第17話 戦闘員の非日常9

 状況は、思っていたより平坦であった。


 一車線の県道上、ブレードを展開した揚羽と一体の魔物が交錯しあい火花を散らしている。街頭の灯りと迷々に乗り捨てられたトラックと乗用車のライト。周囲にはまだ人気ひとけがまばらに残っているようだ。遠く、悲鳴と何かを叫ぶ声が聞こえている。


『現場に付きました。揚羽、どうなっていますか』


 持ち出された魔物は五体。そしてフレイアと2人の研究員。残りの姿が見当たらなかった。適当な建物の影、インカムに向けて状況を尋ねる。


『逃げられたっ』

 バケモノの腕を掻い潜り、股下をスライディング、背後に身を起こし一撃を叩き込み、バックステップで距離を図る。


『一体は倒した、残りはフレイアと一緒だ』

『フレイからの指示は』

『聞いている。お前はフレイアを追ってくれ』


 既に揚羽が接敵してそれなりの時間が経過していた。警察や平警備保障の面々が到着してきてもおかしくはない時間だ。

 あるいは、フレイアの方が連中に相対している可能性は、都合が良すぎるだろうか。いや、それもマズい。


『フレイ、揚羽と合流するも戦闘継続中。フレイアは逃亡中です。追います、位置は分かりますか』


 フレイアと研究員、それと魔物が一緒くたに移動しているなら、まだ追える。基地ではフレイアに同行した連中をGPSでトレース中だ。


『――そこから三ブロック北です』

 反応した声はスーチのものだと思われた。ブロックがどの程度の距離なのかは解らないが、北なのは確かだ。


『了解。引き続きナビを頼みます』短く返答し、歩道を北へと進路を取る。

 R型だろう魔物に吹き飛ばされ、揚羽が店舗のガラス窓を突き破った。


『揚羽っ』

『っ、平気だ。構うな、急げっ』

 揚羽は魔物を除いた場合の最大戦力である。よしんば俺がフレイアに追い縋ったとしても、揚羽、あるいはフレイが合流するでもなければ手詰まりだ。そんな打算も混ざり、揚羽には頑張って貰わねばならない。


『解りました』

 残り三体の魔物。何とかしなきゃという使命感と、レンジャーが抑えてくれてればいいなという淡い期待。

 複雑な心境のまま、俺は北へ突き動かされていった。


『目標は現在停止中です』


 移送に使われたトラックは揚羽の元に乗り捨ててあった。全員が外に出ている状況だ。そのままゾロゾロ移動したとして、フレイアは老婆である。曲がった腰からも、あまり速度は出せないだろう事が予想出来た。


 正直もう走りたくなかったが駆け出す。警察の封鎖等はまだ成されていないのか、数台の車が通り過ぎていく。道の先から車が来ると言う事は、少なくとも向かう先の路上ではドンパチが起きていないと言う事だ。


 今更ではあるが、もう少し超人的な力が欲しいものであった。


 速く走れるとか、ビルの間をジャンプで駆けられるとか。


 あるいは、強く願ったら魔物の力に目覚めないものだろうか。


 いや、目覚めても俺はヒトデだ。

『良く良く考えたら! 追いついても! 俺、殺されるだけじゃね!?』


 荒れた呼吸、既に息は上がっており、丁寧口調をしている余裕はなかった。

『――はい』

 通信の向こう、スーチが肯定する。すばらしい。お墨付きという訳だ。


『ですので無理はなさらず、時間稼ぎに終始する事に注力して下さい』

『何か良い方法ないっすかねぇ!?』

 あまりに冷淡な物言い、つい語気を荒げてしまう。


『……数度貴方の身体を調べました所、我々の研究成果以上に、現在貴方の身体は安定しております。変異細胞に支配されるでもなく、共存が成されていると言って良いでしょう。ですので、魔物のような力は望めません』


 褒められているのだろうが知った事ではなかった。というよりは絶望的な事実を突き付けられているだけだ。

『帰っていいっすか!』

『……』


 勿論、頭がハイになったついでの冗談だ。事態が悪化する事を知って投げ出した所で、むしろ俺の明日が危険になる事は承知している。


『はいスンマセンでした! 調子こいてました!』

 言ってる間に大分走ったと思われる。ここに来てやっとサイレンが耳に届いた。


『まぁそう拗ねんな! 帰ったら全員でチューしてやるから!』

 通信に割り込んできたのは揚羽だ。元よりチャンネンルは組織全体で共有するローカル回線であった。


『野郎に貰っても嬉しくねぇです!』

『差別すんなよドスケベ』

『変態ですね』


 態々会話に割り込む程だ、揚羽の方は余裕がありそうだ。それはつまり、程なく援軍が見込めるという話であった。


 息が上がる。再度足を止め小休止を挟む。の消えたガソリンスタンド。客も店員も姿を消したコンビニ。見上げるマンションの灯りに人影は映らない。道の先で信号機が黄色を点滅させていた。


