第13話 戦闘員の非日常6

「――システム起動 ストライカー・バスタード――」


 赤レンジャーが腰から抜き放った小型の箱は、あからさまな機会音声で告げると、その形状を変化させた。幾つもの展開を経て、やがて人の身長程もあろうかと言う巨大な剣の形を取る。赤レンジャーが展開されたストライカー・バスタードを両手にしっかと握り、袈裟の構えに担いだ。


 片刃を思わせる形状で、刃に当たる面は広く凹んでいる。やがてじわりと滲み出るように桃色のエネルギーを放出、刃を形成した。


 あれが、前回の魔物をぶった切ったという新兵器。


 こちらに比べ重装甲に見える敵、平警備保障の赤色は脅威の速度で逃げる俺とフレイに追い縋った。振り返れば、もう十分に射程圏内である。


 ストライカーと呼称された武器に対応する為に新配備された装備であるが、果たして実際防げるものなのだろうか。疑問と不安は拭えなかった。しかし背後から切られてやる訳にも、死ぬ訳にもいかない。


「ったばれやるろらぁ!」

「ギャギッ!」


 呂律の回りきらない巻き舌で激烈の気合。咄嗟にステップを踏み身を翻す。起動したままのカトラスを遮二無二、突き出した。


 閃光が弾ける。振り下ろされたストライカー・バスタードの刀身とカトラスが接触。エネルギーの塊が生まれ、激しい火花を散らした。

 見た目では刀身が加熱されただけに思えたが、何とか初撃は受け止めた。


「ゆけぃ! 下僕ども!」

 背後で薔薇ローゼンが命令する。視界の左右に走る影。赤いスーツ。フレイの操るという五人であった。


「――ストライカー・ランス――」

「――ストライカー・ジャマダハル――」

「――ストライカー・アクス――」


 立て続けに機会音声が告げる。


 爆発音が幾重にも重なった。


「ギ……」

 飛び込んでいった五人は反射されたかの様に、視界の左右で吹き飛んでいる。エネルギーの反発を力づくで押し込んでくる赤レンジャー。筋力の無い俺はどんどんと押しやられていた。


「くっ、やはりこの程度かっ」

 薔薇ローゼンの声が狼狽する。


 何とか堪えつつ、俺は丁度真右に倒れる戦闘員(赤)を確認する。長く脇見をする訳にもいかないので、何度も何度も少しずつストライカーのダメージの程を確認した。切りつけられたと思しき部位からは白煙が立ち上り、今なお火花が飛び散っている。やがてすぐに煙は細くなり、傷が見える。線維が逆立ち、遠目には断言出来ないが少々溶解している。しかし傷口の周囲に血らしきものは確認出来ない。ならば、少なくとも一撃は何とか致命傷で耐えられる可能性がある。


 命の保証はこれで出来た訳か。


 ならば、と一か八か賭けに出る。

「ギャギッ!」


 噛み合うカトラスの刃を傾け、同時に赤レンジャーの左足を右足で踏みつける。姿勢が崩れたと思いたい。踏みつけた足に力を込め、身体を左へ流した。ストライカーの刀身が流れて行くのを横目に見つつ、必死に後ろに飛んだ。


 ストライカーの刃はそのまま地面へ突き刺さると、やがて周囲の土を赤色に変え、雑草が炎を纏い朽ちていった。


『A10、そのまま下がるよ』

『しかし、残りがすぐ来ますっ』


『任せろ』


 揚羽が通信に混ざる。その方向へ視線をやると、駆け寄ってくる揚羽はその左腕の銃口を向けていた。


『避けろよ』


 その言葉を受け俺とフレイは左右に散る。その隙間を揚羽が放つ光弾が幾筋も駆け、平警備保障たちに襲いかかった。


『遅れてすまない』


 弾幕を張ったまま揚羽が前線へと到着する。


『起動は』

『終わった』

 短いやり取り。一頻ひとしきり弾をバラまくと、腕部から吹き出す煙を払うように腕を振った。


Expansion三式 of three types展開


 告げる。揚羽の腕がドス黒く変色し、また形を変えていく。伸び、縮む、単細胞生物を思わせる。最初の起動とは違い、変化はそれこそあっという間で、再び白銀色を取り戻した腕は、左右に歪な扇型の噴出口を備えた形状をしていた。


『さあ、こっからがお仕事の本番だ』

 揚羽が呟く。銃撃により巻き上げられた土煙が晴れてゆく。四人の影が煙を払い、無傷のその姿を表した。


 遠く、バケモノの鳴き声が聞こえた。



ギィドライブッ!』

 揚羽が左腕にエネルギーの刃を形成した。燃える炎のように天辺目掛けて奔流が流れていく。


 フレイが手を翳した。倒れ伏した戦闘員たちが起き上がってゆく。


 この少人数だ。本当に旨くやり過ごさねばならない。俺もカトラスを握る手を強めた。


「何か似ておるの……」

「こんな連中が幾つもあるんですかね」

「知るかっ、ぶっ潰せばいいだけだ!」

「来るよっ」


 その立ち振舞はまるでゾンビである。カトラスを握る手には確かに力が宿っているのに、どこかの力が抜けている。あるいは未熟な操り人形マリオネット


「ゆけっ」

 フレイが命令を下す。間髪いれずに五人が地を蹴り、固まった四人に殺到した。


「ギッ」揚羽がそれに倣い左手を胸元に構え、続く。


 背後を一瞥。魔物が来るであろう方向。遠く、木の隙間、蠢く影。


 それ以上まごついては怒られてしまう。意識を切り替え俺も乱闘の輪へ走り出す。


「ギャギ!」

 恐らくカトラスの用途としては間違っているだろう。俺は腰だめに構え、身体ごと体当たりを仕掛けるように突っ込んだ。俗に言うヤクザアタックである。実はコレは素人のナイフ術としては頗る適正なのだ。どこかで読んだ。


 バジャン! 衝撃が胸元に走る。明滅する視界には黒レンジャーが握るアックス。火花が散る。吹き飛ばされた。


「ギャ!……ギギ……」

 背中から落ちる。柔らかい土がクッションとなり、背中はそれ程痛まない。最も、胸元の衝撃が激しく苦しくて、それどころでは無かった。


 確かに刃は身体にまでは届いていない。しかし刃が触れた瞬間に発生した爆発のような感覚が、心臓を直接殴られたように身体に響く。痛みを堪らえようとするが身体は跳ね、もんどり打った。


 戦闘員の一人が更に弾かれる。

 振り下ろされたバスタードの刃を揚羽が弾いた。


「なんだこいつ! ただの戦闘員じゃねぇな!」

「ギャギッ!」


 一歩引き、半身の体制、引いた腕を突き出す。赤レンジャーの装甲を掠め、火花を散らした。


「いや! それよりもこいつら! ストライカーを耐えてるよ!?」

「今までの連中とは違うって事かの!」

 また一人、戦闘員が弾き飛ばされる。


 痛みは初めてではない。あの時はそれどころではなく、痛みを感じてすら居なかったが。何にせよ、いつまでも痛がり続けるポーズをしても埒はあかないだろう。


「参れ! ニンゲン共に痛みを知らしめる為に!」

 声をした方を見ると、薔薇ローゼンがもう片方の手を魔物が居る方向へ翳していた。応えるように細く鋭い咆哮が一つ、やがて魔物は空を跳び、降り立った。


 R型。今まで何度となく組織が用い、尽くが破れ爆発の結末を辿った爬虫類のバケモノ。創作によく見られるリザードマンの容姿をしていたこのシリーズであるが、今回は些か様子が違った。


『案外呑気だね、今回のヤツは』

 魔物に向けて掲げていた腕を口元へ運び、フレイが零す。確かに、現れるまでに大分やられた。


「ココココココ……」


 喉を大きく震わせ声を漏らす。全体的に茶色い鱗を覆われ、何より今までと形態が

異なっている。トカゲと言うにはノッペリ横に広がる顔が、肩と融合、いや胸部に顔がある。平面に近い顔に黒目の大きな目、広く裂けた口をしている。腕は更に異形で、手首から先が大きな鎌のように、一本だけ伸びた爪で形成されていた。


『ま、何にせよだ。揚羽、少し下がってくれ』

『あいよっ』


 揚羽が応じるとほぼ同時に、残りの戦闘員四人が吹き飛ばされた。大きく弧を描き空を舞う四名を、なぞるように火花が散っていく。


「っらぁ!」


 大きく横に薙がれたバスタードを跳ねるように躱し、バク宙を二度、揚羽が後退する。そこから左、俺の方へステップを踏み、バケモノの進路を開けた。


『っと、すまない。連中力尽きてしまったようだ』

 フレイがもう片方の手を下げる。


『まだ息はあるようだが、止むを得ないな。回収は諦めよう』


 此度の作戦はフレイの意図もあり、人材紹介業者を使っていない。それは同時に、退却時の回収班を兼ねて居たため、今作戦に従事する俺たちは最初期同じく各個で帰途に付かねばならなかった。


『装備はどうするっ?』


『それも諦め、だね。何、敵さんも似たスペックの装備は所持しているから大した事にはならないさ』

『解った』


 バケモノが俺たちの間を抜けていく。レンジャー四人がそれに気づき、明らかな動揺を見せた。


「お、おい……こいつぁ」

「……連中のバケモノ?」

「どうなっておる!」


『じゃ、私は先に帰るから。後は宜しく頼むよ』


 狼狽を声に出す敵に紛れ、フレイは告げた。


『うぉぃ』

 珍しく揚羽が突っ込む。


『仕方ないだろう。この身体、一応生身だし、この露出だ』


「ホーッホッホ! 後は任せるわ、えーと、石蛙!」

 今一つ締まらない捨て台詞。薔薇ローゼンはマントを翻した。その姿を追うものはなかった。いや、むしろ薔薇ローゼンに何の関心も抱いていなかった。


『……おぉーい』

 ガクリと脱力する揚羽。


 場に残された石蛙なるバケモノと、俺と揚羽。元より形勢は不利であった。そしてフレイが撤収した事で、自体は絶体絶命へと急転した。


「ゲッ」


 何の前触れもなく石蛙は動き出した。口から緑の液体を吐き出すと、咄嗟に散ったレンジャーの中、青色を選び迫る。


「わっぷ」

 左右の腕を交錯する形、振るう。両手の先にある鎌が虚空を薙いだ。


『A10、いけるか?』

『大分痛いですが、まぁ何とか』

 俺のスーツに刻まれた傷跡に手を翳し、揚羽。正直どうにかサボりたいというか逃げたいのが本音であるが状況がそれは許してくれない。引き続き覚悟継続。


『オーライ、無理すんなよ』


 その優しさについ甘えたくなってしまう。人見知りが激しい俺であるが、事、この危機的状況ではニンゲン強度的な見栄を二の次となる。弱まった心に掛けられる優しい言葉とは、なんと魅力的に響く事か。


 掛けてゆく揚羽の背中を見送り、不思議と湧き上がるやる気を持って身体を起こす。カトラスは……あった。這いずり、手に取る。他の戦闘員のも奪い二刀流、とも考えたがまず無意味だ。


 俺に出来る事を考えよう。少しでも、敵に邪魔だと思わせれば良いのだ。

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