第46話 帰郷

 福岡空港に降り立つと、懐かしい匂いがした…ような気がした。

 直近では冬休みに帰っているから三カ月ほどしか経ってない。それなのに、だ。


 送迎場所へと向かい、父親のクルマを探す。


 パッパッ!


 小さくクラクション二回。

 音の方へ視線を向けると…おった。

 駆け寄ってドアを開ける。


「「「おかえり。」」」


 家族全員で迎えに来てくれていた。


 あ…そっか。今日、日曜日やん。


 長期休暇だから、曜日の感覚が若干麻痺している。



 乗り込むとすぐに、


「なんか食って帰ろうや。」


 父が提案してくる。

 途中、ファミレスに寄って食事することになった。

 冬休みぶりの家族全員での食事。なんだか落ち着く。


 食事中。

 着信がいつになく多く、どうにも返信が忙しい。というのも、夕方から卒業祝い飲み会をやるからだ。そこに、おかえりメッセージが重なったため、着信ラッシュとなっている。

 これから春休みが終わるまでは、飲み会やお出かけなど、様々なイベント目白押し。

 だから、


 要くんに会えるの、会社始まってからになりそうやな。


 ということになりそうだ。

 どうにか会う方法を考えてはみたものの、既に決定しているイベントの多さからして無理っぽい。ブッチするという選択肢もあるが、理由がソッコー分ってしまうから恥かしい。

 だからここは、少しの間我慢することにした。

 ちなみに今日帰ることは連絡してあり、既に到着していることも知っている。さっき、空港に降り立ったタイミングで「おかえり。お疲れさま。」と着信があった。



 食事も済んで、帰り道。

 流れる景色をボーっと眺める。

 20分ほど走ると、ごみごみした都会の風景から徐々に田舎の風景へと変化してゆく。民家もまばらになってきて、田んぼや畑の割合が多くなる。

 民家が完全に途切れると、その先は峠。福岡地区と筑豊地区の境界だ。

 この峠、標高はまあまああるのだが、激しいカーブはほぼない。道幅も比較的広いから、時間帯と交通量次第では、結構いい感じのスピードで走ることができる。どうやら今日は運がいいみたいで、流れが極めてよろしい。順調に故郷が近付いてきている。


 頂上付近にさしかかると、心霊スポットとして有名なトンネル。

 このトンネル、ここらへん限定で有名なのかと思いきや、全国的に有名らしく、関東の友達も知っていた。近々映画にもなるみたい。

 元々有名だったのは旧トンネルの方で、新トンネル入り口の脇にある旧道を道なりに上るとその姿を現す。電気も無く、岩肌剥き出しといった感じで、それはもう不気味。一昔前までは肝試しの定番スポットでもあった。少し前までは誰でも入れたのだが、今ではそこに行くための道が劣化して危険な状態だし、暴走族のたまり場となるので、旧道への分岐点にあるゲートが閉められ、一般の人間は浸入できないようになっている。

 今、通過しているのは新トンネルだが、こちらも出る。

 どんなコトが起こるのかというと、それは…。

 5人乗りの白いセダンに男4人で乗っていると、一人増えているとか、上半身だけの幽霊が追いかけてくるとか、原因不明のエンストが起きるとか、他にも色々なコトが起こるみたい。

 が、さすがに真っ昼間だし、それなりの交通量だし、トンネル内の電気も明るいしで、とても出るような雰囲気じゃない。

 勿論、何も起こるコトなく通過。


 ということは。

 筑豊に突入だ!

 下りはじめると、間もなく高い橋の上から左手にダム。


 高校時代、要くんに何回か連れてきてもらったことがあったな。また釣りしたいな。落ち着いたら来てみよ。


 なんてこと考えている間に峠を下り終える。

 それまで谷底のようだった景色から一変。視界が一気に広がった。

 山間の田んぼと少しの民家。峠の向こう側よりも、はるかに田舎な光景。

 と、にわかに流れが悪くなる。原因は農協の直売。片側一車線の道路で、福岡方面からのクルマは右折だから、渋滞してしまうのだ。


 渋滞を抜けるとすぐに、箒を持ち怒り顔の招き猫っぽいオブジェが道端で出迎えてくれる。我が町のユルキャラ(?)、「追い出し猫」だ。


 懐かしい物オンパレード。

 只今帰ってきた感絶賛上昇中。


 もうすぐ我が家!といったトコロで、


 はぁ?ここっち田んぼやったよね?こげなところにアパート?マンション?すっげ~!コンビニも増えちょーし!ソーラー発電もいっぱい!


