第9話 祈り 捧げ 誓い
「で、その逃したトラックの探索にウチの協力を仰ぎたいと」
少女αとスーチの、フレイを巡るやり取りが一旦の解決を見せ、ヘラクレスが語った内情がそれだった。
港から基地までへの輸送を、空荷のトラックを拾ったのだと言う。
不況が騒がれる昨今、長距離大型トラックはその往復が必ずしも完全積載とはいかないのだ。時として出先から空荷でとんぼ返りする事もあり、ヘラクレスはそういったトラッカーの小遣い稼ぎに便乗したと言うカタチだ。
これは大手の、コンプライアンスの機能した会社ではまかり通らない事例であり、しかし半個人という雇用形態を取る弱小運輸業ではまま有ることであった。
余談ではあるが同じような理由で、大手は同乗者、つまりヒッチハイカーを乗せる事を禁止している。
当初ヘラクレスは基地の近くでトラックを待機させ、引き渡しが済み次第場所を変え、事故の形で運転手を始末する予定であった。だが基地から上がったヘラクレスの眼前には、既に立ち去った痕しか無かったという結末である。
「そうなのよぉ。アタシもそこまで詳しい訳じゃないんだけど、なんていうの? UKIYOE・トラック? あんな感じのヤツ。荷台に社名も書いてなかったから、確認するの忘れちゃってねぇ」
恐らくであるが運転手が逃げ出したのはヘラクレスの容貌故だと個人的には思っている。普通に怖いもん。筋肉も、オケツも。
フレイの左右にはベンチに擬態した形状に合わせて新たにパイプ椅子を展開し、二人が密着させた椅子の上、フレイの両手を拘束し静かな火花を散らしている。
「デコトラか。私も見た事はないんだよなぁ」
「まぁ、都内ではもうあまり見かけないでしょうね。一部規制に引っかかりますから」
排ガス規制に始まり、首都東京にはそれなりに厳しい規制が敷かれ、また運輸業の衰退にも伴い、デコレーションを愉しむ余裕等はほぼ失われたと言って良い。完全に絶滅した訳でもなく、世界には趣味で所持するという既得な趣味人も居たりするが、コストに煩くなった昨今、真っ当な企業がそれを良しとする筈はない。良くても宣伝広告の一環レベルの話であり、古き良き自己主張のカタマリ、入れ墨に近い文化であるデコレーショントラックは今や希少種といえるだろう。
「ならば逆に車両の特定は簡単だろうな。似た車両は絶対数が少ない訳だ」
「ええ、まぁ現在地の特定は難しいとは思いますが。ハッキングでも出来れば別でしょうがね……」
SF映画にある高速道路の監視カメラ、それを総ざらいする超技術があればの話だ。
「ふぅむ。
スー、頼めるかい?」
問われたスーチは未だに熱い火花を散らすのに夢中である。少女もまた、感情を全面に出し、必死にスーチに張り合って、それはまるで、人種こそ違えど仲の良い姉妹の構図であった。
「車両の特定は基地のカメラに映っていますので、それは、はい。
……全国規模の監視カメラの
膨らませた頬を少女と突き合わせつつもつらつらと答える。よもや情報電子の技術まで持ち合わせているのだろうか。
「うん。話は通して置こう。頼むよ」
「ですがフレイ様……」
見上げる顔は再び懇願の様。少女との勝負から離れたくないと、最早一時でも少女による独占を許したくないと、そう主張したいようである。
「大丈夫。私は何処にもいかないさ」
フレイはいつもの微笑で応える。反対側では少女αが精一杯の抗議を顔に浮かべフレイの腕を揺らしている。
「……解りました。
「うん。無茶は禁物だよ」
言うとスーチは、心底名残惜しそうにフレイの手から絡ませた腕を解き、もたもたと立ち上がった。
最後に少女と顔を見合わせると、顔面に慢心の力を込めて歯茎をむき出し、少女もそれに応えた。
「まったく、相変わらずね、フレイ様の周りは。毒気が抜かれてしょうが無いわ」
そんな二人を、ヘラクレスもまた慈愛に満ちた笑顔で眺めるのだった。
ー
エレベーターを起点として研究棟から正反対、その最奥。怪人と化して行く試験体の培養槽の更に奥に、その機械は鎮座していた。
「いざと言うときは、基地全ての操作が出来るマザーシステムでもあるのさ」
ガラスに一枚区切られた待機スペース。同行した俺たちは機械仕立てのリクライニングベッドに腰掛けるスーチの姿を見守っている。
入室に当たり着替えたスーチは真っ白な一体型のスーツを身に纏い、身体の各所に設けられたアタッチメントに機械から伸びる線を繋いでいく。全ての線を繋ぎ終えると、脇に置いてあったヘッドギアを被り、固定。そうして全ての準備を終え、ゆっくりと機器に身を預けていった。
「フレイ様、あれはなにをしているのですか?」
フレイから離れない少女が問う。
「あのお姉ちゃんは、そうだな……これから、日本全ての電子の海を支配するのさ」
片腕に纏わり付く少女を、細腕ながらに持ち上げ応える。
俺が見てきたフレイとはまた違い、何事にも執着せず、場をかき乱す事で望む結果を導く天邪鬼の影はそこには見えない。そこはかとなく手慣れた風格さえ感じさせる姿。炉端で見かけたならば、誰がこのフレイを悪の組織の幹部だ等と思うだろうか。
『アクセス』
スーチが収まり、BMI・ヴァルトラウテは始動する。低い唸りを上げファンが回り、ディスクがカリカリを悲鳴を上げた。
