第3話 戦闘員の日常2
「悪の
他に客の居なくなった店内。話の流れで俺はついそんな事を訪ねてしまった。
「ええ」
悪の組織の戦闘員とはまた別のバイト先、主要道から外れた喫茶店・望。
バレてしまったのが運の尽き。組織の幹部、フレイはちょこちょこと店を訪れるようになってしまった。余程暇なのだろうか。
スーツ姿の女性。傍目には普通に見える彼女は、今世を騒がしかねんとするテロリストである。
「んー」
腕を組み顎に人差し指を当てて、への字口。困ったようなそうでないような、微妙な表情でフレイは唸る。
というのも、正直彼らの動きが意味不明なのだ。バケモノを創っては結局爆発させて破棄を繰り返し、目に見えた成果も感じられない。本当に少し暴れて、少しだけ街を混乱させて、しかし反面で俺たち戦闘員は社会的あるいは物理的な死から逃れる為に必死こいて。
「じゃあ、世界征服で」
立てた指をそのまま顔の横に運び、薄ら笑いを貼り付けた顔、言う。
「素敵な冗談ですね」
カウンターの中、カップを布巾でこすりつつ流した。今日日そのような荒唐無稽、口に出すのも憚られるだろう。余程の軍事力があったとして、征服後を見据えるだけで目眩がする。第一に現状の有様では夢物語もいいとこである。民間警備会社にやられるような戦力が世界征服。創作話でも昨今では目にしない。
「じゃあ人類殲滅」
「気の長い話ですね」
「ノリが悪いね」
静かな店内。流れるBGMは時代錯誤なコミックバンド。誰だ有線のチャンネルいじったヤツは。
スイス民謡のリズムで焼肉が食べ放題だと歌っている。
今日も店長は奥に引っ込んでいる。というより大概引っ込んでいる。最近は店に出てきても魂が抜けたようなへたり具合で、しきりに
「解りました。もう聞きません」
そもそもが気の迷いで尋ねてしまったものだ。俺は基本的にこれ以上の危険に顔を突っ込みたくはない。故に組織の事を知るのは極力避けるようにしている。だがそれでも足元の不安定さ不明瞭さに不安を覚えないかといえば嘘であり、気分がスッキリしないのも確かなのだ。
「んー、まぁ取り合えず、今のあの人の目的は、破壊ぐらいしか考えてないんじゃないかな」
「……」
取り敢えず。あの人。じゃないかな?
どうなっているんだ。まさか冗談か何かで暴れているとでも言うのだろうか。
「ま、君としては真相は聞きたくないだろう?そういう事にしておきなよ」
昼前の落ち着いた時間。
何度となく組織が暴れたせいか街はいつも以上に鳴りを潜めている。
それでも社会は回っていかねばならないので、そこらにあるビルも今日も動いているし、道には車が行き交っている。ただ、余計な人が居ない、とでも言うべきだろうか。動く人の数は明らかに減っていた。
無論、店が暇なのはあまり関係ないだろうが。元から流行っていない。
「もう一つ。一体いつまでやるんです?」
「何をだい?」
「実験とやら」
どうも今日は口が軽い。溜め込んでいたものが隙間から漏れ出すように、言い知れぬ感情が渦巻いていた。
言いたい事は一杯ある。解らなくてスッキリしない事は数え切れない。そしてブチ切れたい事だって。
「さぁてねぇ」
以前、実験における俺たち戦闘員の存在意義について訪ねた事があった。ほんの数週間前だ。そしてフレイは半分趣味だと返した。その半分をも締める趣味の為に、あるいは逮捕される、またあるいは始末、殺されるリスクを繰り返さねばならない。
そして不幸にもフレイ、この悪の組織の幹部に目を付けられた俺はその全てを繰り返される綱渡りを受けなければならない。
「ただ、もう少ししたら状況を動かさざるを得ないかな。連中も少しづつ手を変えて来ているようだし」
迂闊にも手を出してしまった仕事だが、手を引けるものなら是非そうしたい。
生活は、なるようになるだけだ。
「君も見ただろう、揚羽が使ったものを。あ、アイスコーヒ追加で」
「……」
一瞬だけ身体が硬直した。
「連中に知られてしまったどうかは定かではない。しかし
空いたグラスを引き寄せ、水を張った流しへ沈める。新しいグラスを棚から。
「次は銃でも持ち出してくるかもね。ああ、民間で使用許可が降りるのかな?
