第26話 Dryad


「サッパリ解らん」


 揚羽にすら始めて明かしたのだろう。フレイのその胸の内。組織の目的。


 だが揚羽はフレイの言葉をあっさりとそうぶった切った。


 正直揚羽に同意である。それだけじゃあ何がしたいのかがあまりに不鮮明だ。


 花を植えたいなら農家をやれば良い。ビルを緑化したいのなら政治家にでもなれば良い。だが、多分そうでは無いのだろう。そこまでは解る。


「だろうね。悲しいが正直理解されるとは思ってはいないよ」


「まぁいいさ。んで、肝心のそのサクラはドコに居るんだ?」


 良いのか。生命を賭けて戦う理由が。己の手を汚す理由が。そんなもので。


「彼女は――」


ーー


 基地からそう遠くない、ある地方都市の繁華街。

 突如として現れたソレは無差別に人を襲い、その蔦に絡め捕らえていく。

 全身を蔓と葉で覆われた怪人。


 逃げ惑う人々は少なく、遠巻きに見守るように。今もその場にはざわめきと、捕らえられた数人の助けを求める懇願が入り混じっていた。


「こんな所に居たのか」


 ビルの屋上。階下の騒動を見下ろすように、サクラは佇んでいた。

 迎えに寄越された俺と揚羽が声をかけると、彼女は僅かに顔を曲げ、横目で俺たちを視認し、興味が無いと言った風にまた階下に視線を向けた。


 基地の誰かが用意したのだろう、空色のワンピースを身に付け、屋上に吹き抜けるビル風に髪を靡かせている。


「フレイが呼んでいる。一旦帰るぞ」


「嫌よ。あたしにはやる事があるの」


「やる事ってアレか?」


 屋上をぐるりと囲うフェンスを一足飛びに乗り越え、少し離れた所、縁に立ち階下を顎で示し揚羽が尋ねる。

 俺も送れてフェンスをえっちらおっちら越え、また階下に視線をやった。サクラを迎えに行くのに、スーツは服の下に隠せる強化服だけは装備してきたものの、俺の運動神経で揚羽の真似はきっとロクな事にはならない。


 遠目に確認出来る新たな怪人、植物の怪人ドリアードは何とも緩慢な動きで周囲に蔦を伸ばし何かを漁っているかのようにしていた。凡そ獰猛とはかけ離れた、しかし流動的に何かを求め、蔦は急激な成長を続けて一帯を侵食し続けている。


 組織が創る怪人のように獰猛な凶暴性がある訳でもない、正に植物。


「あれは只のロリコン。ムカツくからああしてあげたの」


「ロリコンだとああなるのか。恐ろしいな」


「……そうね。人を性欲のはけ口としか見ないカスは死んで当然だわ。いいえ、ただ死ぬだけじゃ足りない。全部、ぜぇんぶ壊れてめちゃくちゃになっちゃわないと」


 爪を噛みクスクスと笑う。記憶を消され、フレイに懐いていた頃とはまた違い、その目は更に暗い虚に染まっているように感じられた。

 

「何故かしら。憎くて仕方ないの。誰かが憎いの。だから、それを壊さなきゃいけないのよ」


「それを止める気は、フレイには無いんだとよ。ただ、その力の使い方を導くってぇ話だ。今みたいに適当にやってるだけじゃ、ダメなんだとよ」


「あ、そう。――あ、ねぇ見て、花が咲くわ」


 フレイの言伝を聞き流すサクラ。その言葉に導かれるように階下では、緑色に蠢く怪人の頭頂部、蕾のような何かが形作られていた。

 薄緑色の蕾がやがて赤く染まると、一旦膨れ、やがてハラハラと一枚また一枚と花弁が開いてゆく。


 ようやっと到着した警察もまた、その光景には息を飲んで佇むしかない。

 いつしか、蔦に囚われた人々の叫びは聞こえなくなっていた。


「人を養分にしてるのか……?」


「成る程、寄生植物みたいなものか」


「アハハ、クズにしては綺麗に咲いたわねっ」


 ここからでは確認しようもないが、養分にされたのは何も宿主にされたヤツだけでは無いようだ。血だか肉だかをを吸われ、果たして階下の惨状はどのようなものなのか。

 何にせよ、これは組織にとっては望むべくもない結果である。フレイが特別視するとは言え、最早力づくでも止めるべきだろうか。


「そりゃ、結構なこって。気は済んだか? 帰るぞ」


「っさいわねぇ、アンタには関係ないじゃない」


「……A10」


 揚羽も同じ結論に達したのか、はたまただらだらと説得するのに疲れたのか、かくして合図が成される。


 基地を飛び出した時点で危惧されていた事である。サクラの暴走は。俺たちは捕獲を視野に入れて鎮静剤を受け取ってきていた。


「っしょ」


 揚羽が飛び上がり、屋上の縁をサクラの背後に回り込みその手を掴む。俺は足元を確認しながらゆっくりと近づき、懐から注射器を取り出した。

 階下ではついに警官が発砲を始めている。避難誘導と、付近一帯の封鎖も近い。時間はかけられないようだ。


「っにすんのよ!」


 サクラが叫ぶ。視界の隅で緑が蠢いた。

 タイル状の隙間、僅かに溜まった土を苗床に、雑草は何処にでも存在する。

その屋上の隙間に僅かに生える雑草が、目の前、見る間に伸びていく。


 ジャッジに追撃されていた時に見た、緑の壁の正体がこれだった。


 つまる所、の力とは植物を急激に成長させ操り、またその怪人を生み出す事。


「A10,急げっ」


 視線を奪われていた俺を、揚羽が急かした。見れば、屋上の縁からも草は恐ろしい勢いで伸び、揚羽の足に絡みついている。


 凶暴性が無い等と侮ってはいけない力が、その片鱗を覗かせていた。


「……っ」


 それは俺の足元もまた同じで、意思が介在しているのか、俺の身体を目掛け草が生い茂ろうとしている。最早怖いだ等とも言ってられず、少しだけサクラへと飛ぶと、俺は手にしたそれをサクラの首元へと打ち込んだ。



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