第20話 意思
「追いついた! お前! もう一匹はどこ行った!!」
怪人と対峙したブレイブ・ジャッジは、しかし怪人ではなくニズヘッグを差して荒い呼吸、叫んだ。
「主任を殺したアイツ! アイツを倒さなきゃ……っ!」
記憶と符号する。どうやら最初のジャッジの中身のようだ。予め見比べていた胸部の形状が、何よりも如実にそれを物語っていた。
「何を言ってるか判らんぎゃぁ。やれぃ!」
号令以下、突き動かされるように怪人が走る。大きな口を開き、大量の唾液を撒き散らし、狂ったように唸る。
『……やはり、そうか?』
『でしょうね』
ニズヘッグの周囲に残る戦闘員は三名。二名は恐らく追撃の途中で倒されたのだろう。いざ戦闘が始まると、この狭い通路では無闇に参戦する事も危ない。ジャッジと怪人、両者に攻撃される事になるのだ。
暫くは様子見になりそうである。
『しかし、思ったより芳しくないようだな』
様子を見ながらも背後を振り返り、続く通路を確認するフレイは呟く。転々と続く血溜まりはすべて、怪人の漏らした吐血である。
『サンプルを、出来れば持ち帰りたい所だが……』
言うが怪人は基本使い捨てである。制御の効かない怪人は撤収時にはお荷物どころか邪魔にしかならない。故に怪人の最後は爆発四散となっている。処分としての爆破により、どれ程の証拠隠滅が図られているかは不明であるが、少なくとも敵が有効利用出来る情報では無い。ともなればサンプル回収は、良くて血液を何かしらに付着させるのが関の山だ。
『症状から気管支及び肺の異常と考えられます。唾液の採取が適当です』
『解った。留意しておく』
『こちら揚羽。最上階までクリア。それと報告、ビルの直下に突入の兆し有り』
『警官隊か。珍しく行動を起こしてきたね』
『迎撃を?』
『いや、この場で混戦してしまおう。その方が撤収が楽になるかもしれないしな』
基本今までの警察の動きは途中から民間企業に怪人の相手を丸投げた後、自分たちは周囲一帯の封鎖。一般人の避難と、撤収する俺たちに対する網張りであった。
撤収に何だかんだと交通手段を多様する俺たちにとっては、むしろ検問のがネックなのだ。戦闘行為は実験行為であり、負ける事は想定内。そうしてからの撤収は、下手を打ち拿捕されれば情報の漏洩に繋がり、あるいは追尾されれば基地の露呈になる。
従って現場に投入された警官隊の大部分が突入してくれるのであれば、その分検問にも隙が出来る可能性があると言う訳だ。
フレイを含めた俺たちが、脅威の身体能力を持って身一つで逃げおおせるのであればこのような手間からは開放されるのだが、そうは為らなかった。
異形の怪物を操り、革新した技術レベルを操る組織であるが、現場は未だ泥臭いままである。
「っう!」
一方の怪人とジャッジであるが、形勢はややジャッジの優勢に見えた。怪人には明らかに生まれる隙があり、また既に相当の体力が失われているようにも見て取れる。
「ブレイブシューター! シュート!」
手に持った箱型の拳銃からエネルギー弾が放たれ、着弾するや怪人の肌の上、無数の火花と化して暴れ狂う。
踊るように上半を揺らし、怪物は三度口腔から赤黒い吐瀉物を撒き散らした。
過去投入された怪物と違い、C-wg型の最も強力な攻撃は牙を用いた噛みにある。そして犬の爪の形状は、攻撃の為の鋭さは無く、地を蹴る為のスパイク的進化を遂げた代物だ。従って犬型に二足歩行の利点は少ない。
腕を振る行為にも、爪というよりは力任せの攻撃の意味合いが強い。
「ガァ!」
右左と腕を振るう。だが片方は躱され、もう一撃は銃にて受け止められる。それでも圧倒的な力量と体重差で、ジャッジの身体を二メートル程は後退させた。
「こんのっ! 邪魔よぉ!!」