それも、日本が組織をどう見ているかのバロメータにはなる、か」
氷は多め。アメリカンを注ぎ、差し出す。伝票に記入も忘れない。
「最終的にはビーム兵器が出て来るかもしれないねぇ」
何が嬉しいのか、フレイは少し興奮した抑揚で口端を釣り上げる。
「レーザー兵器とか非効率的すぎるでしょう」
ビームというとどうしても荷電粒子砲を想像してしまう。態とレーザーと言い直す。捻くれている。
「夢がないねぇ」
「はぁ。そういうのであれば、いっそ巨大生物なりロボットでも作ればいいんじゃないですかね」
特撮の王道だ。
「それは、ダメだ」
新しく出したストローの袋を破り、一転、フレイは表情を曇らせた。ストローをグラスに指すと、飲むでなく袋をクシャクシャと潰し始めた。
「自衛隊が出て来るからな」
「はぁ……」
どうやら彼女にとっては敵が巨大ロボットを建造してくるよりも、自衛隊の方が恐ろしいようだ。聞けば昨日とある怪獣映画を見たらしい。自衛隊が活躍していたようだ。
フレイが引き上げ、店自体も閉店準備に取り掛かろうと言う時間帯。フラッと奥から店長が現れるのを見て、不思議と懐かしさがこみ上げてきた。
「店長」
「ああ」
「お久しぶりです」
それが皮肉なのか、非日常から開放された気がしたからなのか、定かではなかった。
「うん、久しぶり。今日も暇だったね」
うーんと伸びをする。パキパキと骨が鳴る音がした。
「ええ、今日は特に。
最近ココらへん危ないですからね」
大々的に報じられないとは言え、騒動の現場となった場所は程近い。そして報道規制など、ネット社会と言われる昨今では人の口に戸は建てられないどころではない。逃げ遅れたのか野次馬なのか、SNSに置いて俺たちの話題は散見している。
「ああ、何かテロだかどうだかって、たまに見るね。フラッシュモブじゃないのかなぁ、って僕は思っていたけど」
フラッシュモブ、ざっくり言うと大人数でのパフォーマンスである。一時は流行の煽りを受けて非合法集会が横行したとか。迷惑行為的な部分を見れば、成程似ている。
「成程。無許可のストリートパフォーマンス、と」
「個人的に、だけどね」
卓の一つに座り、上半身をこちらに向ける。無精髭が大分溜まっていた。
有り難い意見ではある。やっておいて何だが、被害者側の危機感が低いという事は恐らくではあるが警察やらの危機感の薄さが予想出来る。ロクな損害を出していないのだから、まぁ判らなくもない。
「何か淹れますか」
「頼めるかい。ああ、君も適当に飲んでいいよ」
しかし反面、フレイは状況の悪化を示唆している。巨大兵器の下りは冗談として、敵の火力が上がればこちらの火力も向上しなければなるまい。いやむしろ先にこちらが火力を示してしまっているのだ。
虫の揚羽。組織の正式な構成員。数合わせの戦闘員ではなく、戦闘要員。あの日見た武器が何なのかは予想もつかない。しかし目の前で車を一瞬にして串刺しにしたのは事実。それまで確認していた腕部の質量をまるで無視したサイズ。
「どうぞ」
「ああ、有難う」
「ですがもし、ですよ。もしそいつらが危険な集団だったとしたら」
「その時は逃げる」
ホットで、砂糖は二つ。喫茶店を経営してるともなれば拘りの一つもありそうなものだが、この人はそうじゃない。時にはミルクも注ぐし紅茶に浮気をする時もある。
「幸いにも僕の本業は何処でだって出来るものだからね。
っと、ああそうだ、いけないいけない」
添えた砂糖を沈め、今日はミルクも注ぐ。一口含むと、何かを思い出したようでカップを置いた。
「天野君、明日も出れない?」
片手を顔の前、祈るように添える。
「明日。……確か遠野君の日でしたよね。休みですか」
この店のアルバイトは他にも居る。この店長はそれほどに店には出てこない。最早オーナー状態だ。まぁ、一人で回る店、と言うのが幸か不幸か。
「うん、家庭の都合で難しくなっちゃったんだって」
「ですか。解りました」
基本暇をしている、と言えば語弊があるか。
社会人していた頃に比べれば逆に持て余す程の生活の余裕が保てている。そこだけは、悪の組織さまさまだ。
「朝からですか?」
「うん、まぁゆっくりでいいよ」
曖昧な返事だ。恐らく善意ないしは後ろめたさから来る遠慮ではあろうが、正直この曖昧な表現には問題が多い。曖昧さ加減が、その相手の基準値で変動するのだ。ガチガチの会社であればこのセリフはただの社交辞令。口に出さないまでも内心では一番に出てこいと思っており、勝手に内申点を上下させる。
