第17話 抵抗


 ――ただ暴れるだけ。


 簡単な話だった。いつもの様に解き放たれた怪人に先立ち人を蹴散らし、かつ自分たちは怪人の視界からは逃げる。襲われない様に。


 眠りから放たれ目覚めた怪人は凡そが破壊衝動に従うだけの暴力だ。人でもなく、かといって変異元となった獣とも違う。人の様に快楽的欲求を持つ訳でもなく、かといって原始的欲求があるのでもなく。


「ビィイイイイイッ」


 侵入した部署の一つ。杖を振り回し卓上を薙ぎ払い、突いてパソコンのディスプレイを破壊する。僅かに抵抗を試みる者には電圧を与え、即座に興味を失った体で離れれば救出されていく。

 問題は兎角人数が多い事と、室内である点だった。


 展開し三階に上がった時点で既に俺は飽きがきていた。暴れ、逃す一連の繰り返しがゲシュタルト崩壊をおこしかけている。

 三箇所有る階段の東から現在怪人は追ってきており、先行する俺と揚羽は反対方向へと進行中だ。たまに起こるアクシデントも逃げる社員が転んだとかその程度で、こちらも必死こいて追いかける事もないので程なく救助される。


「ウオオオオオオオオオオン!」


 昇ってきた怪人が三階に到着したようだ。遠吠えは近かった。


 今回の実験に投入された怪人は犬を模した姿をしている。さしずめ人狼だ。以前も創られた型で、単純な攻撃力は劣るものの機動力に特色が見られたタイプである。原型となった犬は知性の高い種族だ。攻撃方法も特徴は群れでの行動にある。


 せめてこれが犬程にでも知性を持った存在であるなら、主従関係を刻み込むことで行動の支配が可能となり、俺たちが茶番に精を出す必要もなくなるのであるが現実そうもいかない。


 通路に響く破壊音。コンクリ壁を砕き、消火栓設備を破壊する。食す為の行動ではなく、ただの破壊。手当たり次第だ。


『粗方追い払えたかな。そっちはどうだ?』


『頑張ってます』


『今の所順調だね。社員たちは順調に避難していっている』


 フレイと追加の戦闘員五名は建物からやや距離を取って待機中だ。フレイの技で操られ動く五名は、この限定された空間内ではひょんな事から怪人の標的になりかねない。敵味方の識別がない怪人のサポートに彼らを用いるには状況は限定されるのだ。


 例えば、混戦であるとか。


 遅まきながら非常ベルが鳴り響く。これで多少は追い散らすのも楽になるだろう。それでも万が一を考えると、一部屋一部屋を確認して回らねばならぬ事には違いはないのだが。


『恨みを買ってるハゲは?』


『確認出来ていない』


 今回の目標は建物の破壊と特定の人物への報復代行。恐らくパワハラか何かで恨まれているのだろう、会社での立ち位置も中途半端な部長職をボコって完了だ。


 問題はいつも通り、撤収時のみかと思われた。


「ゴホッ」


 端の部署の事だった。既に連鎖的に避難が始まって室内には殆ど人が残って居ない。そこでは四名程の人間が避難し遅れており、咳をしたのはその内の一人、ノートパソコンを大事そうに抱いていた若い男であった。


「ビィィ」


 遠目にも、男がマスクを着けているのが解った。

 風邪を引いてまで出社、御苦労様です。

 思いながらデスクの上を杖で払い退ける。


 怪人は既に三階を進行中であり、視界に入れば最後、犬の脚部構造とリミットの外れた怪人の脚力であっというまに補足され引き裂かれる事だろう。一刻も早く追い出す必要があった。


 適当に周囲を打払いながら連中に詰めていき、室内から追い出す。そうしたら追って廊下へ、怪人の状況を確認する。怪人が襲ってきた場合は身を張ってそれを妨害しなければならない。


『こっち側終了』


『おう、先に上行ってるぜ』


 階下では今しがた逃した連中のものだろう足音が確認出来た。三階はこれでクリアだ。気になるのは標的の部長なる人物の行方だ。第三営業室というからにはそれほど重要な部署とは考えにくい。外回りに出る仕事である事からも、下手に上階に部署を構えるとも思えない。だとすると知らず、当該部署を通り過ぎてしまっている可能性も考えられる。


『フレイ、今のところ標的は発見出来ません』


『いや、居たね。補足した。アイツはこっちでやっておこう』


『あちゃ、見逃してたか』


『まぁ、君たちは引き続き侵攻していってくれ』


 気を抜いた訳ではなかったが、旨いこと標的を外に逃がしてしまっていたらしい。トイレにでも隠れていたのか、それとも我先に逃げ出したのか、兎に角となれば後の行動は至極単純なものとなるだろう。


「ゴフッ」


 三階へ登る階段に足をかけた時だった。


「ゴフゥ! ガァッフ! ガフッガフッガフッ!」


 怪人の鳴き声が明らかな異常を示していた。


『フレイ、何かコイツおかしな鳴き方をしてます』


『……おかしな?』


『短く、そう、咽る感じです』


 意を決して通路を覗き込む。人狼の怪人は上半身を振り、繰り返し、そう咳き込んでいる。


『咳き込んでますね』


 見たまま感じたままに伝える。人間に近くなった前足で鼻っ面の上面を抱えるように抑え、吐き出すように唸る。

 かつて実家で飼っていた犬もあんな感じだった気がする。もう結構昔の事で朧げではあるが、風邪のように見えた。


『ふむ。……解った。とりあえずもう暫く様子見だ』


『解りました』


 


 











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