終 戦闘員の非日常13


『さて諸君、一難去ってまた一難だ』


 館内放送にフレイの声が響き渡る。

 通路にはまばらながらも研究員たちが行き交い、その手にはダンボールであったり書類であったりが抱えられている。


『現在基地の地上、周囲は警察組織によって包囲されており、愛すべき隣人たちは既に避難が完了していると聞く』


 その中にはスーチを除く、第六研究室の面々も含まれており、忙しくしている。除け者にされたスーチは身体能力的な問題から、デジタル面での処理に従事していると聞かされている。


「やれやれだな」


 邪魔にならない様に通路の端へ避け、揚羽と俺は光景を眺めている。


「思ったよりは早かった、ですね。番組終了。打ち切りかな」


 無事基地へ帰還した俺と揚羽はそのままメンテナンスへ入り、現在は明けた翌日の昼を回った所であった。


『つまり心置きなく連中を蹴散らしてやれる。

 と言いたい所であるが、奇しくも先日我が妹が起こした事件により現在起動可能な魔物もおらず、従って通告通りこの基地は破棄するものとする。

 現在各職員にはデータのサルベージ及び証拠となる各物品の処分をお願いしているが、規定時刻には退避に移るよう、重ねて申し渡す』


 本日は喫茶店のバイトがあったのだが、止むを得ず昨夜の事件に巻き込まれて負傷したと連絡を入れた。

 当日欠勤は随分と久々で、不謹慎ながら少し心躍る自分が居る事は否めない事実である。


『これは我が妹の暴走を詫びるだけでなく、組織にとって諸君らの存在が欠かせないものであるからだ。諸君らがある限り、組織は何度でも蘇る事が出来る。

 そして同時に、諸君らは私の家族でもある。私のような未熟者にとって、諸君らは頼れる親兄弟であり、共に生きる同士である。

 ――無事に生きて再会しよう』


 フレイの演説にあった通り、現在基地の地上は包囲されている。監視班と呼ばれる連中からの報告であり、その映像も送られてきた為疑いようがなかった。


 基地の所在がバレた経緯は不明ではあるが、今までですら大分ズボラな行動が多かったのだ。遅かれ早かれの問題だったと言えるだろう。


 そうして現在、基地は引っ越しの最中となっており、しかし俺たちは今暫くの待機任務を言い渡されていた。


 無論、殿しんがりを務める為である。


 予備の戦闘服に着替え、俺たちはその時を待っていた。

 凡そ撤収終了にかかる時間は二時間。抵抗に打って出るのは、ギリギリまで引き伸ばしても戦闘可能時間が凡そ三十分と言った所である。


 というのも、先のフレイア事件で完成品の魔物を使い尽くしてしまったのが大きい。基地に残るのは変異途中の魔物とも言えない状態の試験体で、中には人の型を残したままのモノも居る。


 それらは非常に不安定な代物であり、戦闘能力は水準を下回ると同時に、人間としての部分を支配しきれてない個体に関しては不慮の事態も考えられた。

 実質捨て駒である。試験対象ですらない。


 それと合わせて俺と揚羽が展開し時間を稼ぐ流れである。昨夜の戦闘で負傷させたのか、現在包囲網にレンジャーの姿が無いとされるのは救いであった。


「日本の警察とは言え流石にショットガンくらいはあるだろう?」


「あー……たーぶん、あると思います」


 幸いにもヒトデの半怪人である俺の身体は既に癒え、かと言って魔物化の進行も進んでいないという万全の状況。むしろ深刻なのは揚羽で、その左腕はナノマシンの群体と言うだけあって自己修復は完了しているものの、本体の揚羽が生身であるが故に、身体に受けた傷は如何ともならなかった。


 揚羽にも再生能力の怪人化を勧めてみたが、全力で拒否された。

 プラナリアを勧めたのがマズかったのだろうか。


「二日連続は流石に堪えるよなぁ」


「少し頭痛がします」


 最早諦めの境地であった。無論、完全には諦めていないのだが、何だろう、笑うしかない心境だ。


 どうしてこうなった、とはもう考えない。とりあえず何とかしよう。


「揚羽とA10,フレイ様が呼んでるよーん」


 通りかかった第六研究室の研究者、ベティが背後を指差し過ぎていった。

 俺と揚羽は顔を見合わせ肩を竦め、フレイが居るであろう中央休憩室へ向かった。




「失礼します」


「入るぜー」


 ドアを開き揚羽と俺は研究棟中央休憩室へ入る。


「やあ、ご苦労」


 室内はスモーク立ち込める、悪の秘密結社首領ラスボスの間と化していた。パイプが所々に覗く鋼鉄の壁に、等間隔で赤い垂れ幕。ハラワタをアルミでコーティングしたかのような有機模様の玉座からは、ちょいちょいと何かが伸びている。そしてその奥には鬼を模した巨大な顔面が壁に張り付いており、大きく開かれた口から絶えず煙を室内に充満させていた。


 玉座の前に立つフレイは、自慢したいとばかりに鼻高々の面持ちである。


「成程……なりましたね」


 確かに以前、このシュチュエーションで使おうと話してはいたが、まさか実現するとは考えていなかった。あの時なんとはなしに呟いた一言が役に立つとは。


「いや、それよりよ、フレイ? これ……」


 揚羽が言う方向に視線をやる。


「ああ、薔薇ローゼンだ」


 視線の先に居たのはいつだったか作戦でフレイが変装した、赤の平和レッドピース幹部、薔薇ローゼンの姿であった。彼女は作戦当時の衣装のまま、あふれんばかりのボリュームを変わらず主張している。


 しかしあの時薔薇ローゼンはフレイだった訳で、すると目の前のフレイペタンは何者だという話になる。


「……なんだこりゃ、ただのだ」


 揚羽は薔薇ローゼンに近づき、微動だにしない彼女の目の前で手を降ったり、ボインを突いたりして、そう断言した。セクハラ案件である。


「ああ、あの時は私がその薔薇ローゼンに乗り移っていたんだ。憑依と言うべきかな」


 フレイは語りだす。曰く、自分たちは本来の存在であり、今現在のフレイの姿も借り物である。従って憑依先を変える事も可能であり、身分を隠したい時はこうして別の身体を用意するのだ、と。


「で、今度の撤退に際してはコレも操って投入するから、そうだね、揚羽、これにスーツを着せておいてくれないか?」


「……着せ替えごっこじゃねぇか」


「うん、何ならさっきみたく悪戯しても構わないよ。存分に人形に欲情するといい」


「いや、一応生きてるんだろ?」


 悪戯は否定しないのだろうか。


「まぁそこは聞くも涙語るも涙でね。その身体の心はとうに死んでいる。まぁ気にするな。

 ともあれ時間はそうない、取り掛かってくれ」


「解ったよ。二揉みぐらいにしておく」


 揉むんかい。

 言うと揚羽は薔薇ローゼンを肩に担ぎ、出ていった。


「君も揉みたかったかい?」


「いえ、そうじゃなくて……使い物になるんですか?」


 フレイの冷やかしを軽く流し、懸念を口にする。羨ましいかそうでないかと言えば少し羨ましいが、正直言えば好みは美の方だ。


 ……すっかり染まったな、と自分でも思う。こうして人は慣れていくのだろう。


「正直あの時のと変わらないね。あの身体自体は前も言ったが生身だから」


「この状態では揚羽も、守りきれませんよ」


「仕方ないさ。彼女には気の毒だが、契約だけ持っていく」


 肘を抱き、フレイは少しだけ表情を曇らせる。多少は思い入れがあったのだろうか。デクと言ったり、彼女と言ったり、二人称も安定していない。


「はぁ……」


「ともあれ、すまないね。まぁ組織は潰れる訳ではないが、この基地はお終いだ。職員が撤退を完了し次第、爆破する。

 そうだね、理想としては丁度良いくらいで連中を入れてしまって構わないから」


 つまり敵を道連れにしようと言う訳だ。最後の抵抗、なのだろうか。


「何、無事を使いこなせたみたいじゃないか。倒してもしまっても構わないよ?

 それでも所在がバレたからには基地はどのみち引っ越しだがね」


「無理ですね。数が違う」


 そして力とやらが使えるのかどうか、未だに怪しい。


「ま、無理はせず、生存を第一に考えてくれていい。君もまた大事な同士だからね」


 もうすっかり見慣れてしまった、張り付いたかのような微笑。つり気味に薄く細目で、瞳の奥までは覗き見る事の敵わない表情。


 時折覗かせる悲しみが、何を憂いているのか、未だに解らないままであった。

 それはきっと、一生解るべきではないのだろう。狂気に踊る悪の組織の実質トップ――その思考など。


 ズズ……空間が揺れた。僅かにホコリが舞う。


「どうやら隠しエレベーターが見つかったみたいだね」


 フレイは言うと壁の一角に向かいボタンを押し込んだ。


「準備はどうだい?

 うん、では出してくれ。全部だ」


 通信を切り、再び戻り玉座に腰を降ろした。


「フレイは、どうするんです」


 そういえば、と疑問を口にした。


「無論、ココで待ち受ける」


「その姿で?」


「いや、念のため用意したフレイ専用戦闘服がある。悪の幹部最終形態風ガラガランダに特殊改造してあってね、いやぁ、良くよく考えたらアレ一回試運転しておけば良かったよ」


 パッと雰囲気を変えると捲し立てる。空元気なのは理解出来るが、やはりたぶん半分本気で楽しんでもいるのだろう。


 実際、その幹部風スーツは見てみたい気もする。男心的に。


「よし、それじゃあ」


 太ももをパンと一つ叩いた。


「頼む」


 真っ直ぐに俺を見つめ、言った。


「給与、期待してます」


 俺は真似て微笑み、そう応えた。




END A ー悪の栄えた試し無しー

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