まぁこの店長の場合それはないのだが、
「……忙しいんですか」
「……実は結構」
と、なれば心情と兎も角として悠長にしてては実害として響く訳か。
一番で来なきゃだよなぁ。
正直言えば、ため息の一つは出ようというものだった。
翌日。
開店準備時間より少し遅れて、出社した。少しくらいいいじゃん。
店長は見事に寝こけていた。
ノソノソと開店準備を済まし開店。待っているお客は居ない。
「……休めばいいのに」
先日の戦闘に置いて逃走車両に合流した俺のチームを救ったのはまず間違いなく揚羽であった。しかし、その揚羽は直前に例の平警備保障の面々に対峙して筈である。
そして目にした、虫の揚羽の力。
最近フレイから不穏当な単語が聞かされたせいか、死というものがあるいはごく身近に転がっている物のように感じられつつある。最も、犯罪行為に加担しておいて日和るつもりはないのだが。
それでも、日本人には死というものは、実際に目のたりにするまでは遠いものに感じられてしまう。
「有難うございました」
ダラダラと時間が過ぎていく平日の午後。
閑散としているとは言え、数日も建てば人の行き交いが再開され始める。逞しいと思う。同時に危機感が足りないとも思う。
「いよぅ、来たぜー」
何故なら、すぐそこで悪の組織は元気に活動しているから。
揚羽。組織では虫という特定の階位を与えられた、紛れもないテロリスト。
彼はまだ人の残る店内にズカっと乗り込み、何とも気楽な笑顔を浮かべ片手を上げ挨拶してきた。
「ぃらっしゃいませ」
瞬間的に湧き上がるウザイという感情をすんでのところで飲み込む。ただ、今表情がどうなってるかまでは解らない。恐らくあまり人様にお見せ出来る状態ではないだろう。
「おう、ヤな顔するなって。遊びに来ただけだよ」
濃紺のシャツにベージュのジャケット。オフィスカジュアル風な装いに、西洋人独特の目鼻立ち。慎重は目立つほど高くはないとしても、金髪といい、非常に目立つ存在だ。日本風に変換したコードネーム、揚羽。恐らく今確認している中で最も凶悪な存在だ。
揚羽はそのままカウンターの真ん中に腰を降ろし、コーヒーをと注文する。
「かっしこまりました」
まだどうも頬肉の当たりがヒクヒク痙攣している。顔を振り、気を引き締めた。まだ店内には他にも客は居る。揚羽には一介の客として振る舞って貰わなければならない。故に一介の客として処理する。
そもそもだ、個人的な感情を抜きにすれば俺だって所詮犯罪者には違いない。その危険度が違うのは確かだし立場も揚羽の方が上位ではある。しかし実際日本の情勢に目をこらせば危険だとされる地域だって噂に限れば際限がない。そう、例えば此処が噂に聞く修羅の国だとすれば、路地裏のゴミを漁ったら手榴弾が出てきたとか、そんな話なのだ。
要は旨く処理すれば良い。慣れればそれは容易な事なのだ。
「お待たせ致しました」
サイホン式ドリップの当店である。一杯分の予備は十分。ささっと一杯提供し、
「ごゆっくりどうぞ」と告げると空いた席の片付けに向かった。
正直慣れたくはなかった。本音はそうであるが。
「oh、アリガートネー」
態とらしくカタコトで言ってくる。フレイと言い、余程暇なのだ。そうに違いない。
愉快犯、そう考えると、まだるっこしい実験ごっこにも得心がいこうと言うものだ。そうだ、金を持て余したバカどもの道楽なのではないか。
凡そ本気でかかっているとは思えない実験行動。無駄を承知で半分趣味だと言い切り集められた俺たち戦闘員。そして応対するかのように本腰を入れない警察機構。ましてや民間に丸投げである。損切りでもするかのような気軽さだ。
もやもやと不満を脳内で言葉にして整理する。
一旦は社会に出て、感情を抑圧され理不尽に晒され辿り着いた、俺のストレスの処理方法である。
退店した卓の食器は大体が少ない。ゴテゴテとバリエーションに跳んだアメリカナイズな店とも、利潤を求めレストラン化したチェーン店とも違い、この店はシンプルにコーヒーで休む店という在り方だ。片付けは相当に纏め終わり、他にやることも無く、俺はカウンターに戻らざるを得なかった。
「お疲れ。ここタバコ吸えるか?」
「ええ」
尋ねられ、カウンターの影からステンレスの灰皿を差し出す。少しだけ前かがみ、顔との距離が近くなり、
