第15話 火種


「はぁ……」


 ある平日のお昼時。

 俺は基地にある二つの休憩スペースの一つ、ロッカールームに隣接した飲食可能な場所で、ベンチに腰掛け両手に握った缶ジュースに向け、一つため息を吐いた。


 俺には現在悩みが有る。


 組織からの給金が支払われ、生活に安定が見えた故の悩みで、副業の事だ。


 今までフレイの悪戯心によって給料未払いという非常事態が起きていた為、副業には取り分の良い肉体労働を選んでいたのだが、俺の性格上ストレスが半端ではなく貯まるのだ。


 正直俺は陽気とは程遠いし対人関係も苦手である。その俺が比較オラオラ系の集まる肉体労働者と馬が合う筈もなく、まぁ慣れっこではあるが孤立している。それだけなら構いはしないのだが、連中は見てくれと言動の通り行動力だけはズバ抜けて居る為、無駄にこちらを構ってくる。

 当然、テンションの高い人付き合いが不可能に近い俺は付き合いを固辞する事になり、それが関係をより悪化させて行く悪循環を形成するのだ。


 そういった事もあり現在別のバイトを探すべく面接を受けて回っている訳なのだが、これが中々難航しているのである。


「お、A10じゃーん。はろはろー」


 休憩室のドアが空気圧の開放音を鳴らし、二人の研究者が入ってくる。二人は第六研究室の女性陣、ベティとスーチだった。年齢も性格も離れている二人であるが、人懐っこいベティに振り回される形で両者は良く行動を共にする。


 これから昼を取るのか、ベティの腕にはやや背の高い包みが抱えられていた。


「ああ、こんにちは。これからお昼ですか」


「ぃぇぃっ」


「別に、私はカロリーメイトで構わないのですが」


 憮然とした表情で付き従い、態と聞こえるように零す。それは二人にとっていつものやり取りで、むしろそれを注意される事を望んでいるかのようにも伺える。


「まぁそんな事言うー、ダメだよー? まだ育ち盛りなんだから、立派なオッパイに育たたないぞ?」


「む、胸は関係ないでしょうっ」


 さて女性二人が和気藹々と昼食を取る場所に居座る根性もなし、俺はその場から立ち上がり、次に何処へ足を伸ばすか思案する。

 基地を訪れたものの、特にやる事がある訳でもないのだ。


「時にA10、フレイ様を見かけませんでしたか?」


 珍しく語りかけてくるスーチ。基本大概の物事に興味もなく、無駄話もしない彼女であるが、今回のようにフレイが絡む内容に関してだけは普段のコミュ障なんのそのとなる。


 現在サクラに絶賛独占され中のフレイだが、同様にスーチも彼女を慕っており、少女が現れるまでフレイはスーチの憧れであった。しかし少女が現れてからと言うものスーチがフレイに関われる時間の全てをサクラに奪われ、今やフレイは取り合いの対象である。


「あー、外出中。戻りは13時過ぎくらいだかと」


 正確には基地に缶詰状態となったサクラを連れての外食であったが、詳細は伏せておいた。フレイが絡むとスーチが前後不覚レベルに興奮しだす事を見越しての判断だ。


 元より悪の組織に保護され行動に制限のかかっていた少女であるが、先の事件を受け半怪人として生まれ変わり、少女の自由はほぼ無くなったと言って良い。

 半怪人という危険物の塊である身体は、迂闊に外界で露見しようものなら最悪で実験動物コースだ。また成功例の少ない半怪人で、かつ俺のように戦闘要員でもないサクラは、実際を言えば組織の検体扱いであり、今回のように誰か緊急対応の可能な者が連れ出すでもない限りは、今後一生を外界から隔離され過ごす事になる。


 あるいは、今少し成長した後に、戦闘員と成り危険に身を晒すか。

 いずれにせよ生身に陽の光を浴びる事の無い事実には変わらないだろう。


「そうですか……」


 昼食をフレイを共にとでも思っていたのだろうか、目に見えて消沈するスーチの頭を、ベティはポンポンと軽く叩くのであった。


「それじゃ」


「おうさー」


 フレイが戻り、次の作戦のミーティングが始まるまでの一時間、どう過ごせば良いのか。答えが出ないまま二人の脇を抜け空き缶をゴミ箱に投げる。


 軽く挨拶を交わし、その場を離れる。スーチは無言のままであった。



 平時は数少ない戦闘員のもう一人揚羽も諜報に出払っており、基地内に話しかけられる相手は少ない。

 そもそもが警備担当を受け持つ筈の戦闘員が御覧の有様である。日本支部基地の防備は正直ザルと言って良い。しかしそれでも問題が起きないのが、組織の現状の危険認知度とも言える。