 大発見が続く。

 休みごとに帰省していたとはいえ、バイトの都合でとんぼ返り。ほとんどウロウロできなくて気付かなかった。

 ヘボい過疎の町なのに、細かなところがかなり変わっている。

 四年間という時の流れを実感。



 やっとのことで家に到着。

 ここは…流石に変わっていない。ま、冬休みに帰ってきたばかりだから、そんなに変わるわけはないのだけれど。

 部屋に入ると、送った荷物はある程度片付けられており、ほぼ何もしなくてよい状態だ。一人暮らしを始めるときは、全て自分で荷解きしたことを考えると、改めて家族の有難みを思い知る。

 手荷物を置き、楽なカッコに着替えると一気に力が抜け、心地よい疲労感に包まれた。


 夕方から飲み会やったよね。


 これからの予定をもう一度おさらいしつつベッドに寝転がると、抗えない程の睡魔が襲ってきた。が、特にやることもないため素直に従った。



 しばらくして。

 着信音で目が覚める。見てみると、送信者は晴美。


 行くばい!


 とのことだったので、


 うん。


 と返信すると、


 用意でき次第家に来い。


 ということになった。

 そのまま起きて着替え、家へと向かう。

 ピンポンを押すと、


「は~い。」


 奥の方から声。

 ガラッと戸が開き、


「よっ!葉月!久しぶり!っち…へ?」


 見上げてくるその表情からは、嬉しさと共に大きな驚きが伝わってくる。目線を合わせたまま固まってしまっていた。


 ?


 目が合った直後から違和感が…なんかスゴイ。


 何がそげ違う?


 返す言葉を考えながら、違和感の正体を探す。


 目立った変化としてはメガネ。オシャレメガネになっていて、これがすんごくよく似合う。そして、落ち着き。メガネとの相乗効果で知的な大人の女感超増し増しだ。


 え~…コイツでったんキレーになっちょーやんか…


 圧倒される。置き去りにされた気分がハンパない。


 違和感の正体、これ?


 たしかにこれも違和感の一つではある。あるのだけど、何かシックリこない。

 決定的な「何か」にまだ気付けていないような…。

 尚も正体を探していると、固まった晴美再起動。ここまで約5秒。


「お前、なんかそれ…ウチよか背ぇ高くなっちょーやねぇか!」


 あ!そっか!なるほど!


 でったんシックリきた。違和感の正体は自分だったのだ。

 晴美は頭一つ分高いイメージで、見下ろしたことなんかこれまで一度もないし、一生見下ろせないと思っていた。最後に会った時でもまだ数cm高く、見上げていたはずだ。


 こんな日が来るとは…


 なんとも不思議な光景に思わず感動してしまう。

 身長が、かなりの勢いで伸びているのは高校の時から自覚していた。それは大学になっても続いていて、身体測定の度に嬉しかった。入学当初は平均よりちょい低だったのに、卒業する頃には友達の中で一番高くなっていた。高校入学時と比較したら20数cm伸びていて、170cmに手が届こうとしている。

 辛うじて、


「う…うん。」


 返事をすると、


「しかも、でったん美人になっちょーし!お前羨まし過ぎ!」


 想定外のことを言われ、恥ずかしくなってしまう。


「そ…ソげナこと、ネぇっちゃ。」


「ううん。そげなことあるある。お前、大学ん時モテまくったやろ?」


 恥かし過ぎて、アワアワと挙動不審になっていたら、ニヤッと笑われた。

 これ以上この話を続けられると、恥ずか死にそうである。


「ほラっ!もォいイっちゃ!行クぞ!」


 強引に話を打ち切った。



 飲み屋に行く途中、続々と友達が合流。集団がみるみる大きくなってゆく。

 その度に、「アナタダレデスカ?」とか「葉月、デカ!」とか「お前、なしそげ美人になっちょーんか?」とか「葉月が裏切った!」とか、そんな類のコト言われまくり。その度に照れまくる。店で合流した友達からも言われ続け、飲み会でのメインテーマと化していた。でもまあそれは仕方のないことで。なんせ、小っちゃくて可愛らしいマスコット的存在だった女の子が、結構な短期間で、すらりと背が高く、スタイルのいい黒髪ロングで美人なオネイサンに豹変したのだから。


 というわけで、飲み開始。

 乾杯し、飲んで食う。

 思い出話に花が咲く。


 時間が経つにつれ、各々の血中アルコール濃度は順調に高まってゆく。と共に、力も抜けていー感じ。

 こうなってくると用心しなくちゃならないのがパンチラ。

 例えロングスカートであっても簡単にやってのける。

 股のある長いヤツを穿かない限り防ぎようがないのだ。

 参考までに、今日はそれなりに気温も低い。だから、長いスカートを穿いている。普通の人なら、意識して捲り上げないと見えない長さのはずなのだが…。

 みんなの記憶の中にある「あの時の葉月」が炸裂していた。


 結構な規模の人数だったため、座敷を予約。座布団に座って飲んでいる、といった状況。

 何気なく視線を動かしたとき…晴美は気付いてしまう。


 バッカでー!アイツモロ見えやん!


 爆笑しそうになるが、必死に我慢。

 隣にいた友達の肩を叩き、小声で、


「おい!あれ見てん。」


「ん?どげした?」


「あれ。」


 指をさす。

 つられてそちらに視線を移すと…。


「ア~ッハッハッハ!」


 遠慮無しの大声で大爆笑。


「何?何?どげんした?」


 全員が一斉に笑い声の方へと振り向いたので、


「あれ。」


 ニヤケながら原因の方へと指をさす。

 するとそこには…

 体育座りみたいに両膝を立てていたため、思いっきしスカートが捲れ、ピンクと白の縞々。

 本人だけは意味が分かっていない様子でキョロキョロしている。

 すかさず別の幼馴染がそこに顔を近づけ、


「よっ!久しぶり!」


 と挨拶。

 流石に意味が分かり、


「こらー!お前、どこ見よんか?」


 同時に立てていた膝を寝かせ、スカートを引っ張り隠す。が、もう遅い。

 これが引き金となり、パンツネタへと話題が飛んでしまう。


「よかった。ここは変わっちょらんな。」


「流石葉月!いまだに見せまくりなんやね!」


「キレーにはなったけど、残念なまんまなんやん。安心した。」


「置いてかれたかっち思ったばってんが、そげなことねかったね。」


「お前、体育のハーパン穿いちょけちゃ!まだ、持っちょろぉもん。」


 高校時代のノリ再来。


 ホントのことを言うと、この時点で初めて見えたワケではない。初めて気付かれただけだったりする。実は飲み始めてしばらく経った頃から順調に見えていたのだ。

 それからは、誰かしら気にしているのでポロリ祭り。

 おしえられる度、


「うるせーっちゃ!知らん人間おるんぞ?」


 顔を真っ赤にしながらプチ発狂。


「大丈夫大丈夫。二度と会わん。」


「大学ん時も、今みたいに見せよったんやろ?」


「うん。もっと酷かった。」


「やっぱし。」


「うるせー!お前もバラすなっちゃ!これでもだいぶん減ったんぞ!」


 傍から見ると、美人なオネイサンが、顔を真っ赤にしながら慌てふためき、ムキになって反論している。この図がすんごいギャップで笑える。


「減ったちゆーことは、今までずっと見せよったんやな。」


「見せよったんやないで、見えよったん!しょーがないやんか!わざっとやないんやき!知らん間に見えちょーっちゃき!」


 といった具合で、パンチラ癖が全く治ってないことが明らかになったワケだが、そもそもこれは本人に致命的な原因がある。例えば座椅子に浅く座り、股をM字開脚的に広げたり、立膝したりと足癖があまりよろしくないのだ。それに加え、暑くなってくると無意識のうちにギリギリまで捲り上げる癖もある。酔うとただでさえショボい注意力(本人はバッチシ注意しているつもり)がさらにショボくなり、その傾向が格段に強くなる。そして座敷。掘り炬燵みたいになっているため足を下ろせば何の問題もないのだが、何故かそうしない。飲み会開始の時点では一応注意しているから下ろしているのだけど、ホントに最初だけ。一時間もしないうちに足を上げてしまう。これじゃ見えないワケがない。ロングでさえこんな感じだから、ミニでも穿こうものならほとんど最初っから最後まで見えっ放しになってしまう。実際、大学時代にはそうなったコトがあったので、先輩から厳重注意され、ハーパン着用を強制された経験ありなのだ。しかも複数回。


 パンチラネタでイジラレ過ぎて、挙句の果てには、


「もぉ~…お前ら。ウチ、パンツだけの女か?」


 プーッと膨れっ面でふて腐れる。リアクションもあの時のままで、それがまた懐かしい。

 それをみんなで、


「「「葉月ぃ~?怒らない怒らない。」」」


 大笑いしながら慰めるというお約束。

 そんなバカ騒ぎをしつつ、


 やっぱ地元はいいな。


 と実感する。




 これと言って取り上げられるほどの名産や名所があるわけでもなし。

 炭鉱が閉山してからは、人口の流出に歯止めが効かず、寂れてゆく一方の町。

 娯楽は少ない。ガラも悪い。

 上げだしたらキリがないネガティブ要素。

 それでも。

 友達がいて、好きな人がいて、自然がいっぱいで大好きな場所。

 離れてみて、一層強く感じることができたいいトコロ。

 故郷とはそんなモン。

 理屈じゃない。


 離れることも悪くはなかったんやな。


 素直にそう思うことができた。

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