第15話 戦闘員の日常8
「さぁて、反省会を始めようか」
手拍子一つ。振り返ったフレイの顔にはもういつものニヤけ顔が張り付いていた。
「いや、今の……」
揚羽が食い下がるが、フレイは答えずに休憩室に進んだ。
何も聞くなと言いたいのだろう。だが聞くね!
「フレイア。北欧神話に置ける女神の一柱ですね」
「……」
パネルを操作し、ドアを開放。フレイは歩を進め、それに続く。
「偶然とは思えません。一体彼女は何者ですか?」
フレイに対してフレイア。組織の基地に居た事。意味ありげなやり取り。
まるきり、きな臭さの通販番組だ。
「彼女は、フレイア」
今
「私たち組織のトップ、かな」
トップ。長。首領。あのボケたヒステリックな老婆が。このような気の触れた組織のトップだと、そう言うのだ。
そのような暴挙が許されるのは一代限りの叩き上げ起業であり、しかも末期症状のみであろう。組織を運営する為には少なくとも計算や社交性が必要だ。継続、繁栄を視野に入れるならば更にカリスマ性と頭脳、バランス感覚。
一時だけなら、あるいはそれでも回ってしまうだろう。だが長くは持たない。
何せ我らは
「じょ……うだん、だろ」
揚羽が零す。せめて正気の気違いなら納得の余地はあるのだ。悪の組織なのだから。
「まぁ、象徴みたいなものだけどね」
フレイは付け足す。
一点、
「と言う事はオーディンは他に?」
「いや、オーディンは居ない存在さ」
「居ない……」
居ない存在。やけに引っかかるもの言いである。いや、俺がオーディンに拘りすぎているだけやもしれない。
「って事は少なくもあのバ……フレイア様が組織の音頭を取ってる訳じゃあない、って事だな」
「ああ」
揚羽の隠せていない失言にも反応は無い。ただ一言、肯定のみ。
「なら少なくとも安心だ。なぁ、A10」
「ええ、まぁ、そうですね」
同意は本心である。何せ一番に割を食うのは俺たちだ。
第一印象からの偏見を否定はしないが、フレイアの音頭により組織は瓦解する。彼女が取り憑かれているものの為に。そんな気がするのだ。
「そうかい。納得して貰えて何よりだ」
結局その日、反省会は行われなかった。
明けて喫茶店のバイトの日。
窓の外には色取り取りの傘が行き交っている。
今日も変わらず街は回っている。
思えば、いつだってそうだった。日本の何処かで大量殺人が起きても、世界のどこかで戦争が起きても、例え一つの都市が災害に見舞われようとも、直接の被害がない限り社会は廻る。
そして、店は暇だった。
「どうしたの、浮かない顔だね」
カウンターに戻り窓の外を眺める俺に、店長が訪ねる。
「……そんな顔、してました?」
「してたしてた。恋でもしたのかな?」
確かに、詩でも一句読みたいようなメランコリーな心持ちではあった。不安は多い。悩みなら山盛りだ。取り立てて一つの事に思いを募らせていた訳ではなかったが、顔に出る程にストレスは感じているらしい。
無論恋の悩みではない。
店内を再度見渡す。二組程のお客が、それぞれ静かに何かしらに集中している。
「いえ、物騒な事が続くなって」
「物騒というと」
「ほら、都内でまた暴動が起きたってニュース、あるじゃないですか」
店長が聞き返すのも無理はない。世の中に物騒な事件が無かった日はまずない。世界を見渡せば毎日誰かが死んでいる。あるいは事件で、交通事故で、戦争で、はたまた自殺で。
ニュースになっているか否か、TVニュースで取り上げられたか、新聞の記事になったか、週刊誌の記事になった、ネットで話題になったか。また、その大小程度の違いである。
「ああ、あの海浜公園の」
先日の作戦はTVのニュースとして一時の話題となった。しかし内容は市民団体の暴動として詳細は茶を濁すに留まり、幾多の話題と共に流れていった。
それは組織の目論見でもあり、故に一般市民の被害者を出さぬ手間を負っている。その意図と、社会の意図、恐らく経済を停滞させない意識が組織の危険度との天秤に勝った結果と
しかし組織の危険度を図るには、社会はあまりに事件に無関心すぎると思える。既に両者の技術は既存の技術用途を遥かに越え、ありとあらゆる方法で軍事力に転用する方向だ。
いや、あるいは、既に人類の技術を一足飛びにしたとんでもない状況になっているやもしれないのだ。
低学歴に底打ちされる知識と、半端な雑学では断言は出来ない。しかし現場に居合わせた者として、同時に現実生きるものとして、異常を感じるのだ。
「ええ。またですよ」
この手の話は以前にも店長としていた。あの時は確かフラッシュモブかと思われていただろうか。いざ危険になったら逃げるとあの時語った店長は、今日もこうして平然と店を開けている。
「店長は、TVで見ました?」
「うん、TVと、ネットかな」
「俺は、ペット関係の催しを狙って起こった暴動だって話を目にしました」
「ああ、僕もそれは見たよ。調べたら確かに今日、そのイベントは開催予定だったんだってね。ま、でも今日はこんな天気だし、ある意味ラッキーだったのかなぁ」
最後の言葉に、思わず奥歯を噛みしめる。
人付き合いが苦手で、かつ世の中を騒がせている側の人間であるが、だからと言って知り合いを心配しない訳ではない。
だが同時に我が身可愛さもあって、真実を交えてまで説得にはかかれない。そんな半端さが、危機感を煽るという手段になっているのだが、伝わる筈もない。そのもどかしさが更に俺を苛つかせた。
「ラッキー……?」
少し顔に出ていたかもしれない。極力平静を
「ああ、不謹慎だったね。いや、この雨で結局イベントは流れただろう。イベントを楽しみにしていた人々は、そうやって諦める事も出来るかもしれないな、ってね」
イベントを楽しみにしていた人々。すっかり思考から除外していた方向の考え方だった。確かに、そういう見方はあるのかもしれない。
「考えてみれば不思議だね。何故昨日だったんだろう」
「それは――解りませんね」
「それに被害者は出なかったって話だ」
「ツイッターでは、何でも怪人が出たって騒がれてました」
「怪人、か」
事実、SNSではまことしやかに話題に上っていた。
「創作のネタになるかもしれないね」
店長はそう言って小さく笑い飛ばした。
ダメだこりゃ。
どうしたら今其処にある危機を伝えられるのか皆目検討がつかない。そりゃ、自分の身を犠牲にすれば多少の説得力も出るかもしれない。が、そこまでする相手では、流石にない。お手上げだった。所詮偽善である、考える事を諦めた。
「あ、いらっしゃいませー」
「いらっしゃいませー」
会話が途切れたタイミング、来店があり俺は案内に向かう。結局その日、その話題を繰り返す事はなかった。
「揚羽は、フレイアに関してはまったく知らなかったのですか?」
またある日。破損の補修兼
「いや、まったく全然だ」
ロッカー室で俺と揚羽は隣同士である。出先で着替える事が前提の戦闘員スーツの着脱は非常に容易い。各部に圧力式のロック構造こそあれ、こうしてすぐ隣で着替えを行う事になんの支障も無いほどだ。
黒色に再着色されたスーツ。胸元の肋骨デザインだけは残されている。また細部を僅かにいじり、やる気があるのかないのか程度の
「どっかの腹の中までドス黒い金持ちくらいに想像してた」
成程、アメコミヒーローっぽい。総じてややリアリティに寄る向こうのヒーロー劇では、度々悪の親玉は権力者である。
一方の日本の方はと言えば、大分オカルトに寄る印象だ。マッドな博士や、宇宙人ないし、ヒーローのルーツだ。
しかして実態は、キのつく老婆である。事実がどうの小説がどうの以前
に、指揮に関わる問題だと思われるのだ。
「なんなんでしょうね。でも、フレイにフレイアですから、何かしらの故あって、なんでしょうね。それに、オーディンは居ない、と」
「ゆえ?
しかし、お前……A10はやけに詳しいんだな」
ここ暫くで揚羽とは大分打ち解けてきた。元より明け透けな揚羽である。問題はただ俺のボッチ体質なのだが、吊り橋効果、とはまた違うだろうか。何度と死線を共にし、信頼めいたものを感じずには居られなかったのだ。
「ええ、まぁそれなりには」
「ひょっとしてオタクってヤツか?」
これも、相手が日本人であったら嫌味としか受け取らなかっただろう。
「それも、それなりに、ですね」
だが不思議と、期待に応えられずに残念だな、とか思ってしまうのだ。
「ここの連中にも好きなヤツは多いんだ、アニメ。たまに中央研究室で上映会さ」
HAHA、と笑う。実際やっていそうだ。
むしろ一度参加してみたいとすら思う。三百六十度に立体的に映写出来るあそこなら、VRごっこも出来るかもしれない。
「確か前回は可憐治癒少女劇場版だったな。集まった連中全員でサイリウム振って応援したぜ」
想像が容易なのが怖い。まぁそれも、日本の大きいお友達の姿を、ここの研究員と入れ替えれば済む話なだけだが。
「っと、胸のトコに少しズレがあるな」
スーツを装着したら軽く動く。軽さと強度を前提として作られたスーツは完全密着するようにそれぞれの体型に応じて調整される。これが歪むと強度が完全には発揮されない。従って一番の弱点となる可動部は外部装甲が当てられる。
敵が此度使用したようなフルメイルを真似ると、どうしても重量が嵩むのだ。揚羽の胸元の歪みは腰や腕の稼働に合わせて大きくなり、調整をせずにカバーしようとなると胸部を覆う装甲を当てる事になりかねない。
「こっちも。やはりダメージを食らった部分で歪みますね」
揚羽は一撃。俺は二撃。大きな傷を食らっている。俺の方の歪みはより深刻であった。こちらは後ほど基地のエンジニアを兼任する技術研究スタッフに手配する事となるだろう。
続いてバイザーを装着、インカムのテストを一通りこなし、装備は調整へ提出する事とした。
「俺が持っていきます。何処へ提出すれば良いですか?」
基地での制服に初めて袖を通した。腰回りがやや緩く、私服からベルトを抜き取って締めた。持ち込んだ革靴を履き、ネクタイはポケットに突っ込んだ。
今日は、というか喫茶店のバイトの無い日は大体暇で、特に予定もない。大体はまっすぐ帰宅するかなのだが、何となく気分がそうさせた。戦闘員が基地に常駐しているのは、防衛の観点から望まれる事ではあった。が、実際はそうやることが有るわけでもなく、見回りが精々だ。フレイに至ってはやはり、「別にいいよ」と投げ放っている。
「thanks. 出て右の培養室の手前だ。奥から三番目」
それぞれの装備を各コンテナに収め、改善要望を書いた紙を載せる。二十センチ程の高さのコンテナで、自分のを揚羽のコンテナに重ね、纏めて持ち上げた。
正直重い。軽量化されているとは言え防御力を確保するための代物だ。揚羽に信頼を置くあまり、勢いで積極性を発揮した事を悔やんだ。その行動に何の意味もなく、見返りもない。だのについ余計な事を請け負ってしまうこの現象は何なのだろうか。
「分かりました」
ドアを出て、揚羽と別れる。揚羽は研究棟の方へ、俺は言われた培養室の方へ向かった。正直、近づきたくはない区画である。
ここ暫く履いていなかった革靴の感触に違和感を覚える。通路にカツカツと足音が鳴る。緊張している訳ではないが、息苦しさを覚え、俺は一度コンテナを下ろすと首元に手を差し込んで空間を開けた。
シャツのボタンは予め一つ外し、極力首に襟が当たらないようにはしている。それでも、何かの表紙で首に当たるとどうしようもなく吐き気が襲ってくる。気分が悪い時はそれが特に顕著だ。
一息つき、再び通路を進む。
「……きもちわる」
いつの間にか、その事実からは目を反らしていた。受け入れたかのようなポーズで流していた。
組織に居る事に慣れてしまった。近くで誰かが死ぬような場所なのに。
ふと湧き上がる違和感。
元々俺は思考の上では非道徳的だ。しかしあくまで頭だけの場合であり、実際の肉体としては輪を乱してはみ出す事のデメリットは把握しており、協調を受け入れていた。それは妥協であり、恐れる故だ。
ああ、ならば、これは恐れる対象が変わっただけなのだろうか。
俺には懸念があった。魔物となった身体が、いつか何かしらの影響を見せるのではないかという恐れだ。それは、元人間であったバケモノたちのように、思考がそうなる可能性。
見えない部分での変異は既に起きているのだ。脳にも影響が無いとは言い切れない。そして、現状を受け入れてしまっている状況が、あるいは、魔物化の影響ではないか。
――気がつけば、視線の先には培養室へ繋がる多重ロックの
きっと、そう、違う。俺は、いや、人間は順応性に優れていると聞く。だから、この状況に慣れてしまう事は、きっと心がバケモノになりつつある訳じゃない。
自分にそう言い聞かせ、来た道を戻った。
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