしてる内容はぶっちゃけが過ぎる。情報漏えいとか以前に往公の場で話して良い内容とは思えない。
というのも、化け物の存在は未だ日本に置いては認知されていないのだ。今までの事件は尽くがガス爆発等で誤魔化されており、有り難いことだが問題視されてないと言って良い。
毎度多少被害は出しているものの化け物はそこまでの戦果を上げてはおらず、そう、だからこそ前回の処理には民間企業が出てきたと考えると合点もいく。
つまり暴力団の抗争以下で被害も少なく、おまけに何だか良くわからないからと丸投げされた貧乏くじを引いた哀れな警備会社努めが彼らではないだろうか。
ならばあの粗暴な口調やこのような場所で口を滑らせてしまう迂闊さも判ろうものだ。警察と警備会社とでは規模と言い人と言い、質にダンチの差があろうものだ。
そう、大丈夫。これは偶然だ。懸念としては彼らの会社が近場にある可能性だが、些細な事だろう。最悪このバイトを辞めれてしまえば良い。残念ではあるが。
「っと、とりあえず何か頼むべぇよ」
少し息苦しさを覚えて首元のタイに指を入れ緩める。吸って、吐いて。大丈夫。とりあえず何でもないようにこの場をやり過ごそう。平警備保障だったか、後で調べておこう。雇い主には報告すべきだろうか。いやしかしただの雇われ戦闘員だ、義理も忠誠もない。ただ、身の安全に関わる事だからして伝えておくべきか……
「――せーん」
逆にコレを機にもう抜けてしまうべきか。犯罪の片棒である。いずれ破滅は目に見えている。だが収入が問題か。アルバイトで生計を立てるのは厳しいがかといって就職もしたくない。
「すいまっせーん」
「あ、はーい、ただいまー」
思考の深みに嵌りそうであった。とりあえず今は、彼らがとっとと去るのを祈ろう。
一時間後。彼ら平警備保障の面々は退店した。極力距離を保っておいた為彼らの会話内容はサッパリであったが結果を見ても俺の事は何も知らない、ただの偶然であったようだ。悪態と談笑と、ちょっとした反省会のようなものだろうか。いや、反省会というなら社内でやっていそうなものだ。何しろ物語のような事ながら彼らは社会人で会社として動いているのだし。
だとすれば愚痴を吐いていた、と言ったところか。
ほぅ、と胸を撫で下ろし、彼らの使っていた卓の食器を片付けようと思いつく。何せやることがない。
店内を見渡す、残った客は一人だけ。
あれ?
チラ見ではあるが心に何かが引っかかった。暫く店内の出入りはほぼ無かった。帰ったのは一組の客と平警備保障の面々だけで、新規のお客は居なかった筈だ。つまり今残っているお客はもうかれこれ数時間と店内に居座っている事になる。とはいえそう珍しい事でもない。そう、まだ居るな、とその程度の感想でしかなかった。
「いや、驚いたね。まさか敵さんとはちあわせるとは」
声は、その最後に残った客のものだった。
今度こそ心臓が止まるかと思った。何せその声は間違いなく俺に向けられたものであるからだ。
そいつ、最後の客は席を立ち、やや斜に構えた形で俺を見て続けた。
「偶然だとしたら怖いもんだ。ワタシの正体がバレたのかとも思って一瞬汗をかいたよ」
カウンター前から動けずに居た俺は頭の中が真っ白になっていた。だが同時にカウンターの奥にも視線を走らせた。保守行動なのだろうか、この期に及んで身バレを気にする頭があるらしい。
濃紺のスーツ姿のその女性は薄ら笑いを浮かべながら、やや芝居がかった口調。歩み寄ってきた。
「君も随分緊張していたね。ま、どうも本当に偶然みたいだったけど。
ん? どうかしたのかい?」
「だ、誰だ?」
ややして回りだした頭で思考を巡らした。最も、正常な思考は望むべくもなく、大半は「どうする」であった。とりあえず黙ったままというのもマズいというのと、極力余計な事を喋らないこと。それだけを判断し俺は訪ねた。
「んー?あれ、会った事なかったかい?