『並列認証、アルフヘイム・スヴァルトアルフヘイム・ミズガルズ、オールグリーン。
コード認定、エインヘルヤル。
状況を開始します』
合成音声が女性の声で読み上げる。
ガラス一面がディスプレイと化し、幾つもの窓が開かれては消えていく。窓はあるいは情報を書きなぐり、あるいは映像を映し出す。
「……それは、凄い事ですか? フレイさまはそれをされて嬉しいですか?」
瞬きする間に数十の窓が生まれて消えていく。呆然とそれを眺め、少女はそんな事を呟いた。
その問いかけは、何処か違和感を覚えるものだった。
「そうだね……これを出来るのはこの基地ではスーだけだ。だからという訳じゃないが、スーには感謝しているし、有り難いとも思っているよ」
そっと伸ばした指をガラスに触れさせる。指の先で開いた窓は刹那の間に閉じ消え、そしてまた別の窓が開かれる。
「そう……ですか」
その答えに満足したのか、それから少女はじっとディスプレイを眺め続けた。いや、あるいはその先、無限とも言える情報を処理する機械、そのコアとなったスーチへ向けられていたのかもしれない。
ヘラクレスが使用したとされるトラックは10t級の大型トラックで、荷台部に歌舞伎役者をあしらったオールドスタイルのデコトラであった。縁に添って綺羅びやかな電飾が取り付けられ、あらゆるパーツを非正規品に交換した自己主張の権化とも言える外装である。
またナンバーと、荷台部外、電飾に刻まれた社名は監視カメラと映像補正により判明し、車体の特定には何ら苦労するものでは無かった。
並行して車両の所属と運行状況も検索にかけられたが、長距離のルート非固定タイプであると判明したものの、しかし登録会社にオンラインでの配車ログが存在せず、現在は高速のカメラ検索と各配送車庫に当たりをつけて居る最中である。
『ナンバー照合に感有り』
合成音声が告げる。
ガラス面に情報の羅列記事が開かれた。
未明より積載予定。取引先報知工業電材等などの情報、場所は鹿島港となっている。
『監視カメラに感有り』
続いて制止映像が開かれ、その脇に周囲一体の地図、道路MAPと開かれた。
「ふぅん、登録情報にある会社が此処だから、受け取りに行くには大分早いわね」
地図情報にマークされた点を見比べヘラクレスが唸る。高速の監視カメラに捉えられたという事は、記載された時間からも現在移動中と言う事になる。
そして監視カメラが捉えた地点は基地からも会社からも離れ、荷受けの港との間。
「どこかのサービスエリアかで時間を潰すのかもしれないな。あるいは実家がそちらの方か、ではないかな」
「何にせよ、となれば追いかける方向は絞られた訳ね」
拳を手の平にガチンと叩きつけ、ヘラクレスは息巻く。しかし相手は高速を使い、既に何十キロと離れた場所である。
「どうやって追いかけるつもりだい。幾らお前でも、この距離では燃料が持つまい」
「そうねぇ……まぁタクシーでいいんじゃないかしら」
「いやぁ、それは……どうだろう」
咄嗟に異論を挟んでしまう。
フレイとヘラクレスの視線が俺に向けられた。
「いや、ヘラクレスはどうも目立つから、公共交通機関では民間人の記憶に根付く可能性があるかな、と」
最大限のオブラートに包みその異形を指摘する。
現代ともなりオカマ多数なれど、マッチョofオカマは目立たない筈がないのだ。
「ふむ。それも確かだね。ヘラクレス、お前向こうで指名手配は受けているのか?」
『虫・ヘラクレス。本名経歴国籍共に消滅。組織に関連された情報は現在不明。東欧圏にて密出入国の疑いでマークされています』
それに答えたのはスーチが未だ繋がる
「あらヤダ、こんなトコで足がついてたのね」
大口を手で覆い、
「となると少々危険だな。いらぬ波風は好ましくない。車両を奪って盗難、は、これも危険だな」
傍らの少女の肩に手を回し、未だガラスを眺めるαの髪を撫でる。
ガラス窓に引き続き開示され消えていく監視カメラの制止映像。どうもトラックの足取りを見失ったようであった。
「こちらで用意するのですか?」
「うーん、いっそ手伝ってしまおうか。鹿島港というと、前回の作戦であったが新たな敵勢力の可能性がある」
前回遭遇した敵勢力と言うと、怪人の姿に腰を抜かし泣きわめく姿が記憶に新しい。しかしあれは凡そ脅威としては考えづらい。
またその所属が警察である場合、縄張りに煩いと聞く所轄の垣根を越えてどこまで出張れるかは怪しい所であった。
「それは、決定ですか?」
尋ねる。
「うん、そうだね。全員で向かい、即刻で片付けてしまおう。トラックを手配するよう、技術部のペズンに」
「解りました」
誰に向けた言葉かは、この中で誰が一番格下かを考えれば簡単である。俺だ。
「フレイ様、おでかけするのですか?」
「うん。ちょっと仕事が入ってしまってね。
スーも、引き続き足取りを追ってくれ」
『
踵を返す背後で、そんなやり取りが聞こえてくる。
どうも気の乗らない仕事であったが、難易度で考えれば随伴するだけで終わるような程度のものだ。
それは、むしろ楽をしたい俺にとっては好都合じゃないか。
そう、心に引っかかる何かに言い聞かせた。
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