『サイレンが近づいてきた。相手の反応はどうです』

 咄嗟に路地に身を隠した。


『まだ先です』

『距離は』

『約五百』

 闇夜をつんざきブレーキ音が響く。


「嫌がらせかこんちくしょうがぁ! 寝てるとこぉ起こしやがって!」

 聞き慣れた外部スピーカーを通じた罵声。敵さんのお出ましである。


 フレイアたちが接触したとすると少し面倒だ。だが路地から顔を出し覗きこんでも、この距離では何も判別出来ない。


 意を決して前進する。


「ボヤいても仕方ないって。で、敵はどこ?」

「この先で何ぞ爆発とが起こっているらしいぞ」

「待て! 上だ!!」


 レンジャーを視認するか否かの距離、状況が動いた。コンクリートを震わす着地音が、三つ。


『敵集団五名を確認、魔物と接敵』

 少しペースを上げる。目的の姿はすぐに視認出来た。


 丁度降り立ったばかりなのか、向かって右側の歩道には残り三体の魔物が並び、道路上のレンジャー五人を捕らえていた。


『三体の魔物を確認。スーチ、反応は』

 再び物陰に入り状況を静観する。ヒーローみたく飛び込んでいければ格好もつくが、生憎その力は無いし英雄願望もない。そもそもが事態の収集に敵の力をアテにするぐらいの状況である。


『そこから距離五十。これは、ビルの中、ですかね』


『魔物は上から襲撃をかけたみたいだから、屋上、かな』

 流れを予想するに、レンジャーの登場にあわててビルの中に入った、といったところだろうか。


「ガァアアアアアアアアア!」

 魔物の一匹が天に向かって吠える。暗がりにあって姿は見えないが、R型の鳴き声とは思えない。

「くるぞ! ストライカー!」


 早速とレンジャーは各武器を起動。エネルギーの刃を闇夜に輝かせる。魔物が飛ぶ。打ち合わせなど出来よう筈もないが、三体はほぼ同時に仕掛けた。


「藤田と熊野は左! 俺は真ん中! 後は右をやれっ!」

 飛びかかる魔物が赤レンジャーに腕を振り下ろす。バジィ! 薄桃色のエネルギーが弾けた。


『戦闘開始』

 短く告げる。まだ動かない。正直言えば動きたくはない。


 ただでさえ混戦で、今回に限って言えば両方敵である。無闇に混じれば四面楚歌、望んで死地におもむくに等しい。せめて魔物が減る事を祈ろう。


『恐らくフレイアは屋上だと思うが、追うべきか?』


『そうして下さい。フレイ様が現在向かっています。それまで足止めを』


 残るのはフレイアと、居ても研究員が二人。こちらならまだ芽はありそうだ。『了解』短く告げると俺は影の中を進んだ。


 そう言えばまだ名前を知らないレンジャーチームは、割り振りを決めて魔物に応対した。だが魔物がそれに付き合ってくれる筈はなく、青を吹き飛ばしては、近場の黒に走ったりと、場は混戦模様である。


