第38話 火
「
『あら来たのね、可愛いヒロイン。……姿が見えないわねぇ? 何処かしらぁ』
外部スピーカーを全力で震わせ、彼女の声は遠く離れた俺たちにも良く届いた。
望遠でその姿を探すが、しかしその姿は木々の影に隠れているのか認める事が出来ない。
「何の意図あって生命を悪戯に冒涜するか!破壊活動防止法並びに公務執行妨害の現行犯!
ブレイブ・ジャッジの名に於いて逮捕するっ!」
『あ、居たわ。ゆっくり歩いてる! 余裕じゃなぁい?』
ヘラクレスの指す地点に視線を向けると、確かに悠々とした足取り、怪人に向けて進むジャッジの姿が確認出来た。
大音量のその名乗りに、その存在を認めた怪人は注意を周囲の警官からジャッジへと変えたようだ。
後はどれだけ持つか。どれだけ善戦出来るかだ。
監査官としてこの場に立つヘラクレス。彼……うん彼だ。この者の目に確かな戦果を見せねばならないのが今回の作戦であり、これは日本支部の存亡に関わる。
姑息な手段ではあるが糸があのジャッジに通じさえすれば、何とか気づかれぬようにサポートも出来たであろうが。未だ二代目ブレイブ・ジャッジに俺たちの技が通用しない原因は不明のままである。
『フレイ様、ろ7より報告が』
『ん、分かった。チャンネル変えてくれるかい』
追跡班からの連絡。別件の方でも進展があったようだ。まぁそちらはフレイの担当。聞き耳を立てたい程度に興味はあるが、だからといって首を突っ込んで出来る事がある訳でもない。
今は目の前、交戦を開始した怪人の動向に注視する。
だが今回の作戦、ただ怪人のみの戦闘実験を行うのであれば何も俺たちが出張る必要は無かった。それこそ監視班を出し、映像を基地で眺めればそれで済む話である。むしろ態々現場で出張る事で生じるリスクの方が大きい。そりゃ、一般市民の排除は誰かが行わねばならぬ事であるが、それもやり様はある。例えば爆破予告を出すだけで周囲一帯の封鎖は可能であっただろう。
それでも俺たちがこうして現場近くまで出向くハメになったのは、ひとえに直に現場を見たいなどと言い出したヘラクレスのせいであり、また彼を基地から遠ざけたかったフレイの思惑であった。
さしずめ俺と揚羽はヘラクレスの監視役でもあるのだ。
『しっかし、野蛮よねぇ。いくら効かないったって、殴る蹴るしかないって、原始人じゃないんだから……』
数週間と前にゴリラ顔負けの大暴れをした輩が何やら呟いている。
現場では確かに、近距離戦闘、それも徒手空拳故にリーチの無い怪人相手、ジャッジが一定の距離を保ったシューターでの攻撃に終始している。巨体に似合わず俊敏に動き回るgh型も上手く躱しては居るが、そもそも一発二発当たった所で致命傷には程遠い。
どれだけ規格外であろうと所詮は法治国家、平和を歌う日本の警察の一人。持ちうる火力には限度があり、それは怪人の強度で耐えうるレベルでしかない。勝負を決めるならば近接武器を用いるべきなのはジャッジとて理解している筈だ。
だが今日のジャッジはダメージを恐れているのか怪人への肉薄を裂けて見えた。それが遠距離武器にされるがままな現状としてヘラクレスの抱いた感想へと映ったのだろう。
『普段は俺たちが周囲に居て混戦だからな。数もこっちのが多い』
『逆だったとして、使える訳ぇ?』
『そりゃソッチも同じだろ。数を揃えるのが前提の話で、ワンマンアーミーを作ろうってんじゃねぇんだ』
『ふぅん、それもそうね。となると問題はやっぱコントロール?』
『ああ。ソッチの同調と同じで難航している』
『アンタも苦労したものねぇ』
『所詮機械だからな。生身を動かすみたいとは行かない。動かせても、どれだけラグを軽減出来るかだ』
『いっそコントローラーで遠隔操作したいモノよねぇ、ピコピコーって』
『それこそ生身である必要が無いだろ』
かつて北米本部で仲間だった揚羽とヘラクレス。共に機械の身体を持つ虫の二人。日本支部の生体怪人とはまた違う問題が本部の機械怪人にはあるとは話に聞いてはいたが、何にせよ置いてけぼりであった。
しかし機械怪人とて問題を抱えているというなら、態々生体怪人に難癖を付けてくるのはお門違いではなかろうか。互いに有用性を確立する段階であれば、片一方が強権で判定を下しに来るのは横暴と言わざるを得ない。
なら本部の目的は、怪人のコンペではなく組織の統一だろうか。
話を聞く限りではフレイは本部を一種のパトロンのように扱って日本で独自路線を取っていると言う。つまり思想が一致していない可能性がある。
本部の目的、フレイの目的。それを知らないでは済まない時期が来ているのだ。
それは俺の立ち方を左右する問題だ。金の為だと、どんな思想の元だろうと戦闘員として暴れていられるか。いつか力を蓄えて蜂起した際、この手を汚せるのか。
――人を、殺せるのか。
ぬるま湯のような現在がいつまでも続く筈は無い。そこに意識と思想があるならば次のステップがあり、一段昇る毎にそれは確実に威力を強めていく。
俺は悪になれるか。その決断が下せるのか。それとも今まで通り流されて行くのか。世界を敵にしても、そうやって意思を誰かに任せて、金の為だ命令だと。
『んー、ねぇあのヒロインちゃん、ジャッジだっけ? 何か探してない?』
『探す?』
『ええ、さっきからキョロキョロ周囲に気ぃ配ってる感じがするのよねぇ』
『……だとしたら俺たちだろうな。普段はまず居るから』
『それも困った話よねぇ。バケモノはジャッジを倒せない。ジャッジはアナタ達の影が気になっていつまでも怪人を倒せない。時間がかかりすぎるわぁ?』
『まだ始まって間もない。何が起こるかも解らんし、長引くとも限らないだろ』
指摘されれば確かに、怪人の周囲を回りながらジャッジは絶えず周囲に視線を払っている。俺たちが居ない事が逆にジャッジの集中力を奪う結果となった訳だ。
好都合ではある。あまりに早すぎては別件に差し障りがあるからだ。だが本件としては結果も出せずダラダラ時間だけが過ぎる状況も望ましくはない。まぁかと言ってこちらから打てる手は無いのだが。
怪人は一挙に距離を詰め、丸太の様に太い腕を振るう。それを体を低く躱し距離を取り射撃で徐々にと削っていくジャッジ。体表を弾ける幾つもの弾丸。見た目だけなら相当なダメージを与えている様にも見える。
だがあれで日本支部の研究成果。その防御力は強化繊維の戦闘員スーツを上回り、実質肌を焼かれてはいるものの何十発と食らってようやく細胞組織に綻びが生じるレベルだ。
そして時間が立てば目に見えて差が出るもの。それは体力。いくら強化服とは言え疲労が皆無とはいかない。そして戦闘の集中による精神の疲労。ジャッジが見えない俺たちに気を払っているならそれは殊更だろう。
方や怪人の方はと言えば、まず前提条件として興奮状態にある事があげられる。アドレナリンが常に過剰分泌されているようなものであり、まず肉体的疲労はものともせず、何かの拍子で精神に変調が起きない限りは精神的な疲労も無い。
既にジャッジは肩で息をする有様で、避ける体捌きにも精細を欠いている。
だが、あまりに早すぎる気はしないでもない。
「おぉぉ……っ」
疑問を口にするよりも早く、腹の底から噴出する呻き声が耳に届いた。誰のものでもない、ジャッジの上げる唸り。
見れば既に荒く上下する肩は収まり僅かに全身を震るわせる挙動に変わり、拳はキツく結ばれ、横顔を見せていた仮面の下、ふと目があった気がした。
「うああああああああああああ!!」
それはまるで蓄えられた力が爆発したかのよう、ブレイブ・ジャッジは叫んだ。合わせてスーツの各所から噴出するエネルギーの奔流。
『っ!? もう全力モードかよ、早いな!』
『全力モード?』
『リミッター解除みたいなモンだ。前回アレでやられたっ』
『へぇ? でもまたなんで……』
思いの外怪人がジャッジを圧倒していた? いやそれはない。では何としてでもこの現場を切り上げる必要が出来たか……別件に関しての報告がジャッジに伝わったのであれば、それもあり得る。
『……違う』
その一言は思わず口を出た。
『見つかった!!』
ジャッジの仮面が真っ直ぐに、こちらを捉えていたからだ。
戦闘員の日常 和平 心受 @kutinasi3141
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。戦闘員の日常の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます