第2話 春の日に
「
ある日、組織内に置いての特殊な階級虫に定められたもう一人の戦闘員、揚羽と俺を呼びつけ、フレイはそう切り出した。
新しい基地にも懲りずにあつらえられた悪の組織大幹部の間での事である。
以前よりも抑えめにされたスモークではあるが、代わりにと各所からライトが照射されており、緑と赤が雰囲気を演出している。
よりメカニカルな意匠となった玉座の前に立ち、フレイは腕を組み立ち尽くしていた。
「oh,ピンチだな。ステーキが食えなくなっちまう」
ジーンズにジャンパーを羽織るラフな服装。白人としては中背の揚羽は肩を
「それが、俺たちに何の関係が?」
私服に
こうして並ぶとやはりどうも俺の日本人体型が気になってくる。スーツの下に戦闘員スーツを着込んでいるせいもあるが、元より中肉中背である俺は更に一回り太く見え、白人平均で言えば低めとは言え引き締まった揚羽のスタイルとではどうしても見劣りが激しい。
それなりにコンプレックスを感じる性ではあるが、まるきり引き立て役であるかのように感じられて、正直揚羽と行動を共にするのは苦手である。
俺は実力も無いただの半怪人であるし、力不足もやる気のなさも自覚しているので態と作戦時では引いている部分もある。だがそれでも、とつい思ってしまうのだ。
まぁ、
「まぁ聞いてくれ。
まず基地の再建に
また研究データに置いてはアジア支部が似たベクトルの研究である事から何とか譲って貰えている。ま、そのためにフレイアを向こうに渡したからね。
しかし、基地とデータが揃っても肝心の研究には各種素材がまだ不足して居る訳だ」
「資金があるならまた融通して貰えればいいじゃないですか」
「いや、本部はあれで金食い虫だから難しいぜ」
揚羽が応える。元より日本支部の人員は殆どが北米本部からの派遣である。向こうの都合はある程度聞き知っているという訳だ。
「その、アジア支部はどうです」
厳密に言えば日本もアジアであるが、態々別にしている点に何か意図があるのかもしれない。とりあえずそこは追求するつもりはない。
元より俺は正直組織でも末端でコソコソ生き延びたい心づもりなのだ。下手に情報を知って内部に食い込んでは、もし組織が瓦解した時の立場に響きかねない。
そう、フレイたちに見つかるまで、俺はいっそ正体がバレるまで一般人の生活に紛れて過ごすつもりだったのだ。この半怪人の身体は、もし存在がバレてしまえばたちまちの内に解析送りとなるであろう。
それまでの猶予を、息を潜めながらでも
まぁ、再び組織に見つかってしまったからには、やる事はやらねばならない。反社会的だとか道徳だとかお為ごかしは、とうに失っているのでさして抵抗もなし。
「向こうも向こうで資金不足には
「サンプル……」
言うまでも無いかもしれないが、魔物、今は呼称を変えて怪人と呼んでいるが、それらのベースは人間を用いている。
この研究がどういった意図を保ってして行われているかまでは知りたくもないが、兎角人間を
日本支部はそうして怪人を作り出す研究を主に扱う立場である。無論、研究は未だ未完成とされており、組織は日夜新たな怪人を夜に送り出さんとしている訳だ。
「んで、どうするんだ?」
「うん。そこでだ、ちょっと小銭稼ぎから入ろうかと思っている」
言うとフレイはポケットからコントローラーを取り出し操作する。
やがて周囲を覆う煙が換気扇に吸い取られ、無骨な鉄むき出しの部屋は宇宙を思わせる漆黒へ変わる。そしてフレイと俺達の間の空間に、デジタルの窓が映し出された。
「当たりを付けてみた所とりあえず、これだ」
言うと俺と揚羽の目の前にも、タブレット程の大きさの窓が開いた。走る文章は日本語で、記事のように脇に写真が添えられていた。
「A10、読めナーイ」
俺のコードネームを呼ぶ。正式にバイトから構成員に移った時に固辞してしまったが為、今でも俺はインスタント戦闘員に割り振られた番号で呼ばれている。
まぁこれも組織に絶対服従ではない、という意味でも受け入れてはいた。
「えーと、要約するとヤクザの抗争ですね」
映し出された内容は敵対勢力が抱える密売現場への襲撃。構成員と同席する幹部の抹殺とあった。
「はぁん? 何でまたヤクザの抗争に肩入れしなきゃならないんだ」
「あ、いえ。さてはフレイ、こっちが狙いですね」
俺はディスプレイの一部を指差してフレイに問い質した。
当該の部分にはヤクザが取引する商品についての記述がある。
「臓器売買の為に海外へ引き渡される子供」
「はぁ? 何で貧困国ならいざしらず、日本のガキが態々臓器売買なんざ」
揚羽が怪訝とばかりに大げさなジェスチャーを示す。臓器売買は真っ当でない稼ぎとしては、割合有り触れている。それは、しかし日本でも例外ではないと聞く。
曰く、多額の借金に首が回らなくなった者などだ。
「まぁ、ともあれA10の言うように、狙いはそこでもある」
つまり依頼した組織からの報奨も頂き、実験サンプル、あるいはあわよくば若いながらも構成員候補として、売られようとしている子供を奪ってしまおう、という話であった。
しかし借金を拵えた本人はいざしらず、何故子供が、という疑問は残る。
「作戦決行は今夜。急で悪いが準備を初めてくれ」
「はぁっ?」
揚羽がこれまた素っ頓狂な声を上げる。それもその筈、
「ったって、魔物は?
まだ、一体も試作出来てないんだろう?」
そう、基地の再建から一年が経過しても、薬剤の不足に始まり、試験体の確保、更に一から変異細胞の培養をやり直した日本支部は、未だ怪人を作り上げられていない。
基本、俺と揚羽は戦闘員。実験体の動作テストの為の随伴が任務である。最も、揚羽に限って言えば半端な怪物よりかは戦力になり得るが、人材不足に喘ぐ組織にとって、失う訳にはいかない存在であるのも確かである。
従って事、戦闘員には自己の安全確保が優先事項として指示されているのだ。
その囮としての怪人が、居ないのである。
「うん、だから今回はまぁ、私と君らの三人かな。怪人役は私ね」
ーー
埼玉を離れ海沿いの倉庫街。
人類は初めて人語を解する怪人と遭遇する。
但しキグルミだ。
「ゲッスゲッスゲェッス、おみゃぁらに恨みはにゃぁが死んでもらうでゲスゥ!」
怪人ニズヘッグはしゃがれ声、何故か名古屋弁だった。
この怪人のガワは戦闘員スーツの外見を弄っただけのニセモノである。
だが装備の一新に伴って機械化怪人を専門とする北米本部の技術が用いられた強化服となっており、着用者の身体能力以上の効果が期待されている。
その為重量は倍以上と膨れ上がったが身体能力は大幅に向上され、多少の兵装の追加こそあるが、運動性能は寧ろ向上し、下手すれば日本支部の
怪人の名前はフレイの北欧神話系統の魔物に
「さぁやるぎゃぁ! 戦闘員どみょお!」
薄暗い倉庫に身を潜め役者が揃い、いざ作戦が開始となった。
「ビィー!」
「ビビィ!」
連中を囲むように揚羽と俺が飛び出す。
組織の再発進とスーツの一新に伴って変声期より発せられる戦闘員の掛け声も変更された。正直どうでも良い。
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