「っらぁ!」

 唯一しつこく仕掛けている赤だけが魔物を圧倒し続けていた。


 かつて魔物を一刀の元に両断したと聞く連中のストライカーであるが、前回もそうだが魔物に決定打とはいかないようだ。恐らく研究員の努力なのであろう。


 それでも、一撃が確実に皮膚を刳り傷を熱で溶解させていく威力は健在で、

「しゃっ!」


 魔物がかわした赤の薙ぎ払いは、信号機の根本をスッパリと焼き切った。


 魔物たちが降りてきたビルに近づく。十字路の角にある数階建てのビル。見上げる屋上に人影は見えない。空は雲がかげり、月も見えなかった。


 交差点を影つたいに右折し回り込む。ビルの裏手を覗き、非常階段の有無を確認する。無い。


 密集地の中規模テナントビルのせいか、あるいはまた別の面に備えてあるのか。


 意を決して街頭の灯の元へ身を踊らせる。駆け抜け、反対側。ビルに張り付いた。正面入口は戦場となっている方向だった。




 ドアノブにゆっくりと手をかけ、回す。


 開かない。

『……よし、と』


 何とか気づかれずにビルに入った俺は、念のためにと一階一階のテナントを調べつつ昇っていった。無論、到着を先延ばしにしたい意図も半分だ。

 既に時間は解らない。流石に眠気を感じる。


 とはいえ、振り返り見上げた階段の回数表示はR。屋上だ。揚羽が合流しているフシもない。フレイに至っては通信環境にすら無いようで行方が知れない。


 時間稼ぎが俺に課せられた使命である。


 さて、どうしたものか。


 いや、何も無理に正面から対峙する必要はないのだ。相手は特殊な力がある。その力で俺が操られたらお終いだ。なのでまず敵視されない事が重要で、そうすれば後は操られているとは言え研究員。即座にどうこうなる事はないだろう。


 同調したフリをして近づく、のは無い。むしろ緊張時では怪しさしか無いし、イカれたフレイアの事だ、「ならば早速私の役に立て」なんて即物的な要求をされかねない。


 ならば正面から出るしかない。屋上の出入り口は恐らく目の前の階段だけ。ドアを潜れば恐らく発見される。極力無害、ザコのフリをして会話で時間を稼ぐ。


 問題は俺がそれ程口が旨くない事だ。しかしもう悠長な事は言ってられなかった。

『屋上へ進む』

 短く報告。


 階段を登る。一歩一歩が途方もなく重く感じられる。バケモノと対峙する訳ではないのに心臓が高鳴る。重要な任務である事もそうだが、フレイアもまた異質な存在である認識であろう。


 ドアノブに手をかけた。物音は聞こえない。回す――カチャ、と番が動く音。開いている。


 ――ええぃ、ままよ。

 腕に力を入れた。一気に開く為ではない。ゆっくり開く為に、腕に全力を注いだ。


 闇の支配する街の、空に近い場所。吹く風に二つの白衣が揺れる。その二人に挟まれるように、屋上の縁、うごめく影。


「見つけました」

 マスクの口元をめくり、語りかけた。白衣の二人が振り向く。


「……だぁれ?」

 か細い声。影がもそりと振り向いた。

 ビルの真下からは絶えず戦闘音が続いている。


「お迎えに上がりました」

 遠く若かりし頃にこじらせて覚えた紳士言葉。極平静ごくへいせいよそおい投げかける。


「……フレイね」

「はい」

 嘘をつく説得力が思いつかず、肯定する。俺はフレイアの事をヒステリックな印象から疑心暗鬼の塊であると見ており、下手な嘘はまず通用しないと考えていた。言ってしまえばメンヘラだ。


「いつもそう、私に耐えろ耐えろって。自分ばっかりのほほんと笑って、私が痛いって言ってるのに!」


「申し訳ありませんが私はお二方の事情を知りません。フレイア様のその痛みは、今行っている行為によって、払われるのでしょうか」


「はぁ? んな訳ないでしょ、世界をぶっ壊さなきゃ、私の痛みは消えないの! だから何度も早くしてって頼んでいるのに!」


「はい、ですのでフレイ様は頑張っておいでです。思いますに、世界の全てを敵に回すには現状力が足りておりません」


 何せ出撃しては敗北するだけだ。フレイの本気度は俺だって疑っているが、準備不足は事実である。


 ともあれ何とか流れを作れたようだ。キーキー声で愚痴をらされるのは苦痛ではあったが、今の俺は紳士で執事だ。優雅に説得しなければならない。


「言い訳ばっかり! 私の痛みも知らないクセに!」

 知らんがな。


「あんた何? 所詮あんただってニンゲンでしょ? 解って言ってんの!?」


「いえ、一応」

「あーもううるさうるさい!」

 ブンブンと影が揺れる。上体を激しく揺さぶっているようだ、髪が激しく乱れる。


「うっさいんだよクソがぁ!」

 手がかざされる。


 やばい。

 そう感じたが身体は咄嗟には反応しなかった。油断があった。発狂するフレイアに呆然としていた。


 だが、予想していたよりも異常な光景が目の前に起こっていた。


 バキッ、左右に佇む白衣が共に項垂うなだれ、何かが割れる音。白衣の背中が盛り上がり、突き破って、幾つもの触手が曇天を目指して生えうごいた。


 それは、いつか見た魔物の変異に似ていた。

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