「頼みますから静かに、お願いしますよ」
釘を差した。「オラーイオーライ」揚羽は肩を竦め笑う。それから声のトーンを少し落とし、
「安心しなって、本当に遊びに来ただけさ」
「いや、それも迷惑なんですけどね」
言うが、正直本当に迷惑極まりない。どちらが副業かと区分するならどちらも副業であるし、片方の仕事に支障がない限り干渉される
「そう言うなよ~」
大仰に両手を広げ身をくねらせる。
「急な命令でコッチ来て知り合いも居ない。寂しいんだぜ、結構」
「フレ……あの人と遊べば良いでしょう」
公の場でコードネームは憚られる。言い直した。フレイも何だかんだと店にやってくる招かれざる客だ。迷惑同士で暇を埋めて貰いこちらへの被害を最小限に出来る。良いプランだと自画自賛出来る。
「アイツは訳わかんねぇからなぁ」
本日の有線のchは洋楽の80sにセットしてある。聞き覚えのあるような無いような、しかしそれでいて心にクるものがある良い選曲が多い。
「お、リックか。この曲好きだぜ」。揚羽にも好評なようだ。しまった。
「アイツ、本部に居た頃からあのノリで、真意もなんもまったく判らねぇ。あれで最高幹部だってぇんだからな」
「っと、すいません」
揚羽が愚痴を零すように口を尖らせ語りだす。が、視界内に起立する人影を捉え、俺は手で制した。
二名の卓が二名とも立ち上がる。恐らく会計であろう。奥の席を利用していたお客であり、カウンター前を通過する可能性が高かった為だ。
「会計です」
英語で表した方が伝わりやすかったかもしれない。しかし俺に英語力は無い。
「はいよ」
幸いにも揚羽には伝わったようであった。しかしそんな事まで考えなければならないようでは、いよいよ彼らは出禁にでもしておいた方が良い気がしてくる。
「お会計で宜しいですか」
カウンターの出入り口側に設置されたレジスターへ移動する。確かあの卓は二杯だけだったか。
高校生くらいか。男二人だけの客。少し喧しいくらいの、よくある不良といったところだろう。
「オイ」
それが誰に向かって発せられた言葉だったのか、こちらの理解が追いつく頃にはその二人は走り出していた。
「おきゃっ!」
お客様と叫びかけて途切れた。思考がだ。
「oops」揚羽、言ってる場合か。止めろよ凶悪兵器。
飲み逃げだ。コーヒー二杯八百円。何ともみみっちい犯罪だ。
カウンタードアは反対側、店の奥に設置されている。不用心と言わざるを得ない。逡巡し、カウンタードアへ向かう事を決めた。カウンターを飛び越える事も選択の内ではあったが、それに見合う被害額かと天秤をかけるに否と出た。何が否かって、何よりも捕まえられるかどうかが、だ。
バンッ、ドアが開け放たれ、
ドッ、鈍い音がした。
「……ってぇなぁ」
明らかな怒気を含んだ男の声。確か、聞き覚えのあるものだった。俺はカウンター内、振り向いた。
「何止まってんだよー。進めよー」
ガラスの向こうには他にも男の姿が幾つか。そして今入ってこようと、飲み逃げ犯とぶつかった男は、そう、確か平警備保障。俺たちの敵だった。
良かった、生きてた。
らしからぬ感想だったが、本心であった。
それは兎も角として飲み逃げ、現状ではまだ未遂だが、彼らである。捕まえてしまわないと。
「オゥ、丁度良い所ヨ。兄さんたちソコ動かないデクダサイ。ソイツら飲み逃げしようとシテルー」
キャラが安定していないのか、エセ外国人口調で揚羽。いや、むしろ態とか。
「あぁん?」
ドア枠に丁度収まる位置、男は不良たちを見下ろす。筋骨隆々とした肉体は鉄壁を期待出来そうだ。
「あ、あー、まだ未遂なんで、お客さんは申し訳ないですけどちょっと待って貰えますか」
万引きもそうだが法律上、店を完全に出るまで罪として確定しない。ともなれば、折角なので料金だけはしっかりと回収しておこう。俺はカウンターを出た。気持ちはまたぞろ増えた面倒事に重くはあったが、不思議と足取りは軽いものだった。
「すいません、有難うございました」
五人を席に案内出来るようになり、感謝を述べておく。言葉だけだが。
尚、不良たちはむくつけき彼らの協力もあり素直に代金を払っていった。店長に謝らずに済んで何よりだ。
「いえいえ」
一番柔和そうな人が笑顔で返してくれる。有り難い。恩を売りつけるタイプではないようだ。
もっとも、協力といっても出口を封鎖して貰っていただけなので、何とも判断が難しい所である。
