第21話 いつもの撤退戦


 だが、それは――いや、恐らく俺たち三人が心の何処かで懸念はしていただろう。


 突如として怪人の容態が急変。一気に多量の血の塊を吐き出した。苦しむように、上体を痙攣させ、何度も、何度も。


 しこたま囲まれ跪くジャッジはそれを全身に浴び、唖然としたのか反応は無い。


『ちょっ』


『んー、これは……』


『ダメだ。事切れてやがる』


 ジャッジを挟んで対面に陣取る揚羽が告げる。その言葉の通り、怪人はやがて前のめり、ジャッジに覆いかぶさるように倒れ伏した。


『……仕方ないね。撤収だ』


 左手を怪人に向け掲げていたフレイは、その手を諦めたように降ろすとそう指示した。それは唐突であっけない幕切れであった。


『揚羽はスーの言っていたサンプルを改修後殿に。突入してきた警官隊を待ってからそれを蹴散らし帰途につく』


『あいさっ』


『爆発は、しないんですね……』


 俺は引っかかっているもう一点を尋ねた。怪人の敗北はイコールで爆発の流れが、未だ起きていないのだ。

 力尽きた怪人に押し潰され未だ呆然とするジャッジ。今このタイミングで爆発すれば追撃を許さぬ程のダメージは与えられる。そして同時に、もう半分の目的である会社ビルへの止めとしては申し分ない処理が施せるというものだ。


『ああ……ダメージが足りなかったかな……揚羽』


『あいあい。後で起爆しとくよ』


 ダメージ。そして起爆。つまり明言を避けられてはいたが、怪人の体内には締めを飾るための爆弾が仕込まれている。余程エキセントリックな昆虫でもない限り、そうでもなければ生体がただ爆発など起こすはずもないのだ。


 それをフレイが口にするのを避け、同時に俺が聞くのを躊躇っていたのは、一重に俺の立場もまた人為らざる半怪人であるが故だろう。密かに埋め込まれるだけの隙は幾らでもあったのだ。

 恐らく、だから、きっと。俺の身体にも、最後を締める為に。


「動くな!!」


 バタバタと足音を鳴らしドアを丁寧にも蹴破り、警官隊が突入してきたのは丁度打ち合わせにキリが付いた頃だった。

 見やるに重装備の機動隊。ライオットシールドを前面に張り、向けられる銃口はショットガンとサブマシンガン。黒をベースとしたアサルト装備で、現状公的機関の警察が運用し得る最も荒毎向きの装備だ。恐らく特殊部隊のそれだろう。


 さもありなん、警察は俺たちを、怪人を知っている。最初期のように制服組を投入したのでは凡そ太刀打ちどころが時間稼ぎにすらならない。

 だが恐らく、それでも足りない。


「邪魔が入ったぎゃ! 勝負は預ける!」


 ニズヘッグは誰でもないブレイブジャッジに向けて吐くと踵を返す。それに合わせてフレイの傀儡が二つある扉を塞ぐ警官隊、その片方に向けて踊りだした。


『お前はあっち!』


 俺に言うと揚羽はもう片方を塞ぐ塊へマシンガンへ変形させた左腕を振るう。

 ここからが本番だ。


「ファイア!」


 号令以下、警官隊の群れから銃弾が雨あられと放たれる。肉薄せんと迫った戦闘員三人は全身にそれを受け一瞬宙に浮く。どこぞの信者を思わせる外套はそれこそジャッジのエネルギー兵器にも耐えられる強度を持っているが、それでも限度はあるし、致命傷を防ごうとも衝撃を完全に殺すには至らない。三人はつまり、無数のパンチを刹那に打ち込まれたに等しい。


「雑魚どもが! どけぃ!」


 ニズヘッグが右手の鞭を振るう。打ち払うと同時に炸裂するそれは一面に構えられた盾ごと警官隊の前衛を押しやり、続く二撃で、あっという間にそれを崩壊に至らしめる。


 しかし良く訓練されているもの、体勢を崩しながらもすぐさま持ち直し、後衛に控える一団は再度銃撃の構えを取る。遅れて突入をかけながら、俺は空いた手で糸を飛ばし、向けられる銃口の一つに干渉。あらぬ方向へ引っ張り、発砲させる。


 味方に向けて放たれた銃弾。上がる悲鳴。

 前衛に肉薄すると俺は杖を盾と盾の隙間に差し込み、更に電撃を放った。


 三人の傀儡を囮に、ニズヘッグの攻撃を当て馬に。おいしいトコ取りだと言われても仕方のないやり方であるが、しかし俺はこうして生き延びてきたのだ。今更だ。


 ともあれ本格的にこちらの警官隊の防壁には穴が空き、それを逃すフレイではない。操る三名を隙間へねじ込み、一気に穴を広げにかかる。同時に鞭は左右へと交互へ振るわれ、警官隊は散開する事も出来ず乱戦を強いられた。


 前衛を傀儡に任せ、俺は度々見せる隙へ目掛け杖を突きこんでいく。時間をかける訳にはいかなかったが、出来得る限りの混乱を引き起こしておく必要はあった。

 早すぎず、遅すぎず。

 突入を仕掛けてきたのが特殊部隊と言うことは、捕獲網を敷いている警官隊はまた別に居る可能性が高い。それらを誘い込む事までは無理でも、最低限この機動隊に追撃の能力を奪う程度には損害を与えねばならないのだ。


『バンカー・ステークス!』


 一方の揚羽だが、一人に関わらずも流石の働きで、もう片方に控える十数名を見事に釘付けにしている。刹那にして杭打機へと姿を替えた腕を盾に打ち込むや発砲。勢い激しく打ち出されたバンカーが盾を貫き、構える隊員ごと吹き飛ばした。


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