第27話 エイリアン
革命。
フレイの口にした言葉が、嫌に心に残っていた。
頭の中でそれは絶え間なくリフレインを繰り返す。
新たなバイト先のレストランフロア。歓談する幾数人の客を眺めながら。
夕飯を買いに訪れたスーパー。駄々をこねる子供を連れた主婦、親子連れを眺めながら。
目に映る風景に、革命の文字が踊る。
今を壊す。
新しい何かを創る。
彼らを、目の前の一見安穏とした平和を打ち砕いて。
それは正しいのか。
誰の為に。何の為に。
いや違う。俺はまだ其処には立っていない。その先の答えを持っていない。
今それを口にしたところで、ただの破壊者に過ぎない。訳も分からずただ現実をぶち壊したいと
だからきっと、この感情はまだ、表現するに値しない衝動に過ぎない。
ーー
「頭痛ぇ……」
「飲み過ぎですか、揚羽」
あくる日。捕え、培養槽に浸けられていたサクラはまたしても基地から脱走していた。怪人を創る為の其処には硬いコンクリもろとも床タイルを突き破り一本の蔦が残っており、監視カメラの映像からサクラを開放したのがこの蔦である事が判明した。
そして命令により、揚羽と、当日のバイトを急遽欠勤し俺がサクラの足取りを追っている。
バイトを変えて間もない事もあり、恐らくファミレスのバイトはこれでおじゃんである。
公共機関のカメラ映像をハックし判明したサクラの足取りは都内、駅ホームのもので、ロクの金銭の持ち合わせもなかった彼女がどうして電車を使えたのか謎は残るものの、取りも直さず暴走の危険の有るサクラを野放しには出来ようはずもない。
「ああ、昨日ちょっとナンパ成功して浮かれあがっちまって……」
昼前のやや閑散した電車内。吊革に捕まり上体を項垂れる揚羽は、傍目にも顔色悪く、今にも戻しかねないといった面持ちである。
「女性ですか。良いんですか? そういうの」
よもや揚羽に限ってと信じたいのは身内贔屓であるが、ピロートークで悪事をバラすというのは物語での悪人の様式美みたいなものだ。
追加で寄せられた情報では、サクラは都内より千葉へと移動を開始しており、その方向は彼女の生家があると言う。彼女が今更ホームシックにかかったとも思えないが、しかし年齢を考えればまだ子供。
彼女がどれだけの仕打ちを受けていたかは知っているが、それでも戻ってしまうのが子供と言うものなのだろう。
子供の
だが一方で、俺と揚羽が彼女の口から聞いた言葉が引っかかる部分である。
何にせよ、既に半怪人、花として覚醒したサクラが家に戻る訳にもいかないのは確かだ。サクラ本人としても、その家族にしても、そして組織としても。
「うぷ……」
「ちょ、カンベンして下さいよ」
ー
港湾部のとある市営団地。人気の少ない閑静な道の先に、サクラの親が住んでいるという。
「ちょっとしたスラムだな」
ちらほら見かける異邦人の姿を認め、揚羽はそう漏らした。揚羽自身も白人であるが、此処には絵に書いたように、東南アジア系の姿が多く見受けられた。
サクラの人種に関して疑いを抱いた事は無かったが、彼女もそういった移民のクォーターであった。
極偏見であるが、そういった日本に出稼ぎに訪れる発展途上国の人々は、得てして日本人との婚姻関係を狙っているという。つまり国籍。永住権をである。そして同時に一時の婚姻に急ぎ、結果破綻する者は後を立たない。だがそれにより日本んでの永住権が失われる事は無いのだ。つまりたった一度、永住権を得る為の婚姻を図る者は決して少なくない。
そして残されるのが、日本にしがみつく低所得労働者と、その落とし子。
日本に夢を抱くも、やはり人種に拘るのが鎖国的な村社会を尊守する日本の根本的なあり方である。無闇矢鱈に夢を追って日本にしがみついた彼らの行く先は、結局最下層に限られてしまうのが現実だ。
そうして、貧すれば鈍するの悪循環は、起こるべくして起こる。
育児放棄からの虐待と、暴行。
劣悪な環境を、むしろ子殺しの流れに晒され、そして子供が行き着くのは、諦めか逃げか、それとも――
「ぅわぉ」
一頻り胃の中をサッパリさせ気分を一新。目の前のそれを見上げ、揚羽が小さく感嘆の声を上げる。
「憎んでいるのか、怒っているのか」
五階建ての団地の一棟をまるまると包み込み、周囲の緑地から立ち上る蔦が緑黄色の塊を創り出していた。
「親から逃げるってのは難しいからな。殺さなきゃ逃げられない事もある」
「こんな事しなくても、組織に居れば良かったでしょうに」
「んー……ケジメ、かもな」
其処は情報にあった通り、サクラが住んでいたとされる家のある棟であった。勢い衰えず、天に届けよと今もうねり伸びていく蔦が、ほんの僅かに残った外壁を塗り潰すのも時間の問題である。
「何にせよ、邪魔が入らない内にサクラを回収せにゃな」
これだけの事が起きれば周辺住民に気づくなというのも無理な話。先日の街角での騒動も合わせ、最悪敵が現れる危険性もあった。
「革命……ねぇ」
何にせよ、革命などと大言壮語を語った所で、結局組織は現状、この程度の泥臭い活動を続けていくのだろう。
そう感じると、不謹慎な事ながら、自嘲気味に笑みが溢れるのを押さえる事が出来なかった。
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