かつての気弱さはもう影もない。果敢に魔物へと武器を振るう彼女、ジャッジの心を支えるのは復讐なのだろうか。
ブレイブシューターと呼ばれた銃に手をかけると、二つ折り構造なのか銃身部が先端を起点に開き、倍の長さへと変形。更に銃把がスライドし、ちょっとした警棒の様な形態へと変化した。
「ブレイブ・ロッド! てぃやあああ!!」
玩具屋が絡んでいないのだからそんな面白変形ギミックを仕込まなくても良かろうものだが、あるいは、あの万能構造は戦術上の利点があるのだろうか。さもなければそれで喜ぶのはフレイくらいなものである。
音声入力式なのか、律儀に武器名を叫ぶ彼女も立派なものだ。過去存在した誰もが、常識というか恥を超える事なく、正義のヒーローに徹する事が出来た者は居なかった。
叫ぶジャッジの声に応え、ロッドは桃色に輝くエネルギーを刀身に発現する。掛け声激しく殴り掛かるジャッジ。怪人は未だシューターのダメージから立ち直れず、頭部に綺麗な一撃を食らってしまった。
「グルォァオオオオオオオオオ!」
余程の高エネルギーが炸裂したのか、叫ぶ怪人。大きく仰け反る上半身、やたらめったらと振り回される顔から、多量の唾液に混ざり、鮮血が飛び散った。
『保たないか……?』
症状のせいで、怪人は明らかに戦闘能力を低下させていた。過去異常を発現した怪人は居たが、弱体化現象は始めての事である。
『お待たせぃ。って何だ、観戦モードか?』
最上階から揚羽が到着し、背後から声をかけてくる。
『いえ、どうも狭いので手が出せないんです』
『ふぅん。でも見た感じヤバそうだな』
『うん、だがこの症状はこれで経過を観察する必要はあるな。少し時間稼ぎと行くか』
通信機越しに呟くとニズヘッグの左腕が掲げられ、ややあって怪人は暴れる身体を勢い、側の壁へ叩きつけた。全力と体重を乗せた体当たりにより壁は破れ、怪人の身体は破片と共に室内へと潜り込んでゆく。
「逃がすかぁ!」
ジャッジがそれを追い、俺たちもそれに続きワラワラと室内へと侵入した。
そこもとある部署の一室であろう。無数に並ぶデスクと、飛び込んだ怪物の身体に吹き飛ばされたのだろう、舞い散る書類。幾つかの机を弾き飛ばしながら、怪物とジャッジの攻防は既に再会されている。
「かかるぎゃあ!」
ニズヘッグの号令以下、傀儡の三名が一斉にジャッジへと殺到した。俺は机を迂回するようにジャッジの背後を目指し、また揚羽は手近なデスクの上を飛び渡り移動を始める。
「くっ! このぉ!」
動き出した戦闘員にジャッジはロッドを怪人と鍔迫り合いしつつ、近寄った戦闘員の一体を蹴り飛ばす。だがすぐにもう一体が迫り、その脇腹に杖を突き立てた。
「うあああああああああああああ!?」
室内を一瞬光で包む程の強烈なスパーク。杖から放たれる電撃にジャッジは絶叫する。すかさずもう一体が同様に杖を突き出し、更に一撃。
体制を崩し、手にしたロッドから力が抜けると、前のめりになる勢い、今度は怪人の牙がジャッジの肩口に食い込んだ。
「うがああっ!? あああああああああああっ!!」
ジャッジの装甲がひしゃげる音の後、絶叫が上がった。僅かに吹き上がる血しぶきは、怪人のものでは無かった。
流石に一人だけでは数の暴力が過ぎる光景であった。多少の距離を保ち、揚羽と俺は追撃を出せずに佇む他無い。
繰り返すが、俺たちは勝ってはいけないのだ。
今回でこそ、まったく同じ装備、同じブレイブジャッジが現れたものの、一度敗北を知った結果、彼女の背後に居る存在が改善を図らない筈が無いのだから。
こうなると可笑しな話、増援の到着が待ち遠しいものであった。
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