第20話 戦闘員の非日常12

 力が使えるみたい。


 何ともふわっとしたアドバイスだ。そもそもってなんだ。せめて断言して欲しい。いや、断言されたトコでやっぱ使えませんでしたじゃお話にならないのだが。


 そして力とは一体何を指すのだろう。


 強いて具体例を上げればフレイやフレイアが使う、他者を操る力の事を指すのだろうが、超能力と考えれば良いのだろうか。


 まぁ魔物、片腕のナノマシンサイボーグと来てはいる。これらはまだ解ろうものだ。経緯はさて置き科学だ。ではフレイたちの人を操る力は何だ、と考えると単純に超能力と捉えるのが一等解りやすい。のだが、超能力は何だと考えると其処で思考停止となる。


 精神の力、念動力。見えない、良くわからない、そんな力。科学では未だ解明しきれていない未知、あるいはオカルト。


 高度に発展した科学は魔法との見分けがつかない、とは誰の言葉だっただろうか。しかし科学が追いついていない限り魔法は魔法なのだ。


 そして現実的に見る限り、魔法はフィクションだ。

 つまり信じる事が出来ないのだ。


『とは言えなぁ、うぅん』


 階段を小走りに掛け下りながら、俺はうなっていた。頭で考える悪いクセであるが、良くわからない物を使う事への抵抗がどうしてもぬぐえない。


 相手に向かって相手に取らせたい行動を強く念じる。

 フレイのアドバイスは以上だ。


 解るか。ひっくり返せるちゃぶ台があればひっくり返している所だ。


 何より悩ましいのは、絶体絶命に近い状況では、使えるならば使いたいのも本音だからだ。


『まぁ、難しいだろうね。魂を信じれれば良いのだけれど』


 生憎現実主義だ。目で見たものしか信じられないどころか、自分ですら信じられない。信じるなんて事とはほぼ無縁に等しい。


『無理はしなくていいぞ。一人でも引きつけてくれれば十分だ』

 その一人すら危険なのです。


 幾らヒトデが再生能力オバケだったとして死なない訳ではない。


 勢いで安請け合いしてしまった為、言葉にはしないが大分通常運転に戻りつつある精神状態はパニックであった。


 とりあえず最後の魔物が倒される前に現場に出る事が第一だ。こうなってしまったからにはフレイたちをまず離脱させねばならない。そしてかつ初動で生き残る為には、悪いが今更だ、魔物にヘイトを抱えて貰ったまま参戦して遅延行動に入り揚羽を待つのが良いだろう。いつも通りのちょっかいをかける立ち位置だ。


 無論今までのように他の戦闘員デコイが居ないので、どうしてもヘイトが向く場合もあるだろう。肝心はそこなのだ。




 二階部分まで到達する。バケモノの方向と爆砕音が絶え間なく続く。思えば残ったバケモノは良くっている。


 さて、腹をくくろう。

吶喊とっかんします』

 告げる。階段を二段飛ばしで駆け下り階下へ。勢いのまま手近なレンジャーに目星をつけると駆け寄りカトラスを振るった。


 小さな火花がレンジャーの背中を走った。

「がっ!?」

 そのまま駆け抜けレンジャーたちの外周を回り込む。まずはビルの入り口から視線を外さねばならない。


「無事か荻野!」

「何だこいつ、急に出てきたぞ!」

「でも、戦闘員だね。どうして今頃……」


 奇襲には成功したがさして動揺を与えるには至らなかった。五人は戦闘を旨く継続しつつ声を掛け合っていた。状況としては魔物と俺とで半包囲のていであるが、俺に向ける警戒は薄く、全員がバケモノの方を向いたまま。


 焦ってはダメだ。それに、逆にチャンスかもしれない。

「ギィ……」

 俺はカトラスを握る手を持ち上げかざす。単純に利き腕なのだ。グリップは親指だけで支え、不完全ながら手の平を向ける。


 強く――何を念じよう? ――とりあえず動くな。


 俺のことは横目で何度か確認しつつも、バケモノを中心として交錯が繰り返される。そして、


「ガ……っ」

 僅かに届く信号機の明滅に照らされ、黄レンジャーがバケモノの一撃に身をけ反らした。

「山田ぁ!」

 誰が叫んだかは解らない。だが見事な連携ですぐさま二人がサポートに入った。一人が魔物の二撃をき止め、もう一人が黄レンジャーを引き離す。


 さて、これは旨く行ったのだろうか? 連中がミスっただけかもしれない。


 ともあれいつまでも立ち尽くしていたのでは怪しまれる。


 見渡す戦場は、電柱が折れ、あるいはひび割れ、ガラスが割れ散り、小さく燃え、またアスファルトがめくれ水を吹き出させている。戦場であった。


 コンクリの壁や道路の各所には、爆散した魔物のものだろう、赤い鮮血や臓物、千切れた腕等が散らかっている。


「ギギィ!」

 カトラスを掲げ俺は引きずられる黄レンジャーに追い打ちをかけた。


「ちぃ!」

 黄レンジャーを支える緑は片手のハンドアックスを咄嗟に構える。俺は構わずカトラスを打ち付けた。弾ける。

 エネルギーの刃に対して、過熱しただけの金属であるカトラスは長く持たないだろう。空いた手を腰に回しもう一丁のカトラスを抜き、勢い、支えられる黄色に突き放つ。


「しまっ!?」

「ぐっ」

 カトラスの刃先が黄色の喉元をとらえ、黄色は低くうめいた。

 アックスと鍔迫つばぜり合いをするカトラスの刃が溶解を始めている。俺は一歩下がりつつ方向転換、一旦距離を図る。


 残念、と思う気持ちと、良かったと感じる安堵が混ざる。左手に握る、腰から抜いたカトラスは火が入っていないのだ。熱を入れたまま腰にマウントするのは危険すぎた為である。トリガー方式でないのが今度はやまれた。


 そして、幾ら戦闘員として悪に身を染めた身とは言え、俺はまだ手を下人を殺した経験はない。厳密に言えば、だが。


 それでもバケモノの姿をした元人間と、人の姿をした人間とではやはり受け取り方が違うのはエゴとは言え止むを得ない部分がある。まぁ結局、こんな組織だ。いつかはきっとその時が訪れるだろうが。


「ギィ……」


 さて状況はと言えば、黄色の無事を確認した緑は俺に対する警戒を強めつつ後退を再開。バケモノに相対する青と赤、そして黒は変わらず視界にビルの入り口を収めていると思われた。


 次はバケモノに向かう連中に手を出さねばならない。


 いや、待てよ。

「ギッギッギッ」

 適当に奇声を発し、俺は中腰の体制を取った。肩の高さに両手をくねらせ、謎の踊りをしつつ手の平をバケモノに向けてみる。


 願うのは跳躍。――頭上を越えて、反対へ。


「ギィイイイイ……」

 思わず力が入る。何度も頭の中で同じ指示を繰り返す。


 信じた訳ではない。先程の結果だって疑わしい。それでも、可能であれば期待せざるを得ない。旨くいけば、もし本当に力があるのなら、結構都合が良いのだ。


 バケモノに効くかどうかも賭けである。しかしフレイアはを成していた。


「グルルルルゥ」

 バケモノは両足に力を込めて身を低く構えた。


 いけたか? 思ったがしかしバケモノは真っ直ぐ駆け出す。


 最後に残ったバケモノは犬の特徴を強く残すフォルムで、成程走る姿が犬のそれである。身体には既に幾つもの傷を残し、だがそれでも不思議とソイツは未だ健闘し続けていた。素早い動きが、旨いことレンジャーを翻弄ほんろう出来ているのかもしれない。

 犬の魔物はそうして三人を駆け抜けざまに弾き飛ばし、望んでいた結果でないにしろ反対側へと移動してくれた。

「ぐ……ぅぅ」


 誤魔化しついでに緑に再度襲いかかり、離れる。


 疲弊が強いのか、起き上がる腕が震えている赤レンジャー含む三人。


 思えば、多分時間は深夜も深夜だ。待機時間中に仮眠と取っておいて良かった。

「く……こいつはしつこいね……」

「そろそろ片付けないと、こっちもヤバイぜ」


 しかし。

 本当に力があるのだろうか。効いているのか。


 今のところ、状況は旨い事推移している。視界の端、フレイたちが脱出を開始した

のが確認出来た。道路を渡り、ビルの影に入った。


 犬のバケモノは思った以上の善戦っぷりで、レンジャーたちも大分弱っているように受け取れる。攻撃に移られたらオシマイな俺としては、何とも有り難い奇跡と言えた。


「仕方ねぇ。一気に決めるぞ!」


 赤が気合一発、立ち上がる。強く握った拳を腰だめに構える。


「ギアセカンド! ドライブ!」

 叫び声に、再び緑にちょっかいかけようとした俺は意識を奪われた。


 見ると、赤レンジャーのスーツを覆う各パーツが展開し、開かれた隙間から幾つもの放熱が起こる。ゴォオオオォ、とけたたましいうなりを上げてやがてジェットエンジンよろしく炎が吐き出された。


「唐!!」

「止めろ! そいつはまだお前には耐えられない!」

 仲間内から悲痛とも取れる叫びが上がる。


 どうやらヤバいようだ。

 赤レンジャーの着けるヘルメットもまた不思議な展開を見せ、排熱、炎を吐き出し見る見るの内に赤く染まっていった。

 傍目に見る分には自爆に近い。己の身から排出した炎に、今まさにスーツが焼かれ過熱されている。連中の掛け合いからも、それが危険を伴う手段である事は明白だ。


 もし今力を使って赤の動きを制限出来れば、赤は為す術もなく自滅するだろうか。


 悪魔のささやきが鎌首をもたげる。――試す価値はあるか。


 腕を掲げる。指示は単純、――動くな。


「うぉおおおおおおお!」

 赤は叫び続ける。バーニアと化した各部が火力を上げた。


 手応えなんか解らない。只管ひたすら念じてみる。赤レンジャープロミネンスフォームの雄叫びは止まらない。


 やはりダメなんじゃないのか。力なんか無いんじゃないか。疑問と焦燥だけが湧き上がる。


 そして、赤レンジャーは駆け出した。炎が軌跡となって流れる。


「ギギャ!」

 踊りこんだ揚羽がブレードを打ち込んだ。だが刃は赤レンジャーが残した炎の残滓ざんしを切り裂くだけ。


「バスタアアアアアアアアド!!」

 掲げた武器はエネルギーを激しく放出し、刃の形状をたもとうとはしていなかった。出るままに放出し、まるきり出来の悪いノコギリのように幾つもの山を形作る。束縛から開放されたエネルギーが行き場を求め、暴れまわっていた。


 着地した揚羽は左腕を即座に変形させ光弾を放つ。


 それは最早、切断とか溶解ではなかった。一瞬にして灰燼に帰す、恐ろしいまでの熱量の一撃である。

 一刀の元にバスタードに両断されたバケモノは、そのほぼ全てを黒い消し炭と変え、そして崩れた。


 揚羽の放った弾はバラバラに赤レンジャーの足元を弾く。即座に揚羽に襲いかかる青レンジャー。太いランスが突き出され、左腕で受けた揚羽が吹き飛ばされる。


 そして目の前には、黄色が手にしていた巨大な棘付き鉄球ハンマーが迫っていた。





「唐! 無事か!?」

「あー、いや、全身熱いし痛ぇ。骨折れてるか知んねぇ……」

「未完成のギアなんか使うからだ、バカ」

「いってぇな、ハタくんじゃねぇよ。イチチ……」


「……ようやっと終わったなぁ。もう朝じゃんか」

「ああ、そういや山田、おめぇは平気だったんか」

「応、ちと痛むが、問題ないぞ」

「ようし、そしたら報告だ。……この二人も引き渡さないとな」


「ああ、何で今回はこいつら二人だけだったんだろうな。一人は、ちょいちょい邪魔してた左腕のヤツか」

「解らない。でも報告じゃこの先でも戦闘があったみたいで、この左腕も既に手負いだった。何か有った、と見るべきだろうね」

「そう言えばコイツも、俺のハンマーにやられた筈にしちゃ、胸んとこが切り裂かれてるわ」

「何だったんだかな」

「うん、バケモノの数といい、何かが起こったんだろうね」



『……起きてるか』


 小声で通信が入る。揚羽だ。

『ええ。どうします?』


 今俺たちは荒れ果てた戦場で、ち果てる二体の戦闘員だ。目の前には赤く滴る肉片が転がっている。


 頭上では断線した電線がスパークを繰返し、またすぐ横では破裂した水道管から水が吹き出している。


 遠く聞こえるサイレンと、更に遠く聞こえる避難警報が、俺たちの密談ひそひそばなしを助けてくれていた。


『煙幕張って逃げるしかないな。いけるか?』


『頑張ります』

 ザシャ、砂利を踏みしだき、足が目の前に降ろされた。


「生きてるか、コイツ」

 スーツに走ったラインを見るに、目の前に降ろされた足は黄レンジャーであった。俺の顔面に棘付き鉄球ガンダムハンマーをブチ込んでくれたコンチクショウである。


「うん、呼吸してる。生きてるわ。そっちはどうだー!」


「大丈夫ー!生きて、こ、コイツっ!?」

 作戦開始。勢い良く起き上がり、肩で黄色を押しのける。方向は決まっていない。駆け出した。

「う! に、逃げたぞ!」

「皆逃げろ!」

「いや違う逃げたんだっつの!」

「爆発する!」

 そして背後から光と音と爆風が俺の背中を襲った。吹き飛ばされる。


『煙幕じゃねぇ!』

 思わず叫び、そして壁に打ち付けられる。



「ギッ……」

 気合を入れ直す。あと少しで終わる。


 眠気と疲労とが一気に押し寄せるが、捕まる訳にはいかなかった。揚羽の放った爆風で、足止めになっている事を願うばかりであった。


 俺はビルの合間を抜けていく。

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