「では、ご注文お決まりになりましたらお呼び下さい」
事が収まり彼らがゾロゾロと入店する段になると逆に揚羽が会計を伝えてきた事もあり、最低限を済ませカウンターへ戻る。
「オカイケー」
しつこく繰り返してくる。席に残したままの伝票を回収しレジへ向かった。
「四百円になります」
「アー、ツケといテー」
財布はしっかり出しておきながら言い出す。タチが悪い。
そういえば彼らの正体を揚羽は気づいているのだろうか。いや、確かフレイが一度ニアミスしているから、聞いている可能性はある。しかし人相まで伝わっているのか。それを考えたら戦闘で彼らが外部音声出力で声を発したのを聞いている。
「聞いてはいたけど、本当に来るとは思わなかったな」
ボソリ、声を落として呟いてきた。やはり聞いていたし気づいていたか。
「……」
「実は此処に来る前に調べてきてな。そのせいもある」
どうするつもりだ。いや、どうにかするつもりなのか。
レジの受け皿に硬貨が落とされる。
「なんもしないから安心しろって。んじゃな」
言うと踵を返し、退店した。その後の姿も目で追ったが、本当にただ帰るだけだった。
ふぅ、と一息つく。存外暇をしない一日となってしまった。ふいと休日出勤なのを思い出す。特別手当は、まぁ望むべくもなかったが。
五人が座った席を見やる。
そう、五人。確か前に来店した時も、前回の戦闘の時も、彼らは四人だった。確か腰を痛めたとか。その前の第三回目の実験行動の時はどうだったか。わたわたしていた記憶しかないので定かではないが、総合するとつまり彼らは本来五人組だと言う訳だ。何てこった、戦隊モノか。フレイの言葉が脳裏をよぎる。
巨大ロボか。やっぱり変形合体するのだろうか。
それとはなしに耳を傾けてはみたが、有益と思える会話は特になさそうだった。愚痴と、快気祝いと、揚羽との戦闘に関するであろう内容もあったが、詳細までは聞き取れず終い。
店長は丸一日店には出てこないまま、閉店。
アパートに戻り一息つく。
誰も居ない部屋。隣室から漏れ聞こえるTVの音。
「あーあ」
一人ごちる。応える者は居ない。
キナ臭くなってきた環境。転がり落ちる現状。未知としか言いようのない光景が閉じた瞼に浮かぶ。バケモノ。そして揚羽。
逃げるかどうかなんて問答は脳内でとうに繰り返した。しかし逃げて立て直す程の気力も、将来への展望は無かった。最終的には軽い自棄になって眠るのを繰り返す。減りもしないが増えもしない預金残高。
随分と型落ちしたノートPCを起動させ、暇つぶしにSNSに興じる。他愛もない娯楽。たまにタイムラインを滑り落ちるニュースは今日も政治がどうだと批難を繰り返す。
「日本の未来は暗いねぇ」
独り言は増えた。いつからだったろうか。
足の引っ張り合いを繰り返す政治討論。そのツリーには幾多の人々の怨嗟の声が綴られる。汚職の嫌疑に必死こいてる場合なのだろうか。悪の組織が今此処に存在しているのに。ショボいけど。
いやしかしショボいのは今のところの話だ。フレイも状況の進展は
組織は、少なくともソレを見越せるだけの力があると言う事ではないか。魔物を創る科学力が現代の日本の科学水準と較べてどの程度のものかは知らないが、それを実現させてしまう行動力は確かだ。製造目的が有効利用とはとても信じがたい、狂気の研究だと言える。
「お先真っ暗、か」
波に乗るならば肩入れするのも手だ。恐らくソチラの方が収入が安定するかもしれない。あるいは今から組織に名を連ねる事で目を掛けてもらえる可能性だってある。いや、それはないか。ただの人間である俺に何が出来る。研究が出来る訳でもなく。人を、殺せる訳でもない。
そして何より、やる気がしない。
「あー、ダッル」
家での口癖だった。
いつか、戦闘の最中か、フレイや揚羽に睨まれてか、死ぬかもしれない。けど、別にそれでも良かった。
未来は見えない。掴む努力もしたくない。楽しい事もない。人も居ない。
折角仕事を辞めては見たものの、無為な日々に変化は無かった。変えなかった。
退屈で喉が乾く。
明日死んでも良いと思う。だけど身の保身に走る。フラフラ。
飲も。
組織は何がしたいんだろう。彼ら、平警備保障の五人は何を思っているだろう。
そんな事をつらつら考えては忘れ、夜は老けていった。
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