……いや、会ってる会ってる」
脇まで来ると女性はカウンター席に座り、改めてこちらを仰ぎ見た。顔には相変わらずの薄ら笑いが浮かんでいる。
「事務所で、何度だったかな。確か君は三度程参加している筈だったね。確かナンバーは、A10だったか」
事務所。三度。ナンバー。
それはつまり、俺が参加したあのアルバイトの事を指している。俺たちには業務内でのナンバーが割り振られ、行動中必用な連絡にはそのナンバーが使われる、との事だった筈だ。
「な、ナンバーは、良く覚えてない、です」
とは言えそのナンバーが使われた事は一度として無かった。大体が全体に向けての作戦開始、終了等のアバウトな指示だけだったからだ。
「そうかい。では名前で呼んだ方がいいかい? 天野君」
天野。それが俺の名字だ。迂闊にも危ないバイトに本名で登録してしまったのは悔やまれる。
「いえ、すいません。覚えますので、ナンバーでいいです。
ただ、こういう場なんで」
緊張は解れない。解れる訳がない。必死の思いで保身だけを確保しようと務めるのが精一杯の俺に、彼女はコーヒーを注文した。
「ああ、自己紹介がまだだったね。――声量はこれくらいいいかい?」
こちらの意図を察してくれ、女性は声を落とす。犯罪行為に加担している事が露見するのはなんとしても避けたい。新規のお客、あるいは戻ってきた店長。恐らく対処可能だろうと判断して首を縦に振り、カウンターの中に入った。
「ワタシはフレイを名乗っている。まぁコードネームだね。もう判ったと思うけど、君たちを雇っている側の人間だ」
フレイ。北欧神話か。身構えた心中で最低限の照合をする。コーヒーは既に出し終え、カウンター内で周囲に気を貼りつつ先を促した。
「まぁごちゃごちゃ説明しに来た訳ではないから最低限、ね。
で、まぁつまり君の敵ではないと言う事は理解して貰えただろうか。少し君に用事があって寄らせて貰った訳だが、いや、暇とは言え中々一対一とはいかないものだな。しかも前回の敵にまで遭遇してしまうとは、だ」
「ええ。それで、どんな用事でしょう」
こちらの緊張を解こうとしているのか、柔和な声で語りかけてくる。お陰で多少なりと心は落ち着いてきた。
そして思う。早く帰ってくれ、と。
「やぁ、彼らは何というか、迂闊だね。あれって社外秘とかにならないのかね?確か政府としては我らの事は秘匿する方向なんじゃないかと思っていたんだけど。だってニュースにも上がらないし。
あんなベラベラ喋っているから私の他に居た客が、ツイッターに投稿しちゃってたさ」
言うとフレイはポケットからスマートフォンを取り出し操作して画面を見せてきた。
「……」
うげっ、である。
投稿には「何か怪物と戦ったとか話してる」とコメントし、いつの間に撮ったのか彼らの写真が添付されていた。
「ま、あまり周知されてない事柄だから。大した事にはならないだろうけどね」
スマホを仕舞い、向き直る。
「それでだ。本題に入ろう。
んー、何て言えばいいかな、
そうだね、君、ウチの社員にならないかい?って感じかな」
おかしな事を言いだした。
「は?」
返答はこうだ。
「言い方を変えると、正式にウチらの構成員として動かないかって事になるね」
表情は相変わらず。糸目がちの細目で笑顔で言う。
成程、今まではアルバイトという名目でかき集めていた作業員である俺をレギュラーとして使いたいと言う訳だ。犯罪の片棒から犯罪者にキャリアアップと言った所だろうか。
「いや、何で、また」
さて、返答としてはNOだ。否だ。御免こうむる。しかし相手は裏で手を引く者とは言え列記とした犯罪者。
そう、犯罪者なのだ。
今目の前に居るのは犯罪者なのだ。
再び緊張が全身に駆け巡る。
断れば何をしてくるのか知れたものではない。今までのアクションを思い返すと、せいぜい騒乱罪規模でありこそすれ、彼女らは魔物を使う。