 聞けば北米本部にしたところで基地を構えるアメリカではなく、南米にちょっかいを掛けているというのだから高が知れようと言うものだ。


 行く宛に困り、俺は戦闘員スーツの調整を行う技術研究員室へ足を向けた。

 何気に高性能の塊である戦闘員スーツは、強化服機能を導入した事により修理の難度が跳ね上がり、一度の出撃でほぼ確実にダメージを負う為もあり都度調整に時間が必要となる。


 導入間もない強化服は部品交換の際に身体とのフィットにズレが生じる事が多く、生じた機器との隙間は機能を十全と出来なくなる。なんだかんだと命を危機に晒している俺たちには死活問題となるのだ。


 エレベーターを研究棟と逆方向に進む。奥へ行けば怪人の培養槽があると言う事で、多くの者が用無しには立ち入らない区画でもある。


 通路中ほどにあるドアを潜り、技術研究室へ入る。基地のメンテナンスを一手に引き受ける彼らの詰め所はそれなりの広さを誇っているが、現在も多くが基地の保守に動いているのか、室内に残るのは数名と言った所だった。


 壁際に敷き詰められるデスク。スーツの調整を行うのは奥の作業スペースとなる。


「よぉ、おもしろい事に気づいたんだが、ちょっと見てみろよ」


 顔見知りと言って差し支えない程には顔を突き合わせる技術研究員の男は、室内でパソコンに向き合っており、俺の入室を目にとめるとそう呼びかけてきた。


「おもしろい事?」


 言われ覗き込む画面には二枚の静止画が映し出されていた。そのどちらもが、最近俺たちと相対する事となった特殊部隊員、ブレイブジャッジの物である。


 当初、俺達が引こ起こす怪人の起動実験には、警官隊が出動し包囲銃撃戦を繰り広げての対応がなされていた。しかしいつからか怪人の対応には、奇っ怪な全身装備を身に着けた所謂正義の味方が出現するようになり、基地を移動した今も、俺たちの前には新たなヒーローが出現した。


 一つに、繰り返すが俺たちの脅威度の低さが挙げられる。警察組織、少なくとも警視庁はほぼ俺たちの対応を余所の投げつけているに等しい。

 そしてもう一つが、いくら銃弾が通用するとは言え怪人の強度だ。被害を最小かつ迅速に怪人を殲滅するとなれば、法治国家日本の貧弱な装備ではキリが無く、怪物に応対した装備を運用するには警察組織は身が重すぎた。憲法9条に代表されるように神経過敏を通り越してヒステリックに国家のあり方に付和雷同する国民は、常に何かを狙っているように、事、武力に関しては過剰反応を示す。

 ヒーローは、そうしたバッシングの避雷針としての役割も、投げつけられているのである。


 そう考えると、暫く俺たちが静かにしているだけで、あるいは日本国民は勝手に潰し合いを始め、武力の封印に動いてくれるのではないかと期待出来る気がする。


「で、これの何が面白いんです? ヘラクレスの変顔でも撮れましたか?」


 何処から抽出した映像なのか、それぞれアップで写し出される二枚。男をその内の片方にカーソルを合わせ、全画面表示、解像度調整を行う。鮮明に写し出されるジャッジの姿は今となっては遺影に等しい。


「ここだよ」


 画面に写されるのは始めジャッジに出くわした倉庫のもので、出現の名乗りを上げる最中の姿である。画面を滑るカーソルはジャッジの胸元を円を描くように何度も周回した。


「胸ですね」


「ああ、Eってトコかな」


「どうでしょう、結構あの装備重装甲ですよ」


 画面を覗き込む二人の男の胸談義。しかも画面に写るのは全身装甲の仮面ヒーローである。傍目に見たらフェチ扱いは逃れられないだろう。

 ジャッジは声と言いまず間違いなく女性で、その胸部装甲も胸を強調するデザインだったのは記憶に強い。態々乳房の型に装甲を形成するのだから、この装備の製作者も大概である。


「で、こっちだ」


 言うともう一枚の画像に切り替わり、再度解像度補正が始まる。次はヘラクレスとの攻防を捉えた一シーンで、半身に拳を振りかぶっていた。そしてカーソルが再度、ジャッジの胸元を周回し示した。




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