第9話 戦闘員の日常6


「おう、怪人ヒトデ男」


 いつまでも患者衣のままでいるには、何かが目覚めてしまいそうだ。いい加減、というかそれまで忘れていた俺も俺であるが、真っ当な衣服を要求した。正直股間の開放感は捨てがたいとも思わなくもなかったが。


 再び通路へ出た俺とフレイを待ち構えていたように、揚羽は壁に寄りかかり俺をそう呼んだ。


「はい、なんでしょう」


 煩いライダーマン、と言いそうになるのを堪える。小学生並の嫌味であるが、不快か否かで言えば不快である。こういう手合はマトモに取り合わないに限る。


「なんだ、随分冷たい対応じゃないか」


 無地のシャツにジャンパーを羽織ったラフな格好。揚羽は口を尖らせる。


「ゴキブリで無かった事に感謝を捧げるので手一杯なので」


「oh,cockroachコックローチか。そりゃそうだ」

 手には紙袋が下げられ、肩を竦めるとガサリと音がした。


「雑談は構わないけれど、服を着替えたいんじゃなかったのかい。

 揚羽に買いに行かせた。ついでだ、更衣室を案内してやってくれ」


「はーいよ。んじゃ、行こーぜ、こっちだ」

 成程、紙袋の中身はそれか。大人しく従う事にした。



「ほい、ここがお前のロッカー。で、これが制服ね」


 揚羽は中ほどのロッカーを開け放ち告げた。案内されやってきたロッカー室はそこそこの広さを確保している。出入り口の向かいにはシャワー室まで完備されている。


「でコッチは俺な。ヨロシク」


 割り当てられたロッカーには上下一式の黒いスーツが掛けられていた。これが基地での正装らしい。


「あー、揚羽さんとは、なんか違うみたいですけど」


「呼び捨てで良いって。畏まるようなものでもないし」


 手をひらひらと振る。アメリカナイズと考えれば良いのだろうか。揚羽は、上司というよりかは先輩に当たるのだろうか。


「解りました。揚羽、貴方は制服は?」


「無視してる」


「いいんですか?」


 受け取った紙袋を一旦ロッカーに。代わりに制服を取り出す。二つボタンの真っ黒なスーツ。シャツは白。サングラスは置いていなかった。


「ああ、フレイは細かい事ぁ気にしないからな。適当だぜ、みんな」


「此処の大ボスはフレイ、様なんですか?」


「ああ」


「なら、それは良かった」


 サイズを確認する。少しダボつく大きさだ。少し裾上げも必要なようだった。となれば革靴も必要となってくる。痛い出費だ。


「あーはー?」


「ネクタイ、苦手なんで」

 


「ここの職員は殆どが研究者だ。戦闘員は俺とお前だけ」


 結局、揚羽が買ってきたという変えの衣装に着替えた。シャツとジーンズ、それからパーカー。靴はシンプルなスニーカーだ。


「まぁ、なんつーか。気楽にやろうや。死なない程度にな」

 ロッカー室を出て、そのまま向かいのシャワー室を適当に案内される。


「ちなみにこっちが女性用な」

 ノック三回。開け閉め二回。


「一応一通り案内しろって話になってる。迷いやすいから気をつけてなー。後、聞きたい事あったら聞いてくれ」


 言うと歩きだす。俺はそれに続く。買ったばかりの靴が一歩一歩の新鮮さを伝えてきた。


「では遠慮なく。フレイは何者なんですか」


「知らない。偉いさんって事だけだ」


「フレイも、何か、そういう力が?」


「ああ。見た事ないけど。あ、ここトイレな。こっち女子トイレ」

 女子トイレの方のドアをやはり開ける。悲鳴は無し。よかった。


「揚羽の腕は、何です」


「少しは女子トイレのトコに反応しろよ。

 俺の腕はナノマシンの群体らしい」


「そのようなパターンも他に居る?」


「ああ。むしろアンドロイド専門で動いてる連中が居る。他にはゾンビ専門とかな」


「ゾンビ?」

 次はヴァンパイアときて終いには妖怪だろうか。


「形式としてのゾンビさ。ゾンビの元ネタを知ってるか」


「確か、ブードゥだとか、見た記憶が」

 揚羽が指を鳴らす。そのような態とらしいアクション、初めてお目にかかった。


「そ、麻薬で術者の意のままに」


「そういうやり方なんですか」


「いや、違うけどな。こっから左右に順番に倉庫。研究員以外立ち入り禁止ー」


 大分進むと、殺風景な通路から一転、ドアが左右に立ち並ぶ。脇に何やらパネルが

各戸設置されているので、恐らくセキリティレベルがグンと上がったのだろうと思われた。


「……それは、日本で?」


「世界中でだ」


 の割にはニュースとしてお目にかかる事はない。各国の威信の関係等の問題で行われる報道管制があるとしても限度はあるだろうから、つまり他の国に置いてもその行動は高が知れると言った所だろうか。