ピンとはこないが普段支給されるスーツが無い場合、恐らくというか間違いなく只ではすまない凶悪さを持っているのだ。例えこの場に魔物が居ないとしても、だ。
魔物なんてものを作り出し、ているのか知らないが、実際に使ってしまえる精神の持ち主が何をするか何て知れたものではないだろう。それこそ意にそぐわぬものは処分してしまおう等と物騒で短絡的な思考ロジックをするかもしれない。
「何の事はないさ。
君はもう三度参加してくれているし、脱落もない。その結果を買っているだけだよ」
カウンターの上に手を組み、少しだけ前ののめりに。彼女は言う。肩ほどまであるだろう黒髪を一つに束ねた後ろ髪が、肩にするりと落ちていく。
「いや、すいません、アレは極力後ろに居ただけで、その」
致し方ないのでサボりを告白した。しかし彼女は笑みを崩さない。
「いや、それでいいんだ。あの作戦、というか実験はあくまであの試験体の性能試験みたいなものだからね。正直な所アルバイトの君たちには露払い程度して貰えれば構わなかったんだよ。とは言え正直に言ってしまえば露骨に手を抜かれかねないから、伝えはしなかったけれどね」
性能試験?試験体?
という事はやはりあの魔物は創られた存在だと言う事か。
「君に頼みたい事も、これからも集める事になるアルバイトの皆を旨いこと誘導して欲しいってだけだからね」
ここまで言って、彼女は湯気の収まったコーヒーをやっと口にした。
聞く限りはそこまで大変な事ではないように感じる。実際今までは、今言われたようなリーダー的な存在は不在だった。それでも作戦に問題らしい問題は感じられなかった訳だし。
「というのも、」
ならどうして、と思考が及んだ所に彼女は続けた。
「前回逃げ遅れた連中が結構多くてね。ほら、実際戦ったのは彼ら民間の警備会社だったろう?その前まで現場に出てた警官たちは何で出てこなくなったと思う?」
逃げ遅れたヤツが居たのか。
考えてみればあり得なくない話しだった。アルバイトの俺たちは事務所と現場の往復もまた個々人で行っている。俺だって電車やら使っている。
「そう、警察連中は魔物が倒れた後に散ってく君たちを捕まえる為の、網を張っていたって訳さ」
「それは、マズいんじゃ?」
「うん、ちょっとマズい」
彼女の糸目が少しだけ力を込めたように思えた。
「多分知られてしまったであろうあの事務所も撤収になる。人員に関しては、まぁリピート率がそこまで高くないから良いんだけど。仕事を受けないだけなら、情報を漏らさなければ、まぁ良い。けれど逮捕されてしまうとなれば話は変わる。彼らはこちらに義理は無いから、素直に話して自分らの罪の軽さを訴えるだろうから、そうなるとこちらとしても面倒が増える訳だ。世知辛い話だね」
今まで何となく旨くいってたから考えもしなかったが、言われてみれば十分に可能性としてあるリスクだった。あるいは運が悪ければ捕まっていたのは俺だったかもしれない。
「それを、――いえ、何でもないです」
言いかけて止めた。
どうやって、と聞きそうになったからだ。そんな前向きな事を言いだしたのでは誘いに対して肯定していると取られるかもしれないとの危惧からだ。
そう、これ以上この話を聞く訳にはいかない。泥沼に嵌まるようなものだ。
「申し訳ありませんけど」
断った場合どう出るか、怖いところではある。しかし俺はあくまで生活の為にしているアルバイトであるからして、犯罪を犯してまで金を求めようとは思わない。いや、実際犯罪に加担はしているのだが。
強いていうなら比重の問題だ。危険度が増すのは歓迎しかねるし、実際逮捕者が出ると聞かされては潮時というものだ。
「ああ、ちなみに捕まった連中だけど始末させて貰ったよ」
あ、人生終わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます