第35話 自動車学校(クラッチ)

 11月半ば。

 めでたく第一志望の大学に合格することができた。

 おかげで、受験勉強からも、ちょっとだけ早目に解放された。

 あとは卒業するだけ。それまでに定期考査は二回。


 欠点を取らん程度に頑張ればいーや。


 そう考えると、ずいぶん気が楽になった。


 心が安定すると、これまで入試を理由に抑制していたアレもコレも実行したくなってくる。

 が、どこかに行こうとすると、必ずアシが必要となってくるわけで。

 今までメインのアシは、公共の交通機関や親。

 親はまあ、ある程度融通が利くからいいとして、公共の交通機関は、時間がキッチリと制限される。乗り継ぎも面倒っちいし、お金がかかる。

 そんなアシの不便さについて考えていると、


 自分で運転できたら、全部解決できるよね!


 自然にクルマの方へと目が向いてゆく。


 クルマに乗れる生活を、色々と想像してみる。


 思い立った時、自由に行動することができるやん。

 遠くにも行けるんよね?

 要くんとした洗車、楽しかったな。

 ドレスアップもやってみたい。

 釣りに行くとき楽ちんじゃないと?

 といった具合に、楽しそうなことを次から次へと思いつく。


 考えていたら、今すぐにでも免許が欲しくなってくる。


 既に18歳である。

 取得可能な年齢には達している。


 ならば!


 取るしかないでしょ!!




 思い立ったら即実行!

 その日のうちに親に相談。

 返事は勿論OK。

 既に考えてくれていたようだ。

 次の日には入校手続きしに行くことに。




 視力検査を終え、マニュアルかオートマかを選ぶ。

 マニュアルだとオートマにも乗れる。

 オートマだとそれのみ。

 料金は、オートマの方が若干安い。

 と、説明を受ける。


 世の中主流はオートマで、マニュアルの設定が無いクルマも多いと聞いた。

 女子はオートマ限定免許を取る人が多い、とも聞いた。

 しかし、就職を考えた時、未だにオートマ限定不可の会社がある。

 もしも、どうしても入りたい会社があったとして、それが原因で入れなかったとしたならば?

 そんな事態には陥りたくない。


 んじゃ、マニュアル車に乗れた方がいいよね?

 でも、オートマの方が免許取るのも運転も簡単っち聞くし…どっちにするかな?


 決めかねているところで、


 あのクルマはマニュアル車やったよね。


 要が乗っている軽自動車のコトを思い出す。

 大好きな人が乗っていることが決め手となり、マニュアルコースに決定。


 必要な書類を記入し、提出。

 お金を納めると、手続き完了。

 その週の土曜日が入校式となった。




 入校式当日。

 今日から自動車学校のスクールバスを利用する。

 指定された場所(いつも利用している近所のバス停)にて待つこと暫し。

 ほぼ時刻表通りにバスが来る。

 手を挙げると停車。

 乗り込むと、


「葉月!」


 いきなり声をかけられた。

 そちらに視線を移すと、同中だった友達が何人かいる。

 久しぶり!な挨拶をして、横の席に座り、近況報告。

 盛上っている間に到着。

 バスを降り、待合スペースに入るなり、


「葉月やん!でったん久しぶりやね!」


 懐かしい声。

 ここにも同中の、仲が良かった友達が多数いる。


「おぉ~!久しぶり!元気しちょった?」


「うん。」


「お前、でったんデカくなっちょーやん!」


「髪、伸びたね!」


「カワイー!でったん女の子っぽくなっちょーし!」


「まかせろ!まだまだ成長期ぞ。お前ら追い抜いて、キレーなオネイサンになってやるき、待っちょけ!」


「ほぉ!楽しみしちょこ。」


「ところであんた、高校卒業したらどげするん?」


「ウチ、東京の方の大学決まったよ。○○大学。あんたは?」


「え?うそ?マジで?ウチもそこばい!」


「マジで?んじゃ、寮やろ?」


「うん。そう。」


「んじゃ、これから四年間一緒やね。は~。こげなこともあるっちゃね。」


「ホントやね。向こう行く時一緒行こうや!」


「いーね!そげしよ。」


 こういった再会が、入校式の度にある。

 しかも、卒業検定が終わるまでほぼ毎回。


 自動車学校、ちょっとした同窓会みたいで楽しいじゃないか!


 これを機に、再び連絡が密になるコトとなった。



 で、入校式。

 その後、適性試験と一単位目の学科講習が行われた。


 慌ただしくも楽しい一日だった。




 次の日からは、再会した中学時代の友達とガッツリつるむ。

 集団が、入校式の度、デカくなってゆく。


 みんなで話し合い、受けれる学科は片っ端から受けてゆくことにした。

 土日は弁当持参。

 まだ、学校が短縮授業じゃないため、思ったより時間がかかったが、なんとか終わらせることができた。

 これで、空き時間は集中して仮免の勉強ができる。




 実技の方はというと。

 冬休みのピーク前に入校したため、教官の固定も早かった。


 実技初日。

 AT車での教習。

 乗車前、クルマの周囲の安全確認、シート位置、ミラーの合わせ方、セレクトレバーなどの説明を受けると、すぐさま走行。

 コースの外周をただひたすらまわることになる。

 ある程度慣れたら逆回り。


 クルマっち結構楽しいやん!


 そんなことを思う余裕さえあった。


 が、問題は次の日から。

 強烈なクラッチ地獄が待っていた。



 記念すべきMT一時間目。

 教習車はかなりボロボロのトヨタコンフォート。

 LPG車だ。


 教官と並んで教習車の前に立つ。


「マニュアル車の特徴はクラッチがあること。この操作が嫌でオートマ取る人が多い。」


 そう言うと、昨日と同様の安全確認をし、


「まずは自分が見本を見せるね。」


 慣れた動作で運転席に乗り込む。

 シート位置を決めるとシートベルトを装着。

 エンジンをかけ、ミラーを合わせる。


「とにかく、マニュアル車は半クラッチ。これができんことにはクルマが走りださんき。最初は難しいと思うけど、頑張ってね。」


「はい。」


「じゃ、やってみるね。足の動き、よーと見よってよ?」


「はい。」


 いっぱいにクラッチを踏み込み、


「じゃ、いくよ?」


「はい。」


 わかり安いように、ゆっくりと足を上げてゆく。

 僅かに上げたところで、


「ここ。ここが半クラッチ。ここでちょっと待ってやると…。」


 走りだす。


「ね?こんな感じ。」


 この動作を数度、やってみせる。


 そしてアクセルと連動。

 通常、公道で走りだす時と同じ動作だ。


「半クラッチの状態のとき、アクセルを同時に踏んでやると…。」


 なるほど。


 聞いたことのある音がした。

 意味は分かった…ような気がする。



 そして、いよいよ実践。

 教官と入れ替わる。


「まずは目視でクルマの周囲の安全を確認。」


 クルマのまわりを一周する。

 後からクルマが来てないことを確認し、ドアを開ける。

 乗り込んでドアを閉める。

 クラッチを最後まで踏み込める位置にシートをスライドさせ、ハンドルに手を掛け、背もたれの角度を合わせ、運転姿勢が決まるとシートベルト装着。

 ここまでは、昨日のAT車とほぼ同じ。


 そしてクラッチの説明。


「まずは、いっぱいに踏み込んでみて?」


 言われた通り実行。

 何も考えず、ズバーンとばかりに踏み込んだ。


「最後らへん、重くなったの分かった?」


 え?全然分からんやったっちゃけど?


 早速不安になる。

 正直に、


「分かりませんでした。」


「もっかいユックリ踏んでみて。」


 足先に神経を集中し、ペダルを踏むと、たしかに反発力が増すゾーンがある。


 あ!これやん!


「なんか…分りました。」


「そこが半クラッチの位置。そこでクラッチを合わせて発進する。じゃ、エンジンかけてみよっか。」


 クラッチスタートシステムなので、クラッチペダルをいっぱいに踏み込まないとエンジンが始動できない仕組み。

 踏み込んで、シフトレバーのニュートラルを確認し、いよいよエンジン始動!

 エンジンがかかると、リモコンミラーが調整できるようになる。

 調整が完了すると、いよいよ走行。


「まずはクラッチを一杯に踏み込んで、ギヤを一速に入れる。シフトノブ見たらわかるけど、一速は左側に押して前。そして、ハンドブレーキ下ろして、クラッチだけをゆっくりと上げてみて。」


 言われた通りやってみると…。


 アイドリングが下がって振動が大きくなり、エンジンがカラカラと苦しそうな音を上げだす。

 ジワリと前へ進んだ。


「そこで上げるのを少し待つ。」


 徐々にスピードが上がってきて、


「はい。完全にペダルから足を離して。」


 カラカラ音が小さくなり、回転が安定し、小走り程度の早さを保ちながら走る。


「つながってしまえば、アイドリングでこのまんまずっと進んで行くよ。」


 説明してもらっているのだけど、


 何これ!オートマとは全然違う!やること難し過ぎ!


 究極にテンパってしまって、返事すらできないでいた。

 只々ハンドルをがっちりと握り締め、前方を凝視中。


「んじゃ、止まってみよっか。わざとエンストさせてみるよ。完全に止まるまでブレーキ踏んで。」


 ブレーキペダルに足を乗せ、徐々に力を加えてゆくと。


 カリカリカリガガガガガ…パスッ…。


 前のめりになり止まった。

 全部の警告灯が点灯。


「これがエンスト。今みたいに負荷がかかり過ぎたらマニュアル車はエンストする。だき、止まるときは必ずクラッチを踏む。」


 クラッチだけでの発進と停止を何回も繰り返す。


 ちなみにブレーキも難しい。


「硬くなるところまで踏んで。最初はグーっと力を入れて、止まる直前、僅かに力を抜く。」


 言っていることは分かるのだが、身体が思うように動かない。

 何度やっても、止まると首がガクンと揺れる。

 上手くいかなくてメゲそうになる。



 クラッチ操作のみの発進は、どうにかできるようになったので、次の段階へ。


 アクセルとの連動。


「これからが本チャン。さっき自分がやりよったみたいに、アクセルを踏みながら、クラッチをつなぐ。そしたら、やってみよっか?」


 クラッチを踏み、ギヤを一速に入れ、アクセルペダルに足をかけ、踏んでみると…


 フォ――――ン!


 力加減が全く分からない。

 エンジンが唸る。

 タコメーターはレッドゾーンに近いトコロを指していた。

 今まで聞いたこともないような激しい音にビビり、思わずクラッチを戻してしまう。

 すると。


 キュ――――ッ!


「ぅわッ!」


 後から突き飛ばされたような加速。

 リヤタイヤから白煙を上げながら、ゼロヨンもビックリのロケットスタート。

 教官から急ブレーキを踏まれた。

 思いっきし前にのめり込み、エンスト。


 あ~焦ったぁ~…怖ぁ~。


 声も出ない。

 もう、心臓バクバクである。

 数秒間、放心状態になった。


 気を取り直し、エンジンをかける。


 今度こそは!


 アクセルを踏む力を極端に弱め、少し長めの空吹かしの後、恐る恐るクラッチを上げてゆくと…。


 ブゥ――――ン…カリカリカリコトコトコト…パスン…。


 呆気なくエンスト。

 アクセルの踏み方が弱いのと、クラッチを早く上げ過ぎ。


 両掌を足に見立て、


「こんな感じ。アクセルを踏みながら、ちょっと上げてここで待つ。んで…」


 半クラのイメージを叩き込まれる。

 言っていることは分かる。分かるのだが、今まで足でそんな細かい作業なんかしたことがない。

 何度やっても右足と左足がシンクロしない。


 何これ…でったん難しいやん。要くん、なんでこげなコトできるっちゃろか?


 ミッションのクルマを簡単に運転している要が神のように思えた。


 この状態が一時間続いて、マニュアル車初日が終わる。



 クルマを降りるとグッタシ。

 待合室に戻ると、そこには同級生たちもいた。

 同じ日に入校した同級生は、珍しいことにほとんどがMT。

 ほぼ全員、暗い顔をしている。


「どげしたん?みんな。」


 聞いてみると、


「なんか…心折れた。」


「オートマにしちょけばよかった。」


「前に進まん。」


「今からオートマに変えることっちできんのやか?」


 上手くいかなかった様子。

 しかし、


「え?ウチ、そげエンストやらせんよ?」


 そんなことを言っている友達が数人いる。


「なんで?お前ら、才能あるんやない?」


 完全に尊敬のまなざしだ。


 でもコイツとか、運動神経あんましよく無かったよね?むしろ鈍い方。


 納得がいかない。

 この差は何?


「なん?ミッションっちそげ難しいん?よかった~。ウチ、ゼッテーそげなんメンタルもたんばい。」


 この中で少数派のAT限定を選んだ者は、心の底からホッとしている。



 次の日。

 何故か、一発目からいきなし上手く発進できた。

 その時偶然、タコメーターに目がいった。

 針が指している数字は「2」。


 ここまで回転を上げてつないだら、上手くいくんやな。


 持ち前の分析力を発揮していた。

 それから数回。

 なかなかうまくいく。

 と、ここで、


「そげなトコ見ながら運転せんよ。ちゃんと前見らんと」


 注意。

 タコメーターを見ながらつないでいたことが、ちゃんとバレていた。


「その回転を音で判断せんと。」


 難しい注文である。


 はぁ?何それ?分かるわけないやん!


 ついつい口に出そうになった。

 見なくなった途端、エンスト連発。

 なんかもう…できる気が全くしなくなってきた。

 こんな感じでこの日の実技講習が終わる。


 クルマを降りて、みんなの元へ。


「あ~もぅ!悩む~。」


「葉月、どげんしたん?」


「回転計見ながらクラッチつなぎよって注意された。せっかく上手くいきよったんに。それ以来、エンストばっかして、前に進めんやった。」


「あ!ウチもそれして怒られたばい。」


「マジでウチ、ミッションやら乗りきら~ん。オートマに変えてもらおっかな?」


 半泣きこいている友達もいた。


 たかが一本のペダル。

 なのに、この難しさは何?

 はたして克服できる日はくるのだろうか?

 そんな気持ちになってくる。

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