「本気、ですかね」

 この問は半分賭けである。揚羽がその類で無いと予測して。


「知らない。日本は実験場だからアレだけど、他所もやってる事は地味だしな」

 良かった。考え方が緩い方だ。


 非常に有り難い。フレイと言い揚羽と言い、行動指針は非常に緩い。むしろ何で組織に居るのかが疑問なレベルだと言える。


 何せつい先日、生死の境を彷徨う羽目になったばかりである。


 だが、それでも、括らねばならぬ腹もある事は確かだ。


「次があったら、またあのバケモノを使うのですかね」


「解らない。だが敵は昨日のゴリラを倒してみせた。それなりには、なるだろうな」

 ああ、と脳内で手を打つ。目覚める前に聞こえたような会話が俺の中で繋がった。


「俺たちの装備の強化は、無いんでしょうか」


「あー、そう言えばそうだな。あ、こっから左右に研究棟な」


 左右に歪曲した通路の壁面に辿り着く。ぐるりと中央の空間を囲むように通路が走り、外壁に当たる面ではガラスで仕切られた向こう、幾人かの姿が確認出来る。


 揚羽はそのまま正面、中央空間のドアパネルを操作する。電子音、両サイドにドアが開き、


「おーい、装備強化してくれー」

 脈絡をすっ飛ばして中に佇むフレイに要請した。


「いいよ。胸元に肋骨でもデザインするかい?」

 いつもの笑顔でフレイは俺たちを出迎えた。



 其処は緑豊かな公園だった。


 遠くに山々がそびえ、空は青く、雲ひとつない。レンガを敷き詰めた道が一本走っており、両脇には等間隔の広葉樹。多すぎず、少なすぎず、若芽であろうか、木漏れ日を足元に描き出している。


 フレイの周囲には休日を愉しむかのような人々が行き交い、俺のすぐ目の前の足元を柴犬が駆け抜けていった。


「またお前の趣味かよ。肋骨って、どんだけドハマりしてるんだ」


 揚羽はその室内、公園に一歩踏み込む。犬を追いかけ拙い足取りで走る幼子が、揚羽に触れ、通り過ぎた。


「拘りは必要だよ。美学もね」


「ただのパクリじゃねーか」


 構わずフレイへと進む揚羽。手に持ったスマホをポケットに仕舞い、取り出した手にはまた違う何かを握っていてそれを操作する。

 世界が闇に包まれた。


 次いで天に光が生まれていき、再び光を取り戻した世界は一面がのっぺりとしたただの壁に囲まれた殺風景な室内だった。


「驚いたかい?」

 揚羽の影から身を乗り出すように、フレイはこちらを伺った。


「ええ」


 空間を利用した立体的な映像投影。実際のそれを錯覚する世界であった。


「中々外で休憩ともいかないから、苦肉の策ってヤツだね」

 言うとコントローラーを更に操作する。周囲の風景が秋、冬、春、そして夏。次いで浜辺になり、河原になり、中世のお城の玉座の間になった。


「もし此処が狙われるようになったら、此処で出迎えようと思っていてね。どうだい、っぽいだろう?」


 更にボタンを忙しなく操作していく。光量が薄れ、並び立つ柱に刺さる松明の灯りだけとなり、柱や、窓にかかる幕は汚れすすきれた。荘厳を誇った玉座は骨の禍々しい作りへと変化し、動物の頭蓋骨がぶら下がっている。

 魔王城、と言いたいのだろう。


 俺は取り敢えずの一歩を室内へ進め、周囲を見回した。光量が落ちた事でよりそれらしく雰囲気は演出されている。


「現代風で考えるなら、もうちょっとメカメカしい方が良いんじゃないですかね」

 それっぽい感想を添えておく。正直どうでも良い。


「あー、成程」

 どうやらフレイの中で歯車が噛み合ったようだ。


「悪の総帥、だね」


「ええ」

 っぽさで言えば、魔王城よりはソッチだろう。


 だが、此処がドコかは知らないが恐らく日本に置ける基地だろう事は予想がつく。それに攻め入られるというケースは即ち組織の崩壊のピンチである。敵が此処に攻め入ったその時、俺はどうなっているか、想像したくはないものだった。


「それは是非作らせよう」


「あんまり余計な事させてっと、まぁたドヤされるぞぉ」

 フンスと力を入れるフレイに揚羽が呆れる。


 後はスモークでも炊けばいいんじゃないかと差し出口を挟みそうになったが、堪えておく。既に揚羽の訴えから話が脱線事故を起こしていた。


「で、装備の件ですけどね、マジでお願いしますよ」

 と揚羽が軌道修正する。生死に関わる内容だ。心中で揚羽を応援する。


「うん、ああ。そうだね、今の装備じゃ最悪ズンバラリン、だろうしね」


 リモコンを仕舞う。フレイはそのまま玉座の裏へ消えていき、物音。戻ってくるや玉座に雄大に腰掛けた。ギシッ、鉄がすれる音がする。


「ずんば……よく解らないが防げるなら期待したいね」


「うん。北米の本部に打診しないとねぇ。ビーム防げるような装備、あったっけかね」


 組んだ足の上で手を組む。背もたれに深く身体を預けているのか、顎をしゃくる形だ。フレイのスーツはパンツスタイルである。


「それは大丈夫だ。こっちに来るずっと前に俺がテストに参加したプロジェクトがあった筈だ」


「そう、じゃあ問い合わせてみよう。それはそうと、案内は済んだんだね。大丈夫かい、覚えられた?」


「迷子にゃならないだろう」

 振り返る揚羽。構図だけ見れば立派な魔王とその腹心の立ち位置である。


「ええ、多分」


「体調に変化は?」


「特に」


 正面で方膝をつけば俺も立派な魔王軍。しかし茶番に付き合う気はないので入り口ちょっとの所で棒立ちを決め込む。


「そうかい。ならいいんだが。

 ――時に、先程先方から連絡が入ってね」


 背もたれに預けた身体を起こし、組んだ手を足の上に立てる。組んだ拳が口元を隠すように前のめり、フレイは見上げる形、目元に力を込めた。


「ああ、あの」


「ああ。の連中だ」


「わんにゃんガード……?」


 随分とファンシーな名前だ。


 尋ねる俺にフレイは時折肩を震わせ含み笑いをたぶんに含みつつ、説明した。


 NPO法人わんにゃんガード。捨て犬や捨て猫、飼育放棄さて保健所に収容、あるいは経営崩壊したブリーダーの元からそれらを保護する事を目的とした動物愛護団体の一つ。長い活動経歴を持ち、幾多の活動実績を誇っているらしい。


 彼らの最終目的は言うまでもなく、そういった環境の抜本的改善である。しかしどれだけ彼らが働きかけようとも、心ある人間が賛同しようとも、決して被害は減る事はなかった。

 やがて彼らの活動はペットショップの否定へと推移していき、近年過激な行動を取り始めている。との事だ。


「要するにシーシェ」


「それ以上はいけない」

 言いかける揚羽を制止するフレイ。


「我々は今、公に名を出す事は控えている。しかし最終目的が途方もない事実、あまり手をこまねいている訳にもいかない。熱量が下がるからね。

 だからこういった活動団体の名分を借りて動く時は多い」


「はぁ。それで、そのが何ですって」



 は組織に全面協力を期待しているようで、向こうの主張は簡潔。全ての、命を粗末にする者の撲滅であり、それは個々人にも及ぶ。彼らの実際の行動としては主には営業妨害行為と迷惑行為である。


 彼らの要請を受け、俺たちは知らされず実験に巻き込む形でそういった店の破壊に加担していたという話だ。ショップ、ドッグラン、経営者の住居等だ。そうした組織の協力の元得られた実績から調子に乗りつつある連中は、今度はフレイに個々人の暗殺まで依頼してくるようになっていた。ツイッターでたまに見る、ペット虐殺を自慢する類の連中をだ。


 無論人員の居ない俺たちであり、実験自体は組織の最優先事項だ。故にそこまでの小事には手を貸せないと突っぱねてきたそうだが、


「なんかブチ切れててさぁ」

 玉座に腰掛け、体制を変える。肘掛けに手を伸ばし、空を切った。


「プッ」

 揚羽が笑いを含み、フレイが睨む。


「おかすぞコラ」


「ソーリー」

 腹を抱え、反省の色が見えないまま片手を挙げ謝る。


「ふぃー。俺たちも座ろうぜ」


 呼吸を整えると玉座の裏へ回り、二脚のパイプ椅子を持ち出した。一脚を俺へ渡し、適当な場所に広げ、座る。


 成程、フレイが座っているのは本来パイプ椅子だったのである。当然、肘掛けなど上等なものは無い。しかし視覚上は演出のため玉座となっており、つい存在を誤認してしまった訳だ。


「まぁ、愚痴っても仕方ないのだけれど。

 そんな訳で確定じゃないけれど、次を見据えて準備しておかないといけない」


「まずはこっちの装備を何とかしてくれ。次は何人集めるんだ」


「ああ、それなんだが。次は集めない。私が現地調達で賄うから、追加は五人前後だと考えておいてくれ」


 落ち着かないのか、再び背もたれに身を投げる。天を仰いだ口元から小さなため息が溢れた。


「何だ、めるのか、新卒採用リクルート


 今までの求人の事だろう。揚羽は冗談で言ったのだろうが、ちなみに新卒の時期ではない。


「ああ。前回の時に大量に取りこぼしが発生してね。

 成果も出難い、面倒臭い。その上、次回はよりマークされるだろう」


「数人死んだしな」


 前回の実験は撤収の段取りも何も無く、崩壊した。最もな結果だ。以前フレイは逃げそびれた奴を始末したと言っていたが、となれば相当な数が殺されてしまった訳だ。それがどの程度の隠蔽工作として効果的なのかは判断出来ないが、相応の数が死んだとなれば動かない世論ではないだろう。


「だから次は私が出るよ。人数は少ないが勘弁してくれ」


「いや逆に助かる」


 フレイが出張る事により五名程の人員が確保出来る。ロジックとしては脈絡も感じられない帰結であるが、揚羽はそれを受け止めた。となれば疑う必要はまず無いのだろう。親衛隊でもあるのだろうか。


「構成員確保というのは難しいものだね。イヤになる」


 三度みたび、フレイはため息を零した。



 

 

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